第9話 「暴行魔の正体は陽樹?」
俺は今日一人で学校へ向かっていた。朝は真衣を学校まで送る約束はしていないし、遠慮をしてか送らなくても良いと言う。
まあ、朝は殆どみんな同じ時間に登校するので、すぐに同じ学校の生徒達と会えるから襲われる心配も少ないだろう。それに、さすがに同じ高校の生徒が襲われていたら周りの生徒達は助けてくれると思う。
クローンの街とは言え、ここには様々な年齢の人間が住んでいる。異能力者の資質が開花すると言われる年齢は高校生から二十歳までの間で、その間に芽が出なかった人達はこの街で働いて暮らすことになる。もちろん結婚して子供を作っている人も多い。そう言う意味では、厳密にはクローン人間ばかりだとは言えない。
クローンの研究が始まったのは日本が世界を支配してすぐなので、2012年からだ。ほんの数年後には技術が確立したらしい。急速に技術が発達した背景には、異能力者へ成長させる投薬実験の被検体として、国が率先して開発に着手したと言うのが大きい。
そして、東京特別区域を東京東部に二十キロ四方の規模で作り、そのクローン街で異能力者へ育てるための実験を始めて2042年の今に至るって訳だ。
必然的に東京特区には若い人ばかりとなるのだが、中高年と呼ばれる年齢の人もクローンとして製造されて配置されている。異能力を発現させるのに適した環境は、出来るだけ自然な年齢分布も関係あるらしい。何故なのかとか、詳しくは知らない。そう言う研究結果だと言う事だ。
まあ、つまり一応は俺も上を目指してはいるものの、結局この街で骨をうずめる事になるのだろう。ずば抜けた異能力者なら国の仕事で海外に住む事はあるらしいが、一般のクローンはこの街から出る事は絶対に許されないし。
学校に到着し、教室の扉を開けた俺。
「ちぃーっ…うぷっ!」
するとそれを待ち構えていたかのように智也が目の前に立っており、俺の口を押えて廊下に押し出してきた。
「なんだよ智也……」
俺は奴の手を口から剥ぎ取って文句を付けるが、智也の奴は俺に顔を向ける事無く教室の中を気にしている。
「陽樹、今日は欠席した方が良いって! 朝から戦姫達がお前の事探してたよ!」
「……はぁ。いつもの事だ」
俺は肩をすくめてみせたが、智也はそんな俺に向かって首を横に振る。
「違うって! 今日は姫達も本気で……。何でも長尾が怪我をしたとかでさ」
「久美がっ?!」
俺は智也を押しのけて教室に入った。中を見回すと、俺の机の上に座っている気の強そうなショートカットの女子と目が合う。久美だ。その腕にはギプスが巻かれ、包帯で首から吊り下げられていた。
「園山陽樹っ!」
その久美の声に、久美の両側に立って腕組みをしていた魅菜と莉里の顔がこちらに向いた。……と、思ったのだが、いつの間にか魅菜の姿が消えており、俺のすぐ後ろに人の気配がした。
「陽樹、昨日はよくもやったね……」
当然、俺の背後から聞こえてくるのは魅菜の声だ。
「昨日?」
「そんな男だったとは思わなかった。すぐにこの三階から外に落としてあげるよ……」
背中に魅菜の手が添えられた。俺は窓の外へ目を向けながら慌てて声を張り上げる。
「ちょっと待てよ! お前ら何の事を言ってんだよ!」
瞬間移動で窓の外にでも放りだされたら、俺の頑丈な体をもってしてもかなりの怪我をしてしまうだろう。
「魅菜! 私に殺らせてっ!」
久美は俺を睨みつけながらそう言うと、机から小さく跳ねるように降りた。怪我をしていない方の手からはバチバチと細かい稲妻が迸っている。危険を感じたほとんどの生徒が教室から出て行った。
しかし、突然久美の手から放電が消え、うめき声を上げながらギプスを押さえてうずくまった。
「近づかないでくださいませっ!」
久美に走り寄ろうとした俺を、莉里が手で遮って止めた。
何なんだこいつらの様子は……? 俺は三人に囲まれたまま聞く。
「昨日とか何言ってんだお前ら。昨日怪我したのか? 戦姫たち程の異能力者を怪我させるなんて……どんな奴にやられたんだ?」
「しらばっくれるな園山陽樹!」
立ち上がった久美は、また痛みが走ったのか一度顔をしかめる。そして俺にキッと強い視線を向けた。
「お前以外、私の電撃を食らって平然としている奴なんていないだろっ! 暴行魔の正体はお前だっ!」
「ぼ…暴行魔? 俺が?」
俺は頭をフル回転させる。こいつらの言葉を繋ぎ合わせると、久美を怪我させたのは暴行魔に間違いないらしい。そして、そいつには久美の電撃が効かなかった。そのために、同様に電撃が通用しない俺が疑われている……事になっているようだ。
「待てって。お前は顔を見なかったのか?!」
見なかったから疑われているんだろうが、なんでも良いから俺がやったんじゃない証明が出来ないかと思って聞いてみた。
「フードをかぶっていたくせに何を言っている! 日も傾いていたし!」
日が傾いていた時間帯と久美は言った。なら18時頃だ。その頃まだ俺は……
「夕方なら、俺は真衣の家にいたぞ。なあ?」
俺と三戦姫の他に、唯一教室に残っていた真衣に俺は確認する。真衣は俺の誤解を早く解きたいらしく、大げさに首を縦に振った。
「アリバイねぇ。……学校帰りに真衣の家に寄って、何をしていたの?」
横に来た魅菜が、顔をすぐ目の前に近づけて聞いてきた。口元から白い歯は見えているが、なぜか目は笑っていない。急に迫力が増したような……
「何……って……」
俺は昨日の事を思い出す。
真衣の支給額は五百円。これでは真衣とマイディア二人分の弁当が買えないため、俺がマイディアの分を買ってあげて、真衣の家にて三人で食べたのだ。マイディアは満腹にさせていると世界を征服するなどといった野望を口にしないし、俺が出来るだけそばにいて監視をしておきたいと言う理由もある。
ただ、昨日からマイディアの様子が少し変わり、呆けている事が多くなった。具体的には、竜の姿のまま部屋でテレビを見たりして普通にくつろいでいるんだ。
体を易々と乗っ取れないと気が付いたからかもしれないが、急いでいる風で無くなった。まあ、六千年も生きている不老不死の魔女らしいので、俺達人間のように焦ったりしないのだろう。
これなら大丈夫と思った俺は、19時頃に真衣の家を出た。
……しかし、マイディアと真衣の体の秘密については言わない方が良さそうだ。本物の真衣は死んだようだし、マイディアは何代か前の真衣のクローンかもしれないからだ。国に対して黙っていた方が良さそうな気がする。
考えた末、
「それは言えない」
と、俺が答えた瞬間、腹に蹴りがめり込んだ。
「なんかさぁ、私余計にむかついちゃったわ」
久美が足を下ろすと、変わって魅菜が俺の胸ぐらを掴んで口を開く。
「私も同感」
「ちょっと待てって! それに、俺がお前らを怪我させる訳がないだろっ!」
俺がそう訴えると、魅菜と久美はなぜか顔を赤くしてそらした。
数秒間静まった教室で、莉里が言葉を発する。
「何かあったなら、隠し事が出来ないタイプの真衣さんの顔に出るはずですわ。しかし、彼女はごく自然。つまり、二人の間には何もなく、陽樹さんが19時までいたのも本当……と言う事ですわね」
「だからそう言ってるだろ! お前ら、何があったと思っているんだ?」
首を傾げている俺に、三戦姫はさらに顔を真っ赤にして背を向けた。……変な奴らだ。それに、論点が俺のアリバイから、真衣の部屋で何をしていたかに変わって来てないか?
論点のずれは気になったが、疑いも晴れたようなので俺は一番気になる久美の怪我の具合について聞く。
「で、久美はどんな怪我だ? ギプスをしている事からして……骨が折れたのか?」
「……へし折られた。すぐに魅菜や莉里が駆けつけてくれなかったら……次にどこを折られたのか……」
ずっと背中を向けたまま久美は答えるが、少し体が震えているように俺には見えた。
悔しいのか、怖かったのか、手をぎゅっと握っている久美の頭に俺は手を置いた。
「だから……無理するなって言ったろ? 念動能力者か?」
「多分……」
その時ようやく担任が教室に入ってきた。クラスのほぼ全員を外に出して何事なんだと言うような顔をしていたが、俺達がすぐに着席すると教師は廊下に出ていた生徒達を呼び戻した。程なくホームルームが始まった。
三戦姫の一人、長尾久美の腕を折った暴行魔。
……相手の超能力壁ごと腕を破壊するなんてかなり強い念動能力だ。そして、防御に関しても電撃を物ともしない強力な超能力壁を持つ。不謹慎だが、まさに俺の理想形。俺に強い攻撃力が備わった姿だろう。
驚異的な力を示した暴行魔だが、その攻撃能力は、恐らく高校生レベルでは無いだろう。兵士や暗殺者として国のために働けるほどの強い力だ。なぜそんな奴が街でくすぶっているだけでなく、犯罪にまで手を染める? 戦姫のように力試しに群がってくる高校生異能力者相手に楽しんでいるのか? それとも……他に理由でもあるのだろうか……。
俺はその日、学校が終わるといつものように真衣を家まで送って行く。玄関で別れを告げると、自宅には帰らずその足で商業エリアの繁華街へ向かった。
居住エリアには放火魔、商業エリアには暴行魔、工業エリアには殺人鬼が出ると聞いた。このうちの一人、暴行魔に久美は怪我を負わされたと言う。三戦姫には瞬間移動能力者の魅菜がいる。その魅菜から逃げ切り、戦力としては一番だろう久美に攻撃を加え、索敵能力に長ける莉里に探知されないように消える。
しかもそいつは特殊能力者じゃなく、最もありきたりな念動能力者だ。俺の頭に浮かんだのは、単独犯じゃなくてやはり相手は複数なのじゃないかと言う事だった。仲間で連携して戦姫達を翻弄した……ってとこか?




