第16話 「不遇? な陽樹」
次の日、俺はもちろん元気に学校へ向かう。腕が一本動かないくらいどうって事ない。それに、今日の晩には一日分たまった魔力を使ってマイディアが神経や靭帯などの主要部分を繋いでくれると言う。更に明日の治療の計三日で、元通りに腕に戻るだろうって事だ。
すごいよな、魔法って。俺もその回復魔法を教えてくれと頼んでみたが、才能のある奴で二百年かかるって言われたから瞬時に諦めた。その前に人間なら不老不死の魔法を習得するのが不可欠で、それには百年かかるって言うし……気の長い話だ。
授業中、端末を左手で操作するのは多少やり辛かったが、支障があると言うレベルではない。中学校の時はペンを持って絵を描くような授業があったのだが、高校では無くて助かった。しかし、箸は左手では持てないので、昼飯は昨日の晩と同じくパンにでもするかなって考えていた時……
「なんだよ莉里。俺は今から食堂へパンを……」
「お弁当なら作って参りましたわ。物を買うのにもその腕は不自由だと思いまして」
昼休みが始まった瞬間、莉里は俺の前の席に座った。なぜかその席の主は幻覚でも見ているかのようにふらふらと立ち上がって窓の外を眺めている。
「いや、ありがたいんだけどさぁ……食えるかな……」
莉里は俺の前で二つの弁当箱を開けた。中身はどちらも同じ。ご飯にハンバーグ、野菜炒めだ。しかし、どれも箸を使わないといけない物ばかりで俺には食べ辛そうだ。
俺がぎこちなく左手で箸を持つと、それを見た莉里は自分の顔の前で手を一つポンと叩いた。
「あらっ! 私としたことがうっかりしておりました! 仕方が無いですね。それでは私がお口に運んで差し上げますわ! はい、あーん」
「え……ええっ……? あ…あーん」
問答無用で運ばれてきたハンバーグを俺は口に入れた。味はとても美味しいんだけど……クラスの奴らの目が……。
「何しているの、莉里」
「何をしてるんだよっ! 莉里!」
ややこしい事に魅菜と久美がやってきた。最近こいつ等って俺の席を寄合場所にしているんじゃないだろうか……。
その二人に対して、莉里は妙に落ち着いた様子で言う。
「昨日の晩連絡しましたように、殺人鬼には出会えたのですが、私の力が及ばないばかりに陽樹さんが怪我をしてしまいましたわ。なので、そのお詫びを兼ねてお手伝いを……と」
「そっ……そこまでする事も無いでしょ!」
「そうだっ! 園山陽樹が怪我をしたのは、こいつの能力が低すぎたからだっ! 私達Aランクに落ち度があるはずが無いだろっ! だから莉里! 離れろっ!」
三人はあーだこーだと言い合いを始めた。しかし、魅菜も久美もなぜ弁当箱を二つずつ手に持っているんだ? 更には真衣ときたら、そんな俺達の周りをなぜかぐるぐると回って様子を伺っている。……弁当余っているみたいだから欲しいのか?
「そうだ真衣さん!」
真衣に気が付いた莉里が呼び止めた。真衣は恐るおそる俺の傍へ寄ってくる。
「貴方の能力は一体なんですの? 治癒? ……とか言ってましたけど」
「はぁ? 治癒ぅ? そんな能力あるはずねーじゃんかぁ」
莉里の言葉に久美は呆れ顔だが、莉里はゆっくりと首を横に振って見せる。
「昨日、私の目の前で陽樹さんの腕を繋げて見せました。私も実際目にしていなければ信じられない力です」
そこで俺は机を人差し指でノックし、注目を集めてから戦姫達に言う。
「まあまあ。お前らは考えたことも無いかもしれないけどさ、俺達低能力者は力について隠しておきたい訳だ。知られたらそれが命取りになるかもしれないしな。だから聞いてやるなって」
俺が真衣に助け船を出すと、莉里も不満そうな顔ながらそれ以上真衣に力の詳細について聞かなかった。
そして俺達は、なぜか弁当が二個余っていると言う事で、真衣とそのペットと言う事にされているマイディアを交えた六人で昼食を食べることにした。もちろん爬虫類嫌いな魅菜は、マイディアから一番遠い場所に座っている。
「それで、殺人鬼は追い払ったみたいだけど、奴の能力は何だったの?」
魅菜が俺と莉里の顔を交互に見ながら聞いてくるが、俺も莉里も言葉に詰まる。
「能力を表に出さない奴だったからなぁ。動きは早かったから……念動能力でも使ってたのかな?」
俺が昨日の戦闘を思い出しながら言った横で、莉里は「発火能力者」と呟いた。それを聞いた俺は驚いた。
火を使った気配は全く無かった。しかし、異能力者から漏れる力を感じ取れる莉里が言うならそうなのだろう。それでも、言った莉里は自信がなさそうにまだ首を捻っている。
「能力は間違いないと思うのですが……なぜ剣を振るって炎を使わないのか分かりません。あの時は力を温存していて……もっと本気になれば斬撃以外に炎を使う? って事かもしれませんわ」
「違うな」
俺達はその言葉を放った奴の顔を全員で見る。それは、唐揚げを頬張っている小さな竜の姿をしたマイディアだった。
「き…合成獣ふぜいが何を偉そうに……」
馬鹿にしたようにそう言った久美の前で、マイディアはごくんと唐揚げを飲み込んだ。
「あれは、その火?の能力と言うものを使って、筋肉の温度を限界まで上昇させているのじゃ。人間とは思えない素早さで動けるが、その分体の痛みは激しく短時間しか使えないじゃろうな。わしの魔法と違って、荒い術じゃ」
「魔……法?」
同時に首を傾げた三戦姫に向かって、俺は補足を即座に入れる。
「いや、こいつって異能力の事をすぐ『魔法』って表現するんだよ! つまり……えーっと、あの能力は何処かで見たことがあるって、そう言ってんの!」
三人は今一つ飲み込めなかったようだが、とりあえずは流してくれたようだった。
「なら……常に発火能力は体の内部に向けて使われるため、外には発現させられないと言う仮説が私達との戦いから立てられますわね」
莉里の言葉に全員納得をした。
「それでは陽樹さん、怪我が治ったら作戦でも立てましょう。電話でもメールでも、どんな時間でも構いませんので連絡してきてくださいませ」
「ああ、分かった」
笑顔の莉里に俺は頷く。
「ちょっと! まさか莉里っ! 陽樹の連絡先を知っているんじゃないでしょうねっ?」
そこに魅菜が噛みついた。莉里はなぜか誇らしげに「もちろん」と胸を張っている。
「こらっ! 陽樹! ど…どうして莉里に最初に教えるのよ!」
「えっ……ええっ?」
魅菜が俺に詰め寄ってくる。俺は何で怒られてるんだ? 良く分からないが取り敢えずなだめようと口を開く。
「ちょ…ちょっと待てって! 確かに……魅菜と久美の力も借りたい時あるだろうから……、じゃあ俺の番号を莉里から聞いて登録しておいてくれ……」
俺が魅菜と久美にそう言うと、二人とも目をつり上げて俺を睨んできた。
「莉里から聞いちゃ、意味無いでしょっ!」
「ばっかじゃねーのっ! 園山陽樹っ!」
まったく二人が怒っている訳が分からなかったが、俺は自分の携帯を通信モードにして魅菜と久美の携帯に番号を送信した。すると急に満足げな顔をした二人は、ほっこりした様子で携帯の画面を見ている。
……本当に、三戦姫といると疲れるな。
全ての授業を終え、今日は真衣とゆっくり歩いて帰る。俺が動けるまで、少なくとも明後日までの二日間は捜査をお休みだ。
俺達はいつものように川沿いの土手を上流に向かって歩いているが、情報通の智也によると、最近この川の近くで合成獣の死骸がいくつか発見されたらしい。腐敗してはいたが、手足の数が多かったり、見たこともない形をしていたりしたと言う。
ちなみに智也は透視能力者なので、女子が気を抜いて超能力壁が弱まっているとパンツの色が分かったりするのが奴の自慢だ。なので、それらの情報を他の男子と交換している内に、本当に情報屋となったとの事だ。しかし、真衣が魔法障壁を張れなかった頃、毎日下着を奴に見られていたと思うとなんか腹ただしいな。
「しかしさぁ、本当に俺が使えそうな魔法って一つも無いのか?」
「一朝一夕で使える魔法などあるものか。舐めるなよ小僧」
俺は、サッカーボールよりも小さい竜に怒られる。少し納得いかないが、中身は六千歳の魔女だから仕方が無い。
「異能力の方もからっきしだしなぁ……。炎や電撃は出せなくても、せめてあの殺人鬼みたいな肉体強化の能力でもあれば戦えるのに……。魔法にも似たような術があるんだろ?」
俺は昼食時のマイディアの言っていた事が気になっていたので聞いてみた。
「もちろんだ。強力な魔法が使えたとしても、動きがのろくては魔獣にやられてしまう。しかし、関節や筋肉の中で魔力を爆発させてエネルギーに変える事はとても大胆かつ繊細な魔法だ。下手な奴が使うと腕や足が吹っ飛ぶぞ。……ん? 待てよ」
なぜかその後、真衣の肩にとまっているマイディアは俺の体をじっと見ている。
「なんだよ?」
「いや……別に」
いつも通り俺達はコンビニで弁当を買う。そして今日は腕の治療を受けるため、真衣の部屋へ向かった。
「でもさぁ、今日は昼ご飯代が浮いたから助かったよな。あいつ等毎日作って来てくれたら良いのに」
扉をくぐった俺が何気なく言うと、真衣は肩を落とした。
「私も作りたいのですけど……」
「えっ? ああ、別に……気にするなよ。お前は一日五百円しか支給されてないんだから」
俺はまずい事を言ってしまったような気がしたので、すぐに話題を変える。
「しかしさぁ、制服が夏服の時で良かったよ。もし冬なら朝から制服を作りに行かなきゃいけないところだった。夏服は替えを何枚か持っているもんなぁ」
俺は半袖のYシャツを肩までまくり上げた。昨日は腕を切り落とされかけたが、やはり傷跡は綺麗に消えている。
「ちょっと待ってね陽樹君。マイディアちゃんと替わるから」
「また世界征服とか言い出すなよ、マイディア」
俺が部屋で座って見ていると、真衣は部屋の窓際に立ち、マイディアは真衣から一番遠いだろう部屋の隅にある電子レンジの上にとまった。
「……お前ら、一体何を?」
すると、マイディアは電子レンジの上から飛び降り、全力で羽ばたいて真衣に向かって飛んで行く。
「合体っ!」
[ゴチンッ!!]
目を背けたくなるくらいの衝撃的事故が起こった。頭をぶつけた真衣とマイディアは、二人とも目がぐるぐるの渦巻きになって部屋に倒れこんだ。
「こいつら……な……何を……?」
驚いている俺の前で、先によろよろと立ち上がったのは真衣だ。目が完全に涙目になっているが、髪は銀髪に変わっている。
「えっ? マイディアに……なったのか?」
「さあ。始めるぞ……」
腕で涙を何度もぬぐいながら、俺の傷の治療をマイディアは始めた。その間、竜の方はうつぶせのままぴくりとも動かなかった。やはり小さい方がダメージは大きいのかもしれない。
そして治療が終わった時、昨日と同じく人間の方は真衣に戻り、竜の方はマイディアに戻ったのが髪の色から分かった。
目を覚ました小さな竜は俺に言う。
「きょ……今日の治療はこれで終わりだ。明日……で完璧にする……」
額に大きなたんこぶを作った二人に、俺は明日の治療を断る旨を伝えた。体を入れ替えるためのこの儀式は可哀そう過ぎる。仕上げとなる最後の治療を受けなくても、一週間ほど安静にしていると腕は元通りになるとの事だった。