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side:ブリアンナ 2

 あの頃のおてんばで何も考えていなかった自分を、ブリアンナは心の底から悔いている。

 あんなことを言わなければよかったのに。

 ブリアンナは、キーランから全てを奪ってしまったのだ。



 今でも昨日のことのように、ブリアンナはその日のことを思い出せる。避暑地に行くことになっていたのだ。既に向こうには何人もいる妹や弟も行っていて、そろそろどこかに嫁ぐブリアンナが最後に家族と触れ合う機会として与えられたものであったはずだ。

 そこへ向かう馬車を、ブリアンナは襲われたのだ。弟妹と最後に触れ合う機会に物々しい警備など似合わない、と切り捨ててしまったブリアンナは、自分の愚かさに後からそっと嗤うのだ。こんな風になったのは全てお前が愚かだからだ、と。

 それから一体何があったのか、気を失ってしまったブリアンナには分からない。ただ、気がつけば、貴族の物としてはそれなりに豪奢な部類に入る屋敷に連れて来られていたのだった。何日経ったのかも分からない。ただ、纏っていたドレスはそのままで、ブリアンナは少なくとも己に何もされていないことに知れず息を吐きだした。

 付き人がどうなったのかブリアンナは知らないが、相手は姫を拐す必要があった連中だ。恐らく皆殺しにされたのだろうと想像はつく。その中にあの侍女もキーランも入っていなかったことにほっと一安心した。同じ日に二人を休ませて、二人の近づくきっかけを作りたかったのだ。

 囚われた部屋でブリアンナは暫く何故己が連れてこられたのかについて考えていた。しかし、元々政治に関わることすら期待されていないブリアンナには、国内の情勢も分からない。国外だとすればますます、何一つブリアンナは知らない。結局頭を働かせるだけ無駄なあがきというもので、どこの家のものかも分からない屋敷でただ小さくなっていることしか出来なかった。

 キーランとさほど年の頃が変わらない青年がブリアンナの前に姿を見せたのは、夜も更けた頃だっただろうか。青年の名前こそ思い出せなかったが、見たことがある容姿だったから、そこで漸く自国の貴族の屋敷にいることに確証を持てた。だが、未だここに連れてこられた理由は分からない。ブリアンナは緊張から身を固くした。

 それが分かっていない訳はないだろうに、ブリアンナの緊張など意にも介さないのか。青年はブリアンナの前に臣下の礼を取ってみせた。子爵位を名乗りブリアンナを見据えるその瞳が、ブリアンナには狡猾な蛇か何かのように思えた。

「ブリアンナ姫、御機嫌よう。ようこそ我が屋敷へ」

 ブリアンナの白い手を取り、口づけを一つ落とす。それにぞわりと嫌悪感を抱いてブリアンナは男から己の手を取り返した。いずれ政治の道具となるべきブリアンナは清い身を貫いている。こんな至近距離に異性が来ることなど、キーラン以外に許していないというのに。

「何をするのですか!」

 激昂するブリアンナに、青年はいっそ優しく微笑んだ。

「お近づきのしるしに。あなたには男児を為してもらうのですから」

 言われた言葉に、ブリアンナは血の気が引いた。この男は何を言っているのだ。何故そんなものが必要になる。

「子を為す、って」

 青年はああ、とほほ笑んだ。その表情はアデイラには狂気に満ちているように思えた。

「私はこの国が欲しいのですよ」

 それは国王に反旗を翻すということだ。何と恐ろしいことを考えるのか。しかし、それが何故ブリアンナが子を為す話と繋がるのか分からない。

「……なぜわたくしの子が必要なのです」

 ブリアンナは一歩後ずさりながら青年に問いかけた。勿論、青年はその一歩を易々と詰めてしまう。ブリアンナはまた一歩下がった。

「反旗を翻すのはそれなりに大変でしょう? 諸外国にも手伝ってもらうつもりですが、そのためにはこちらに正当な理由がなければならない。例えば、」

 話しながら近づいてくる青年に、ブリアンナは首を振って必死に後ずさる。しかし、無情にもすぐに壁際に追い詰められた。至近距離で青年に顔を覗きこまれる。ブリアンナは、青年の瞳に映り込んだ怯えた表情の少女を見た。

「国王のしている恐ろしい政策を知った王族がそんなことをさせまいと助けを求めた、などといった、ね。そして、此方の手元に次代の王となれる存在がいればなおよい」

 ブリアンナはあ、あ、と言葉にならない音をただ紡いで喘ぐことしかできない。男が言っていることも政治など分からない身には何の事だかさっぱりだ。それでも、何か陰謀に加担させられそうになっているということだけは分かった。

「政治のことなど何も知らない貴方は私達にとって都合のいい旗頭となりうるのです。あなたは何らの発言力も持たないのですから。今日は警備が緩くて攫いやすかったですよ」

 小さな声で囁かれたそれに、ブリアンナは初めから己が狙われていたことを知った。己が愚かだから。

 ブリアンナの両の手首を片手で纏めて、青年はそのままブリアンナを引きずるようにして歩きだす。どこへ連れて行かれるのか、と青年を睨みつけようとしたブリアンナは青年の視界の先にある寝台に気がつくと真っ青になった。

 異性と寝台に向かう。その意味が分からないほどブリアンナは子供ではない。

「ああ、別に相手は私でなくとも結構。貴族でさえあればどなたでも構いませんよ。尤も、私の手のものであれば、という条件もつけますけれども。所望の貴族などいましたらあげてくれてもいいのです」

 詭弁だ。そう言いながら青年自身がブリアンナを押し倒している。身を強張らせて何をされるかと怯えていたブリアンナは、青年の手が己の服にかかったところで恐慌状態に陥った。

「いや! キーラン! 助けてっ! キーラン!!」

 じたばたと身をよじって暴れる、そのときに名前をあげたのはブリアンナの騎士であり、ブリアンナが想うその相手。青年はブリアンナがあげた名前に、ブリアンナを拘束したままふむ、と頷きを一つ落とした。

「キーラン……ああ、公爵閣下ですか。王族の血を引き、各国にも名の知れている彼ならば、貴方の子の父親として文句はありませんね。向こうの戦意も大きく減ることでしょう。思いつきもしませんでしたが、なるほど、とてもいい案だ」

 青年は浮かれたようにブリアンナの存在も忘れて部屋を出ていったが、青年に純潔を散らされる恐怖に脅えていたブリアンナがそれに気がつくほどの余裕などあるはずもなく。ブリアンナは青年が何を思い立ったのかもしれぬままがたがたと寝台の上でただ震えていることしかできなかった。

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