第8話 「放火魔・暴行魔・殺人鬼」
俺の学年、高校一年生には力の強い奴から弱い奴まで様々だ。それには理由がある。
先に二年生、三年生の実力から話すと、一年生から生き残っている生徒で構成されていて軒並み強い異能力者達だ。
しかし、一年生は三種類のルートから来る個体で成るため力のばらつきが生じる。一つ目は、この都市で死んで一年生をやり直す事になった個体。二つ目は、新しい遺伝子を使ってこの都市で製造された新個体。最後は、この都市を卒業して国のために働いていた優良異能力者が命を失って、また高校一年生からやり直すという個体。当然一年生の人数が多くなるため、一年生は四クラス、二年生と三年生は三クラスだ。
なぜ高校一年生からかと言うと、男子も女子もほぼ成長曲線が緩やかになったこの年齢から能力発現のための投薬が始められるからだ。異能力の強さは、投薬および成長過程での他の能力者の影響を相互に受ける事、つまり後天的要因で発達するため、最強の異能力者が命を失った場合も高校一年生と言うスタート地点からやり直す事になる。
そこからまた強い力を手に入れられるかは、素質もあるが大きくは運次第。取り巻く環境が良い影響を及ぼさなければ凡庸に留まる事も多いと聞く。
最後にクローンの作られ方だが、高校一年生の年齢まで培養され、コンピューターなどに保存してある脳神経細胞パターンを精神感応能力者によって脳に転写される。
これらのノウハウが、日本が異能力について第二次世界大戦中から現在まで研究し続けている成果だ。
「三戦姫と揉めないでくれよ。クラス中が迷惑するんだからさ」
「知るか。あいつらに言え」
「言えるわきゃないでしょうに」
ちなみに、自分が万年留年男なのかルーキーなのか振り出しに戻った優良異能力者なのかは教えてもらえない。
要するに、俺の親父がうなぎの店を開いている記憶を俺は持っているが、それは恐らく数年前の話だという可能性が非常に高い。もう潰れているかもしれないし、運が悪けりゃ家族は事故か病気で死んでいる可能性もあるって事だ。
「んで、どうして真衣ちゃんは超能力壁を張れるようになったの?」
「それも……詳しくはよく分からないし、放せば長くなる」
「せっかく……真衣ちゃんのパンツを見るのが俺の唯一の楽しみだったのに……」
「変態め。以後、生活を改めろ」
先ほどから俺と話をしているのは、同じクラスの友人で名前は水口智也。茶髪でパーマなこいつはレア能力者だが、服一枚程度しか透視が出来ないので俺と同じく落ちこぼれだ。
「でも陽樹は良いよなぁ。成績は俺より下の癖に、訳の分からない異常に強力な超能力壁のおかげで高校生活を生き延びれそうだもんねぇ」
「何言ってんだ、生き延びただけじゃ、ただの一般市民としてこの街で一生を終えるだけだ。智也の方が可能性あるだろ。その能力を伸ばしていけば、優良異能力者街道一直線だろ。おまけに力は弱いけど、レア度で支給ランクもBだしよ。一日五千円だっけ?」
「命あっての物種だよ。知ってる? 最近東地区を騒がせている犯罪者を。住宅街の放火魔。繁華街の暴行魔。工業街の殺人鬼。……最悪だよ。何で俺はこんな街に住んでんだろ。どうせなら普通の人間として街の外に生まれたかったなぁ」
「この都市に生まれたメリットもあるだろ? 国に認められる異能力者になって富と栄誉を掴めるかもしれないってのは、普通の人間には出来ない事だ」
「そりゃ最初はそんな希望を持っていたよ。でも、学校が始まっていきなり強い力を身につける同級生を見たら、俺がその一握りの人間になれる訳がないなぁって。それに気が付いてしまったなら、地獄の始まりって感じ」
「それを言ったら、俺もそうなんだけど……。でも、無理と分かっていても何か目標を持たないと、……退屈だろ? 俺の実家のうなぎ屋なんて暇で暇で……。あんな人生ってのもなぁ」
「陽樹は記憶があって良いよね。俺はいまいち育った街とか覚えてないからなぁ」
智也みたいに中学生以前の記憶があいまいだったり、ほとんど無かったりする奴は多い。実は俺もそれほど過去の事を正確に覚えている訳では無かったりする。例えば実家の店構えは思い出せないし、兄弟がいたかも覚えていない。
クローンとして急速培養された弊害なのか、脳を転写する精密さの限界なのか、それとも他に理由があるのか俺達には分からない。
「おっと……。んじゃ、そろそろ帰るわ。また明日な智也」
俺は、真衣が机に座ったままそわそわと俺を見ているのに気が付き、智也に軽く手を振って真衣の所へ行く。今日の授業が終わって放課後になったとたん、智也の奴が「陽樹と真衣って付き合ってるの?」と話しかけてきて、無駄に時間が経ってしまっていた。
椅子から立ち上がった真衣の肩には、小さな白銀の竜であるマイディアが乗ったままだ。
昼休みが終わった後、真衣がマイディアを連れて教室に入ったらそりゃ生徒達は大騒ぎになった。五限の異能力授業のために来た教師も驚きの余りぎっくり腰になった程だ。
しかし、真衣は合成獣との『出会い』で超能力壁を張る事が出来たと言う話にし、以後成長の可能性のために合成獣を連れて歩くと言う事にした。強い能力を手に入れる事が出来れば過程はどうでも良いと言う結果オーライな異能力都市なので、この程度は簡単に認められた。
俺は真衣と並んで教室を出る時、前側の扉から出てきた三戦姫と目が合った。睨み付けてくる奴らに背を向け、俺達は靴箱へ向かう。そう言えば教室の中で俺が智也と話している間、あの三人も何やらごにょごにょと話をしていたようだったが……。そんな事を考えていると、先ほど智也が俺に話した話題が気になり始めた。
「放火魔、暴行魔、殺人鬼……か」
「なんですか、それは?」
俺の独り言に対して、聞き返してきた真衣に俺は答える。
「東地区に少し前から現れた犯罪者らしい。その呼び名の通り、殺人や放火、暴行事件で何人か人が死んでいるってさ」
「怖いですね」
「もしかして、俺達が昨日倒したのって……その中の暴行魔だったのかな?」
「あっ! なるほど…」
そこに、俺達の話に割って入って来る奴がいた。
「だぁれが倒したってぇ? 園山陽樹」
……んだよこいつら。
三戦姫の一人、久美の声に俺はうなだれる。
「いちいち会話に入ってくんなよ……」
俺がため息の後振り返って言うと、呆れた顔の三人が俺達のすぐ後ろを歩いていた。
「園山陽樹とその愉快な仲間で奴らを捕まえられるものかよ!」
久美の言葉に俺はすぐ反撃する。
「うるせぇなぁ。現に、昨日は変な二人組をなぁ…」
「二人組? 今街を騒がしている三悪党は、全員単独犯よ」
そう言った魅菜は、まだマイディアが怖いのか一人だけ少し離れていた。俺のそばでは久美と莉里がそんな事も知らないのかと言うように、俺に向かって嘲笑を浮かべている。
「単独犯……? なら……昨日のは違ったのか……」
がっかりすると共に、まだ昨日のような暴漢が他にもいるのかと思うと少し脱力してしまう。
俺が歩きだしても、まだ三戦姫はまとわりついて来る。
「私達がチョーサ中なんだから、低能力者は邪魔すんなよ! バカタレ!」
胸を張っている久美に俺は聞き返す。
「調査中? 戦姫達で何かやってんのか?」
「犯罪者を捕まえるとボーナスポイントだからね! 優等生な私達はこのまま駆け上がりたい訳さ! 他の学園に舐められる訳にもいかないし!」
国家の中枢たる役職に就くには、数値化した能力の他に実技や実績が評価される。戦姫達は俺みたいな落ちこぼれと違って、先が良く見えているようだ。
「三年を差し置いて、学園代表気取りかよ?」
「何言ってんの! 園山陽樹みたいなナメクジと違って、私達はクラス一位や学年トップの称号でも甘んじて受けている身分なのだ。もう学園代表してもおかしくないんだよ!」
「分かった分かった。怪我しない程度に頑張れよ」
俺は、久美達に向かって手をひらひらとさせると上靴を履き替えた。そして、まだがなり立てている奴らに背を向けて真衣と二人で校門へ向かう。
「うっせーよなあいつ等。真衣は知らなかったかもしれないけど、奴らしょっちゅう俺に絡んでくるんだ。俺なんか相手にしても、実績とかには絶対ならないのにな。なんでだろ?」
俺が軽く首を傾げながら笑ってみせると、俺の横で真衣は前を見ながらぽつりと言った。
「なんとなく……わかります」
「えっ? 何が? 奴らが絡んでくる理由が?」
俺が驚いて足を止めてしまうと、真衣はスカートを舞わせて勢い良く振り返った。
「優しいからじゃないですかね?」
「はぁ? ……誰が?」
真衣はそれ以上その話題については何も言わなかったし、目も合わせてこなかった。それとは対照的に、その肩にとまっているマイディアの方は家に帰るまでずっと俺を観察しているような様子だった。
◆ ◆ ◆
三人の女子学生は一人の男を追っていた。繁華街を人気のない方へ向かう。薄手のジャケットに付いたフードをかぶって走る男は、女子生徒達をぐんぐん引き離していく。
「久美は右! 莉里は左! 回り込んで!」
二人は右と左の路地へ消える。魅菜はそこから点滅を繰り返す様に瞬間移動をして追ったが、男は人間とは思えない速度で差を広げる。
「止まりなさいっ! 私達は大谷学園Aランクよっ! これ以上逃げるなら、加減しないわよっ!」
魅菜の静止を求める声は、男には全く効き目が無かった。振り返るそぶりも見せない男は魅菜の目の前で道を折れ、脇道に姿を消した。
「なんて諦めの悪い……」
魅菜も路地に入るが、すでに男の姿は無かった。用心しながら進むが、人の気配は感じられない。すぐに魅菜はポケットから携帯を取り出した。
「莉里、私、暴行魔を見失っちゃった! 位置分かる? ……えっ? 久美の方へ?」
「みぃーつけた」
不意に後ろからかけられた声に男は足を止めた。細い路地から出た久美は、そんな男へゆっくりと近づく。
「私ってさ、莉里ほどじゃないけどレーダーを持っているんだ。人間から発せられる電磁波をキャッチ出来たり、地面に足跡として残っている静電気を探知出来たりとかね」
久美は右の手のひらから白い火花を散らせて、男の真後ろに立った。
「別に気絶させて捕えたって良いんだよ。一億ボルト、くらってみる? 心臓が止まらなきゃいいけどっ!」
久美はくすくすと笑いながらも、その瞳は油断なく男を見ていた。
そんな時、おもむろに男は振り返り、半身の姿勢を取りながら片手を久美に向かって上げた。それが攻撃の姿勢だと悟った久美は、両手から稲妻を男に放った。
「うっ……そ。何……あんた……」
稲妻に包まれても身じろぎひとつしない男。フードの陰からわずかに見える口元が緩んだ。
[ボキッ!]
「きゃぁぁぁぁぁ!」
何か乾いた物が折れる音の後、久美の悲鳴が辺りに響き渡った。




