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零の魔女  作者: 音哉
17/22

第17話 「容疑者浮上」




 翌日、俺の右腕はもう反応を見せだした。強く握ったりは出来ないが、指先が曲がるようになった。




そして一週間後。俺の手は日常生活には殆ど支障が無い程度に自由に動くようになった。ただ、箸を持つような複雑な動きと力加減をするにはもう二、三日かかるような感じか。


「はいっ! 食べて!」


 昼食時、一週間経った今も俺の口元に三種類のおかずが突き出される。三戦姫はお互いに見栄を張っているのか、日に日に弁当が豪華絢爛な物になっていた。今日はオリーブオイルの香り、スパイシーな香り、ダシの香りと、かなり手が込んでいるようだ。


「久美の骨折はどうだ?」


「うーん。後、一週間くらいはかかるみたい」


 久美は左腕のギプスをさすりながら、表情を曇らせている。


「放火魔が出るって日まであと五日。暴行魔と殺人鬼は俺が怪我をした日から現れていないって稲垣さんが昨日連絡くれたなぁ」


 俺は、昨日メールでもらった情報を皆に伝える。


「三人の犯罪者が同一人物だと言う説は忘れた方が良いと思います。暴行魔は間違いなく念動能力者(サイコキノス)。殺人鬼は恐らく発火能力者(パイロキネシスト)。放火魔については接触をしていないので不明ですが、予想では発火能力者(パイロキネシスト)


殺人鬼と放火魔が同じ発火能力者(パイロキネシスト)と言う事ですが、工業エリアでの殺人鬼の明るい場所のみに現れると言う異常な特性を考えると、放火魔とは別人だと考えるのが自然です」



 莉里の言葉に俺も頷く。ついでに言うと、俺が考えていた複数犯って線も消えた。


 俺は三戦姫の顔を見ながら言う。


「お前らは暴行魔に恨みがあって今は最優先にしているけど、元は犯罪者を全員捕まえる気なんだろ? なら次は取りあえず五日後に現れる可能性が大きい放火魔か?」


 しかし戦姫のリーダー魅菜は首を横に振った。


「やっぱり久美の怪我が治るのを待つ。戦力不足で挑むのは危険だって、陽樹と莉里の殺人鬼の件で良く分かったの」


 魅菜は俺の怪我をした方の腕を見ながらそう言うと、「陽樹も自重してよね」と付け足した。



 弁当を食べ終わりそれぞれが片づけをしていると、魅菜が思い出したように真衣に聞いた。


「そう言えば最近合成獣(キメラ)の死骸がいくつか見つかっているらしいけど、あなたのトカゲ…竜と関係あるの?」


 それには俺が変わって答える。


「俺もその話は聞いた。けど、これは関係無いはずだ。この竜はちょっと特殊で……、えっと、遠い所から連れてきたのだからさ」


「ふーん」


 魅菜もさして合成獣(キメラ)の死骸の話には興味が無いのか、突っ込んでは聞いてこなかった。


「まあ、合成獣(キメラ)なんかより暴行魔や殺人鬼だ。つっても、殺人鬼も今は肋骨が折れているだろうから、入院中ってとこだな」


 殺人鬼はマイディアの蹴りを胴体に受け、骨が何本も折れたような音をさせていた。恐らく一週間は絶対安静、完治まで一か月以上はかかるだろう。それだけの期間があれば、俺の怪我はもちろん久美の骨折も完全に治るだろう。



 俺はバナナオーレを飲みすぎたせいか、急に小便に行きたくなってきた。教室の時計を見ると、五時間目が始まるまでまだ十五分余裕がある。


「悪い、ちょっとトイレ」


 俺は席を立つと廊下に向かう。教室の扉を開けようとした時、同じように手を伸ばしてきた智也と目が合った。こいつもトイレに行こうとしていたらしく、俺達は連れションする事になった。


「良いよなぁ陽樹は。あんな美人達とご飯食べられて……」


 トイレに向かって歩いていると、俺の横で智也がぽつりと言った。


「はぁ? 顔はともかく、戦姫共は個性がきつくて面倒くさいぞ。でも、羨ましいって思ってんなら明日から一緒に昼飯食うか?」


「いやっ! いらないっ! だって機嫌を損ねるような事を言ったら、即、死につながるんだろぉ。変に耐久力がある陽樹じゃないと戦姫の相手は務まらないよっ!」


 顔と両手を強烈な勢いで横に振って智也は辞退を申し出てきた。


 俺達は用を済ませ、教室に帰る時に念のために俺は智也に聞いてみた。


「おい情報屋」


「なんだい?」


「……この学校に肋骨を骨折している奴っているか?」


「いるよ」


「そうか」


 俺はそこから数歩進んで足をピタッと止めた。


「いる?」


 聞き返すと、智也は俺に向かってやれやれというように肩をすくめてみせてくる。


「また美人の話? 陽樹は貪欲だなぁ」


「待てまてまてまて。意味が分からん。何の話だ?」


「えっ? 沢村良子先輩の話じゃないの? 今日登校してきた」


「ちょっと待ってくれって。その人は知らない。最初から話してくれ」


 聞けば、今の時代には少し珍しい『良子』と言う名前を持つその人は三年生だと言う。名前からの印象通り黒髪和風美人で、身長は智也とほぼ同じ175センチ近くの女子としては長身。ここ何日か学校に来ていなかったが、今日久しぶりに登校してきたようだ。休んでいた理由は、階段から転げ落ちて肋骨にひびが入ったからと智也のアンテナはキャッチしていた。


――175センチ。


確か殺人鬼もそのくらいだった。殺人鬼の事を身長から男だと思い込んでいたが……女だった? 確かに体は女のように細身だったと今なら思える。いや待て。肋骨が何本も折れたんだ。一週間程で学校に来られるとは思えない。しかし……確認はしておきたい。


 俺は智也に頼んで、その沢村良子と言う先輩の教室へ案内してもらう事にした。      


 

 沢村良子は昼休みで騒がしい教室の中で、静かに座って本を読んでいた。確かに切れ長の目、憂いを帯びたような表情は和風美人だと感じさせる人だ。髪は黒髪だが、くくってアップにしているので長さは良く分からない。


「あの人、髪の長さはどれくらいだ?」


「さぁ? ほどいている所見たこと無いからなぁ」


 殺人鬼は肩までのロン毛だった。沢村良子は髪をほどけばもう少し長いような気もしないでは無いが……やはり正確には判断できない。


 目を凝らして彼女の体を見てみると、白いブラウスの下にコルセットのような物が透けている。その他に、彼女のそばに変わった物があるのに気が付いた。


「あれは……なんだ?」


 俺は沢村良子の机の横に立てかけられている黒い棒状の物を指差した。真っ黒な木刀のようだが……


「刀だね。あの人は護身用に武器を携帯しているらしいよぉ。怖いこわい!」


 智也の答えは俺の予想通りだった。あの黒い鞘の中に真剣が入れられているのか。俺の頭の中で殺人鬼と沢村良子のイメージが重なった。しかし、肋骨を何本も折ったと言うのにこんな短期間で登校してくる程回復し、平然と椅子に座って本を読めたりするものだろうか……?


 智也に沢村良子の能力について聞いた所、やはり知らないらしい。自分の能力を晒すのはよっぽど力のある奴らだけだ。稀に智也のように「俺には女子のパンツを見る能力がある」と力は弱いくせに自慢してくる奴もいるけど……。


 俺は一旦教室へ戻り、放課後に莉里を連れてもう一度沢村良子を見に来ることにした。莉里は俺と同じく殺人鬼を直接見たし、何よりも人の能力が分かる。もし沢村良子が殺人鬼と同じ発火能力者(パイロキネシスト)なら……限りなく黒に近い。骨折についても音が派手なだけで、実際は大した事が無かったのかもしれないし、病院で特殊な治療を受けたのかもしれない。


念動能力者(サイコキノス)ですわ」


 残念ながら莉里はそう言い放った。確かに莉里も殺人鬼は男と思い込んでいたようだったが、沢村良子のシルエットはそれに近いと認めた。しかし、能力が違うのは決定的だ。


 俺達はいつものメンバー全員で話をしながら、学校を出ていく沢村良子の後を付いて歩く。


「しかし、一人の人間が一つの能力しか持てないのは本当なのか? 例外は?」


「ありませんわ。女性がY染色体を持たないように絶対です」


 三戦姫も真衣も頷く。俺ももちろんそれは授業で習ったし、テストにも出た。


「例えば……一人に二つの人格があった場合とかは?」


「二重人格であっても同様ですわ。異能力は思考に起因するものでは無く、体の遺伝子特性によるものです。遺伝子が二種類あるならともかく、普通ありえません」


「二種類か……。合成みたいだな。まるでキメ…」


 沢村良子の後をつけて俺達も角を曲がった時、俺の目の前に人が立っていた。


「……何か用か?」


 沢村良子は俺に向かって腕を伸ばしており、そこには鞘から抜かれた刀が握られていた。抜き身の切っ先は、俺の喉仏まで数センチと言う距離で突きつけられている。


「いやぁ……今から……みんなでSEVEN DAYSにでも行こうかなって……」


 俺がぎこちなくそう言い訳している間、沢村良子は視線を動かして俺達の顔を一人一人見ているようだった。


「一年生の戦姫と呼ばれている奴らか。全員を相手にするには分が悪いな」


 沢村良子は黒い鞘に刃を仕舞うと、壁を背にして俺らに行けと顎で合図を出した。


「先輩さようならー。……今日はどの味にしようかなぁ」


 そんなわざとらしいセリフを言いながら俺達は彼女の前を通り過ぎた。その先の角を曲がる時にそれとなく沢村良子を見ると、まだ同じ場所でこちらを見ていた。


 角を曲がって沢村良子の姿が消えると、俺はため息をつく。


「さすが三年。大人しそうに見えたんだけど、凄味があるよなぁ」


 最近の俺は異常としても、三年間この街で生き抜くには普通でもかなりのトラブルが伴う。一年生のAランクと三年生の同ランクを比べると、やはり三年生が上となる。それでも三戦姫なら今でも楽に三年生のAランクに入れる力があるだろうが、こいつらは特別だ。


「近くでじっくりと見ましたが、沢村先輩は間違いなく念動能力者(サイコキノス)でしたわ。鉄で出来ているはずの刀を微塵も揺れさせることなく、地面と平行に人に突きつけるなんて女子の筋力では難しいはず。彼女は念動能力(サイコキネシス)でそれを補っているようでした。恐らく筋力、瞬発力を念動能力(サイコキネシス)で強化して戦うタイプですわ。戦闘スタイルとこそ殺人鬼に近いですが……」


「元となる能力が違う。蒸気機関車と電車のような物。別人……か?」


 俺が言うと、莉里は頷いた。


 しばらく黙って歩いていた俺達だったが、魅菜が口を開く。


「莉里、気が付いた?」


「えっ?」


 莉里は目をぱちくりとさせて魅菜を見た。そんな莉緒の前で少し考えるような仕草をした後、魅菜は言う。


「沢村先輩の視線……違和感無かった?」


「ど…どういう事でしょう? 私は彼女の能力を探るのに神経を集中していましたので……」


「……んー。まあ私の気のせいか」


 そう言った後、魅菜はアイスの話題に話を変えた。


 SEVEN DAYSに着くと、俺と真衣は自分の分のお金は出すと言うのに、三戦姫はアイスを奢ってくれた。金に関して非常に気前の良い奴らだ。まあ、いつ死ぬか分からないこの街の住人だから、貯めこんでいても仕方が無いと言うのは共通してあるようだ。




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