第11話 「陽樹と莉里と追跡者」
全ての授業を終え、俺は手早く荷物をまとめると真衣と一緒に学校を後にする。少し歩く速度が速かったからか、携帯で時刻を何度も確認しすぎたからか、真衣は俺の行動を怪しんだようだった。
「この後予定があるのですか?」
「えっ……と、別に……」
良いごまかしの言葉が浮かばなかった。真衣が付いて来ては危ないので、俺は暴行魔を探しに街に出ていると言うのは内緒にしている。当然、これから莉里と待ち合わせをしている事も教えていない。
「ふーん、そうですかぁ」
真衣は納得してくれた様子だが、時折俺の顔を伺うような視線を向けてくる。なぜ俺はドキドキしてしまっているのだろう……。
真衣の肩にずっと乗っているマイディアの方はと言うと、恐らく今日食べようと思っているのだろうか、『からあげ弁当』の名前を連呼している。共食いのような気がするけど、竜だから違うのかな?
真衣の支給額五百円では一人分の弁当しか買えないので、途中のコンビニではマイディアの分は俺がいつものように買ってあげる。二つの弁当を持たし、真衣のアパートの前で見送りは終了だ。真衣の姿が扉の奥へ消えると、俺は早足で繁華街へと向かう。後十五分で待ち合わせ時間の十六時だ。まあ、十分間に合うだろう。
繁華街に入り、SEVEN DAYSの前まで来たが莉里はまだ来ていないようだった。俺は一つ息をつくと、汗ばんだ額を手でぬぐう。
「なんだ。急いで損した……」
「損はさせません」
隣の自動ドアが開いたと思うと、両手にアイスクリームを持った莉里が立っていた。
「お……来てたのか」
「はい、差し上げます」
莉里は、俺に片方のアイスを突き出してきた。俺の好きなチョコクッキーとダブルチョコのアイスが二段重ねになっている。
「俺これどっちも好きなんだよ。すげー偶然!」
「偶然ではありませんわ」
俺はアイスを受け取りながら莉里の顔を見ると、奴は目を逸らした。
「お前……いつ俺の頭を覗いたんだよ。でも最近……SEVEN DAYSの事を考えたかな……?」
SEVEN DAYSのアイスは一個五百円と高価なため、一日の支給額が二千円の俺はまだ一回しか食べに行っていない。一学期の最初に智也に誘われて行っただけだ。その時期に、俺の超能力壁が緩んだ一瞬に莉里は俺の頭の中を読んだのか? まだ三戦姫とろくに喋ったことも無かった俺の頭をどうして?
「あっ! 金を払うわ」
「結構です。Cランクの方に細かい額を請求する気はありませんし」
個人カードを手のひらで押し返された。
「いくら日に一万以上貰っているAクラスだって言っても、俺には奢ってもらう理由が…」
「急ぎますよ。時間がもったいないですから」
莉里は、アイスを持っていない方の腕を俺の腕に絡めてきた。俺が何か言うよりも先に莉里は口を開く。
「これから暴行魔を捜索するんです。恋人だと思われた方が自然ですわ」
「……まあ、稲垣さんはかなり不審だったしな」
「稲垣さん?」
「説明するより会った方が早い。多分今日もいるだろ」
俺は長い巻き毛の莉里が近すぎて歩きにくかったが、稲垣さんから何か情報が貰えるかもと思い、昨日出会った繁華街の中心部へ向かった。
◆ ◆ ◆
「くっついてますです」
「奴らは何を食べているのじゃ?」
「有名なアイスクリームです。莉里ちゃんくっつぎすぎです」
「わしも食いたいぞ。コンビニのより旨そうじゃ」
「私の支給額では買えませんです。あれでは陽樹君が歩きにくいです」
「なに? なら陽樹に買ってもらうぞ」
建物の陰から飛び出した白銀の小さな竜を、細く白い手がむんずと掴んだ。
「出ちゃダメです」
「どうしてじゃ?」
「……とにかくダメです。邪魔に……なるから?」
「なぜに疑問形なのじゃ?」
陽樹と莉里の後方三十メートル付近で、髪の長い少女とオウム程の大きさの竜が壁から顔を覗かせていた。もちろん、それは真衣とマイディアである。
マイディアはともかく、真衣の方は陽樹の様子が昨日からおかしい事に気が付いていた。そして、今日は繁華街に向かう陽樹の後をこっそりとつけたのだ。マイディアは弁当を食べたがっていたが、まだ夕食の時間まで少しあると言う事で一緒に付いて来た。
「とにかく……見つからないように後を追います」
マイディアを肩に乗せながら、真衣は路地から路地、看板から看板へ身を隠しながら移動をする。陽樹達にはかろうじてバレていないかもしれないが、そのどんくさい移動の様子に商店街の人達は怪訝な顔をしていた。もちろん真衣は二人の様子しか目に入っていないのでまったく気にしない。
「そんなにあの二人がどこへ行くのか気になるのか?」
「なります!」
口をへの字型にして答える真衣を見て、マイディアは大人びた口調で言う。
「ふん……惚れたな」
「なっ!」
トマトのように顔を赤くした真衣の頭頂部から湯気が出た。
「違います!」
「隠すな、隠すな」
「隠してませんっ!」
「ほれ、正直に言え。何かアドバイス出来るやもしれんぞ」
マイディアはそう言うが、羽をパタパタと動かす竜からは説得力がまるで感じられない。真衣もそう思ったのか、頬を膨らましてマイディアから顔を背けて言う。
「魔界の住人同士の恋愛なんて参考になりませんですしっ!」
「あんな化け物共を好きになった事などないわっ! わしだって、人間との恋愛の一つくらいあるんじゃぞっ!」
「えっ……本当に? どんな人だったのですか?」
「ん……? えぇっと……」
マイディアは腕組みをしながら何度も首を捻った後、「昔の事だから忘れた」と言った。それを聞いた真衣は、やれやれといった感じでため息をつく。
「まあ……とにかく追え! 追え! 好きなのじゃったら追うのじゃ真衣! わっはっは!」
からかってくるマイディアに、真衣はしばらく黙っていたが我慢できなくなった様子で口を開く。
「二人が仲良くなったら……陽樹君のお小遣いがプレゼント代に消えて、マイディアちゃんの分のご飯代を出してもらえなりますよ。次の日から私達は毎日おにぎり一個です」
それを聞いたマイディアの表情が一変する。
「なんじゃとぉぉ! それはいかん! 今すぐあの莉里と言う娘を殺せっ!」
肩にとまったまま、羽をばたつかせて手足を激しく動かし、マイディアはその憤りを真衣に訴える。
「莉里ちゃんはAランク精神感応能力者です。人の多い繁華街だとしてもこれ以上近づかない方が良いです。それに……陽樹君が莉里ちゃんを選ぶなら、私は何も……」
「じゃあ、お前は何のために付いてきたんだっ! それより奴ら、通りを曲がったぞっ! 追えっ! わしの食事係を見失うな!」
通行人は、小走りの女子高校生とそのペットを不思議な表情で見送った。