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零の魔女  作者: 音哉
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第6話 「三戦姫」

 鳥の鳴き声がした気がする。俺が目を開けると、カーテンの隙間から明るい光が差し込んでいる。


「今何時? 嫌な予感が……」


 壁の時計が指し示す時間は、学校のホームルームが始まる五分前だった。


「遅刻だぁ!」


 俺は立ち上がって着替えようとすると、すでに制服を着ている自分に気が付く。そうか、昨日は夜更けまで話をしていて、いつの間にか……


 当然部屋には真衣とマイディアも転がっている。


「真衣っ! 学校へ行くぞっ!」


「ふにゃ?」


 寝言なのか返事なのか、明瞭では無い言葉を発している真衣を抱き起し、俺は二人分の鞄を持つと玄関に向かう。慌てている俺の足の下に何か柔らかいものが挟まった気がする。


「ふにゃぁぁぁ!」


 途中、マイディアの尻尾を踏んでしまったようだ。叫び声をあげたマイディアには構わず、玄関を飛び出た。


「まてぇ! 体を返せっ!」


 ドアを閉めようとしたところ、隙間からマイディアも飛び出してきた。ガン無視を決め込んだ俺は、鍵を閉めて学校へ向かう。その時には真衣も目を覚ましたようだった。


「髪がぼさぼさだし、スカートもしわしわですぅ!」


「体を返せぇ!」


「俺もだから気にするなっ! ホームルームに遅刻は確実だが、一時間目の能力開発授業は遅刻する訳にはいかんっ!」


「体を返せぇ!」


「私、出席点で稼がないといけないんです!」


「体を返せぇ!」


「分かってる! 俺もだっ!」


 俺達二人と、一匹の鳥のような動物は、猛スピードで川沿いの土手を走って学校へ向かった。


 ……昨日の二人の死体は、すでに清掃員が片づけてしまったようで姿が無かった。




「はあ……はあ……セーフだな」


「か…からだを……」


「私……こんなに走ったの初めてです……」


 歩いて三十分かかる通学路を、全力疾走で十分に圧縮した。俺達は息を整えながら階段を上る。マイディアの奴も慣れない体で長距離飛んだからか、息も絶え絶えな感じだ。


「昨日結論が……でたじゃろ……? 真衣の体は……やはり私の体じゃと……」


「だから……結論出ただろ……。世界征服を考えている奴には……体を返さないと……」


 俺は教室に近づいたと言う事で、少し余裕が出たのでマイディアに答えてやった。



 確かに、今の真衣の体はマイディアの物だったのは間違い無いようだ。真衣はやはり彼女の記憶通り、一昨日の晩に死んでしまった確率が非常に高い。


 マイディアとの戦いに敗れた次元竜は、俺達の世界を征服しに向かおうとしているマイディアの魔力を最後の力で封印しにかかった。はっきり言ってすげー良い竜だぜ。それで、最後の一押しとして、別次元に漂っている真衣の魂を呼び寄せた。


普通、別の魂や思念が他人の体を一時的に操るような事は出来ても、元いる魂を押し出して新しい魂が定着する事などありえないらしい。しかし、真衣とマイディアがどちらもクローンで全くの同一人物だとすると、弱められたマイディアはすっこんと真衣と入れ替わってしまう事も考えられるようだ。



 マイディアが真衣と同じ素体を元にしたクローンだと考えられる理由は、『箸を使える事』以外にもまだあった。名前だ。恐らく六千年生きている間に堀田真衣って名前を忘れて、真衣……まい……マイ……マイディアと、魔界風になったのではないかと言う事だ。


姿については若返りと不老化の魔法を使っていたようで、見た目は高校生の歳にしていたらしい。基本的に今も封印され続けているので、マイディアは自分の意志で真衣の体を奪い取る事は出来ない。真衣から渡す気になれば……昨日のように入れ替わることが出来る…のかもしれない。要するにそのあたりは次元竜に直接聞かなければ分からない。


 本来はマイディアの体だったので返すのが道理のように思えるかもしれないが、俺達は何があろうとも返さない事に決めた。もちろん、最初は返そうかと思った。しかし、返せばマイディアは世界の半分を焼き尽くしてこの地球を支配するとのたまうのだ。はっきり言って、異能力で世界を支配している日本より性質(たち)が悪い。


 真衣が超能力壁(サイコスキン)のような魔法障壁(マジックスキン)?を張れるようになったのも、真衣の体に残っている残りかすのようなマイディアの魔力のせいじゃないかとマイディアは言う。


魔力を完全に封印されたマイディアなのだが、この世界にもある魔法因子と言う良く分からない物を利用して昨日あれだけの炎を出して見せた。


もし全ての魔力を取り戻せば、世界を焼き尽くせると言うのもきっと冗談なんかじゃない。あんな力、俺の知っている異能力とかのレベルじゃないんだ。魔法なんて冗談かと思えるが、実際人知を超えた巨大な力をこの目でみたら……信じる以外ない。




 教室に入る前、俺は飛んでいるマイディアの体を軽く突き飛ばす。


「ついてくんなよ!」


「わっ! 待て! まだ話が…」


 真衣と教室に入り、ぴしゃりと扉を閉めた俺。振り返ると、クラス全員の視線が向いていた。


「お…おはよーっす……」


 ひょっとして、女子と一緒に登校ってのは少し怪しかったかもしれない。しかも、ホームルームが始まってしまっているこんな目立つ時間に……。まあ、俺の家から一緒に登校したって事まではバレないだろうけど。


「遅いっ! 早く着席しろ!」


 担任の先生の声が飛んできた。俺と真衣はお互いの席にそそくさと座る。


 ホームルームの内容は、最近うちの生徒を狙った変質者が出るって話だった。それはもう大丈夫だな。



 締め出したマイディアはガラスを割ってなどなぜか無理に入ってくる事は無かった。それどころか、午前中姿を現さない。世界を手中にしようとしているあんな危険な奴は戻ってこなけりゃ良いんだが、簡単に体を諦めるとは思えない。


最悪あいつを……、いや、それは駄目だ。体を奪った挙句、命までとる事なんて出来ない。そんな事をする自分を俺は許さない。しかし、マイディアに本当の能力を取り戻させると、下手したら数千万人の犠牲者が出るかもしれない。


やはり何とか諦めてくれれば良いのだが。もしくは、体を移り変わる事を不可能にする事が出来たら……。




 時間は昼休みになっていた。


 俺が食堂から帰ってくると、真衣はいつものようにぽつんと自分の席に座っている。彼女の机には何も乗っていない。俺はその席に向かった。


「……何かあったのですか?」


 乱れた俺の髪に視線を向けている真衣の前で、俺は髪型を整える。


「いるか?」


 俺は、真衣の机の上に学食パン一番人気のツナメンチソーと飲み物を置いた。そして、真衣の前の席に後ろ向きで座り、もう一つ買ってあったツナメンチソーの袋を開ける。


「これ……良く二つも買えましたね? 私食べるの初めて……」


「能力者共の速さとずるさは半端ねーからな。こっちも必死だ」


 お金を渡すと言う真衣の申し出を断る。まだ昨日の宿題の借りを返せたと思ってはいないし、夕べ真衣に聞いた所、真衣の支給額は一日五百円だそうだ。一日二千円の俺が少しくらい出してあげても構わない。



 パンを平らげ、バナナオーレを飲みながらくつろいでいた俺の目の端に学生服が映る。横に誰かが来たようだ。


「仲が良さそうね。低能力者のお二人さん」


 話しかけてきたので顔を横向ける。女子学生が三人だ。こいつらは……


(さん)(せん)()か。放って置いてくれよ。……これから世界を救うための重要な会議をするんだから」


「あなた達が? 二人で? どうせツナメンチソーの具の中でどれが一番美味しいかって程度の話じゃないの?」


「……大正解。特賞としてハワイ旅行を進呈。さあ、とっとと旅行に行ってくれ」


 俺は、奴らに向かって手をひらひらとさせながら小さなため息をついた。


「ちょっと! 園山陽樹ごときが調子に乗ってんじゃないよ!」


魅菜(みな)さんに不遜な態度をとるのはおやめくださいませ」


 真衣は終始うつむいたままだ。当然か。真衣は、クラスでトップ3の力を持つこいつ等が大の苦手なはずだ。


 『(さん)(せん)()


 (ふじ)(えだ)魅菜(みな)長尾(ながお)久美(くみ)(ふか)()莉里(りさと)。あまりにも強すぎる力を持つこの三人は、畏怖を含んだこの呼ばれ方をしている。


「低能力者にからんでくんじゃねーよ。こっちは一日二千円でどう生きるか必死なんだからよ。お前らみたいに一万以上貰っているお嬢様は…、んっ?」


 突然、俺の右手からバナナオーレの紙パックが消えた。俺はストローをくわえたまま三人の真ん中の女に視線を向ける。セミロングで茶髪ストレートヘアのそいつは、バナナオーレの紙パックの口を開けると一気にそれを飲み干しやがった。


「甘ぁ~い……」


「……それが良いんだよ」 


 次の瞬間には俺の手に、空になったバナナオーレの紙パックが戻ってきている。


 瞬間移動(テレポート)。この驚異の力を持つのが三戦姫のリーダー格、(ふじ)(えだ)魅菜(みな)だ。涼しい目に高い鼻。クラスで人気を集めそうな美人だが、その能力のために特に恐れられている。もし俺に超能力壁(サイコスキン)が無ければ、彼女の手に握られていたのはバナナオーレでは無く、俺の心臓だったかもしれないと言えば分かるだろう。


「で、この子どうしちゃった訳? 言いなさいよ園山陽樹」


 そう言って、真衣の頭をわしわしと乱雑に撫でているのは長尾(ながお)久美(くみ)だ。こいつは常に俺の名前をフルネームで呼んでくるのでなんか面倒くさい。


「どうしたってなんだよ。別に俺と真衣は特別な関係ってんじゃなく…」


「そんな事聞いて無いわよ、園山陽樹。どうして真衣が超能力壁(サイコスキン)を張っているのかって聞いているのよ! 昨日まで才能のかけらも無かった無能力者がさぁ!」


「なんで超能力壁(サイコスキン)を張っているって分かったんだ?」


「静電気の僅かな流れの違いで私には分かるのよ! このバカ! このバカ!」


 長尾(ながお)久美(くみ)は何度も俺の顔を指差し直しながら、ショートカットの髪を揺らして罵倒してくる。


 静電気……か。真衣が張っているのは超能力壁(サイコスキン)ではなく魔法障壁(マジックスキン)だが、特性としては同じだろう。外からの圧力や化学変化を弾き返す、特異な能力によって作り出された鎧だ。



「別に……庶民が突然服を着たって良いだろ。まったく、これだから姫共は。何でも自分達に報告しないと許さないってんだから…」


 肩をすくめようと俺が広げた手を、長尾久美は掴んだ。


「話をそらすんじゃないわよっ!」


―バチッ―


「痛ってぇ!」


 久美と俺の手の間に青白い光が迸り、勢い良く俺の腕が弾きとんだ。


「次は全力でやって、手首から先を消し飛ばしちゃうわよ」


「あっそ、やってみろよ。今のが全力のくせによ」


 図星だったようで、久美は悔しそうに俺を睨んでいる。しかし、俺も強がっていた。今俺は、腕全体どころか胸の辺りまでしびれて全く動かない。久美は発電(ジェネレイト)能力者(エレクトリシティ)。簡単に言うと人間スタンガンだ。


 三戦姫は、三人ともレア能力者だ。おまけに強力。だからこそ、このクラスでのトップ3であり、全四クラスの俺の学年でも上位だ。ちなみに三戦姫の最後の一人である(ふか)()莉里(りさと)が特に稀有な能力を持っていて……


「お二人とも……朝帰りですね。同じ部屋から登校してきたようです。間違いありませんね?」


「――っ! ……お前」


 俺は一度莉里を見てから目を逸らす。こいつは精神()感応()能力者(パス)だ。超能力壁(サイコスキン)魔法障壁(マジックスキン)を張っている俺や真衣の頭の中は読まれていないだろうが、他の何かから読み取りやがった。鞄や手にした物の残留思念か? 全てを見てきたように言える(ふか)()莉里(りさと)の能力を、皆は『千里眼』と呼んでいる。


「だって、髪から同じシャンプーの香りがしていますので」


そう言って、緩く内巻きにパーマがかけられた自分の長い髪の毛を、人差し指に巻き付けながらくすくすと莉里は笑っている。


確かに真衣は、昨日俺の家で風呂に入ったので同じシャンプーを使っている。しかし、本当にそんな事に気が付いたのか? 普通に千里眼を使ったのじゃないのか? 超能力壁(サイコスキン)に包まれた俺の心まで揺らしてくる莉里が、三人の中では一番恐ろしい。


「マジかよ莉里! てめぇ園山陽樹! 無能力者の真衣を無理やり手籠めにしやがったなぁ! この、女の敵めっ!」


 久美は地団太を踏んだ後、俺の胸ぐらを掴んでくる。いつも真衣の事を空気の如く見ている三人の癖に、今日は真衣の事で妙に俺にからんでくる。どうでもいい存在であっても真衣は奴らと同じ女。男の俺の方が気に障るって事か?


「だから、俺と真衣はそんなんじゃねーっつってんだろ。昨日は真衣が変な男達に(まと)にされたから、それでいろいろあって…」


「来なさい、真衣」


「あっ! ちょっ…」


 俺の説明の真っ最中に、魅菜は真衣の手首を掴むと二人で教室内の空間から消えてしまった。


「くそっ! 待て魅菜っ! 真衣は不安定な状態で…」


 どこに行ったか分からないが、とりあえず教室を出て追おうとした俺の前に久美が立ち塞がった。


 ……真衣が心配だ。学校の生徒同士での殺し合いは暗黙の了解で行われないはずだが、それは法律でも規則でも無い。


「どけっ! 久美!」


 俺が睨み付け恫喝しても、久美の奴は薄ら笑いを浮かべている。 


「へー。すごい剣幕。昨日までなんとも無かったように見えた二人だったのに、急に真衣の事が好きになっちゃったの? ……それとも、彼女を無理やり襲って、それで情でもわいた?」


「違うって言ってんだろ! 真衣を一人にする訳にはいかねーんだよ。これは、魅菜のためでもある!」


「無敵の魅菜には何も心配ないわよ」


 俺は本気だってのに、久美は教卓の前にいる莉里と視線を合わせて笑っている。


「……世の中には、俺達の持っている異能力よりも不思議で強い力が存在するんだよ!」


「何が『俺達』よ! 私と園山陽樹の力を同列に扱うんじゃないわよ!」


 久美が腕を上げ、人差し指を俺に向けた。


―バチンッ―


 白い光がジグザグに空中を走って俺の胸に届いたのが見えた。しかし、そう知覚するよりも先に俺の体が後ろに弾け飛んでいた。


[ガシャガシャガシャ……]


 俺は机をいくつも弾き飛ばして壁に背をぶつけた。


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