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side:ブリアンナ 3

 大人しく青年の手に堕ちていれば。

 密かに愛を向けていた相手へ愚かにも助けを乞わなければ。

 そうしていたら、ブリアンナは彼から何も奪わずに済んだのに。



 それから数日は一室に閉じ込められ、訳の分からないままブリアンナはただひたすら時間が過ぎていくのを感じていた。定期的に食事を持ちこまれる以外何をすることも許されない中で、ブリアンナの救いとなっていたのは初日以降ブリアンナの部屋へ青年を含め男が一人もがやって来ないことだった。

 あのとき純潔を散らされそうになった恐怖はまだありありとブリアンナの中に残っている。そもそもにして自身の騎士であったキーラン以外の男性とほとんど接触したことがないこともあり、ブリアンナが青年を含めた異性全てに怯えるのも全く仕方がないことだった。

 何かに対する猶予を与えられているのかもしれない、と決して賢しくないブリアンナでも気がついたが、それが何であるかまでは気がつくことが出来なかった。

 だから、久しぶりに部屋にやってきた青年の顔を見ることとなったそのときに、背後に見知った顔があることにブリアンナは初めそれが見間違いか何かなのではないか、と心の底から疑問に思ったのだ。勿論、そんなことはなく、何度瞬いても確かにそこに立っているのは拘束されたキーランで。その姿に、ブリアンナは血の気が引いた。

 久しぶりに見たキーランはブリアンナの顔を見て、ほっとしたように息を一つ漏らした。大切な主が無事であることを知り思わず漏れたものだろう。どうしてそんな顔をされるのかについて、ブリアンナは攫われた自分が生きていた、そのことについてだろうと思っていた。

 そのブリアンナの勘違いは直後の青年の言葉に青くなった。

「ほら、私は嘘をつきませんでした。まだ無事ですよ。男の前にいようと平然としているでしょう?」

 その言葉に、言い知れない何かを覚え、ブリアンナはぶるりと体を震わせた。嫌な汗が背筋を流れ落ちる。青年は何が言いたいのだろう。そして青年の言葉に青い顔をしたキーランは、一体何を言って連れてこられたのだろう。

「私は確かに貴方の姫を生娘のままにしておきました」

 生娘。そのくらいはブリアンナとて知っていた。男を知らない女のことだ。そして話の流れからブリアンナがまだ処女であると青年は言っている。その意味するところは。

「我々とて王として戴く相手としては、より高貴な血を持つ方がいい。ですから閣下が姫と番う方が都合がよいのです。それでも、閣下が嫌だと仰るのならば無理やり姫を奪うしかありません。さぁ、閣下が姫と番うか、それとも私の手のものに姫を手籠めにさせるか。二択に一つです」

 侍女と親交を深めているはずの青年の登場に、男のその言葉。自分の発言がどういう意味を持ってしまったのか、ブリアンナはその瞬間になって漸く気がついたのだ。なんだかは分からないが、男はブリアンナの血を引く子供が必要なのだ。そしてその子供の父親はより高貴な血を引いていればいるほどいい。その相手にキーランはまさにうってつけだ、とそういうことだった。

 キーランは迷う様子を見せた。それでも、

「あ、一年以内に姫が子を産まないときも私の手のものが姫を孕ませますけれども」

「……分かりました」

 青年がそう口にすると苦々しい顔をしながらそれを受け入れた。脅しにキーランが屈したのだ、とブリアンナは気がついた。ブリアンナの、姫の騎士としてキーランはただ責務を果たそうとしているだけなのに。そうしてブリアンナがキーランの人生を縛ってしまうなどもってのほかなのに。

 嫌だ、とブリアンナは首を振った。キーランはあの侍女と幸せにならなければならない。あの侍女もキーランも想い合っていたのだから、だから二人は結ばれなければならないのに。どうしてこうなってしまったのだ。

 ブリアンナがいくら首を振っても、キーランは言葉を撤回してはくれなかった。それどころかブリアンナの体をそっと抱き寄せる。腕の中に閉じ込められて、ブリアンナは涙した。

「姫が、望まない相手に身を捧げなければならないことを厭うのなら、せめて」

 こんな風にキーランが欲しかった訳ではない。縛りつけたかった訳ではない。ブリアンナのことを選んでくれるのなら、それでよかったけれど、他の人を想ったままのキーランと結ばれたい訳では決してなかったのに。それなのに、どうして。

「すみません、姫」

 キーランに囁かれた言葉に、違う、とブリアンナは思った。

 独立の旗頭として持ち上げられたブリアンナに、キーランはただ巻き込まれただけだ。それに、そもそも謝るのはブリアンナの方なのだ。あんな状況でキーランの名をあげてしまったから、キーランはここに連れてこられた。ブリアンナが名前を口にしなければ、キーランは想っていたあの侍女と一生を共にすることが出来たはずだったのに。彼らの脳内でそもそもキーランは除かれていたようだったから。

 ごめんなさい、とブリアンナはただ泣いた。キーランはそんなブリアンナをますますきつく抱きしめるばかりだった。



 キーランはまだ城を見つめていた。キーランの愛していたあの侍女、彼女はどうなったのだろうか。この場は反国王のクーデター。国王軍の情報は入ってきたが、たかが子爵の令嬢の話など、この屋敷には届くこともない。

 キーランがどのようにして連れてこられたのか、ブリアンナは知らない。だが、あの再会したときの顔色やキーランの行動から、ブリアンナの身によからぬことがあると告げられて彼らに従わなければならない状況に持ち込まれたのだろうことは容易く想像が出来た。仕事熱心で真面目なキーランのことだから、ブリアンナのことを出されれば如何に侍女が愛しかろうともブリアンナの下に来なければならなかったのだろう。

 自分が二人を引き裂いてしまったのだ。ブリアンナは瞳を伏せる。今この場に我が子がいなくてよかった。もしも目前に彼がいたのならば、ブリアンナはどんな言葉を浴びせてしまったことか分からない。

 愛する男との間に出来たブリアンナの子供。彼に何ら罪はないのだが、その子供が必要であったせいでキーランと侍女の仲が引き裂かれてしまったことは分かっている。ブリアンナは自分を憎むと同時に、子供のことも憎んでいた。

 或いは、己の子供がブリアンナをここに攫ってきたあの青年に懐いていることも理由の一つかもしれないが。子爵の起こす反乱の旗頭として抱え込まれたブリアンナの嫡子は、自分がどんな政治的な思惑の末に生まれてきたのかも理解しないまま、子爵に懐いている。それがブリアンナを言い知れない気持ちにさせるのだ。

 全てブリアンナが悪いのに、どうしても子爵と子供も憎らしく思えてしまう自分をブリアンナはよく認識している。だからこそ、ブリアンナは余計にキーランへの罪悪感を募らせ、つ、とその瞳から一筋の涙を零した。

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