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零の魔女  作者: 音哉
12/22

第12話 「殺人鬼がいる工業エリア」

     ◆     ◆     ◆



 繁華街の中心にある十字路。この最も賑わっている場所に稲垣さんは昨日と同じ場所に立っていた。だが、昨日のように人に話しかけるのではなく、今日は通り過ぎる人の顔を眺めているだけだ。もう疲れて休憩中なのだろうか?


 話しかけるにはタイミングが良く無いかもと思って立ち止まっていた俺に、稲垣さんの顔が向いた。すると、急に笑顔になった稲垣さんは、結構離れているってのに俺達に向かって大きく手を振って近づいてくる。


「やぁ、陽樹君。後ろの子は彼女?」


「いやぁ、全然違いますよ!」


 挨拶と同時に面白い事を言ってきた稲垣さん。それに俺が爆笑しながら否定すると、彼の眉尻は少し下がって心配そうな表情になった。


「……すっごい顔で睨まれてるけど?」


「えっ?」


 俺が振り返ると、莉里はいつもと変わりなくクールな様子で微笑んでいた。


 多分稲垣さん流のジョークなんだと思い、俺は受け流す。


「んで、昨日の今日で情報は無いですよね? まあ、稲垣さんに頼るばかりじゃなく、俺も出来るだけ毎日ここへ来てみようと思っているんですけどね」


 俺が商店街を見回しながらそう言うと、稲垣さんは俺に向かって人差し指を振った。


「それがね、本当かどうか分からないけど、放火魔は半月に一度犯行を行っているって噂を聞いたんだ。殺人鬼については、工業エリアの中でも繁華街近くの場所で働いている作業者が結構被害に遭っているみたいけど……出没する時間は気分次第らしいってくらいかな」


「暴行魔についてはどうなんですか?」


 俺の後ろから莉里が聞いた。


「あっ! そうだったね。でも、それは情報無し。なんせ繁華街には愚連隊みたいなチームが多いからね。怪しいって奴や暴力を振るいそうな奴を言い出したらきりがない」


「そりゃそうですよね」


 俺は当然だと相槌を返す。昨日来た時もまったく同じ事を思ったからだ。


「じゃ、またなんか情報あったら教えてください」


「携帯番号聞いておこうか? 何かの時には連絡するよ」


「えっ! マジっすか? そりゃ助かります!」


 俺は自分の携帯を通信モードにして稲垣さんの携帯に軽く当てた。電子音がしたので、番号とメールアドレスはお互いに送受信出来たようだった。


[ピッ]


「ん?」


 もう一度電子音がしたので手元を見ると、俺の携帯に莉里の携帯がちょこんと当てられている。


「はぐれた時のために知っておかないとですわ」


 莉里はそう言うと、嬉しそうに携帯の画面をじっと見ている。


「……そりゃそうだよな」


 俺は携帯をポケットにしまうと、稲垣さんに会釈をして背を向けた。


「ちょっ……ちょっと待って!」


「へっ?」


 俺を稲垣さんが慌てて呼び止めた。何か良い忘れた事でもあったのかと思っていたら、


「今の情報は嘘! 信じないでくれよ!」


 と、言ってくる。


「…………ぷっ!」


 血相を変えて言う稲垣さんをついつい俺は笑ってしまった。


 まだ稲垣さんは何か言いたそうだったが、俺は手を振って「また連絡します」と挨拶をした。


 商店街をしばらく歩くと、俺は思い出し笑いをしながら莉里に言う。


「面白い人だったろ? 少し変わっているから良く分からない冗談も言うけど、良い人には違いない。街に詳しいみたいだから、結構助けになってくれるかも」 


「でも、あの方はあそこで一体何を?」


 莉里は、少し稲垣さんをいぶかしんでいる顔をしているように俺には見えた。


「人助けできる機会が無いかって探しているらしい。ボランティアみたいなものかな? まあ莉里が不審がるのも無理ない。俺も最初はあの人の事を怪しんだし。聞いていた暴行魔と体型が似ていたしさ」


「確かに……」


 莉里は振り返ると、稲垣さんの後姿をじっと見ている。その時間があまりにも長いので、俺も足を止めて莉里を待つ。そんな俺に気が付いた莉里は俺の傍へ来たが、まだ首を捻っている。


「お前も後姿だけなら暴行魔を直接見たんだよな? そんなに似ているか?」


「似ています。けど……間違いなく違いますわね」


 別人だと言い切った莉里に俺は驚いた。


「間違いなく違う? 確信があるのか?」


「あの人は確かに後姿がそっくりですけど、発火能力者(パイロキネシスト)です。暴行魔は念動能力者(サイコキノス)です。別人ですね」


「えっ? お前って……人の能力まで分かるのか?」


「はい。人の体から放射されているエネルギーの種類や形である程度は判断できますわ」


「すっげーな精神()感応()能力者(パス)は……。なら、街で念動能力者(サイコキノス)を探していけば暴行魔に出会えるかも……」


「無理言わないでくださいませ。念動能力者(サイコキノス)は最も多い異能力。そこら中にいますわ」


 莉里は呆れた顔をしながら、次々と人を指差していく。俺達を中心に十メートルの範囲で五人はいるようだ。


「なら、強さの強弱までは分からないのか? 強力な奴を見つけたら…」


「無理です。強い能力者ほど超能力壁(サイコスキン)の穴が無く、能力が外部に放射される量も少ない。つまり、本当に弱い能力者と区別がつきませんわ」


 俺は天を仰いでため息をついた。


「今日も収穫無しかぁ……」


 すると莉里が慌てたように口を開く。


「待ってください! 放火魔については情報が入りました! それに、工業エリアに現れる殺人鬼のおおよその出現場所もっ! 他には……他には……、さっきの稲垣さんが暴行魔じゃないって事も分かりました! とにかく、今日の私達はとても有意義な時間を過ごしています! いる途中なのですわっ!」


 莉里はなぜだか分からないが、今日は大漁だったと証明したいらしい。せっかく自分が来たのだから、無駄であるはずが無いと言う戦姫のプライドだろうか?


「でも、俺らが第一に追っているのは暴行魔だろ? 久美を怪我させたし」


「そうですけど、どうして暴行魔、放火魔、殺人鬼が別々の人間だと考えるのですか? 同一人物の可能性も十分ありますわ」


 俺はハッとした。そうか……それもそうだ。放火するからって発火能力者(パイロキネシスト)とは限らない。ライターやマッチなど着火する道具はどこでも手に入る。殺人鬼は鋭利な刃物で切ったような殺し方をするらしいが、それも実際に刃物を使って人を殺めているのかもしれない。ただ一つ確実に分かっているのが念動能力者(サイコキノス)の暴行魔。こいつが全ての犯行を行うことも可能だ。


「なら、暴行魔の件が壁にぶち当たっている以上、放火魔か殺人鬼の方面から追うしかないが……」


 すかさず莉里がその続きを答える。


「前回の放火事件があったのは三日前です。半月に一度犯行が行われているなら、次に放火魔が現れるのが十二日後。放火魔の件は少し置いておいて、今から工業エリアの殺人鬼について捜索をするのが良いと思われますわ」


「そうだな……。しかし、相手は『殺人鬼』だ。俺ら二人でか?」


「陽樹さんは、自分が足手まといになると言う事を私におっしゃりたいのですか?」


 俺は、直接戦闘が苦手そうな莉里の事を気遣ったのだが、奴はずんずんと工業エリアがある方角へ歩いて行く。もしかすると莉里は感知能力が鋭いので、危なくなる前に逃げる事が出来るのかもしれないと俺は考えた。




 南に向かって歩くと、次第に繁華街を歩いている人はまばらになっていく。商業エリアの中心から三十分ほど歩いた頃、俺たちの目の前に広い道路が横たわった。その向こうが工業エリアだ。海に近くなったとは言えまだ潮の香りは漂ってこず、暗い照明に照らされた大きな工場が遠くにいくつも見える。


「工業エリアは歩くには厳しいくらい広いから、殺人鬼は商業エリアに隣接した場所で姿を現す事が多い……って稲垣さんの情報通りじゃなきゃきついな」


 辺りを見回したが、不審な人物どころか誰もいない。


 殺人鬼の情報を収集するにしても、商業エリアと違って勝手が違いすぎる。俺は「どうする?」と言いながら莉里に肩をすくめてみせた。


「探ってみます。少々お待ちを……」


 莉里はその場で目をつぶった。


 その間俺も工業エリアに目を凝らし、耳を澄ましてみるが、やはり誰も見えないし作業音も聞こえてこない。時計を見ると十七時を過ぎていた。定時になると完全に操業を中止するのかもしれないし、もしかすると防音設備がしっかりしている工場なのかもしれない。


 と、突然、莉里が後ろを振り返った。目を大きく開いて繁華街の入り口を見ている。


「どうかしたか? そっちに何か…」


「いいえ。……出てくる気は無いみたいなので邪魔にはならないでしょう」


「?」


 俺も振り返って見てみたが、怪しい奴がいるようには思えなかった。


 またしばらく目を閉じていた莉里だったが、何かを感じたのか工場地帯へ向かって歩き出した。俺ももちろんついて歩く。


「分かったのか?」


「一応。ある場所に数人の人間が妙に接近して輪を作っています。その人達は普通でない乱れた思考を飛ばしていますので、恐らくお酒で酔っているのかと思われます。もう少し近づいてみれば、より詳しく分かるかもしれません」


「数人……ね」


 戦姫達の情報によると一連の犯罪者は単独犯と言う事だが、俺は複数犯の可能性も捨て去ってはいない。その予想が再び頭をもたげる。しかし、強い力を持つ異能力者ほど 超能力壁(サイコスキン)は安定しているので感知されにくいはずだ。今莉里に見つかった奴らは、恐らく弱い能力者だろうが、少しの情報でも聞き出せれば良いかと俺は思った。


 五百メートル程歩いて行くと、完全に電気が消えた一つの施設があった。その周りの街灯は光を放っているが、工場のようなその建物は、その内部の照明どころか外の壁に取り付けてある照明すら暗いままだ。


「潰れた会社の工場ってとこかな?」


 色は恐らく汚れた灰色。建物の一階には窓が無く、二階は学校の校舎のような窓がいくつも取り付けられている。形はベタな工場とも言えるが、学校にある体育館とも似ている。そんな建物だった。


 俺が立ち止まって工場の外観を眺めていると、莉里は躊躇無く工場へ近づいて行っていた。しかし、正面にあった大きな鉄製の両開きの扉では無く、少し離れた場所にあった勝手口のような扉へと向かっているようだ。俺もそこへ行く。


「人がどこを通った、何を使ったか、と言うのを調べるのは、実は静電気の流れを読み取れる久美さんの方が得意なのですわ。でも、私はこの扉から人の思念を感じる。ここは最近開けられた。出入りしているのはこの扉ですわね」


「……やっぱりすげーなお前らは」


 莉里がノブを回すと、何の抵抗も無く扉は開いた。扉はつまみを回して中から鍵をかける定番のタイプだ。これなら、外から念動能力(サイコキネシス)を使って簡単に開ける事ができるだろう。


 中に入った俺は静かに扉を閉める。莉緒と二人で耳を澄ませていると、僅かに人の声が聞こえてくる。複数の人数が喋ったり笑ったりしているような感じだ。


「って、行くのかよ?」


 莉里は俺と何の打ち合わせもせずに進んでいく。確かにこの工場内にいる奴らは弱い奴だと予想されるが、俺は恐らくもっと弱い。しかも相手は複数。何処かで待ち伏せして一人を捕まえ、情報を聞きだすような作戦が良いと思うんだが……。


 莉里が突き当たりの扉を開けると、二階まで吹き抜けの工場らしい大きな空間へ出た。


「おい莉里……。俺は多分お前が思っている十分の一も使えない男だぞ…」



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