三階西連絡通路2
一歩、二歩、三歩と進んでようやく気づいた。
高校校舎側から聞こえる人の声も、中学校舎側から聞こえる人の声もやけに遠くに聞こえる。
「なんで」
〈俺〉は立ち止まった。
人のざわめきが遠い。
「何か起こるのか?」
〈姫〉に尋ねると〈姫〉は何も答えずにこちらを…こちらの少し斜め後ろを見ていた。
どんっと背中を押されてつんのめった〈俺〉は声を上げそうになって振り向くも誰もいない。
「きゃはははは!」
幼い男の子の笑い声が聞こえて周囲を慌てて観察するも誰もいない。
突然の出来事過ぎて目を見開いたまま〈俺〉は硬直して首だけを動かしていた。
なんだ、誰の声だ?
心臓が早鐘を打ちつつも金属をこすり合わせるような音が聞こえた。
しゃきん、しゃきん、と何かをこすり合わせている金属音が耳元で聞こえ、〈俺〉は〈姫〉の前まで早足で戻る。
「面白いでしょ?」
「面白くないって…」
〈俺〉は小さくため息を吐く。
作り話だと思っていたのでさすがにこの事実には驚いた。
「これは私たちでもある程度解析できたの。報告済みの事象ね」
〈姫〉が淡々と説明をはじめて〈俺〉は納得した。
「中等部のほうが授業が早く終わるの。後から高等部の生徒が開放される。すると、中等部校舎の昇降口から風が入り込んで後から開放された高等部校舎へ風の流れが生まれる。高い子供の声が校舎に反射して連絡通路を通って高校校舎に流れ込むって話になったの」
納得だ。
けれど…。
「はさみの音は別だろ?」
「あら」
〈姫〉は本当ににこりと微笑んだ。
「ここは六年前、中等部の生徒がはさみを持ってふざけあっているときに左手首を落としたわ。失血多量で亡くなったのだけどね」
しゃきん、しゃきん、と再び音が聞こえて〈俺〉は身体を強張らせた。
「うわさはね、男の子、はさみ、死亡したこと。声が聞こえたのと事実が混ざって怪談になったけれど…」
〈姫〉は明らかに〈俺〉の後ろを見ていた。
「Many a true word is spoken in jest」
そう〈俺〉は付け加えられた話を思い出していた。
「切る風の正体は…はさみを持った男の子」
「去年から六件、ここで切り傷を負う事件が起こり、サークルが解決したけど、まだいるみたいね」
〈俺〉は通路からこちらの背中をまだ見られているような気がした。
「〈サクラ〉に頼んでおいたから大丈夫よ」
〈姫〉はくすくすと笑いながら研究室に向かい、〈俺〉もその後を追った。
あれから怪我をした話は聞いたことがない。