第14話 「殺人鬼 VS 陽樹&莉里」
俺達は道路脇の歩道をゆっくりと歩く。三十分ほどかけて一キロほど進んだだろうか、時刻は午後七時を過ぎていた。自分の腹が少しざわついてくるのを感じる。
「腹減ったな。そろそろ今日は切り上げるか?」
「そうですわね。明日も続きが出来ますし」
嬉しそうに莉里は俺の顔を見ながら頷いている。やはりこいつも腹が減っていたんだろうな。女からは言い出しにくいものだし。
南に向かって歩き出した俺達だったが、先ほど道路を右に曲がって海と平行に進んでいた。次の交差点をまた右に曲がれば北にある商業エリアへ戻れるだろう。
「ん~。今日は何弁当にしようかな」
コンビニで何を買おうか考えながらそう言うと、莉里が意外そうな顔をする。
「繁華街で食べて帰りますわよね? 私、美味しいお店知っているのですけど」
「ん? お前Cランクの支給額舐めるなよ。俺はあと千五百円で晩飯と明日の朝ご飯、および牛乳を購入しなきゃならないんだからよ」
「仕方が無いですわね。奢ります」
「はぁ? アイス代も出してもらっているのに、そんな事…」
「しっ!」
莉里は口元に人差し指を当てると、視線だけを動かして辺りを探っている。こいつはこんな体を張った冗談をやる奴では無い。もしかして……
「いますわ! 感知が遅れたっ! これは……相当に強い能力者!?」
俺達は自然と背中合わせになって辺りの様子を探っていた。道路は中央分離帯も無く、幅は三十メートル程。歩道は幅五メートル。歩道傍にすぐ工場が建っているのではなく、その建物までは二十メートルはある。かなり広く戦いやすいが、下は固いコンクリートなので注意が必要だ。
「あそこっ! 上!」
莉里が指差した所は、道路を挟んだ場所にある三階建てほどの高さの工場の屋上だった。しかし、俺には暗くて誰かがいるようには見えない。
「あんな高い所にいるならすぐには来られないだろ。どうする? 逃げるか?」
「来たっ!」
「へっ?」
見上げるようにしていた莉里の顔は下がって行く。俺は取りあえず莉里の前に立った。
「陽樹さん! 避けて!」
何から? と、聞き返そうと思った俺だったが、気が付けば目の前には黒い人影があった。そんなっ? いつの間にっ?!
そいつは、光を放つ棒状の武器を振るってくる。体を半身にしてかわすと、すぐそばで風切音がした。目の前の人影はすぐに体勢を変えると、今度は下から光る何かを振り上げてくる。それが俺の鼻先をかすめた時、日本刀のような長い刃物だと分かった。
「武器を持っている!」
俺と莉里は後ろに下がり距離をとった。刃物を持った男は、その刃物を肩にのせて構えながら俺達を眺めている。
「一般人が武器を持って襲ってきているのか?!」
「いえ、あの動きは……異能力者ですわ」
「しかし、武器を持った異能力者なんて見たことが……」
「何を言っているのですか。魅菜さんも久美さんも武器を使いますわ。学校にいる時は出さないだけです。単純に攻撃力が上がるので使わない手はありません」
……そうなのか。そう言えば真衣を襲ってきた二人組も鉄パイプや傍にある自転車を投げつけてきたが、あれも武器と言えなくもない。一般人が持っても強力な武器を異能力者が携帯し、それに力を宿らせたとしたら……恐ろしい戦闘力になるだろう。
待てよ、なら魅菜や久美は俺を相手にする時は加減してくれていたって事か……。
殺人鬼と思われる奴は肩までのロン毛で、黒いバイク用スーツのような物を着用していた。体はかなりの細身だが、身長は175センチくらいある。髪の毛が顔を隠して表情は良く分からないが、そいつは殺すことを狩りだとでも思っているのか、俺達に向かって一歩一歩楽しむようにゆっくりと歩いてくる。
「おい莉里。さっきから奴の攻撃がかなりスレスレなんだけど、ちゃんとサポートしてくれてるのか?」
「やっていますけど……、なんせ動きが速すぎて……」
「――っ! 離れていろっ!」
俺は莉里を突き飛ばす。前を向き直った俺の目に、殺人鬼が刀を振りかぶったのが見えた。
「くっ!」
俺は地面と平行に振られた刃を、体を後ろへ反らしてかわす。前髪が少し切り取られたようで、ぱらぱらと顔にかかる。
「間に合いません! 精神攻撃方法を変えます!」
莉里の悲壮な声が聞こえる間も、俺は寸前のところで刀をかわし続ける。この鋭い刃物の直撃を受けたら……さすがの俺も超能力壁ごと首を飛ばされるのか?!
冷や汗が俺の頬を流れた時、殺人鬼が突然後ろを向き、刀を振るった。
「……っ?」
そうして、まるで見えない敵に囲まれているかのように殺人鬼は刀を振り続ける。
俺が莉里の顔を見ると、彼女は口元を緩ませた。恐らく精神波のような物を直接脳か目に送り込んで幻覚でも見せているのかもしれない。
俺はこのチャンスを生かすべく、腕を振り上げて殺人鬼に走り寄った。
―ヒュンッ―
「えっ…」
腕を振り下ろした時、殺人鬼の顔がこちらを向いた。同時に輝く刃が俺の首元に迫って来ていた。
―ビシュッ―
とっさに拳を開き、刀を俺は手のひらで受け止めた。手に痛みが走り、液体が地面に飛散した音が聞こえた。
「ってぇ……」
再び握った俺の拳から暖かい物が溢れ出し、手首を伝って流れていく。
「陽樹さん! 大丈夫っ?!」
莉里の声がした時、その方向へ殺人鬼の顔が向いた。こいつはもしかして、幻覚をみせられながらも、気配や声に反応している? ……獣かよ。
悪い予感がした俺は殺人鬼より先に莉里に向かって走り出した。殺人鬼はそんな俺には目もくれず、やはり一直線に莉里に向かう。
「莉里っ! 逃げろっ!」
間一髪俺の方が先に莉里の体を掴んだ。しかし、その横には刀を上段に振り上げた殺人鬼が並ぶようにして莉里の前に来ている。
―ズバッ!!―
「きゃぁぁぁ!」
叫んだ莉里を左手で抱きかかえたまま後ろに逃げる。右肩の少し下あたりが焼けるように熱い。斬られたかもしれないが、まだ走れる。ここは一時撤退を……
しかし、突然眩暈に襲われ足がもつれた。体の体温が急激に下がって行く感じがする。
「陽樹さん! 腕っ……が……」
莉里は顔を蒼白にし、俺の体を指差している。
◆ ◆ ◆
「陽樹君が危険です! 助けに行き…ふがふが…」
建物の陰から飛び出そうとした真衣の顔にマイディアが飛びつき、体を使って口を塞いだ。
「馬鹿もん! あんな奴の前にのこのこと出て行ったら、わしの体が切り刻まれてしまうじゃろっ!」
「私は一度死んだ身、構わないですっ!」
「お前は死んだかもしれんが、わしはまだ一度も死んでおらんっ!」
顔を逸らしながら目をつぶって、両手でマイディアを叩こうとする真衣。その手をかいくぐり、マイディアは隙をみて真衣の後頭部を口で突っつく。
「陽樹君が死んじゃったら、私はまた一人ぼっちになります! そんなの嫌です!」
真衣が頬を膨らましながら訴えると、マイディアも突っつくのをやめた。
「確かに……あの食事係がいなくなったら、わし達は一日に一人二百五十円で生活しなければならないのか……。それは辛いな……。しかし、一年間耐えればまた『くろーん』としてあいつは蘇るのじゃろ?」
それを聞いた真衣の目は潤んだ。
「私と出会った記憶は無くなります! 来年も仲良くしてくれるとは限りませんですよっ!」
地面に着地をし、竜のマイディアはうつむいて考え込んだ様子だったが、真衣に向かって顔を上げた。
「よしっ! 体を貸せ! わしがあの黒いへんてこな奴を倒せば良いのだろっ!」
「そっ……それは……」
真衣は、マイディアから後ろに一歩遠ざかって言う。
「世界を滅ぼす気でしょ……?」
それを聞いたマイディアは、小さな体で肩をすくめてみせた。
「ふふん。渡さないのか? なら陽樹がいなくなったこの世界で、お前は『今まで通り』生きて行けばいい」
一瞬泣きそうな顔をした真衣だったが、下唇をくっと噛むとマイディアの目を強く見た。
「陽樹君を助けてください!」
「なら体を返せっ!」
真衣の肩にマイディアがとまり、二人は見つめ合いながらじっと黙り込む。
「……って、早く体を返せっ!」
「そんなぁ、どうやるのですかぁ?」
「この前はやっただろっ!」
「そう言われても、あの時はどうして変われたのか分からないです……」
「あっ! 陽樹が斬られたぞっ! 手のひらじゃっ! 敵は陽樹の頑強な体を切り裂けるぞっ!」
真衣とマイディアは二人とも無駄に体を動かしてあたふたとする。
「が…合体じゃ!」
「合体?」
「昨日テレビのアニメでやってたじゃろっ! 機械と機械がぶつかって一つになるって言うのを!」
「あ……起動人ガイグダン? でも……」
「急げっ! あ! また陽樹が斬られたぞっ! 今度は腕じゃっ!」
マイディアは羽ばたいて空中高く浮かび上がった。そして、真衣を見下ろす。
「行くぞっ! 合体!」
マイディアは宙を滑空し、真衣の胸に突き刺さるのかと言うスピードで接近をする。それをどんぐりのような目で見ていた真衣だったが……
「やっぱり怖いっ!」
そう言うと、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「馬鹿っ! 急にお前っ……」
[ゴチンッ!]
真衣とマイディアの頭がぶつかり、辺りに鈍い音が響き渡った。
◆ ◆ ◆