第21話 「三戦姫 魅菜 その力」
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繁華街の道を歩いて行く稲垣。賑わいを見せる商店街の入り口にたどり着くと後ろを振り返った。陽樹達の姿が無い事を確認すると、ポケットから真新しい携帯を取り出す。そしてボタンを二度ほど押すと、耳に当てた。
〈もしもし〉
「僕だ。番号が変わっているけど、稲垣だ」
〈何か用なのか?〉
「零の魔女の拉致を頼む」
〈なに? それは稲垣の仕事だろ? 都合でも悪くなったのか?〉
「そう言う事にしておいてくれ」
〈分かった。貸し一つだ。しかし、人をさらうなんて仕事、稲垣の能力向きだけどな。私に頼むって事は、凄惨な拉致現場になるぞ? 稲垣が気に入っていた……園山陽樹君だったか? 奴が邪魔するなら、私は器用に切り分けたり出来ないぞ〉
「…………構わん。邪魔する奴はバラバラにしろ」
〈了解。周りにいた全員の体のパズルを作ってやる。期待していろ〉
稲垣は電話を切ってポケットの中に戻した。その瞬間 [ガシャンッ!]と音がして、稲垣の横の看板がひしゃげて弾けた。通りにせり出しておかれていたそれは、プラスチックの部品をまき散らして商店街の通路に散らばる。周りの人が何事かと目を向ける中、稲垣は全く気が付かなかったように歩いて行った。
稲垣からの電話を切った女は、髪を一まとめにしていたバレッタを外した。アップにしていた髪がほどけ、それが肩にかかる。
「せっかく今日は夜更けまで遊ぶ気だったのにな……。最近殺ってなかったから、工業エリアでは油断して出てきた蟲共が沢山湧いてそうだったのに」
そう言いながら女は手に持っていた刀を少し抜いた。中から銀色の刃がのぞく。
「陽樹がどうかしたの?」
誰かの声が聞こえ、刀を持った女は顔を上げた。正面の塀の陰から、今の声を発した女の子が現れる。肩よりも少し長い茶色の髪を持ち、涼しい目に高い鼻。三戦姫の一人、藤枝魅菜だった。
決定的現場を見るまで観察を続けようと思っていた魅菜だったが、陽樹の名前と不穏な言葉が出たことで姿を現していた。
「もう一度聞くけど、陽樹を……どうするつもり? 答えによっちゃぁ……許しませんよ、沢村先輩」
魅菜が一歩近づいてきたのを、刃物を持った女、沢村良子は嬉しそうに見ている。
「零の魔女を拉致する障害。これも……そうだな」
そう言うと、沢村は刀を最後まで抜き、鞘を投げ捨てた。二人は工業エリアの入り口付近まで来ており、周りには他の人影は無かった。
「殺人鬼の正体は沢村先輩だった。そう取って良いんですよね?」
「明るいうちから殺すのは、初めて人を切った時以来だ。でも、どうして私に目星をつけたのだ?」
「先輩、この間会ったとき、陽樹の……右腕を見ていましたよね? 初対面の男の子の腕なんてどうして見たんですか?」
「……なるほどな。切り落としたはずなのに……と思ってつい見てしまった」
「そう言う事です」
魅菜が笑ってみせると、沢村も刀を上段に構えて笑った。そして、笑顔のまま口を開く。
「なら、どうして一人で来たんだ?」
沢村は地面を蹴ると、猫科の猛獣のようなスピードと跳躍力で刀を振り上げた姿勢のまま魅菜の前に飛んでくる。しかし、振り下ろした刀の軌跡上には魅菜はおらず、空振りをした沢村を数メートル離れた場所に立って見ていた。
「沢村先輩は言っていたでしょ? 戦姫が三人いたら歩が悪いって。あれを訂正させようと思いまして……」
久美は一度言葉を切り、微笑んでからまた続ける。
「……一人相手でも手におえないってさっ!」
次の瞬間、魅菜は沢村のすぐ後ろに立っていた。表情を変えた沢村は、刀を地面と平行に振りながら後ろを振り返る。しかし、それを魅菜は刀の届かない所から笑って見ている。
沢村は刀を肩にかつぐと、一度視線を逸らしてから息を吸い込み、魅菜を見ながらため息を付いて言う。
「瞬間移動能力者……聞きしに勝る能力だ。だが、逃げ回っているだけで私を倒す気か?」
「私が逃げている? まさかまさか。私にとって、逃げると攻めるは同義語よ」
そう言って魅菜は、まるで手の届く場所にいる敵を相手にするかのように足を振り上げる。
[ドカッ!]
誰もいない場所を蹴ろうとしたように見えた魅菜。しかし、消えたかと思うと沢村の背後で蹴りの続きを始めた。その足先が沢村のわき腹にめり込む。
「かっ……はっ……」
左腕で自分のわき腹を押さえながら、右手で後ろにいる魅菜へ刀を振るう沢村。しかし、目の前には誰もいなく、その自分の後ろにまた魅菜が立っている事に気が付き沢村の目が見開かれる。
[ガッ!]
頭を足で薙ぎ払われた沢村は、側転をするように吹っ飛ばされた。しかし、沢村の方も宙返りをして着地をする。
「空手か?」
沢村は歯ぎしりをしながら魅菜に問う。
「いいえ。テコンドウよ」
首を振る魅菜。その後ろで先ほど沢村が捨てた刀の鞘が浮き上がり、魅菜に狙いをつけていた。
沢村の口元が緩んだ瞬間、その鞘は動き出す前に魅菜によって掴まれていた。
「念動能力者でしょ。調べはついている。でも、発火能力者って話もある。その訳について教えてくれません? ……なら、暴行魔の方も正体が分かるかもしれない」
魅菜は言い終えると、両手を使って水平に構えた鞘に膝を叩きつける。折れたそれを後ろに放り投げると、工業エリアにカラカラと乾いた音が響く。
「ふん……。暴行魔の見当もついているって言いたいのか? なら教えてやる。暴行魔と呼ばれている男は稲垣敦。すでにお前の友達の園山って男子と接触している」
「へぇ……、やっぱり仲間だったんだ。すぐに陽樹に教えてあげないと」
「無駄だ。園山を殺す命令は稲垣から私に下りている。今日中に私が殺す。そして、零の魔女はいただく」
「……零の魔女?」
聞きなれない言葉に魅菜の眉は動く。
「そこまで教える気は無い。……まあ本当のところ、私も良く分からないしな」
「別に良いや。関係なしに、あなたの命はここで摘んでおく。陽樹は私が守るから」
魅菜は足をぐっと開くと、沢村を睨み付けた。
「ふふ……。奴はもてるんだな。なら、お前の首と園山の首を並べて飾ってあげようか」
「力の差がまだ分かってないみたいねっ!」
魅菜が瞬間移動する。しかし、移動したその先には沢村の姿は無かった。振り上げていた足が空振りをし、魅菜はバランスを崩す。その魅菜の顔に後ろから伸びてきた手のひらが触れる。
「お…そ…い…ぞ…」
頬を撫でられた魅菜の顔はひきつった。
「――――っ!」
瞬時に瞬間移動をして場所を変えた魅菜だったが、その目に刀を振り上げている沢村が映る。
「死ねっ!」
だが、沢村の刀は空を切った。魅菜はその周りを点滅するかのように現れたり消えたりを繰り返し、まるで分身をしているかのように連続で瞬間移動する。
「それで?」
沢村が一回転をするように刀を360度水平に振ると、一人の少女が吹っ飛んで転がり残像は全て消えた。
尻餅をついた魅菜の顔に、正面に立った沢村の刀の切っ先が向けられた。
「確かに瞬間移動自体には付いていけない。しかし、反応速度が遅い。姿を現したお前が私を認識するまでに、私はお前のすぐそばにまで近づける」
魅菜がじりじりと後ろに下がって逃げようとするのを、沢村は笑ってそれを見逃す。
「沢村先輩……。ほ…本当に人間?」
魅菜は言った後唾を飲み込む。それを見ている沢村の瞳は縦に割れ、その下から灰色の瞳が姿を現していた。
「残念ながら……もう人間じゃないかもしれない」
あっという間に距離を詰めて来る沢村は、刀を振り上げて地面に座り込んでいる魅菜を真っ二つにしようと迫る。
しかし、魅菜はその姿勢のまま一直線に後ろに点滅を繰り返し、沢村の刀が届かない距離を保つ。
「逃がすかぁぁぁ!」
徐々に差を縮める沢村だったが、それを見る魅菜の表情には余裕があった。いつの間にか戦いの前に手放していた鞄が手に握られており、その中から短い棒状の物を取り出す。
―シュッ!―
立ち上がると同時に魅菜がそれを投げた。長さ15センチ程の手術用のメスの形をした刃物が二本、沢村の顔に向かった。
拍子抜けと言った表情の沢村だった。しかし、空中にあったメスが消えたと感じた瞬間、自分の目の前数センチの距離に現れた時、歯が食いしばられる。
[キキンッ]
超人的な速さで動かされる刀、その根本で沢村はメスを弾いた。そして前に視線を向けると、魅菜は全長30センチ程のくの字型武器を手にして沢村の前に立っていた。
「重さ一キロ。これが高速回転をしながら空中から舞い落ちてきたときの威力は、とても超能力壁じゃ防げないよ。……あ、奴なら刺さらないかもだけどね!」
魅菜は会話を楽しむような感じで言ったのだが、それには答えない沢村は顔をゆがめてまっすぐに魅菜に襲い掛かってくる。
「心まで人間じゃ無くなってそうね。私はこの武器を受け取りに行っていたせいで陽樹とのデートが出来なかったんだから、その分楽しませてよね」
「ギャハハッ! 赤い血を見せろっ!」
その沢村の言葉で、魅菜はどうして殺人鬼が照明の真下で人を襲うのかおおよその見当が付いた。
魅菜は、化け物になった沢村に向かって金属製のブーメランを投げる。しかし、それを沢村は首を軽く横に曲げて避けた。
「勝った気になってんじゃないよ。せ、ん、ぱ、い!」
また魅菜の体が点滅を繰り返す。辺り一帯は連続瞬間移動をする魅菜の残像で埋め尽くされた。それに対して、沢村も先ほどのように刀を振り回して剣圧で魅菜を近づけさせまいとする。
―ビュンッ!―
沢村が体を仰け反らせると、前髪の半分をブーメランが切り落とした。そのブーメランを魅菜が掴んだと思うと、また空中に放り投げる。ブーメランも点滅を繰り返して飛び、その軌道は投げたら戻ってくるだけのブーメランとは異質な物になっていた。
「私が一人で来た理由そろそろ分かりましたか? 私は、一人の方が戦いやすいの。戦場全体の空間を利用するからねっ!」
そう言葉を投げた魅菜の隙を沢村は逃さなかった。一瞬動きを止めた魅菜に沢村は襲い掛かってくる。
―ザクッ!―
沢村の視線が自分の足へと下がる。沢村の足は、魅菜が瞬間移動させて地面に逆さに置いたメスを踏み抜いていた。
「ガァァァァ!」
しかし、沢村は刀を両手で握り、その場で真上に振り上げる。目の前に立っている魅菜は刀を避けようとするそぶりは無かったが、沢村を見ながら首を横に傾けた。その瞬間、魅菜の頭の後ろから現れたブーメランが沢村の顔に向かって飛んでいく。
―ブシュッ―
それもギリギリで沢村は体をねじって避けた。額から血が噴き出すが、その目は魅菜を睨み付け、バランスを崩しながらも右手で持った刀を振り下ろす。
―ドスッ!―
沢村の動きが止まった。口から一筋の赤い滴が流れ出た。堪えきれないように開けた沢村の口から、とめどなく血が噴き出す。垂直に体を崩した沢村は地面に膝を付き、そのまま体を横に倒した。その首にはブーメランが後ろから突き刺さり、まるで奇抜なアクセサリーのように前側に突き出していた。
―パシッ―
沢村良子だった物を見ていた魅菜の手に、飛んできたブーメランが握られた。
「誰が武器は一枚だって言った?」
魅菜はそう言うと、肩をすくめてみせた。
「……まさか沢村がやられるとは。油断とは思えない。大谷学園の生徒か? 良い素質を持っている」
魅菜が武器を鞄に仕舞おうとした時、空から声が降ってきた。慌てて上空に視線を向けると、宙に浮かんでいる人間がいた。
「誰っ! ……いえ、放火魔は陽樹が捕まえ、殺人鬼は今ここで死んだ。なら、あなたが稲垣敦! 暴行魔であり久美の腕を折った男ねっ!」
魅菜はブーメランを持って大きく振りかぶると、上から地面へ叩きつけるように投げた。ブーメランは放物線を描いて急速に浮き上がり、稲垣の背後から襲う。
「――――っ!」
空中でブーメランは静止した。稲垣の後、一メートルの所で見えないクモの糸に絡め取られたように動かない。
頭上からゆっくりと降りてくる稲垣から瞬間移動で逃げようとした魅菜だったが、体がぴくりとも動かなかった。
「君には、陽樹君を呼び寄せるための犠牲となってもらう……」
そう言った稲垣は、魅菜の細い首を片手で掴んだ。




