<最終章>
再び藍の元へ会いに行く駿哉、それを見送る麻椰。
小さな運命の悪戯は儚い思いだけを残し消えていく。
駿哉は二度目の初恋をしたのかも知れない。
その思いを母親の様に優しく受け止める麻椰。
そんな不可思議な夫婦の結末は・・・。
バレンタインデーの夜、辺りには真っ白な雪が降り積もっていた。
「じゃ行ってくるね!」
そう言って出かけた駿哉、リビングに座ったまま
「うん!雪に気を付けてね。それだけが心配だよ」
そう答える麻椰。
「大丈夫だよ。俺、雪国育ちで運転慣れてるからね」
そう言って一度出て行った駿哉。
何故か駿哉は再びリビングへと戻って来て麻椰にキスをした。
そして、
「すぐに戻るよ」
もう一度優しくそう言ってリビングを出て行った。
それは駿哉の罪悪感からではないのだろう。
本当に藍を愛すると同時に麻椰を愛しているのだろう。
麻椰にもその気持ちが伝わっているからこそ
その現実に耐えていられるのかも知れない。
しかし・・・・・
藍の部屋の前へやって来た駿哉、明かりの燈らない部屋
の外でしばらく彼女の帰りを待っていた。
・・・けれど誰も帰って来る気配はない。そして、彼は
メールを送ってみた。しかし届かない。
教えて貰った電話ももう繋がる事はなかった。
駿哉は藍と最後に会った日、感じていた。もう彼女に
会えなくなってしまうんじゃないかと、
何故かそんな気がして寂しい気持ちになった事を麻椰に告げていた。
言い知れない不安感、大切なものが遠くに行ってしまう様な恐怖心。
駿哉は寒空を見上げた。そして薄っすらと窓の外から見える部屋の中
には、すでにもう何もない。
藍は突然消えてしまった。駿哉は思った。
「彼女は幻だったのだろうか?」と・・・。
突然現れて突然姿を消した藍。
もう二度と彼女に会う事が出来ないのだろうかと・・・。
駿哉はただ切ない気持ちでいっぱいになりその場に立ち尽くした。
しばらくして・・・駿哉は家に戻った。
「お帰りなさい」
表情を曇らせる駿哉に麻椰が気付かない訳がない。
「もしかして会えなかったの?」
「うん・・・」
「そっかぁ・・・」
浮かない表情でソファーに腰を下ろす駿哉。
そこへコーヒーを入れて
「冷えたでしょ、温まろう」
そう言って麻椰は微笑んだ。
その後、麻椰は駿哉の事を抱きしめた。
母親の様にそっと優しく。そして・・・
「大丈夫だよ。明日にはきっと会えるよ。ねっ!」
しかしもう二度と駿哉が藍に会う事はなかった。
しばらくして仕事から帰って来た駿哉が麻椰に言った。
「人の縁って不思議だね」
「えにしなんてあなたらしくない言葉だね!」
麻椰は何気に駿哉を少しちゃかしたが・・・その後
「そうだよね。言いたい事よく解るよ」
そう答えると、ただ駿哉の言葉に麻椰は耳を傾け続けた。
「会える時は偶然に何度でも会える。でも一度会えなくなって
しまった縁は何故かもう戻っては来ない。互いに嫌ってる訳でも
憎しみあってる訳でなく、ある日突然その縁は切れてしまう」
「うん」
「俺はそれを過去にも一度経験した。だ
から俺は藍に確かめようと思った。その事を・・・」
「うん」
「麻椰に話した懐かしい話、覚えてるかな?俺の幼馴染、
年下でとても綺麗な子だった。
彼女はいつも俺の家に遊びに来ては、何かをする訳でもなく、
俺のベッドの上に転がり込んでぼんやりしてた。
ただ傍にいるのが互いに楽しかった。
そんな中学時代の初恋の話」
「ええっ、その話ちゃんと覚えてる」
「しかし彼女は突然いなくなってしまった。
母親が出て行ってその後も父親と暮らしていたけれど
父親が酒を飲んで時々暴れて、深夜に泣いて俺んちに
駆け込んで来た事も多々あった。だけど
当時中学生の俺では彼女に何もしてあげる事が出来なかった。
そして彼女が突然いなくなって
v 彼女が住んでいた長屋ももう取り壊されてしまった。
彼女が今も生きてるのかもさえ俺には解らない」
「うん・・・」
「藍を見ていると何故か彼女の事を思い出した。
だから会えなくなる前に、聞いてみたかった。
最初は気付かなかったのに次第に感じる様になった。
年齢は違うにせよ・・・
あまりに似ていたから、雰囲気やそのしぐさまでも、
俺はそんな藍に既視感を覚えた。
彼女に何か関係がある人なのかもと・・・昔懐かしい
初恋の人の残像に藍を重ねてしまった」
「・・・・・・」
「だけれど何も聞けないままに藍は俺の前から姿を消した。
これで良かったのかも知れないけれど、これ以上麻椰を
傷つける事も藍を傷つける事もなかったから・・・」
長い話が終わってしばらく沈黙が続いた後に、麻椰は駿哉を
抱きしめて耳元でそっと優しく囁いた。
「またきっといつか会えるよっ。ねぇ!」
そう言ってチョコレートの箱を駿哉に差し出した。
「ごめん忘れてた。これ渡すの、柿の種クランチ!(笑)」
駿哉は麻椰に微笑み返した。
全てを受け止めそして湿っぽい雰囲気を一掃して駿哉を励まそうと
麻椰のそのただ精一杯な気持ちが痛いほど駿哉には伝わっていた。
駿哉は今ここに掛け替えのない宝物を持ってるのかも知れない。
そして彼はそれを実感しているのだろう。
麻椰がくれたチョコレートを頬張りながら彼は思った。
人生のチョコレートの味はちょっぴりほろ苦いのかも知れないと。
終・・・
しかしこのお話はいつかの未来へ続くかも知れない。
そして駿哉と麻椰が何故こんなに不可思議な夫婦なのかが
いつか長く綴られた一冊の著書によってその真相が明らか
になるのかも知れない。そして・・・桜が咲く頃もう一度。