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異世界料理店フォー・アイリー  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!


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2/6

じゃあ今度は、せっかくだし異世界でクリスマスディナー作ります。



 この世界アルガルデートにおいて、僕以外にも地球世界からやってきた人間はいたようだ。

 史実上では僕を除いて四人確認されている。そのだれもが地球の技術や文化でこの世界に影響を及ぼしていた。

 僕が料理を伝えたように、彼らも彼らの知っていることを伝えたようだ。柔らかいパンの作り方は知らなかったようだけれど、製鉄や戦術、算術などは彼ら由来のものが多い。

 そして彼らが伝えた多種多様なもののなかで、おそらく太陰暦の次に根付いたのが宗教だ。

 せいぜいが地母神くらいしか信仰していなかったこの世界に持ち込まれた仏教や十字聖教は新しい概念、新しい倫理を作り出した。

 発展の仕方や経典の理解に違いはあるようだけれど、現代日本人たる僕にはよくわからない。

 まあつまり、なにが言いたいかというとこの世界でも祝日や祭日はある、ということだ。


「……で、ダーリン。なんのかんのと豆知識のようなことを並べ立てているようだが、クリスマスの新メニューはできたのか?」

「……アイリー。僕はね、確かに料理人を志して料理を学び、この世界に来てもその夢を捨てずに叶えた達成者だ。けど、けどね……」

 厨房の壁に貼られたカレンダー(こよみも地球から入ってきた文化の一つだ)を見る。

 今日は十二月の十八日。

 十二月二十五日クリスマスまで、あと一週間。

「……さすがに、開店して七年目ともなるとネタが、さ……」

「……やはり去年のブッシュ・ド・ノエルでクリスマスメニューが終わってしまっていたのか」

 そう。

 『フォー・アイリー』は現在、クリスマス新メニューの枯渇という未曾有の危機に陥っていた。





 ● ● ●





 今まで、七面鳥ターキーの丸焼きや各種クリスマスを連想させるケーキなんかをクリスマスメニューとして提供してきた。

 今年も期間限定で二十四日イブから三十一日おおみそかまでこれらのメニューを開放する予定だが、常連の方々からは「今年の新メニューはなんだ」「楽しみにしている」「毎日通う」との声をいただいており――プレッシャーがハンパない。

 僕も二十代後半のいい大人である。

 期待をかけられれば応えなければならないと、投げ出すことは許されないと考えるくらいの器量はある。つもりだ。

「……けど、クリスマスっぽいメニューでまだ作ってないのあったか……?」

 頭を振り絞って考えてみる。

 が、そう簡単に思いつくはずもなく。というか、僕のレパートリーにある料理は開店して七年間で全て作り尽くしてしまったといって過言ではないのだ。

 それならオリジナルでなにか作るべきなのだけれど……あと一週間でなにかできるかと聞かれれば、そんなわけもなく。僕は味っ子ではないのだ。

 だから、唯一の道は『思い出す』こと。

 僕が忘れている地球の料理を思い出して満足できるレベルまで高める以外のことでは、クリスマスまでに間に合わない。



「大変だねえ、店主」

 食後のコーヒーのカップを傾けながら、ウォールド氏が微笑んだ。場所は『フォー・アイリー』本店の貴族用個室だ。氏にしては珍しく大盤振る舞いである。

 しかしこのおっさん、四年でだいぶ痩せたよな。

 専門で研究していた身体能力増強魔法でかなりの成果を出したらしく、その実験として自分の身体を使い続けた結果――痩せてマッチョ化した。

 絞り込まれた筋肉はボディビルダーのようなボリュームは無いけれど、それ以上に『中身が詰まっている』感じがする。

 実用の筋肉、というやつだろうか。

 肩幅も広く背も高く、相変わらずダンディな顎鬚あごひげを生やしたこの御仁はまさしくイケメンである。

「いやしかし、店主と言えどやはりレパートリーに限界があるのか。料理に関して店主が迷っているのを見るのは初めてだね」

「あー……そうですね、今まで流通ルートの確保やらで苦労したことはありましたけど――料理そのものでここまでつまったのは初めてです」

「流通ルートというと、ヤサカ商会かね」

「ええ」

 ヤサカ商会。僕のもうひとつの店であり、企業。当初は商品の流通をメインにしていたのだけれど、米や大麦など一部の作物は自分で作ったほうが効率がいいことに気がついたのでそっち方面にも手を出している。

「効率がいい……というのはわかるが、全てを自分でやる必要はあったのかね」

「必要はありませんでしたけど、高品質なものは自分で作るほうが楽だったんですよ」

 例えば、麦。

 通常、ビールだけを作る農家はビールを作ったあとの残りかす(ビールかす)は廃棄する。

 けれど、このビールかすを牛に食べさせると牛の肉質が柔らかくなるのだ。

 だから僕は麦を作るに当たって牧畜もはじめ、ついでとばかりに多方面に手を出して今に至る。

 開業は三年前だけれど、複合企業としての規模はすでに冒険者ギルドの次くらいに大きいんじゃないだろうか。さすがに宝石や武器なんかの流通には関わっていないから、そっち方面には疎いけど。

「ほう……。なるほど、理にかなっているわけだ」

 ウォールド氏は感心したように頷いた。

「……ああそうだ。店主、もう聞いているかもしれないが」

 氏は少し間を置いて言った。

「養子を取ったんだ」

「え? 聞いてませんよ、そんなこと」

 初耳だった。

「おや、耳の早い店主のことだしすでに知っていると思っていたけれど――ちょっとわけありの子たちでね。お互い独り者同士、家族にならないかと誘ってみたんだ」

 複数人養子に取ったのか。さすが貴族、規模が違う。

「彼らは今、ギルドに行っていてね……。終わったらこの店に来るように言ってあるから、そろそろ来ると思うのだが――」

 ああなるほど、だから今日は個室を取ったのか。

 ウォールド氏が、ふと顔を扉のほうに向けた。

「――やってきたようだね」

「……魔物の気配がするんですけど?」

 あんたはなにを養子にしたんだ、とつっこむ暇もなく、がちゃりと扉を開けて入ってきたのは奇怪な四人組だった。

 男物のパンツとシャツを着たスレンダーなネコミミ少女。……魔物の気配はこの子からする。

 足元まで隠れる黒のロングコートを着込んだ、陰鬱な表情の青年。

 青年と対照的に、白いノースリーブのワンピースを着た五歳ほどの幼女。

 ひと際眼を引く、身長二メートル半ほどの巨大な、しかし不自然に細いシルエットの紅い全身鎧フルプレートアーマー。フルフェイスヘルメットのようなかぶとすら紅い。

 彼らを代表してか、男装のネコミミ少女が口を開いた。

「はじめまして、ミスター。僕はシロ・ウォールド、長女です。お噂はかねがね」

 右手を左胸に当てるだけの、簡素化した貴族の礼。……なるほど、見た目ほど性格はぶっ飛んでいないようだ。礼儀正しくて好印象である。魔物っぽいけど。

「はじめまして、お嬢さまレディ。当店のあるじ、ヒデヒサ・ヤサカと申します。……ご兄弟のお名前をうかがっても?」

「ああ、そうですね……。兄さんたちも自分で挨拶くらいしてください。呆れられますよ」

 シロ嬢に促されて、ようやく手持ち無沙汰だったらしい顔色の悪い青年が言葉を発した。

「……ウィキッド。ウィキッド・ウォールドだ。以後よろしく」

 にこり、と青年は微笑む。

 ついで幼女が、

「セレン! ごさい!」

 と闊達かったつに言った。

 最後に紅鎧が――どこが口なのか知らないけれど――口を開く。くぐもった金属音のような、無機質な声だ。

「カースナンバー・ウォールド。二歳」

 ……二歳?

「間違えた、正確には来週二歳」

「……おめでとうございます?」

 それ以外になんて言えばいいんだよ。



 ウォールド家はよく食った。

 氏が健啖家なのはみんなの知ったところだけれど、ご子息たちも驚くほど大食家で特にカースナンバーくん(……くん?)はもくもくと兜の下に箸を運んでいた。兜の口の部分が開くらしい。

 食後、彼らにお茶を配膳する(お得意様なので特別に僕自らだ)ついでに、少しアンケートを取ってみることにした。

「みなさんでしたら、クリスマスはどういったものが食べたいですか?」

 氏はううむと唸ると、

「新しいもの、かな。私は目新しいものに目が無いからね」

 なんの解決にもならないことをおっしゃった。

「僕は……そうですね、冬になって寒くなってきましたし鍋とか。あ、でもクリスマスっぽくないですね……」

 シロ嬢はどうやら生真面目な性格をしているようだ。真剣に悩みだしている。

「俺は健康にいいものが食いたい」

 それは普段から食え。今にも倒れそうな顔色だぞあんた。

「おにく!」

 元気な子だ。

「カースナンバーは今日がはじめてのちゃんとした食事だったから、なんとも言えない。けど、もっと沢山いろんな美味しいものを食べてみたい」

 ……うすうす感づいてはいたけれど、もしかしてカースナンバーくんはフラスコの中の小人ホムンクルスか?

 鎧自体をフラスコに見立てることで自立行動を可能にした人造人間製作計画は五年前に潰れたはずなのだけど――二歳ということは、つまり、そういうことだろう。

 まあ人に歴史ありというし、たとえそれが二年に満たないものだったとしても簡単に触れるべきではないだろう。

「……話をまとめますと、目新しく冬に食べて美味しく感じる温かい料理で、健康によくて肉が入ってていろんな味が楽しめるものってことですね」

「「「「「うん、そう」」」」」

 こいつらまとめてぶん殴りたくなった。





 ● ● ●





 万能食と言われる餃子、ポトフのような煮物料理、日本においては鍋料理。

 『熱い料理で、肉と野菜のバランスがよく栄養価も高く、作り方や具によって様々な味が楽しめる』料理だ。

 けれど、これらは既に目新しいものではない。

 僕が作ってしまったからだ。

「堂々巡りじゃないか、ダーリン」

 定休日である、水曜日の夜。僕はアイリーと一緒に厨房にいた。今日も妻は美しい。

「ようするに、新しいものを作らないといけないんだろう? 材料の発注も明日がギリギリだ。今日で決まらないと――」

「――ふっふっふ。僕を甘く見ていないかい、ハニー」

「私はいつでもダーリンには甘あまだぞ?」

 そういうこっちゃねえよ。いや嬉しいけどさ。

「僕はもう、ひとつの料理を思い出してるよ。クリスマスにぴったりで、こっちの世界に来てから――というか、生涯で一度も作ったことの無い料理だけれど」

 ちなみに食べたことも一度しかない。

 そのため、印象が薄くて今の今まで思い出せなかったのだ。

「……そんな料理、作れるのか?」

「作るよ。料理人の矜持プライドにかけてね」

 一度しか食べたことがなくても、味は覚えている。それを頼りにするしかない。

「で、ダーリン。その料理の名前は?」

 アイリーは少しわくわくしているような雰囲気で問いかけてきた。

 僕は少しもったいぶって、大仰な口調で言う。

「フォンデュ・オ・フロマージュ……チーズフォンデュさ」



 チーズ。

 アラブの商人が偶然発見した魔法の食材。

 歴史上、おそらくアメリカ大陸と南極以外のほとんどの土地で大昔から存在したであろう発酵食品。

 それを溶かして液状にし、一口大にしたバゲット(フランスパンの一種)やブロッコリーや人参などの温野菜をつけて食べる料理がチーズフォンデュ。

 その味わいは単純ながら深く、多種多様な食材を使えるのも魅力的だ。

 実質、チーズと相性のいいものならなんでもいいわけだし。

「……けど、あの味はチーズだけじゃなかったんだよな……」

「溶かしたチーズをつけて……」

 ごくり、とアイリーが喉を鳴らした。

「……なあダーリン、思い出せないなら強烈な衝撃を与えれば、」

「大丈夫もうすぐ思い出すからだからその杖はしまいなさい」

 無邪気に怖い妻だ。必死に思い出すしかないじゃないか。



 チーズフォンデュ。

 僕が以前食べたときは、コンソメやチキンブイヨンといったベースの味はなかったように感じた。

 だがチーズを溶かしただけではあの味は出ない。絶妙な酸味、独特なコク、チーズにも負けない香り高い風味。

 そう、あれは――

「――アルコール」

 おそらくワイン系統。

 色が変わっていなかったこと、酸味の味わいから察するに白ワイン。

 白ワインでチーズを割る。

 ならば、そのチーズは?

 カマンベールか、ホワイトか。プロセスやスモークってことはないだろう。

 ヒントは時代だ。

 チーズフォンデュは確か、スイスの伝統家庭料理。

 もっとも古くからある料理のひとつであるはずだ。

 そう、保存方法がまだまだ未発達だったあのころの地球においてのチーズ。

 長期保存の可能な、ただし時間が経ちすぎれば味の落ちる食材。

「……味が落ちる?」

 フォンデュにするなら多量のチーズが必要になる。

 となれば、それはおそらく古くなったチーズの在庫処分的意味合いで作ったのだろう。

 スイスで、古くからあって大量に残るであろうチーズ。

 それはつまり、もっとも多く作られたチーズであるということに他ならない。

 いわばチーズの王様。

 ここまで絞り込めば、答えはひとつだ。


「――ネズミ穴エメンタールチーズだな」


 僕は穴の開いた特徴的なチーズを取りに貯蔵庫に向かった。



 鍋におろし金でおろしたエメンタールチーズをどっさり入れ、白ワインを加えて火にかける。

 割合がよくわからないので適当に入れる。初回だし、チーズは大量にある。味を見ながらバランスを整えていこう。

 鍋が焦げ付かないようにかき混ぜながら、アイリーに野菜を取ってきてくれと頼む。

「なにをどれだけとってくればいいんだ?」

「全部一個ずつ。……とりあえず、いろいろ試してみよう」

「わかった」

 鍋からは次第にチーズと白ワインの芳醇な香りが立ち上り、暖かい湯気が僕の顔に当たる。

 とろりとした液状のチーズ。

 火は弱火から中火くらいをキープ。

 ……魚介系の出汁なんかを入れてもいいかもしれない。あとで試してみよう。

「――今日は徹夜かな」

 ほう、とため息をつく。間に合えばいいのだけれど。

 ぽす、と帰ってきたアイリーが僕の右から身を寄せてきた。

「とことん付き合うよ、ダーリン。ほらこれ野菜」

 巨大な手提げかごに色とりどりの野菜がてんこ盛りだ。どれもうちの商会が育てた自慢の商品で――形は不ぞろいだけど、味はいい。

 それらを一口大に切り、蒸し器にかける。

「ところでダーリン」

「なんだいハニー」

「エメンタールってなんだ?」

 小首を傾げて、アイリーは尋ねてきた。

「んー……。地球の地方名なんだけど……ええと、スイスだから――」

 気候区分的には、この世界ではアーマルド雪山脈か。

 というか、このチーズ自体アーマルドの農村で作ってもらっているものだ。チーズの発酵は気温や湿度で決まるため、王都でのチーズ作りは無理があったのだ。

「この世界でいうアーマルドみたいなとこかな」

「……寒いんだな、エメンタールってとこは」

「そうだね、行ったことはないけれど――たぶん、王都ここよりは寒いと思うよ」

「ふぅん。……じゃあ、なんでエメンタールチーズには穴があるんだ? まさか本当にネズミが食べて穴を開けているわけではないのだろう?」

 そりゃそうだ。ネズミに食われたチーズなんて、客に出せるわけがない。

 というか、ネズミはそもそもチーズ――というか乳製品を好んで食べたりしない。

 実は、地球での『ネズミはチーズ好き』という認識はこのエメンタールチーズが原因だ。

 穴がある、じゃあきっとネズミの仕業だなと昔の人々は思ってしまったのだ。

「実際は発酵の段階で気泡が生じて、それがそのままの形で残っているだけなんだけどね」

「さすが、ダーリンは物知りだな」

「ま、一応これでもそっち方向を専門で勉強していたからね」

 農業高校では座学で学年トップだった。……さすがに実習となると農家の息子に負けたけど。

「……さて、そろそろいいかな」

 とろり、とチーズが溶けきり、滑らかな乳白色の鏡を作り出している。

 温野菜もそろそろいい具合だろう。

「ハニー、試食の時間だ」

 ぱあ、とアイリーが顔を輝かせた。





 ● ● ●





 今日はクリスマスイブ。

 この世界ではキリシタンが多いが、なぜかそれ以外の宗教を信仰する人も騒ぐのだ。

 今日、明日、明後日と連日連夜食って飲んで騒いだ挙句、年越しまで騒ぎ続ける酔狂な貴族もいるくらいだ。

 例えば僕の目の前に。

「いやあ、店主。今日からしばらくこの個室を貸しきるかもしれないね」

「それは他のお客さまのご迷惑になるのではないですか、父上。いくら貴族専用の個室とはいえ、人気店なのですから予約がいっぱいなのでは……?」

 なんで娘に諭されてんだよおっさん。

 まあでも、

「ご心配なく、お嬢さまレディ。当店はそもそも立食パーティーなどの特別な場合シチュエーションを除いて、四時間以上のご利用をお断りしていますので」

 じゃないとガラの悪い冒険者が居座り続けたり、健啖家の貴族が居座ったりして店の回転率が落ちるのだ。

 ただでさえお客様をお待たせすることが多いのに、そんなことをされると営業妨害にもほどがある。

「まあ、それでも毎年この一週間は複数回予約する貴族の旦那さまもいらっしゃいますけれど、ね」

 ちらりと流し目でウォールド氏を見る。

 ごほん、と氏は咳払いをすると、話題を変えるように「さて、」なんて言いながらメニューを開いた。

「では店主、さっそくオーダーだ。今年は家族もいるのでね、たくさん頼ませてもらうよ。……七面鳥ターキーの丸焼きをよっつ、野菜のスープを人数分とサーロインステーキを四枚に――」

 それ端から順番に読んでいってない? なんて僕の疑問が空気を揺らすことはなく、つらつらとウォールド氏はメニューを読み上げ続けた。

 そして、氏は最後の最後に息を溜めて言った。

「――この新メニューの『チーズフォンデュ』というやつを頼む」

「かしこまりました」

 さあ、勝負のときだ。



 それぞれ一口大の温野菜――蒸したブロッコリー、人参、ジャガイモなど――やバゲット。ソーセージも羊肉を使ったもの、豚肉を使ったもの、変り種ではブラックヴルスト(豚の血を素材として加えたソーセージ)など多種にわたって用意してある。

 それらが綺麗に大皿に盛り付けられ、その多種多様な食材の彩りはさぞ目を引くことだろう。

 けれど、それ以上にウォールド家の注目――というか、新メニューを頼んだ全ての人の目を引きつけてやまないのが――チーズで満たされた鍋。

 絶句している氏やそのご子息たちを、どこか『してやった』的な思いを抱きながら満足げに見やる。

「……どうぞ、お手元の串を使い、食材をチーズに絡めてお召し上がりください。少々お熱くなっておりますのでお気をつけください」

 沈黙の中、最初に動いたのはシロ嬢だった。

 いただきます、と小さく呟き、彼女は串を手に取る。それにつられてか、氏や他の養子たちも慌てていただきますと口にする。

 シロ嬢が小さなブロック状にカットしたバゲットに串を通し、鍋に入れてチーズを絡める。

 よく絡め、物珍しげに乳白色のとろりとした液体でコーティングされたバゲットを眺め、そして口へと運ぶ。

「……美味しいっ! 美味しいですよ、店主さん!」

 にぱっと花が咲くように笑う。

 この瞬間だ、と思う。

 この瞬間のために、僕ら料理人は生きているのだ。

 自分の作った料理を美味しいと言っていただく。

 その至福は料理人にしか味わえない感情で、その甘い蜜を求めて僕らは腕を上げる。

 もっと美味しいと言って欲しいから。

 もっと笑顔になって欲しいから。

「ありがとうございます、お客さまがた」

 だから僕は、精一杯の誠意と感謝を込めて頭を下げる。



 ウォールド氏の食後、人心地ついているところにもう一度お邪魔した。

 氏は健啖家でなんでもよく食べるけれど、実のところかなりの美食家でもある。

 新メニューチーズフォンデュの感想を聞きたかったのだ。

「実に美味しかったよ」

 コーヒーを優雅に啜りながら、氏は言う。

「チーズと白ワインの芳醇な香りが鼻を刺激し、色とりどりの食材が目を楽しませてくれる。バゲット、温野菜はそれ自体に特別な味付けはしてなかったようだけれど、チーズの塩味やまろやかさが素材の持つ味を引き出してくれていたように思うよ。特に温野菜との相性は抜群だった」

「そうですね。野菜は加熱すると甘味が増しますから塩味との相性がいいんですよ」

 中でも蒸し野菜は栄養素の流出が少なく――ビタミンCやビタミンB1は熱に弱い――ほっこりした食感と旨味を味わえる。生のままの味を極力落とすことなく旨味を増やし、蒸し野菜は蒸し野菜なりの美味しさを演出できる。

 氏はなるほど、と頷いた。

 そして彼は微笑むと、再び口を開いた。

「それにね、店主」

 氏は彼の家族を見回して、こう続けた。

「私がもし、いつものようにひとりでこの料理を食べてもここまで美味しくは感じれなかったように思うよ。店主……君はなんのかんの言いつつ、私たちみんなの要望を聞いてくれたからね。家族でわいわい料理を食べる楽しさ、というのを味わわせてくれた」

 にかっと氏は笑った。貴族然としたいつもの泰然たいぜんとした笑みではなく、なんというか――子供のような。

 こっちが氏の素の表情なんだろう。

 そんな彼に僕は、

「さあ、どうでしょうかね?」

 とぼけておく。

 僕の仕事は料理であって、お得意さまに家族ができたことを祝うために料理を作ったりはしないのだ。

「あの、店主さん」

 唐突にシロ嬢が声を上げた。

「僕……嬉しかったです。僕の『温かいもの』っていうオーダーを叶えてくれたこと」

「そうだな……俺の『健康にいいものを食いたい』ってオーダーも、このいろんな野菜で叶えてくれた。食いやすかったしな」

「セレン、そーせーじすき! たくさん、ちがうあじのがあった!」

「カースナンバーも今日一日でたくさんの新しい味を見つけた。ありがとう」

 他の養子たちも次々に口を開いて、感謝の言葉を口にする。

 みんな笑顔で、それだけで料理人冥利に尽きるというものだ。

「――皆さま、ありがとうございます。今後とも我が総合料理店『フォー・アイリー』をよろしくお願いいたします!」

 クリスマスを家族で過ごすのも悪くないんじゃないだろうかと。

 そう思った一幕だった。



「では、皆さま。良い聖夜を――メリークリスマス!」



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