第20話 「追う魅菜 現れる稲垣」
「本日もよろしくお願いいたします」
俺は真衣の部屋で両手を付いて頭を下げる。
「いいですよぅ。今日もお弁当を買ってもらったですし」
「いえ、本当に感謝しております」
挨拶の後、俺は部屋の隅っこで体育座りをして弁当を食べる。
学校の先生に家が無くなった事を告げた所、そのうち別の部屋が用意されるだろうからそれを待てとの事だ。『そのうち』って言葉の明確な期間を訪ねると、そのうち、らしい。
Cランクの生徒の扱いはいつもこんなもんだ。さまざまな申請はAランクが最優先され、次にBランク、忘れた頃にCランク、とまあ実に平等な物だ。「教室に泊まっても良いぞ」との先生の好意は丁重にお断りした。だって、学校に登校したら布団を敷いて寝ている奴がいたらどうする? おまけにシャワーも無いし……。
真衣の部屋は備え付けの物だけだ。消えて無くなった俺の部屋と同じ。しかし、やはりCランクの俺の部屋よりもDランクの真衣のアパートの方が中もボロい。部屋は驚きの四畳半と言う狭さだ。台所もここで何を作れるんだ?と言うような物。
こんな場所で二人が寝食を共にするんだからさすがの俺もドキドキが止まらない。おまけに風呂の扉は壊れていて、閉めてもすぐに開いてくるし……
その部屋で俺達は並んで寝る。一応言っておくが、目一杯離れても並んで寝るのと変わらない狭さなんだ。真衣は敷布団の上で寝て、俺は掛布団の上と、一組の布団を分けて使う。暑い季節で良かった。これがもし冬なら……、いや、考えないでおこう。
俺は昨日の疲れがまだ残っており、すぐに眠りにつけそうだった。もし、疲れが無い日なら眠れるかどうか………
朝、人の寝息で目が覚めた。ほんのすぐそばで寝ているようで、俺の顔に息がかかる。自分を落ち着かせ、ゆっくり目を開けると……トカゲの顔。マイディアだった。
「寝起き最高」
そう言うと、俺は起きて布団を畳む。真衣は低血圧のようで、俺が何度も起こすと三回目でようやく目を覚ました。ちなみにと言うか、やはりと言うか、マイディアも同じだったので俺は計六回も人を起こした。
朝ご飯は、学校へ行く途中のコンビニで一人一個パンを買う。俺と真衣の支給額を合わせた二千五百円で二人と一匹が一日生き延びなければいけないから大変だ。
真衣は一人の時、たった五百円でどうやって生活していたのだろうか。風呂場にはシャンプーもリンスも無く、石鹸が一個だったのは俺の涙を誘った。
何とか俺の支給額を増やしてもう少し余裕のある生活が出来るようにならないと……って、何故俺はずっと真衣と生活をし続けると考えているんだろう。そのうち俺の家も用意されるだろうし。あ、それなら俺の家に真衣を呼んだら少しは広くて良いかも。……って、どうもおかしいな俺。一緒に生活したがっているのか?
教室に入ると、いつもと様子が違う奴がいた。俺はそいつの席へ行ってみる。
「どうしたんだ? 頭なんて抱え込んで」
顔を上げた智也は目がうつろだった。
「なんか……体調悪くて……。昨日、河原で寝てたみたいでさ。気が付いたら暗くなってたんだ。それで風邪ひいたかも……」
「休めよ。投薬の日でもあるまいし」
「でも……学校来たら良い物見れるかもしれないから……もったいなくて……さ」
「そんなお前に『好色男子』の称号をやるよ」
そう言った俺だが、女子と同居中の俺もかなりの好色だと思われる事に気が付く。その事実は誰にも言わないでおこうと決めた。
すこぶる調子が悪そうだった智也だが、昼過ぎにはいつも通りの浮かれた男に戻っていた。馬鹿は風邪引かないって事は無いと思うが、馬鹿は治りが早いのかもしれないと言う仮説を感じさせる事件だった。
◆ ◆ ◆
放課後になり、陽樹と真衣はそろって教室を後にした。
帰り支度をしている茶髪でセミロングの女の子は、友達からアイスクリームショップに行かないかと誘われる。用事がある事を告げると、「最近付き合い悪いよー」と言葉が返ってくるが、友人二人の表情は怒っているものじゃなかった。ショートカットの子、ロングで内巻きの子に別れを告げると、その子の姿は教室から消えた。
いつの間にか校舎の屋上にいたその女の子は、フェンスの上に立って昇降口を見下ろす。細い足場をなんとも思っていない事が表情に現れていた。
下には靴箱から校門へ向かう長身の女の子がいた。それを見つけた時、彼女の口元は緩んだ。
「いた。相変わらず時間ぴったり。病的ね」
フェンスから木の上、木の上から電柱の上、点滅を繰り返すたびに彼女の位置は移動していた。それは、監視している長身の女の子の常に死角になる位置だ。
園山陽樹が通う学校で、最大十メートルもの距離を連続で瞬間移動出来る人間はこの女の子しかいない。一年生の中で『戦姫』と呼ばれる強い力を持つ三人の少女の内の一人、藤枝魅菜だ。
彼女はここ最近、目を付けた三年生の女子である沢村良子を観察している。昨日まではまっすぐ家に帰ってその後の外出は無かった。しかし、今日はどうなのか? 魅菜はそれを殺人鬼が事件を起こし、沢村良子が潔白だと分かるまで続ける気だった。
沢村良子は商業エリアへと向かう。彼女の家は中級住宅地にあり、繁華街を抜けた方が近い。ここまでもいつも通りだ。魅菜は基本的に高い建物から沢村良子を見下ろせる位置で監視をする。
「……っ?」
いつもの角を曲がらなかった。沢村良子はまっすぐ繁華街の中心へと向かう。気が変わって違う道を行きたくなった? それとも洋服を買いに行った?
いくつかの考えがよぎるが、監視を始めてから数日間、病的と思われる規則性を持つ彼女に変化があったと言う事は、魅菜に嫌な予感を抱かせるのには十分な条件だった。魅菜は自然と通学鞄を持つ手に力が入る。
――やっぱり、あの時の違和感は勘違いでは無かったのね
魅菜はこのチャンスを逃すまいと、さらに慎重に後を追った。
◆ ◆ ◆
俺はいつものように真衣と一緒に土手を歩いて居住エリアに帰る。時間は午後四時。今日の就寝までの自由時間はどんなことをして時間をつぶそうかとそればかりを考えていた。
四畳半の部屋で同い年の女の子と住んでいる。話題も減って行く中、今日は話を大げさに膨らまして間を埋めようかと思っていた。そんな時、川にかかる橋のたもとに見知った顔の人間を見つけた。
「稲垣さんっ!」
俺は走り寄ると、彼の目を見ながら軽く頭を下げた。
「久しぶりだね」
稲垣さんは俺に向かって手を上げて挨拶をしながら、視線が一瞬真衣の方へ向いた。それに気が付いた俺は先回りをして言う。
「あ……、彼女は堀田真衣って子で別に彼女とかじゃないですよ」
「ほんとぉ? それにしても羨ましい。陽樹君は繁華街で会った時はまた別の女の子を連れていたよね。あの巻き毛の子。モテるんだねー?」
「いや、あの子も彼女じゃありませんって!」
俺は手と首を思いっきり横に振って訂正すると、すぐに話題を変える事にする。
「そう言えば、稲垣さん最近忙しかったんですか? 俺何度かメールしたんですけど……」
「ああ……。ごめん。携帯が壊れちゃってね。新しいの買おうと思うんだけど、優柔不断だから中々機種が選べないんだよ」
「うわぁ、分かります! 俺も全然選べない性質で……」
それを聞くと、稲垣さんはいやらしく笑った。
「選べないって……女の子が?」
「だから違いますってっ!」
俺達は二人で笑った。普段稲垣さんとは騒がしい所でしか話をしていなかったので、川の傍のここでは彼の言葉の起伏や表情が読み取りやすくて楽しい。
……ん? そう言えば稲垣さんはどうしてこんな所にいるんだろう。この長さ百メートル程の橋を渡った先は普通の人間が暮らす街で、俺達クローンはゲートの外へ出て行けない。東京特区東地区でも東の果てになるここへ来た理由は……?
「ひょっとして……何か情報が入ったんですか? わざわざ俺に教えてくれに……来たとか?」
稲垣さんには暴行魔と殺人鬼の情報が入ったら教えてくれと頼んでいた。それの事だろうか? しかし、稲垣さんは顔をしかめながら「いやぁ……」と言って首を捻る。そして、真衣を指差した。
「えっとね、この子なんだけど……」
「真衣がどうしたんですか?」
俺が聞くと、稲垣さんは真衣を指差していた人差し指を丸めて腕を下ろす。そして視線を宙にやったあと俺を見た。
「この子……さぁ……」
「はぁ?」
また俺が聞き返すと、稲垣さんは肩を落としてうつむいた。しばらくそうしていた稲垣さんだったが、急に顔を上げると真衣に向かって腕を伸ばす。
―ガシッ―
真衣に伸ばしていた自分の右腕の手首を、稲垣さんは自分の左手で掴んだ。なにか、パントマイムでもやろうとしているのだろうか? かなり力が入っているらしく腕が小さく揺れている。
「稲垣さ……」
俺は彼の真剣な目に息を飲んだ。いや、真剣と言うよりも……
しかし突然稲垣さんは瞬きを何度か繰り返すと、俺に顔を向けて笑った。
「腕がつっちゃったよ。あいてて……。いやぁ、可愛い彼女だね」
「だから彼女じゃないですって……」
「君なら……彼女じゃなくても命を懸けるだろうね。最初僕と出会った時もそうだった。暴行魔に友達が怪我させられた件でって言っていたよね。友達思いだ」
「……え、ええ。命を懸けるかはどうか分かりませんけど、俺は自分の出来る事をするだけです」
「……彼とは……違うね」
「彼?」
「いや……なんでもない。……僕は急用を思い出したから帰るよ。君と……もう少し早く出会えたらなぁ……」
稲垣さんは何か仕事で悩み事でもあるのか、大事な部分の言葉をわざと消して俺に話しているようだった。すぐに背中を見せると、繁華街への道を歩いて行った。




