<第五章>
藍の為にチョコレートケーキを注文する駿哉、
同時に麻椰にも同じものを注文した駿哉。
切なくて深い愛情の縺れの中へと駿哉は落ちてゆく、
どちらかを選ぶ事等出来ない駿哉。
しかし麻椰は愛するからこそ、その真実を許そうと彼に切実な思いを告げる。
二人の関係はこの後どうなるのだろうか?次回は待望の最終話。
一月も半ばに入って、
駿哉と麻椰は仕事や学校行事等で忙しい日々を過ごしていた。
知人の家を訪ねる用事があり、二人は一軒のケーキ屋へ立ち寄った。
そこに見本として置いてあったバレンタインデーのチョコレートケーキ。
それを見て麻椰は言った。
「これ可愛いねぇ。あっそうだ!彼女に持って行ってあげたら?」
その言葉に困惑する駿哉、
※もしかして麻椰は、本当は俺の事を愛していないのか?)
と言う気持ちに駆られる程だった。しかし5年以上一緒にいる麻椰、
彼女のただ優しい気持ちがそうさせている事くらい駿哉にはちゃんと
解っていた。だからこそ、二人を同時に愛してしまったのだろう。
そして二つのチョコレートケーキを予約注文した。
車の中で駿哉は言った。
「俺は最低だね」
麻椰は答えた。
「そんな事ないよ」
「もしかして麻椰は俺をもう愛していないの?子供達の父親
だって思ってるだけ?」
「それはお互い様じゃないかな?だけどそんな事ないよ」
「じゃ何故そんなに冷静でいられるの?」
「それはね・・・」
そう言って少し押し黙った後、麻椰は再び切り出した。
「私がもし、あなたを引き止めたとしても、きっとあなたは
私に黙って彼女の所へ行く。そしてそれをもしも責めたてたり
したら、あなたの気持ちがどんどん私から離れて行っちゃう気がする。
私はただそれが怖いだけなの・・・ごめんね。
だけど私にはあなたを信じる事しか出来ないから、いつまでも
ここで待ってるね。しかし・・・。もしも私を顧みれなくなっち
ゃた時は無理しないでね。決してあなた自身の気持ちに逆らわな
いでいて、その時はちゃんと私の中で現実を受け入れるから」
「麻椰、君は何故そこまでして・・・」
「私はいつでもあなたに幸せな気持ちでいて欲しい。
ただそれだけだよ」
駿哉には解る。
麻椰に裏があって言っている訳じゃ無い事くらい。
彼女の真っ直ぐで怖い位の純粋な気持ちが理解出来るのは、麻椰
がそんな女性だとっ知っていたからこそだ。
それは二人が出会ったあの頃、おくてな駿哉が初めて勇気を振り絞
って結婚をしようと思えた女性だから。
「私ね、時々思うんだよ。もし私が先に死んじゃったらね、
家族に寂しい思いをさせたくないなって
だから、あなたに独りで寂しい思いや大変な思いをされるよりは、
新しく可愛くて素敵な人が現れて、私の家族を幸せにしてくれたら
いいなぁってね」
朗らかな笑顔でそう言う麻椰を見て、駿哉は思った。
誰も不幸にしたくはないと。
「俺、彼女の所へはもう行かない!」
「私の言った言葉なら気にしないで、あなたが望むなら
両方愛していいんだよ?」
麻椰はクレバーで理解のある女性だと言う事は知っている。
だと言って彼女が駆け引きをしている
訳ではない事も駿哉には解る。それが解るからこそ・・・。
「だけど何故そう言うの?浮気して欲しい?」
解っていても裏腹な言葉が出てしまう駿哉、しかし
麻椰は言った。
「だってこんなに生き生きしたあなたを見るのは久
しぶりだったんだもん。最近一生懸命お洒落したり、髪型を気にしたり、
スキンケアしたりして(笑)目を輝かせている。
だからそんなあなたをただ私は素敵だと思えただけなんだよ。
生きる力貰ってるならそれでいい!」
「うん・・・」
「だけど・・・彼女を傷つけちゃダメだよ。
私は本当は浮気される事より、彼女の気持ちを考えると居た堪れない。
もしもあなたに本気になっちゃったら、そして私の存在を
知っちゃったらって考えた時、辛い気持ちは同じ女としてとてもよく
解るから、だからその時は・・・迷わず彼女を選んで欲しいと思う。」
「・・・・・・・」
「だけど私には子供がいる、勿論心配だし不幸にはしたくないよ。
もし事実を受け入れてしまった時、私は酷い親になるんだと思う。
だけど私は子供がいるから離婚出来ないとか、何かが出来ないと
か出来るとか、そう言う事を子供のせいにはしたくないの、そんな事
を理由づけにしたくはないの。だって逆に子供にプレッシャーを
与えると思うし、子供は巣立つ、いずれ私達から手が離れ、立派に
独立してくれるものだと思っているから。
だからこそ何があっても理解して強く生きてくれると信じてる。
私の子共達だから解るんだよ。それに親が依存しす過ぎるのは返って
子供にとっては不幸じゃないかなぁ?」
「・・・・・・・・・」
「こんな私は世間の親からすれば、酷い母親だ~って絶対理解
されないんだろうなぁ。それでもいいんだぁどっちが幸せかなんて
子供にしか解んないんだもん。だけど親が出来る事ってどんな時
でも子供の事・・・信じてあげる事だけでしょ?ねぇ?」
そんな麻椰の言葉を駿哉はハンドルを握り締めながら一つづつ
噛み締めていた。もしこれが計算されつくした麻椰の言葉なら、これ
程に恐ろしい女もいないのだろう。だけれど、麻椰の恐ろしい程の
真っ直ぐさは、時折気高い剣の様に駿哉の心を何度も貫き続けた。
それでも駿哉は
『藍の事を愛している・・・。そして麻椰の事も・・・』
最終話へつづく・・・。