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side:キーラン 1

 キーランは何度でも過去を後悔する。

 それでも、キーランは何度でもそのときにはその選択肢を取ってしまうだろう。

 自らの姫を護るために、その姫を自らの手で穢す道を。



 キーランは公爵家の跡取りとして生まれた。母が王族であるが故、王家とは親戚という形になったが、貴族の筆頭たる自分達公爵家が貴族としての見本を見せねばならない。そう教え込まれたキーランにとって、王家というのは絶対的な主であって、家族だとかそういったものにはなりえなかった。

 それはキーランが守るべきとされた姫君に対してもそうだった。従妹という間柄に当たるブリアンナは可愛らしい容姿であったし自慢の姫でもあったが、キーランは一度もそういった情を抱いたことはなかった。悪戯好きで自分付きの騎士を困らせる幼い少女に、キーランは兄として、従としての感情こそ持っていたが、それ以外のものは全くなかった。友人達には信じられないとまで言われたが、キーランは実際そう思っていたのだから仕方がない。

 そんなキーランが想ったのは同じくブリアンナに仕える侍女。ブリアンナのような壮麗な美しさは持ち合わせていないが、素朴な彼女の放つ雰囲気がキーランを和ませた。とはいえ、公爵家の跡取りである自分と、辛うじて貴族に引っかかる程度の身分の侍女とでは身分に差があり過ぎて初めから望めなどしなかった。

『キーランはあの子が好きなのでしょう? だったら、私が二人きりにさせてあげるわ』

『いえ、それは』

『身分違いだとか言わないでよ? 私は二人のこと応援しているんだから。身分の壁なんてそんなのどうとでもなるわ』

 そう言って気を使ってかブリアンナが二人きりにさせてくれたが、公爵らしくしなければならないキーランだ。いずれそこそこ身分のある令嬢を迎えるだろう、程度しか将来に対しては思っていなかったし、望むこともなかった。ただ、この二人きりで過ごした思い出を抱えてその先の未来を生きていこう、とそう思うくらいで。

 それがまずかったのだろうか。

 ブリアンナが親元で過ごすであろう最後の年の避暑旅行でブリアンナは消息を断った。それがブリアンナの意志であるはずもなく、それはすぐにキーランに伝えられた。

「すみません、公爵閣下ご子息であらせられましょうか。――ブリアンナ姫のことでお話があるのですが」

「……っ、貴様!」

 他ならぬ、ブリアンナを拉致した当人達によって。

 彼らから接触されたときのキーランの受けた衝撃といったら、言葉では言い表せないものだった。当初、ブリアンナについていくつもりだったキーランは、しかしブリアンナがきっぱり断ることもあってその任を他人に預けた。ブリアンナがキーランと侍女の仲を応援してくれているのは知っていたから、今回もそれであると簡単に想像がついたし、折角主人からそうした気遣いを受けているのにそれを蔑ろにするのは好ましくないと思ったのだ。――自身の役目を放棄することにそう言い訳をして。

 それら全てが裏目に出た。キーランより腕の劣る護衛は国家転覆を目論む輩によって殺され、そしてブリアンナは攫われた。キーランが己の望みなど捨て、どうしてもブリアンナを守るとしていればこうならなかったかもしれないというのに。

 当面の姫の安全と引き換えにキーランは彼らにその場でついていくかどうかを決めさせられた。自分が何を求められて連れだされるのか、その時点でキーランは何一つ情報など得られていなかった。だが、主君を攫われ、しかもそれが己の判断ミスが招いたことだとよく知っているが故、まともな精神状態にないキーランがその罠に対して否などと言えるはずもない。キーランはブリアンナをかどわかした男達に従い城を出た。

 キーランが誘拐犯を害することのないよう拘束され、連れてこられた先は子爵位と貴族の中では下級の位でありながら、広大な領地と優れた技能を持ち合わせた若き当主の屋敷だった。どうやら子爵が実行犯であるようだと悟り、キーランは口の端を噛んだ。

 ブリアンナを攫うような手段を取る男だ。何かとんでもないことを考えているのだろう。ならばそのような危険分子には、真っ先に気がついているべきであったのに。

「酷い顔色ですね。閣下」

 子爵位の青年は、まるで友人にするかのようににこやかにキーランを迎え入れた。

「……姫は無事なのですか?」

 それに対して一切反応はせず、キーランはそれだけを口にした。目前の子爵が何を目論んでブリアンナを誘拐したかは分からないが、その中に国王への反逆が含まれないはずがない。人質としての価値のあるブリアンナは殺されはしないだろうが、逆にいえば殺す以外は何をされてもおかしくない。それを分かっているキーランはそれを尋ねずにはいられなかったのだ。

 対する子爵は愉悦を隠そうともせずに、キーランに肯定を一つ返す。

「ええ、まだ無事ですよ」

 まだ、という不穏な言葉に、キーランはぎくりとする。その言葉は、ブリアンナに何かするつもりがあるのだと子爵が明言したも同じだった。

「目的は」

「目的、ですか。そんなに分からないでしょうか? 私はただこの国の政治を奪いたい。そのために旗頭となる王族が欲しいだけです」

 言われた言葉に、キーランはぎくりと肩を揺らした。女子は王位を継げない。ならばブリアンナを旗頭として持ち上げることなど出来やしない。それでもブリアンナを必要とする理由があるとしたら、一つしか考えられない。

 それすなわち、ブリアンナの、直系の血を引く男児を得るため。

「姫に何をした!」

 それまでの敬語もかなぐり捨て吼えたキーランに、子爵はですから、と口にする。

「まだ、何もしていませんよ。まだ、ね。そんなに言うのなら貴方の大事な姫君に会いに行きましょうか」

 その子爵の言葉に、キーランが反抗出来たはずがなかった。

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