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side:ブリアンナ 1

 彼女はいつまでも後悔し続ける。全てをその人から奪ってしまったことを。そして――全てを裏切ってしまったことを。



 空が赤く燃えていた。屋敷の窓から見える、遥か遠くのその光景を、ブリアンナは沈痛な面持ちで見つめている。今命を断たれているのは己の知り合いだった者達なのだと思うと、彼女は途轍もなく悲しかった。そして彼らがブリアンナのことを恨んでいると思うと、余計に悲しくてならない。

「姫」

 声をかけられて振り返ると、ブリアンナの従兄にして夫でもあるキーランがそこに立っている。顔に浮かべている表情は諦観だが、そこにブリアンナを心配する色が確かに込められている。優しい人だからきっと、ブリアンナのことを心配して様子を見に来てくれたのだろう。

 そんな風に気遣ってもらう資格など、ブリアンナにはないというのに。

 窓の傍らに立つブリアンナのすぐ隣までやってくると、幼い頃からしているように、す、と肩を抱かれる。キーランの体温を感じられるそれに、ブリアンナは安堵と共に、確かな罪悪感を覚えて顔をくしゃりと歪めた。特に何に、というわけではない。その罪悪感は様々なものに対するそれであった。

「……姫と、呼ばないで下さい」

 ブリアンナはぽつりと願いを口にする。そう呼ばれるのがブリアンナは苦痛でならなかった。自分の存在がそういうものであることを思い出してしまうから。自分が姫であるからこうなったのだとそう、思わされるものだから。

 しかしキーランはゆるゆると首を横に振り、拒絶の意志を示した。本当のところはキーランがブリアンナの望みを叶えてくれないだろうことは分かっていたので、ブリアンナもやはりそうか、と少し落胆しただけだった。

 何せ、キーランがブリアンナを姫と呼ぶのは、そう呼ばねばならない理由があるのだから。キーランはそれに従わない訳にはいかない。それを分かっていても、ブリアンナは願いを口にしたのだ。

「目を逸らしてもいいのですよ」

 キーランはそう言ったが、彼自身の視線はまっすぐに一か所に向けられている。それが今恐らく燃え盛っているだろうあの城へと向けられていることは、ブリアンナにも分かった。

 キーランがそうしているというのに、ブリアンナがどうしてそこから視線を逸らすことが出来たのだろう。寧ろ、ブリアンナこそ、最もその光景を目に留めなければならなかい人間であるというのに。

「わたくしも、見届けなければなりません」

 ブリアンナの言葉に、キーランはそうですね、と静かに答えた。

 きっと、あの城はもうすぐ陥落する。ブリアンナの生家であり、そしてキーランがかつて仕えていたあの城は。ブリアンナのせいで。

 ブリアンナは静かに数年前のことを思い出していた。



 ブリアンナはその頃、ごく普通の令嬢と何ら変わりなかった。王家の姫であったが、国を継ぐ長男でもないし、そもそも女の王族など異国に嫁ぐか、或いは家臣に降嫁されるかどちらかだ。

 いっそ、より高位の貴族に嫁ごうと必死で我が身を飾り立てる他の令嬢より、余程気楽だったかもしれない。ただ外国への商品として、安全な日々を平和に過ごしていればよかった。

「姫、何をしておられるのです? 探したのですよ」

 何も学ぶ必要もなかった。学んだところでそれは国に還元されない。王位を継ぐのは男系の王族のみで、女系はただの道具だと、ブリアンナは知っていたし、そのことに不満の一つもなかった。

 だから、ただ甘やかされて育てられたブリアンナは、護衛を困らせるのが仕事のようなものだった。そして困らせられるのはいつも、ブリアンナの近衛騎士であるキーランだった。

「あ、キーラン! もうわたくしを見つけてしまったの?」

 見つけられ、ブリアンナはむすっと頬を膨らませた。

 キーランはブリアンナの父王の姉の息子、つまるところブリアンナの従兄だった。公爵家に降嫁した王族から生まれたキーランは、公爵家の後継ぎではあったが、いくら高貴な血が流れていたところで決して王族ではない。それをよく弁えていたキーランはいつも貴族としてブリアンナに仕えていた。

 それがブリアンナには物足りなかった。初めて会った幼き日に従兄だと紹介され、ブリアンナはそれを兄や姉と同じようなものだと思っていた。だというのに、キーランは決して臣下としての立場を崩さない。もっと構ってほしいというそれが、時を経ていつの間にか恋心に形を変えるというのは、おかしなことではなかっただろう。

 キーランはやがてブリアンナの騎士となった。ブリアンナの騎士として、キーランはブリアンナに忠誠を誓った。誰よりも一番近くでブリアンナを守ってくれる。望むことをしてくれる。だが、それだけだ。

 ブリアンナが想うようなその感情を、キーランはブリアンナではなくブリアンナの侍女に向けていた。可愛らしいブリアンナの侍女は子爵家の出で、ブリアンナは彼女のことを気に入っていた。彼女の一挙一動ともブリアンナには好感が持てたのだ。侍女は公爵家であるキーランと結ばれるのには少し身分が低過ぎたが、キーランと侍女が互いに想い合っていることをブリアンナは知っていた。

 双方ともに身分差故に相手にそれを伝えていなかったが、どちらも愛し合っているのは傍からは一目瞭然だったので、ブリアンナはきっとその障害など大したものでないと考えていた。いつか侍女はキーランに嫁いでいく。二人をよく知る存在であるブリアンナによるその推測は、確信に近いものがあった。

 それを自覚するのはとても苦しいことではあったが、ブリアンナはキーランのことも、心優しい侍女のことも大好きであった。だから、二人がうまくいくならば我が身の失恋など我慢できると思っていたのだ。そもそも、ブリアンナは政治の道具としてどこかに嫁ぐのだから、どうせキーランと結ばれ得ないのだから、と。

 だけど、せめてキーランが侍女と結ばれるその日までは、騎士と姫としてでも構わないから傍にいて精々困らせてやろうと、そう思っていた。

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