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零の魔女  作者: 音哉
18/22

第18話 「俺の家が…燃えた」



 それから三日経った。暴行魔の事件も殺人鬼の事件も聞かない。しかし、今日は半月に一度の放火魔が出ると言う日だ。昨日部屋の窓から見えた月で分かったのだが、今日はおそらく満月だ。半月に一度……満月と新月の日? 満月の日は人の犯罪が増えると聞いた事があるが関係あるのだろうか。


 腕もほぼ完治しているし、とりあえず今晩は一人で住宅街を歩いてみる。俺は一度脱いでいた制服をまた着こんで出かける用意をした。戦う可能性がある時は制服の方が都合良い。動きやすいから? 違う。制服は申請すればいくらでも支給されるが、私服はそうはいかないからだ。


[ピンポーン]


 身支度を済ませたとき、玄関のチャイムが鳴った。俺は携帯でインターホンの画面を確認する。


「ま…真衣?!」


 画面いっぱいに真衣の顔が映っている。……そんなにカメラに顔を近づけなくても分かるって。


 扉を開けると、真衣とその肩にとまっているマイディアがいた。


「悪い、今からコンビニに出かけようと思っていたんだけど……」


「私も行きますですっ!」


 どうやら、俺が放火魔を探しに行こうと考えていたのはばれていたようだった。




 放火事件については全て居住エリアの建物。そして、高級住宅地から俺達のアパートがあるような下層住宅地までと、広い範囲で起きている。


 居住エリアは東地区に三箇所あり、バイクも車も持っていない俺にその間を行き来して探すと言う事は難しい。なら、自分の家がある居住エリアに狙いを絞るしかないだろう。


確率は大雑把に三分の一ってとこか。しかし、一つの居住エリアは一キロ四方の広さがあり、賭けに当たったとしても最悪火の手が上がった場所まで一キロの距離があったりする。殺人鬼と違って自分を囮に出来ないので、捕まえる事は非常に難しいかもしれない。



 俺と真衣は、自分達の家がある東の端から西に向かって歩く。十五分くらいで西の端の高級マンションが立ち並ぶ辺りまで来た。住所は知らないが、この辺りに三戦姫が住んでいるはずだ。周りの豪華な建物は当然遺伝子認証型オートロック。赤外線センサーと床上圧力感知センサーがあるはずなので、どんな忍び込み方をしても警報装置が作動するはずだ。


「こっちでも放火はあるって聞いたけど、ボヤばかりだってのは……なるほど。真衣、戻ろうぜ。中級住宅地以下に範囲を(せば)めよう」


 俺は真衣と来た道を戻る。


高級住宅地には高精度な火災感知器と強力なスプリンクラーがいたるところに取り付けてあるようだった。俺が放火魔だったとしたらここは避ける。それに、こちらで放火があったとしても、たいした被害は出ないだろう。大きな建物が乱立している高級住宅地を除外すれば、パトロール範囲は約半分ほどになる。


「しかし、金持ち多いよな。クローン街でも貧富の差は中々のもんだ」


「魅菜ちゃん達みたいなAランクの人達が住んでいるのですか?」


「いや、Aランクなんて一握りだ。商業エリアで商売を成功させた小金持ちもいるだろうが、研究員も多いだろうな」



 あまり高校生たちの話には上がらないが、東京特区には研究エリアと呼ばれる場所がある。


直径十五キロ程の東京特区は四分割されて、東区、西区、南区、北区とあるのだが、その中心には異能力研究のための国の施設が集まっている場所が存在する。そこで働いているのが研究員だが、この人たちはクローンでも異能力者でも無く、普通の人間だと言う噂だ。


異能力を持っていると都合が悪いのか、ただ単純に勉強が出来る人間を日本全土から集めたらそうなってしまったのかは分からない。俺達街の人間には情報が全く入ってこないのが研究エリアだ。


研究員は街で普通に暮らしているらしいが、常に私服の治安維持官に守られて安全を確保されている……って、これも噂だ。精神()感応()能力者(パス)のように特殊な能力を持つ奴なら見分けられるだろうが、どんな研究をしているのかも分からないので誰も興味は無いだろう。


そう言えば稲垣さんは研究に協力しているって言っていたので、彼も研究員になるのだろうか。なら、研究員にも異能力者がいると言う事になるのだが、しょせん噂が違っていたと確証を掴んだとしても、何の自慢にもならない。




 中級住宅地を抜けた頃には時間は午後九時になっていた。放火魔は時間を選ばず現れるとの事だが、今日はこのまま家に帰って休もうかと言う気がしていた。


―ドンッ―


 俺の家まであと少しと言う時に、角から突然走って出てきた奴と俺はぶつかった。白いTシャツにジーンズと言うごく普通の少年だったが、すれ違いざま見た顔はキツネのように目つきの悪い奴だった。


「んだあいつ……」


 この程度、超能力壁(サイコスキン)があるので痛みなど感じないが、相手も痛がる仕草が皆無だったので能力者のようだ。


 前を向き直った俺は、何やら鼻を刺激する焦げ臭さを感じた。


「……まさか、このパターンって!」


 俺は角を曲がって正面を見た。百メートル程先に建っているアパートが一棟、業火に包まれている。


「や……やられた。俺のアパートだ……」


 俺は真衣と傍まで駆け寄った。恐ろしい勢いで建物が燃え上がっている。もちろんアパートの作りと住人は良く知っている。二階建てで一階と二階に四世帯ずつ。中の人は……?


 俺は耳を澄ませてみたが、野次馬の声以外何も聞こえてこない。この街の消防車や救急車の平均到着時間は三分程のはずだ。そのサイレンが聞こえないと言う事は、火をつけられてまだ二分も経っていないと言う事じゃないか? もしかして、さっき俺にぶつかってきたのは……? 


 追おうかと思った俺だったが、子供の名前を呼ぶ人の声が聞こえた。見ると、コンビニのレジ袋を持った女性が男の子の名前を叫んでいる。


「矢島さんっ! 鍵をくれ!」


 俺が両手で肩を掴んで顔の正面から言うと、誰の声も届いていなかった様子の彼女だったが俺に目の焦点を合わせた。この家族は良く知っている。母子家庭で三歳の子供を持つ母親。俺の斜め上に住んでおり、ゴミ出しでたまに会った時は世間話をする仲だ。


「真衣はここで待ってろ!」


 俺は矢島さんの手から鍵を奪い取ると、アパートの二階へ続く階段を駆け上がる。そうしながらも俺は精神を集中し、体中の皮膚を硬化させるイメージを作る。経験上、僅かにだが防御力が上がるはずだ。


「右から二番目っ!」


 矢島さんの部屋はここだ。鍵を入れるとすんなりロックがはずれる。ドアノブを握ると手のひらが焼けた音がしたが、構わず俺は回した。


 扉を開けると、そこには炎の扉がもう一枚あった。しかし、オレンジ色の炎の向こうに倒れている子供が見えたので、俺は構わず突っ込む。


 アパートの外側の壁はこれ以上無いくらい燃えていた。しかし、まだ内部までは火は届いていない。異常な程の外側の火の手の回り具合に、俺は発火能力者(パイロキネシスト)の仕業だと確信する。


 健斗君を抱え上げた俺だったが、逃げ道が無い事に気が付いた。窓を突き破って飛び降りるにしても、玄関の扉から出るにしても、俺は大丈夫だが子供はただじゃすまない。それほどアパートの外側は激しく燃え盛っていた。 


 俺は健斗君を包む物は無いかと見回してみたが、押し入れに仕舞われていた布団はすでに燃え上がっている。


「や……やばい。……ゴホッ、ゴホゴホッ!」


 俺は咳と共に膝を床に着いた。意識が混濁して思考が止まりそうになる。一酸化炭素だ。超能力壁(サイコスキン)は空気中にある有害な気体を除去できるような便利な物ではない。


「確実に死ぬよりは、健斗君も火傷の治療に賭けた方が…………」


 俺は左手に子供を抱えたまま、両ひざと右手を床に着いた。


 ――しまった、決断が遅かった


 手足がしびれ、動かなくなっている。脳よりも先に、体に一酸化炭素中毒の症状があらわれていた。


「たまんないね……。この……無能力っぷり…………」


 俺の目は勝手に閉じようとしていた。建物の熱気が心地よく感じてくる。


[ドーン!!]


 その時、大きな音と共にアパートが揺れた。地震……とは違う揺れだ。建物が片側に倒れていくような感じ。経験したことは無いが、山小屋が雪崩でも受けたようなのに近いかもしれない。


[ゴォォォォォ……]


 窓が窓枠ごと吹っ飛んで行った。そこから強烈な風が吹き込んでくる。台風の風どころじゃない。その十倍…いや、二十倍以上の強さの風かもしれない。うつ伏せになっていた俺の体も浮き上がった。


[ミシミシミシ……バキバキバキ……]


 空中に浮き上がって仰向けになった俺の目の前で、天井が大きく裂けていった。そこから真ん丸で不気味な光を放っている満月がのぞく。


 俺は子供が飛ばされないように強く抱き直し、開いている片手で壁枠を掴んだ。部屋にあった物は全て窓と天井の裂け目から外へと放り出されていく。


 俺の体は右手を支点にして、真横に引っ張られて鯉のぼりのようになったり、真上に引っ張られて倒立のような姿勢になったりした。本当にもう限界だと手が離れた時、俺の体は床に落ちた。風はやみ、部屋の炎は全て消えていた。


 今がチャンスだと思い、俺は気力を振り絞って子供を抱きながら立ち上がる。数回の呼吸で少し回復したようで、ぎこちなくだが足は玄関の方へ動いた。


 扉を開けると、アパートを包んでいた炎は影も形も無くなっていた。気が緩んだ俺は廊下に倒れこんだ。


「…………ん?」


 俺は誰かに支えられて立っていた。顔を上げると、真衣の顔が見える。いや……この銀髪はマイディアか。


「レアス」


 マイディアの言葉と同時に俺の体全体が光った。急激に呼吸が楽になり、頭痛が引いていく。


「これで、今日の分は打ち止めじゃ」


 そうマイディアは言ったかと思うと、あっという間に髪が黒くなった。あどけない表情となった真衣は、俺を一生懸命支えようと踏ん張っている。俺も大きく息を吸うと、足に力を入れて自分の力で立った。


「健斗っ!」 


 階段を上がって、名前を呼びながら走り寄ってきた母親に俺は子供を渡した。


 涙を流して子供を抱いている母親を見ていると、俺はなぜか恥ずかしくなって顔を逸らした。アパートは壁が亀裂だらけで屋根はほぼ無くなり、今すぐにでも全壊しそうな状態だった。


 俺は母親を促し、すぐに階段を下りてアパートを離れる。


「ありがとう、園山君」


 到着していた救急隊員に子供を渡した矢島さんは、俺に改めて頭を下げてきた。アパートの他の住人も拍手をして俺を称えてくれる。どうやら全員無事のようだ。


「いやぁ……。いつも世話になっているお礼っすよ。ははは…は………っ!!」


 照れて鼻の頭を掻いている俺と目が合った男がいた。輪になってアパートを囲んでいる野次馬の中にいたそいつは、白いTシャツにジーンズ姿。顔は吊り目のキツネのような男だった。


 ――聞いた事がある。放火をした奴はしばらくすると現場に戻り、自分が燃やした建物を眺めるのだと言う。


 その男は、俺から顔をそむけて野次馬の中にすっと消えた。


「マイディアっ! 奴を追ってくれ!」


「おうっ!」


 マイディアは俺の頭を超え、野次馬も飛び越えて空を羽ばたいていく。俺もその後を続いて走る。


 野次馬の輪を抜けた時にはもう放火魔と思われるあいつは見えなくなっていた。俺は取りあえずまっすぐ進む。マイディアに回復魔法をかけてもらったとは言え足が少しふらついた。


恐らくマイディアは、今日の魔力の殆どを火を消し飛ばすための風の魔法のような呪文に費やし、わざとほんの少し残した魔力で弱い回復魔法をかけてくれたのだろう。なので、俺の体力は全回復とまでは戻っていないようだ。



 数百メートル走ったところに少し広めの公園が見えた。完全に見失ったかと周りを見回していると、真衣が俺に追いついてきた。


「無理するなよ。今日はもうマイディアと交代出来ないんだから」


「はぁ……はぁ……。はい……」


 肩で息をしている真衣の横で俺は公園に視線を向けてみる。……誰の気配も無いようだ。


[パタパタパタ……]


 羽の音がしたと思ったら、俺の肩にマイディアがとまった。


「いるぞ。滑り台の後ろじゃ」


「……へぇ。役に立つなぁ、マイディアは」


「礼としてアイス一つで勘弁してやろう」


「じゃぁ、後でコンビニに寄って買ってやるよ」


「SEVEN DAYSのストロベリークッキージャンク味じゃなければ駄目じゃ」


「はぁ……。舌が肥やがって……」


 俺はマイディアを腕にのせ、真衣の肩に移した。そして、公園に入り滑り台の手前で足を止める。隠れているのがばれたと悟ったのか、滑り台の陰からキツネ顔の男が姿を現した。


「お前が犯人って事で良いんだよな?」


 俺が放火魔の顔を指差して言うと、奴は俺に手のひらを向けた。


―ゴォォォォォ―


 まるで火炎放射のような炎が俺に向かってきた。俺は横に飛んで地面を転がる。


「正解なら、口で答えろよ」


 立ち上がって突っ込もうとした俺だったが、それを炎の渦が阻む。


「構うかぁ!」


 俺はその炎に向かって進む。さすが一、二分程でアパートを炎に包んだだけあって、ものすごい高温だ。俺の体から焦げた匂いがする。


「くらえっ!」


 オレンジの炎から飛び出た俺は拳を振るったが、そこに放火魔はいなかった。


「――っ! どこに……うわっ!」


 横から来た炎に俺は包まれた。すぐに反対側に飛び込み前転で逃げる。


「……やっぱり制服で来て良かったぜ!」


 Yシャツの袖や裾は焼け焦げていた。俺の超能力壁(サイコスキン)でもあの炎の中に二秒以上いるのはやばいようだ。


 一般人(パンピー)パンチでとりあえずぶっ飛ばし、転んだ放火魔のマウントを取ってぼこぼこにする。そんな俺の淡い夢は叶いそうにない。とりあえずあの右腕を何とかしない事には近づけない。


「うぉぉぉぉ!」 


 俺はわざと大声を上げながら右に動く。放火魔の手のひらからオレンジの光が見えた瞬間、左側に跳んだ。俺の体の半分は炎に包まれたがそれには構わず、俺はダンスのように回転ステップを踏んで右腕を伸ばす。


「――っ!」


「捕まえた」


 俺は放火魔の手首を右腕で掴んだまま、奴の肘に向かって膝を叩き込む。奴も超能力壁(サイコスキン)を持っているため俺の一般人(パンピー)膝蹴りではへし折る事が出来なかったが、十分手ごたえがあった。これでこいつを地面に倒して上に乗っかれば……


「……?」


 放火魔の右手を掴んでいる俺の顔を、奴の左手がぴったりと当てられて覆った。キツネ顔のこいつの口元が緩んでいる。……まさかっ!


 俺は無理やり体を仰け反らして手から逃れた。俺の顔の横を火炎放射がかすめた。


「両手から炎を出せるのかよっ!」


 俺は奴の腕を離して距離をとる。工業エリアで会った殺人鬼までとは言わないが、やはり強い。とても俺の勝てる相手ではない気がする。


[パタパタパタ……]


 なぜかマイディアが飛んできて俺の肩にとまった。


「なんだよ、下がってろよ。あと、真衣に援軍を呼ぶように頼んでくれ。戦姫達が来るまで俺が持つかどうか怪しいけど……」


「秘策があるぞ」


 マイディアはにやりと笑うとそう言った。


「秘策?」


「ああ。前にお前の体を治療した時に肉体強化の魔法を仕込んでおいた。本来は頑強な魔獣にかける簡易的な術じゃが、お前の体なら耐えられるかもしれない」


「かもしれないって……耐えられなかったらどうなるんだよ?」


「その時は体が木端微塵に吹っ飛ぶだけじゃ」


「へぇ。出来れば却下としたいもんだね」


 放火魔に顔を向けた俺にマイディアはなおも話しかけてくる。


「わしがあらかじめ呪文の詠唱を終えているから、お前は短い言葉だけで魔法を使えるのじゃぞ。感謝して今度唐揚げを買ってこい」


「はいはい。感謝してアイスと唐揚げ買ってやるから、言葉を教えろマイディア」


「唱えろ、『バイアス』と」


 そう言うと、マイディアは俺の肩から飛んで行った。


俺は息を大きく吸い込んでから、放火魔の顔を見ながらため息をつく。そして口を開いた。


「バイアス」


 体中に電気が走ったような感覚の後、体の筋肉が連続して小爆発をしているかのように痙攣を始める。関節と言う関節が猛烈に熱くなってきた。


「ばらばらになる前に勝負をつけるか」


 俺は軽く地面を蹴っただけなのに、全力で百メートル走のスタートをしたときよりも早く飛び出した。驚いた放火魔が手から炎を俺に向けて出してくるが、俺はそれを直角に曲がる事で避けた。そしてまた地面を蹴ると、計二歩で放火魔の真横に俺は立つ。奴の目は前だけを見ており、全く俺の存在に気が付いていない。


―ドゴッ―


 下から右の拳を放火魔のわき腹に突き上げた時、ようやく奴の瞳は俺の方を向いた。そんな奴の頬を今度は左手で殴る。


 放火魔は空を仰ぎながらもつれる足で後ろにさがった。追撃をしようと動いた俺に、放火魔は両手を向けた。


[ゴオォォォォォ]


 巨大な炎が迫ってくるよりも早く俺は後ろに下がる。奴は俺の素早い動きに脅威を感じたのか、両手を動かして辺り構わず無差別に公園を焼き尽くし始めた。遊具などの塗料が剥げ、黒く焦げていく。


「マイディア! 攻撃力が殆ど変ってないぞっ!」


 俺が真衣の肩にとまっているマイディアに言うと、すぐに声が返ってくる。


「移動に使う部分にしかかけておらん。もし全部の筋肉にかけたら、本当にお前はバラバラになるぞ!」


「しかしっ! これじゃ決定打に欠けて、被害が大きくなる!」


「一発じゃ! 一発だけ撃てるようにしておいた! 集中して放て!」


 意外に気の利く奴だと思った俺だが、マイディアは「本当にどうなっても知らんぞ」と付け足してきやがった。


「どうせこの間無くなりかけた腕だ! 未練は……あるけどまあいいやっ!」


 俺は、全方位に放たれる放火魔の両方の手から吹き出す炎をかわし、奴の正面に立った。俺の存在に気が付いた放火魔は、慌てて両側に開いていた腕を閉じようとする。


 そんな奴に対し、俺は全力で握った拳を突き出す。


「吹っ飛べ! 一般人(パンピー)パンチ!」


 俺が『自分の腕を見失った』と感じた次の瞬間、放火魔の顔に拳がめり込んでいた。めきめきと奴の頭がい骨と俺の腕の骨が軋む音がする。腕をそのまま振りぬくと、放火魔は空中で後ろに回転しながら飛んでいき、ジャングルジムにぶつかると逆さになってからまった。……もう動く気配は無いようだ。


「最後まで無口な奴だったな……」


 俺は、はぁと大きく息を吐いた後、振り返って真衣とマイディアを見た。拍手をしている真衣と、満足げなドヤ顔をしているマイディアに、俺は軽く手を上げて勝利宣言をしようと思ったんだが……


「痛てぇっ!」


 右手が上がらない。いや、それより問答無用で痛い。痛すぎる。吐き気が湧くほどの激痛に俺は腕を押さえてしゃがみ込んだ。そんな俺の前にパタパタと飛んできたマイディアは地面に立つと、俺を見上げて言う。


「たぶん筋肉がずたずたじゃな。全治一週間ってとこじゃの」


「……また右手が使えなくなったのかよ。せっかく治ったのに……」


 俺は痛みとショックで倒れそうになった。



 その後、放火魔は俺達の電話で駆け付けた治安維持官に拘束され、車に乗せられて連れて行かれた。


 ――やっとこさ一件解決って感じか?


 だが、一つの事件は解決したが、俺が家を無くしたって問題が急浮上した。アパートの他の住人は友達の家に泊まったりするようだが、俺はそんな知り合いなんて……


「私の家に泊まって良いですよ。いつまででも」


 そんな真衣の言葉に抗える財力も顔の広さも俺には無い。丁寧にお礼を言うと、真衣の部屋の隅で丸くなってその日は眠った。





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