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零の魔女  作者: 音哉
10/22

第10話 「商業エリアでの出会い」


 商業エリア――


 技術や科学は進歩しているとはいえ、街並み自体は二十世紀終わり頃からそれほど変化していないらしい。商店を目立たせるのは派手な看板やネオン。通りにまで溢れて陳列されている商品。手書きのPOPには万年SALEの文字。この下品な姿はひょっとしたら二十一世紀が終わるまで変わらないかもしれない。


 しかし、一つこの東京特区にだけで採用された変化がある。太古からあるコイン型の貨幣だが、このクローン街に置いては廃止され、全て電子マネーによる取引だ。支払いは個人(パーソナル)カードを提示する事によって行われ、即座に引き落とされる。もちろん残高はカードに付いている液晶によって、リアルタイムで確認できる。


全財産がカードによって管理されている訳だが、落としても心配ない。毎回支払いのたびに遺伝子情報が照らしあわされるため、他人が使う事は不可能だ。まあ、俺の貯金なんてそんな事を気にする額では無いけどな。とりあえず、このシステムのおかげで戦闘による紙幣などの消失や、金目当ての犯罪はこの街では起きない。




 雑多な街を歩いていると、若い奴ばかりなのに気が付く。学校帰りの高校生に紛れて、私服を着た同世代の奴も結構いる。高校をドロップアウトする生徒は意外に多いが、高校を卒業した二十歳以下の奴の可能性が高い。能力が爆発的に伸びると言われる二十歳までは国が生活を保障するから、働かずにぶらぶらしている奴がほとんどだ。


もちろん、今の俺達と同じく投薬と引き換えにだけどな。しかし、毎日の生活費と家を与えらながら高校にも行かなくて良いその年代は一番性質(たち)が悪い。



 そんな奴らは好戦的な視線を通行人に送っているが、制服姿の高校生の姿を見つけると目を逸らす。この街では高校生の中に一番力を持っている人間が潜んでいる。ドロップアウトや高校を卒業しても国の仕事を与えられないのは落ちこぼれ。三戦姫のような高校生の中にいる地雷に対して関わり合いにならないでおこうと考えるだろう。



 三十分ほど繁華街をぶらぶらとしてみたが、小さな暴行事件にも出くわさなかった。まあクローンとは言え当然普通の人間と同様に倫理観があるので、あちらこちらで諍いが起こるという訳ではない。それでも三戦姫の深谷莉里なら精神感応(テレパシー)で怪しい奴を感知したり出来るんだろうが、俺は今まさに人に殴り掛かろうとしている時点での奴しか感知できない。


 しかしながら、そんな節穴のような目でも怪しい奴を見つけてしまった。いや、俺以外にも不審に思っている奴は多いらしく、通行人は怪訝な顔をしながらその男の横を通り過ぎている。だからと言って、暴力を振るおうとしている訳では無い。


その人は、ティッシュ配りのバイトさながらに人に近寄り、何か話しかけては離れ、元の位置に戻る。それを何度も繰り返している。特に年配と言うか、お年寄りや、荷物をたくさん持っている人ばかりを相手にしている気がする。



「何してんの? あんた」


 本日の収穫が皆無だったあまり、俺は我慢できずにその男に話しかけてしまった。まあ、この人が良くここでこんな事をしているなら、不審者や不良グループについて何か知っているかもってのも一応あった。


「いや、怪しい者では……」


 人の顔を見ようとせず明らかに目が泳いでいる男だったが、俺の学生服を見ると顔を上げた。


「なんだ学生さんか。……また治安維持官かと思ったよ」


 すぐに自己紹介をしてきた彼の名前は、『稲垣(いながき)(あつし)』との事だ。陽気な人で、毎日一回は治安維持官に職務質問を受けると自分から話し出した。


 稲垣さんは身長がほぼ俺と同じくらいで、久美が見た暴漢魔と体格は一致するがもちろん違うだろう。なんせ、今不審者さながらの動きをしていたのも、何か助けを必要としている人はいないか探していたって言うくらいなんだから。大体、170センチちょいの身長の男なんて山ほどいるしな。



 俺はいつのまにか稲垣さんの顔を感心した表情で見ていたんだと思う。それに気が付いた稲垣さんは、目をつぶって首を振った。


「違うんだよ。僕は……結構悪い事をしていてね。それの贖罪のためにやっているだけだよ……」


「昔の話でしょ?」


「……どうかな?」


 そう言った後、稲垣さんが笑ったので俺も同じように笑う。一瞬、また『暴行魔』と言う言葉が首をもたげかけたが、同じ町で善行と暴行を働くなんてありえない。


「稲垣さんは……高校卒業組ですか?」


 彼は俺より少し歳が上に見えた。しかし、二十歳を超えているようには見えない。


「あー。それがねぇ。高校は途中で行かなくなったんだよ……」


 そんな風には見えなかったが、稲垣さんはまさかのドロップアウト組のようだ。あながち、昔悪い事をしていたと言う話も嘘では無いかもと一瞬思ったが……


「途中で国の施設に雇われてね。今は一応毎日そこに通っている」


 と、稲垣さんは俺の予想の正反対の事を言った。


「えっ! マジっすか! じゃあ、国のために働く優良異能力者(エリート)じゃないですか!」


 学生時代に強い力を発現させる事が出来たとしても、普通は高校卒業までは通わされるはずだ。しかし、稀に何かの事情で即戦力として仕事に就くこともあると習っている。稲垣さんがまさにそうだったようだ。


「もしかして……俺の通っている大谷学園の先輩ですか?」


「いや……。僕が行っていたのは星光学園だね。南地区にあるんだけど」


「あっ。聞いたことある。激戦の南地区のトップ校じゃないですか!」


 この東地区は高校が三校ある。北地区と西地区もほぼ同じ数だ。しかし、一番大きな商業エリアを有する南地区には、確か六つほど高校があったはずだ。星光学園はそこで不動の地位を築いている名門校だ。


「あはは。確かに他の生徒はすごかったけど、僕は劣等生だったしね」


 稲垣さんは俺に向かって強烈に手を横に振りながら言った。


「そんな人が国の仕事に就ける訳ないでしょぉ。でも、俺は大谷学園で本物の劣等生ですけどねっ!」


 まさに何の自慢にもならない事を、俺は胸を張りながら言った。


 稲垣さんは現在十九歳らしく、高校三年生の時に中退して丸一年働いていると言う。仕事が休みの日や、今日みたいに早く終わった日は街にいることが多いと言うので、俺は暴行魔を初めとして街で噂の犯罪者達について知っている事は無いか尋ねる事にした。


「最近噂の……暴行魔に付いて知らないですか?」


「暴行魔?」


 一見変わらない表情のようだったが、少しだけ稲垣さんの口元が強張ったようにも見えた。


「ええ、どうやら友達がそいつに怪我させられたみたいで……今調べているんですけど」


「なるほど。暴行魔なら僕も噂は聞いた事がある。そんな危ない奴を探しているって事は、君はかなりの能力者なのかい?」


 ……そりゃそう思うよな。しかし、俺はとにかくじっとする事が出来なくて街に飛び出した劣等生だったりする。


「いやぁ。さっきも言いましたけど、俺は低能力者でして……。とりあえず暴行魔を見つけてから考えようかなって」


「うん、出来るだけ協力をしたいとは思うけど……。でも今一つだけ言える事は、一人で探すのは辞めた方が良いよ。相手は……凶悪な奴だろうしね」


「まあ……そっすね。ノープランだし、俺……」


 うつむき、少し考えを巡らせていた俺の肩に手を置き、稲垣さんは真面目な顔で言った。


「それじゃ、僕も放火魔と殺人鬼の事を調べておくからさ。情報が入ったらすぐに教えるから、それから動きなよ。君を怪我させたく無いし」


「あ、助かります」


 俺が礼を言うと、稲垣さんは力強く頷いた。


 夏休みになれば一日中動けるが、それまでまだ一ヶ月ある。平日は学校が終わってからの短い時間しか動けないし、昼間から街にいる稲垣さんが協力してくれるのは非常に嬉しい。


 ――ん?


 繁華街を家に向かって歩いていた時、何か先ほどの稲垣さんの言葉に違和感があったような気がして俺は振り返った。しかし、もう稲垣さんは人ごみに紛れて見えなくなっていた。





 次の日、俺は教室で最も戦力になりそうな三戦姫に声をかけてみた。男子で一番仲の良い水口智也は、俺からの圧倒的不支持を受けて選外だ。なんせ奴は服を一枚程度透視する能力しかないからな。まあ本人はそれでとても満足しているから良いけど……。



「なあ、放課後……付き合わないか?」


 聞いた瞬間、三戦姫は全員鋭い視線で俺の顔を射抜いてきた。


「まあ……無理にとは言わないけど……」


 変な迫力に俺がそう言って背を向けると、またもや目の前に藤枝魅菜が瞬間移動(テレポート)で回り込んでいる。


「誰を誘ってるわけ?」


「はい??」


 思いがけなかった魅菜の台詞に俺は首を大きく傾げる。そりゃ出来れば三人共だが、久美は怪我をしているので無理をさせられないとして、魅菜と莉里の二人に来てもらいたいところだが……


「えっと、久美は駄目だろ? だから…」


「どうして私はダメなのよっ! 園山陽樹っ! 痛っ!」


 俺が久美を振り返ってみると、急に席から立ち上がったため痛みが走ったのか、腕のギプスを押さえて目に涙をためている。


「だからお前は怪我しているから……。暴行魔を追うのに足手まといになるだろ? ……まあ気持ちは分かるけど、今は無理せず俺に任せとけって」


「暴行魔……を追う。それの誘いでしたか……」


 なぜか莉里は落胆した様子だ。その横で久美は顔を赤らめながら、か細い声で俺に言う。


「わ……私のために暴行魔を探してくれてるの?」


「一応そうだな」 


 俺が答えると、久美は目をつぶりながら「それも良いな」と呟いて、満足そうな顔で椅子に座った。……何が良かったのかさっぱり分からん。


「私が行きますわ! こんなデートの……では無く、久美さんの仇討チャンスなんてそうそうありませんし」


 いつもクールな莉里だが、今は全力で手を上げて俺に言ってきた。そして、俺に向けられている目はキラキラと輝いている。相当こいつも友達の久美が傷つけられて怒っているようだ。


「じゃあ魅菜はどうすんだ?」


 正直、精神()感応()能力者(パス)の莉里だけでは攻撃力が不安なので魅菜にも声をかけてみたが、どうしてか奴は眉間にしわを寄せながら唇を噛んでいる。


「魅菜さんは、本日ご予定があるのですわ」


「莉里……、ぐむむむむ……」


 口に手を当て小さく笑いながら答えた莉里に向かって、魅菜は歯ぎしりをしている。


「女子の場合、時には友情を超える物があるのですわ」


 莉里がそのセリフを口にした瞬間、二人の間に火花が散ったような気がした。


 いつも仲の良い三人だが、今日は少し様子がおかしい。やはり久美が怪我をしたことで皆苛立っているんだろう。


「んじゃ、十六時頃にSEVEN DAYS前で待ち合わせな」


「真衣さんを送った後でと言う事ですか?」


「そうだな」


 何やら小さくため息を付いている莉里にアイスクリームショップでの待ち合わせを取り付け、俺はその後の授業を受けた。




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