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零の魔女  作者: 音哉
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第3話 「2042年 異能力都市東京」


 十五分くらい歩いただろうか。そろそろ左に曲がると繁華街のある辺りだ。俺と同じく真衣も一人暮らしだろうから、ファミレスでも寄ろうかと考え始めた。二人で別々にコンビニ弁当を食べるより、そっちの方が良いよな。


「なあ、真衣。飯でも…」


 隣に話しかけてみたところ、真衣はそこにいなかった。振り返ると少し後ろで真衣は足を止めており、前を指差している。


「陽樹君……。あそこ……誰かいませんか?」


 その視線をたどると、確かに三十メートル程先の橋のたもとに人影が見えるような気がする。そして、それはこちらに向かって歩いて来ているようだ。その様子が、なんとも不自然だ。会話もまるで聞こえてこないし。


「道を変えようか」


 俺は真衣の手を握ると辺りを見回す。変えると言ってもここは学校からずっと一本道だ。繁華街に行くには、あの橋がある場所を左に行かなくてはいけない。つまり、学校へ戻るか前から来る人の横を通り過ぎるかしかない。


「彼氏連れかぁ。まあ、この辺で手を打っておくか」


 顔がぼんやりと見えるような距離になった時、こちらに聞こえるようにわざと大きな声を出して言ったのが分かった。それと同時に人影が二つだと言うのも判別出来た。相手は二人。発した言葉からかなり好戦的だと予想される。……しかし、学校で感じた視線の相手ではない気がする。


「あれ? あの子……」


 二人は俺達の五メートルほど前で足を止め、怪訝な表情をしているように見える。二人の服装はだらしが無く、普通に働いているようには見えない。恐らく能力を磨くと言う理由で街をふらふらしている連中だ。そのうちの一人が、真衣を指差して言った。


「その子……。昨日殺したはずなんだけどなぁ。精神()感応()能力者(パス)か? 幻でも見せて逃げたのか?」


 真衣の手に力がこもった。同時に小さく震えている。


 殺した? 奴らの話が今一つ読めないが、こいつらが高校を中退(ドロップアウト)した奴らだと言うのは分かった。高校生で相手の精神に自分の考えを送り込めるような精神()感応()能力者(パス)なんてそうそういない。せいぜいうっすらと相手の考えを読める程度だ。そんな事も知らないなんて、学が知れている。


「まあ、俺達は外見が可愛けりゃ良いんだ。二十一世紀初頭の人間たちはそうだったらしいぜ。最近の奴らは中身ばっか気にしてよぉ」


 背が若干低く、細身の男がそんな事を言いながら俺に向かって手のひらを向けた。途端に俺の視界が歪む。


「くはっ!」


 俺は、左側から体当たりでもされたかのように吹っ飛んだ。そのまま数メートル飛んで、土手の斜面を川に向かって転がり落ちる。平らな所でようやく止まると、草の濃い匂いがつんと鼻を刺した。


「陽樹君!」


 土手の上から真衣の声が聞こえた。俺は慌てて立ち上がる。


「……?」


 目の前の中には、なぜかスプレー缶のような物が浮かんでいた。それが眼前でゆっくりとねじれていき、裂け目から液体が噴き出して周囲に飛散する。


 次の瞬間、撒き散らされた霧の中にオレンジの点を俺は見つけた。あっという間にそれは大きくなり、液体を巻き込んで強い光を放った。


―ボウン―


「――――っ!」


 俺は、車ほどの大きさの火の玉の中にいた。スプレーの中身が付着していたのか、すぐに手足の先までも炎に包まれる。


「いやぁぁぁ! 陽樹君っ!!」


「はい、お陀仏。俺達の最強火炎瓶コンボ」


 視界を覆うオレンジの壁の向こうに、力なく地面にへたり込んだ真衣と、顔をゆがめて笑う二人組が見えた。俺はそちらへ向かって、一歩、また一歩と土手を登る。


「俺、ここにたどり着くまでに息絶えるに五千円。お前は?」


「俺もそっちだ」


 二人の下品な笑い声と、「それじゃあ、賭けになんねーよ」って言葉が聞こえてくる。それでも俺は歩みを止めない。


「お……来るねえ。こんなしぶとい奴現代っ子にいたんだねぇ」


 でかい方に顔を向けていた細い男に向かって、俺は一気に土手を駆け上がって近づく。


「なっ! こっ…こいつ…」


[ガツッ!]


 俺の渾身の右ストレートを顔に食らった奴は、地面に倒れると横に二回転がった。


「馬鹿な……なんだこいつの能力は……」


 でかい方も俺から距離をとって様子を見ている。


「フレイムマン……なんてねっ!」


 そう俺は手を広げておどけてみせたが、真衣は下唇を噛みながら俺を見ている。滑っちゃったかな?


 俺は手足を振り、体も右に左に回転するように振ると、次第に炎は収まった。どうやら俺の体に付いた燃焼性の液体は燃え尽きたようだ。


「さて、まだやる? あんた達?」


 俺は手のひらを上に向けて、ちょいちょいと指を曲げて手招きをしてみた。そんな俺にでかい男と立ち上がった細い男はにじり寄ってくる。


「……あれ? やる気なんだ。……こりゃ困ったね」


 俺は右手を後ろに回し、座り込んでいる真衣に向かって川辺に降りろと指で指示を出す。 


 背後で真衣が土手を降りようと立ち上がった気配がした時、俺の上半身はがくんとゆれた。正面から熊にでも押されているような衝撃。もちろん、その力は全く見えない。



 『念動能力者(サイコキノス)』 ……超能力者(サイキック)の中でもスタンダードな能力だ。最も発現率が高いと言われている。見えない衝撃波で人を吹き飛ばしたり、物を浮かび上がらせて投げつけたりするのが基本戦術だ。


しかし、後ろに控えているでかい方の男がまたやばい能力を持っている。


発火(パイロ)能力者(キネシス)』 ……文字通り火を操る能力だ。何もないところから炎を作りだす。先ほどのこいつらが『火炎瓶コンボ』と呼んでいたのは、一人が目標の近くでスプレー缶を念動力で潰して破裂させ、もう一人がそこに炎を発生させるのだろう。手軽に入手出来るスプレー缶がまるで手りゅう弾や火炎瓶のような武器になり得る。



 俺が押し寄せる力に耐えている後ろで、真衣が土手から駆け下りていく足音がした。それは前にいる二人組の視線からも分かった。その隙を突いて、俺は動く足で土を奴らの方へ蹴り上げた。


「ちっ! 野郎!」 


 顔にかかった砂が目に入り、奴らはベタなセリフしか言えないようだ。俺も一気に土手を駆け降り、下にいた真衣の腰を掴んで川辺に生い茂る背の高い藪の中へ飛び込んだ。


「陽樹君、怪我は大丈夫ですか?」


「シッ!」


 俺は唇に指を当てて見せた後、小声で答える。


(大丈夫だ。俺は頑丈なのが取り柄だからな)


(頑丈って……それが能力なのですか?)


(そうだ。俺の能力は『超能力壁(サイコスキン)』だ)


(えっ? ……超能力壁(サイコスキン)って、あの基本能力の?)


(大当たり!)



超能力壁(サイコスキン)』 ……これこそ異能力者が持っている基本中の基本の能力。皮膚や服の上に張られる超能力によるバリアの事だ。強度は普通に人が突き出してきたナイフ程度なら弾き返す。


異能力者と呼ばれる者は、主にこれ以外の能力、例えば念動能力や発火能力を持つ者を指す。一般人は確かに超能力壁(サイコスキン)を張れないが、異能力の列には加えてもらえない中途半端な物、それが超能力壁(サイコスキン)だ。


普通は強度に強さ弱さが無いらしいのだが、なぜか俺はこの能力『だけ』に長けており、多分車が衝突してきても大丈夫な気がする。実験するのはお断りだけどな。



しばらく川辺は静まり返っていた。超能力壁(サイコスキン)もベクトル攻撃相手には強いが、細かい砂は目の中に挟み込んでしまう。奴らは俺達を完全に見失ってしまったのかもしれない。これで諦めてくれると良いが……。


なんせ、俺にはこの基本能力の超能力壁(サイコスキン)しかない。他に武器になりそうな物と言えば、先ほど一人の奴に食らわせた『一般人(パンピー)パンチ』だろう。威力はご存じの通りだ。

 

俺は当然と言えば当然だが、体格の良い男の方、発火(パイロ)能力者(キネシス)を警戒していた。今隠れている藪に火でも放たれたら出て行くしかない。


川に飛び込むにしても、真衣を抱えていては生存率が極めて低い。かといって、走っても異能力者相手に逃げ切れるかどうか。あっという間に火に巻かれたり、物が飛んできたりするだろう。


―シュッ―


 風を切るような音が聞こえた。だが、風の音では無い。何かが空を飛ぶ音だ。


 俺は真衣を両手で抱きしめると、その背中にのしかかる。


(えっ……えっ……陽樹君……ちょっとやめてくださ…)


(黙って!)


―ドッ―


(うっ……)


 肩に痛みが走った。見ると、やや小さめのナイフが俺の左肩に刺さっていた。


「みぃつけたぁ」


 細い方の男の声が聞こえた。恐らく念動力で操っていたナイフが俺の体で止まった気配を感じたのだろう。


 俺は肩のナイフを抜いてその刃を見る。大丈夫だ、僅かにしか刃に血は付いていない。数ミリしか体にめり込んでいないようだった。


それを地面にたたきつけて曲げると、俺は立ち上がる。


「逃げるぞ!」


俺は真衣と手を繋いで川辺を川上に向かって走る。橋を川側から回り込み、土手を登って繁華街に逃げる。


ちなみに、どうして一般人がこの東京特区を恐れているかの理由の一つに、『揉め事は自分で解決』のルールがある。つまり、警察のような物は存在しない。この街で生き抜くことが能力を開花させる方法だと、『実験』だとされているからだ。


しかし、無差別テロなどの『実験』を妨害し得る重犯罪が発生した場合には、その処理にあたる治安維持官と言う者がいる。ややこしい職務質問を避けるため、普通そいつらの前では揉め事を起こさないはずだ。この辺りにはいないが、繁華街には必ずいる。そこまで何としても逃げ切る。


怖い街? 人権? そんな物、東京特別区域実験都市には存在しない。なぜなら……


――街の人全てがクローンだから



引いていた手が急に重くなった。真衣を見ると、足に何かを挟み込んで転んでいた。恐らく念動力で飛ばされて来た角材か何かだ。俺は慌てて正面から抱きしめるように真衣の体を起こす。真衣は俺と抱き合ったまま、俺の目を見て強い口調で言った。


「逃げて! 陽樹君には関係無いもの! このままじゃ、殺されちゃいます!」


「馬鹿言うな! このまま逃げて、明日お前が学校に来なかったなら、俺は一年間後悔する! いや、一年後に新しいお前が現れたとしても、それはお前とは別人だ! 一生後悔するくらいなら、お前だけでも助けてみせる! 来年現れた新しい俺には、それを伝えてやってくれ! そいつは喜ぶぞ! なんせ俺は単純だからな!」


「私が生き残っても、陽樹君が死んじゃったら同じように後悔しますっ!」


「なら、やることは分かっているだろ?」


 俺はそこで真衣に笑ってみせると、自分の質問に自分で答える。


「二人とも死ぬか、二人で生き残るかだ」


「は…はいっ!」


 笑顔に変わった真衣の手を引き、俺達は橋の真下まで走って来た。上は片側一車線の道路があるそれほど幅の広い橋ではないので、あと二十メートル程走って土手を登れば繁華街へ一直線だ。


[ガシャッ]


 そんな俺の体にとんでもない勢いで自転車がぶち当たった。おまけにそれを俺は足に引っかけて転んでしまう。


「一人で逃げろ! 真衣!」


「いやっ! 二人でって陽樹君は言いましたっ!」


「……そうだったな。それにお前……命令しても断れるじゃないか」


 はっとした顔をしている真衣を俺は笑い、自転車から足を抜こうとする。しかし、自転車の金属パイプ部分に俺の足は複雑に絡みとられている。これは……念動力で曲げてある。そうか、俺が転んだのもそのせいか。


 奴らは悠然と俺に向かって歩いて来ていた。もう十メートル程の場所にまで迫っている。ピンチには変わりないが、奴らの事で分かった情報もある。あの大柄な男、発火(パイロ)能力者(キネシス)だが力は大した事が無い。それは最初から薄々分かっていた。


発火(パイロ)能力者(キネシス)は結構レアな能力であるため重宝される。そんな異能力者が街でくすぶっている訳がない。つまり、取るに足りない程度の弱い能力のためこんなチンピラに身をやつしているんだ。


だが、注意すべきは念動能力者(サイコキノス)。単純な能力のため、力量が大きい場合が多い。純粋な戦闘能力で言えば、同じ素質ならこれが一番だと言う説が有力だ。特に超能力壁(サイコスキン)を持たない一般人相手なら、瞬きしている間に首の骨を折られて終わりだ。



「お前の能力は結局なんなんだ?」


 細い方の男が俺に言った。

 

奴が女なら、自分達が勝ったのは間違いないので、いまさら能力を聞いたところで意味の無い事だと合理的に考えただろう。しかし、男ってもんはなぜか聞きたくなるんだよな。


「えーと。……女にもてる能力? あんたらと違ってねっ!」


 俺が歯を見せる前に、でかい方の男の足が俺の腹にめり込んだ。精神力を使い過ぎて超能力壁(サイコスキン)が弱まっているのか、結構な痛みを感じる。


 目を開けると、細い男が俺の前で手を空に向けていた。街灯が無いので良く見えないが、鉄パイプが空中に浮かんでいるような気がする。どうせその辺に落ちていた物だろうし鋭くとがってはいないだろうが、飛んでくる威力次第では俺の弱まった超能力壁(サイコスキン)を貫通するかもしれない。


 本当に残念だ。クラスの奴らに、俺がのたれ死んだって情報の前に、『女を助けて』って言葉を何とか伝わるようにしておきたい。


しかし、真衣はもうすでにでかい方の男に捕まっている。このままでは二人ともこの世界から消え、次の春には別の真衣と俺が学校で出会う事だろう。


そう、俺達はクローン技術で作られた人間。死ねば新たに作り、運よく生き残った個体は国のために働くことになる。それが、異能力、超能力で世界を支配した日本の方針。



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