信じたくはなかった
「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシコニケリ・・・」
手を合わせ、唱える。
何度も、何度も。
大半の学校の始業式が終わり、町が活気を取り戻した8月のある日の夜。
町中でこの呪文が響き渡っていたという・・・。
何故だろう?
今日は朝から騒がしい。
煩いのはいつものことだが、今日の煩さはちよっと違う・・・。
「山崎!」
教室に向かう途中の廊下で呼ばれ、振り返ると、同じクラスの大木が居た。
彼は、俺が転校してきた時に、初めて声をかけてくれたヤツ。そして俺に、色々と町の事を教えてくれる奴。
「おはよー。なぁ、何なんだよ?この騒ぎ・・・」
俺には何もわからない。
教えてくれ。
そういう感情を込めた眼で、大木を見た。
「お前・・・あ~そっかぁ・・知らねぇんだった・・・」
大木は、始め驚いたような顔をした後、納得したという様にため息を吐いた。
「・・・始めに言ったよな?この町は『人食いの町』だって」
始め?どの始・・・
「あぁ、転校初日の・・・」
「そうだ。で、昨日・・・この学校の女子が一人、食われたらしい」
「えっ!?」
食われた?この学校の生徒が!?
だから、こんなに騒がしかった・・・。
「多分、明日・・・早ければ今日の夕方には、出てくるんじゃねぇかな」
出てくる・・・。
何が、なんて聞かなくてもわかるし、聞きたくもない。
だってその子は『食われた』んだ。
魚でも肉でも、食べた後には骨が残る。
それと・・・同じ。
俺は、身体が奥の奥から冷めて行く、そんな感じがした。
『人食いの町』
そんなの、誰だって信じたい訳がない。
信じられる訳がない。
だけど実際に、食われた人が居る。
その現実が、何よりも恐ろしい。
「なぁ、お前今生徒手帳持ってるか?」
「・・・?あぁ・・・」
貸せ、と言った大木に、俺はそれを渡した。
何やら色ペンで書き込んでいる・・・。
「ほら」
「?何だコレ」
手帳のカレンダーになったページには、一ヶ月にいくつかずつ、日付が丸で囲まれていた。
「この丸の付いた日には、夜に絶対に外に出るな。いいな?」
俺には意味がわからなかったが、大木があまりにも真剣な顔つきで言うから、頷くことしかできなかった。