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とある姉妹の物語 欲しがりな妹となんでも譲る姉

作者: 彩緒
掲載日:2026/05/03

数ある作品の中から関心を持っていただき誠にありがとうございます。

淡々と話が進んでいきます。はっきりとした”ざまぁ”みたいなものはないです。

平和な国、学校は4月はじまりということでお願いします。

誤字脱字報告ありがとうございます。

行のつなぎが変だったところ・<了>の後のスペース修正いたしました。

 私、リリアナ・ヴォルテールはヴォルテール侯爵家の長女だ。

 私には3歳下の妹オリビアがいる。

 オリビアは、小さなころから私の持っているものをほしがった。

 私より病弱で、行動範囲を制限されていたせいかもしれない。

 妹が「お姉さま、いいなあ」と言うたびに、私は妹に自分の持ち物を譲ってきた。


 最初は7歳のときだったと思う。

 私が、同じ年の子たちが集まる小さなお茶会に参加したときのこと。

 お茶会の主催者は気を利かせて、帰るとき子どもたちに、クッキーの入った可愛らしい包みを渡してくれた。家に持って帰ると、妹は言った。


「お姉さま、いいなあ」と。


 私はお茶会でケーキを食べてきていたので


「これオリビアにあげる。私はお腹いっぱいだから」


 と言って、妹に渡した。

 妹は、若草色の目をキラキラさせて、嬉しそうに受け取った。


「ありがとう、お姉さま」


「リリアナは妹思いの良い姉だな」


 父も母もそう言って、私を褒めてくれた。私はとてもほこらしい気持ちになった。父は、後でそっと私に街の人気店のマカロンを渡してくれた。


 また10歳のころ、こんなこともあった。

 優秀な人材を子どものうちに見出そうという国の教育機関の考えで、王家主催の子ども研究発表会が一度だけ開かれた。この年10歳だった子どもは、私も含めて全員参加させられた。優秀者には賞品が、参加者にも参加賞がでるとのことだったので、私は期待して参加した。

 でも参加賞は、王立学園の校章が入ったノートだけだった。しかもノートは子ども向けにアレンジされていた。ノートを手に家に帰ると、オリビアがいつものように


「お姉さま、いいなあ」


 と言うので、オリビアにあげた。王立学園は2年後に入学するので、別にオリビアにあげてもかまわなかった。父も母もそんな私たちの様子をニコニコしながら見ていた。


 また11歳のころ、こんなこともあった。

 私に、隣のガーランド家から次男のジョシュアを婚約者にという打診があった。

 ジョシュアのことは、小さい頃から家同士で行き来があり、よく知っていた。

 このときは幼くて婚約を結ぶまではいかなかったが、学園を卒業するころになったら正式に取り交そうということになった。

 この年の私の誕生日に、ジョシュアはブローチをプレゼントしてくれた。

 そしてまたオリビアが


「お姉さま、そのブローチを少し貸してください」


 と言うので、渡したらそのままになった。


 12歳になった私は、ジョシュアとともに王立学園に入学した。

 王立学園では、入学してすぐに新入生歓迎パーティがある。私はドレスを作ってもらったが、オリビアが私の部屋に何度も来て、無言でドレスを眺めているので


「そんなにほしいならあげるわ」


 と言って、妹のクローゼットにかけた。

 父は苦笑いをし、母は顔をしかめた。

 結局ドレスは、新しくまた作ることになった。

 新しいドレスでパーティに出席したら、


「あら、お話に聞いていたドレスと違うように思うのですけど」


 と友人たちに言われた。事情を説明すると皆呆れたり、怒ったりしていた。


 15歳になったとき、大変なことがおきた。母とオリビアが流行り病にかかってしまったのだ。母は亡くなり、オリビアは治ったが学業どころではなく、静養が必要な状態になった。肺を病んだあとは、空気がきれいな場所が良いということで、王都から離れた父方の祖父母のところへ、オリビアは行くことになった。

 母は亡くなる直前まで、私たち姉妹のことを心配していて、それぞれに言葉を残していった。


「リリアナ、自分の願いにまっすぐでありなさい」


 

 私が王立学園の6年生、17歳になったとき、オリビアは静養を終えて2年遅れで入学してくることになった。本当は、1年の静養で大丈夫だったのだが、オリビアがもう1年祖父のところにいたいというので2年に延長されたのだ。


 妹の話やジョシュアの話を、友人たちに時々していたので、私は大変心配された。

 ごくごく親しい友人からは、”杞憂かもしれませんが”と前置きされたうえで


「リリアナ様、大丈夫ですか? ご両親にお願いして、ご婚約のお話すすめたほうがいいんじゃないかしら」


 とまで言われてしまった。


 

 ♢♢♢♢



 私、オリビア・ヴォルテールはヴォルテール侯爵家の次女だ。

 2年遅れて、14歳でやっとあこがれの王立学園に入学する。

 そのため、変なふうに目立ってしまうのではと心配している。小さい頃は病弱で、同世代との交流がほぼなかったので、マナーも自身がない。静養中におばあ様に教えていただいたが、静養1年目の冬に倒れて亡くなってしまった。あまりにも突然のお別れで、おじい様も私もただ茫然とするしかなかった。


 お母様が亡くなるときは、まだ心の準備をする時間があった。お母様も、お姉さまと私に思いを伝えることができた。


「オリビア、自分の本当の願いを大事にしなさい」


 お母様は、私にそう言ってくれた。



 新入生歓迎パーティは参加してよいものか迷ったが、お姉さまが何も気にしなくて大丈夫というので参加した。でも、私はやはり周りから浮いてしまったようだ。


 エスコートしてくれる知り合いの男性は、ジョシュア様しかおらずお願いしたのだが、入場した途端、お姉さまの周りにいるご友人たちから鋭い視線を向けられた。

 実を言うと、私は昔からジョシュア様がちょっと苦手だ。琥珀色のギョロっとした目でじーっと見られると、なんだか逃げだしたい気持ちになる。

 とはいえ、将来義兄になる予定の人が


「オリビア、エスコートする人がいないのなら僕がしよう。リリアナも心配していたし」


 と言われたら断るわけにはいかなかった。実際エスコートを頼めるような方は他にいなかった。

 

 入場したら、パーティがお開きになるまで壁の花に徹しようと決めていた。動いて悪目立ちするよりいいと思ったのだが、お姉さまの友人たちは、こちらをちらちら見ながら扇の影でなにか言っているようだった。よくわからなかったが、「あのドレスは」と言っている声が聞こえてきた。ドレスが問題らしい。


 もしかして5年前のドレスをアレンジしただけじゃダメだったのかしら。でもこのドレス、一度も出番がないままなんて可哀そうだし。


 私が着ているドレスは、お姉さまの新入生歓迎パーティ用として作られたドレスだった。素敵なドレスだなあと思って眺めていたら、お姉さまがオリビアにあげると言ったドレスだった。14歳の私には少し丈が短いので、スカート部分の段々をほどいて丈を伸ばし、糸を解いた跡を隠すようにリボンとレースを縫いつけた。袖にも同じようにリボンとレースを縫いつけ、華やかにしたつもりだったんだけど、ダメだったみたい。たしかに今の流行の型ではなさそう。パステルカラーでふわふわしたドレスが人気なのね。春らしいものね。


 皆様の素敵なドレスを眺めて静かにすごしていると、姉の同級生と思われる方々が


「お姉さまを困らせないようにね」


 と声をかけて去っていく。なぜなのかしら?

 意味がよくわからなかったけど、パーティ自体は私にとっては充実した時間になった。



 王立学園での勉強が始まった。

 私もお姉さまみたいに友人を作ろうと楽しみにしていたのだけど、うまくいかなかった。同級生より2歳上で、しかも皆様入学前に交流されていたようで、私は溶け込めなかった。最初は頑張って話しかけてみたけれど、お返事されるとすぐに皆様去っていかれた。


 王立学園自体は私にとって素敵なところだった。勉強は嫌いじゃないし、何より図書館が素晴らしいのだ。いつのまにか授業以外は図書館の奥にこもるようになっていった。


 お昼の時間は少しだけ苦痛だった。

 すべての学年が同じカフェテリアを使うので、そこで姉と話すこともある。姉は友人に囲まれていて、私は一人だ。病気のとき部屋で食事をしていたので、一人で食事することに抵抗はないけれど、姉に気を使われるのが辛かった。ときどき私のところにやってきて


「これ見て。数量限定のクロワッサンサンドを買えたのよ」


「美味しそうですね」


「ならあげるわ」


 そう言うと姉はクロワッサンサンドをすばやく置いて去っていく。

 先に買ってある私のランチもあるので、どうしようかと考えていると、いつのまにかジョシュア様が現れて


「そんなに食べきれないだろう。引き受けてあげようか」


「・・・・・申し訳ございません。お願いいたします」


 ということになり、この様子を姉のご友人たちが見て、険しい表情に変わっていく。

 いっそお昼を抜こうかしらと思うのだけど、本当にたまになので考えてしまう。



 こういう時は図書館だわ。

 私のお気に入りは図鑑のコーナーだ。小説や授業に直接関係する参考書などは入口の方に、図鑑や専門書などは奥まったところに置かれている。本棚の近くにはコーナーごとに大きな机と椅子が何脚か設置されている。図鑑コーナーのところには滅多に人が来ないので、ここの机と椅子は私の独占状態だ。


 今日も鉱石と布地の図鑑を広げて、好きなだけノートに思いついたことを書こう。



 ♢♢♢♢



 俺はアラン・シュナイゼル。王立学園の第6学年にいる。今年は最終学年だ。

 現国王の3番目の息子として生まれた。

 級友たちは最初、俺のことを殿下と呼ぼうとしたが断った。今はその立場にないからだ。

 国王の息子として生まれたが、辺境伯家に嫁いだ国王の妹が、長いこと子宝に恵まれなかったので、特例で俺は辺境伯家の養子になった。


 辺境の地、シュナイゼル領は宝石と生地の都と呼ばれている。王都から北に、ヴォルテール領を挟んで

山の方に広がる領だ。岩山では宝石となる鉱石があり、ふもとでは絹糸や綿花を作っている。それをもとにジュエリーやドレス、リボン、レースなども作られる。夏は高原に避暑で訪れた貴族たちで、宝飾店や衣装店は大賑わいだ。


 俺が10歳のとき予想外に妹が生まれた。養子解消の話も出たようだが、養父母がそれを断った。妹は将来、国外へ嫁ぐ可能性もあり、俺の辺境伯家での立場は変わらなかった。俺は兄になった。

 妹を可愛がっているつもりだが、妹に言わせると、俺はだめな兄らしい。


 今日は久しぶりに図書館に行く。

 最終学年はいろいろと忙しく、2か月近く図書館に行けなかった。そんなに勉強熱心というわけではないが、辺境伯家の養子に入った以上、領の特産品や資金源となる資源についてはしっかりと頭に入れておくべきだと考えている。まあそれだけじゃなく、教室にいると令嬢にムダに話しかけられて、返事をすると怒り出すという理不尽なことが多いからな。怒るわりには何度も話しかけてくるのが不思議だが。


 さて、俺の指定席は・・・・・


 ん?珍しく誰か座っている。近づいているのにこちらに気づいてないな。まあいいんだけど・・・・・

あれ?あのノート見覚えが・・・・・


「なつかしいな。これ、子ども研究発表会のときのノートじゃないか」


「!」


 ガタンっ。

 図鑑を何冊も広げて見入っていた令嬢が俺を見て慌てて立ち上がった。


「あっ、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。このノート久しぶりに見たから懐かしくて」


「えっ、ノートですか!?あっ、その、気に入っていて。あの、すぐ片づけます。ここ使われるのでしょう?」


 令嬢は顔を赤らめながら、広げていた図鑑を閉じ、あたふたと荷物をまとめはじめた。

 そんなに圧をかけた覚えはない・・・。

 

「あっ、ちょっと待って。なにか大事な調べもののように見えたんだが。俺は急ぎじゃないし、机だっておひとり様用じゃないんだから、半々で使えばいいだろう。ほら」


「えっと・・・・・はい」


 令嬢はとりあえず椅子に座った。


「ところで、なんの図鑑を見ていたの?大分熱心だったけど」


「えっと、鉱石とか布地の図鑑です。あとドレスの型紙集を」


「おっ?偶然だな。俺も鉱石と布地について調べようと思っていたんだ。鉱石と布地は、自分の領の重要な産出品だからね」


「自分の領、ですか・・・・・?」


 令嬢は少し首を傾げる。

 ガタンっ。

 令嬢が再び立ち上がって、今度は耳まで真っ赤にして頭を深々と下げた。


「殿下、失礼いたしました!!わ、私、気が付かずに申し訳ございません」


 慌ただしい令嬢だな。新入生かな?


「とりあえず座ってくれ。俺は王室を離れた人間だから殿下じゃない。今の俺はアラン・シュナイゼルだ。普通にアランと呼んでくれ。級友にもそう呼んでもらっている。第6学年だ。君は?」


「オリビア・ヴォルテールと申します。今年入学いたしました。病気で静養していたため2年遅れで入学しております」


「ヴォルテール家ということは、君の姉上はリリアナ嬢か」


「はい。リリアナは姉でございます。私とは違い華やかで綺麗なので、姉妹に見えないかもしれませんけど」


「そうか?俺にはどっちもどっちに見えるが」


「・・・・・・・姉は綺麗ですけど」


 気づくとオリビア嬢は、微妙な表情ををしていた。

 うっ、またやってしまった。


「すまないっ。今のは綺麗ではないという意味じゃなくて、えーと、二人の綺麗さに差異はないと言いたかった。いや、そうでなくて二人とも綺麗だと・・・・」


 なんだか言えば言うほど軽薄に聞こえるな。


「・・・うーっ、これだから”お兄様はダメねえ”って妹に言われるんだな」


「あ、妹さんがいらっしゃるのですね」


「ああ。6歳の妹がいる。そういえば、妹はオリビア嬢と同じ赤みのある髪色だから雰囲気が似ているな。」


「そんな、恐れ多いことを」


「ははっ。妹は、普通の6歳の女の子だよ。最近ではおしゃれに目覚めて、髪型の感想を俺に聞いてくるんだよ。この間も、頭の上に髪を丸く結って、”どうかしら?”って聞くんだ。感想を言わないと怒るから”トマトがのっているみたいで可愛いよ”って答えたんだけど、なんか激怒されちゃって」


「トマトがのっている、ですか。・・・・・私と同じ髪の色で・・・・・」


 ふと見ると、オリビア嬢の髪は頭の後ろに丸く結われていた。


「あっ!!ちっ、違う!君はトマトじゃない!いや、そうじゃなくて褒めたんだ!トマトって丸くてつやつやしているだろう?」


 俺は、必死に弁解する。

 オリビア嬢が口元に手をあてて、下を向く。

 怒らせたのか?またやってしまったのか俺・・・・・。


「くっ、ふ、ふふふっ・・・ふっ」


 オリビア嬢は笑っていた。こらえようとしてこらえきれずに笑い出したようだった。目には涙まで滲んでいる。彼女をみていたら、俺も力が抜けて、笑い出してしまった。


「ふっ、はははっ。だめだな俺。ははははっ。」



「図書館内ではお静かにお願いいたします!!」


 図書館員に二人とも怒られてしまった。

 

 その後もオリビア嬢と静かにいろいろと話をした。ノートに何を書いているか気になると言うと、謙遜しながら渡してくれた。びっくりするほど細かくアイデアや調べたことが書いてあった。オリビア嬢はとても勉強熱心だった。そのうえ書かれている絵はとても上手だった。

 ほぼ毎日、閉館時間まで図鑑のコーナーにいると聞いてなぜかホッとした。


 それからオリビアとは、放課後の図書館でときどき一緒に過ごすようになった。



 ♢♢♢♢



「オリビア、なにかいいことあったの?ニコニコしているけど」


「あっ、いえ、図書館で良い本をみつけたので」


 姉に聞かれて、私は焦ってしまった。本当は、今日の図書館での出来事を誰かに話したかった。

 でも


「悪いけど、俺と知り合いになったことは誰にも言わないでいてくれるかな。立場上、不都合なことがあって・・・・・」


 とアラン様に言われている。アラン様のような方は、いろいろと配慮しなければいけないことがあるのだろう。私は自室に入ると、図書館でのことを思い出していた。

 楽しかったなあ。

 入学してから今日が一番楽しかったかもしれない。初めて学校の人とたくさんお話できた。

 アラン様は私の話をとてもよく聞いてくれた。



「このノート、子ども研究発表会のとき配られたノートだよね。今も使っている人がいるとは思わなかったよ。」


「はい、姉にもらって大事にしているんです。王立学園の校章が素敵で、いいなあって言ったら、姉が私にあげるって言ってくれて。私うれしくて、自分の好きなことを書いたり貼ったりするノートにしているんです」


「好きなことって鉱石とか布地のこと?」


「はい、そうです。最初は綺麗なもの、可愛いものを貼り付けたり、スケッチしたりしていたんですけど、だんだんと自分だったらこうデザインするなあって考えて書き込んだり・・。そのうち、どこでどんなふうに作られているのかも気になって調べるようになって、鉱石や布地もそれ自体好きになってて」


「興味が広がって、さらに追求するってすごいな。オリビア嬢の話を聞いていたら、ノートに何が書いてあるか気になってきたよ。少し見せてもらいたいな」


「えっ、そんなすごいものではないですよ。ほんの覚書程度です」


「そうかなぁ。でもまあ、今日初めて会った相手に大事なノートを見せてほしいっていうのは図々しすぎた。ごめん」


「えっ、そんなことは・・・・・。あの、大丈夫です。子どもの落書きみたいなものですが・・・」


 私がノートを差し出すと、アラン様は本当に見てよいかもう一度確認してから受け取った。そして大切なものを扱うように、丁寧にノートを開いてページをめくっていった。目の前でノートを読まれるのは、かなり緊張したけど、アラン様が読みながら質問してくださるので、話しているうちにいつの間にか緊張は消えていた。



「このリボンと包装紙は?」


「それはクッキーを包んであったものなんです。あまりにも綺麗でとっておいてあるんです。ノートに貼っておくとなくさないですむので」


「このブローチの絵は全部自分でデザインしたの?」


「いえ、とんでもない。これとこれは、母と姉のブローチをスケッチしたものです。あとこれも知り合いの方のブローチのスケッチです。綺麗なものをスケッチするのも楽しいんです。でも、この琥珀色のブローチは見ると気が重くなります」


「なんで?」


「姉への贈り物だったのに、私が貸してほしいといったばかりに私のものみたいになってしまって・・」


「うん?あれ?このドレス2回描いてない?いや少し違うか」


「あ、わかりますか?これ同じドレスなんです。こっちが元々のドレスで12歳用、こっちが14歳の私でも着れるようにアレンジしたものです。こちらを新入生歓迎パーティに着て出席したのですけど 今の流行とは違ったようです。素人の私が縫い付けたのも、ドレスに詳しい人からみたら変だったのかもしれません」


「君は、縫製もできるの?そうか、だからドレスの型紙集を見ていたのか。俺は用事があってパーティを欠席したけど、この実物を見てみたかったな。自分の領でリボンやレースを作っているが、実際どういう使われ方をしているのか、よく知らないんだ。

ところで、なんで今回ドレスを新調しなかったんだい?ご令嬢は、パーティのたびに新調するものかと思っていたんだが」


「本当はこのドレス、姉の新入生歓迎会用に用意されたドレスだったんです。ドレスの絵を描きたくて、何度も姉の部屋に行くものだから、姉が私に譲ってくれたんです。譲ってもらったからには、入学するとき絶対にこのドレスを着なくてはと思っていたんですけど、入学が遅れてしまって。だから今回こそはと思って着たんです」


「そうかあ。そんな思いがあるとは知らずに、なんで新調しないのなんて簡単に言って悪かった。2年も静養していたのなら、かなり大変な病状だったのだろう?」


「あ、いえ、そんなことないです。ヴォルテール領の北にある祖父母の家で静養していたんですけど、1年目の冬に祖母が急に亡くなって、私まで祖父のところから去ったら寂しいかなって思って、もう1年静養期間を伸ばしたんです」


「優しいね。今は大丈夫なのかな?」


「はい。3か月程経ったら、私とボードゲームをするぐらいには元気になりました」


 会話を思い出しながら、私はハッとした。

 私ばかり喋っている!

 つい楽しくて喋りすぎてしまったわ。

 きっと呆れられているにちがいない。

 


 ♢♢♢♢



「リリアナ様、どうかなさったのですか?ご気分がすぐれないのですか?」


 私はハッとして顔を上げる。

 友人たちに囲まれているのについ考え込んでしまっていたようだ。


「いえ、そんなことはないのですけど、卒業課題について考えていましたの。今年の夏季休暇は、学園や王立図書館通いかと思うと気が重くて」


 私は咄嗟にもっともらしいことを言ってごまかした。



「そうですよねえ。卒業課題のこと考えると憂鬱になりますわ」


「今年はシュナイゼル領の避暑地に行けないかと思うと残念でなりませんわ。新しいドレス生地を見に行きたかったのですけど」


「私もです。ただ今年の王都はいつもと違う賑わいがありますから、卒業課題で行き詰ったら街で気分転換して乗り切ろうと思ってますの」


「王太子妃殿下のご懐妊のニュースの影響ですね。お生まれになったら、王宮でパーティが開かれるのではないかしら」


「パーティーと言えば、オリビア様の新入生歓迎パーティでのドレス、素敵でしたわね」


「ええ、本当に斬新で綺麗でしたわ。どちらでお仕立てになられたのかしら?」



「えっ、ああ、あれは元々私のドレスだったもので、・・・」



「まあ!相変わらずリリアナ様のものを持っていってしまわれるのですか?困った方ねえ」


「オリビア様のことで以前悩まれてましたものね。静養から戻られてもお変わりないのですか」


「この間はカフェテラスでも、ご自分で並ばずに、リリアナ様の購入されたものを受け取られていましたわね。そうかと思うとそれをすぐジョシュア様にお渡しになるし、オリビア様はよくわかりませんわ」



「オリビアは自分の気持ちに正直なのです。ジョシュアとは幼馴染ですし・・」



「リリアナ様はそれでよろしいのですか?オリビア様がもし・・・・その、ジョシュア様のことを・・」



 私はゆっくり首を振った。


「いいのです。私はジョシュアを信じておりますから」



「ジョシュア様もハッキリされませんわね。私、リリアナ様には申し訳ないのですけど、今年入学した妹に、オリビア様には気をつけるようにと言いましたの」


「私も妹に注意するように言いましたわ」


「私の場合弟ですけど、一応弟の耳にいれておきましたわ。今のところ、新入生の間で特に問題はおきていないようですわ。ただオリビア様は、静養をご自分で延長されるぐらい勉学に後ろ向きだと皆認識しておりますので、クラスで孤立しているようですわ」



「まあ!なんてこと」


 私は小さく叫びながら、口角が隠れるように手で覆った。



「弟が言うには、誰とも話さず一番前の席で静かに授業を受けられているそうですわ」


「あらまあ」


「そろそろ次の授業ですわね。準備しませんと。そうそう、卒業課題をするなら学園の図書館より王立図書館の方が落ち着いて勉強できると思いますわ。この間、静かにするように怒られている生徒がいましたもの」


「マナーがなってない方もいるのですね。蔵書数も王立図書館の方が多いですし、夏季休暇は王立図書館に籠りっきりになりそうだわ」


「課題もあるし結婚の準備もあるし、最終学年はやること多すぎだわ」



 私は焦り始めていた。



 ♢♢♢♢



 俺は教室の隅で本を読みながら、令嬢たちの会話を聞くともなくしに聞いていた。


「ひどいな」


 つい小さくつぶやいてしまった。

 本から顔をあげると、前方の席にいるジョシュアと目が合う。ジョシュアはなぜか首をすくめるようにして、俺にちょっと頭を下げた。


 オリビアは本当に良い子だった。たまたま図書館で会って話すようになったが、最近はオリビアと話すために図書館に行っている気がする。もちろん、小声で常識の範囲内でだ。


 オリビアは、初めて会ったときから話しやすかった。聞くとなんでも素直に答えてくれて、いろいろと質問しすぎてしまったぐらいだ。普段俺に話しかけてくる令嬢たちはだとそうはいかない。意図をもって寄ってきているのが見えるので、気を抜くわけにはいかないからだ。

 オリビアの姉リリアナ嬢もその一人だった。

 ヴォルテール家とガーランド家で婚約が内定していると聞くが、リリアナ嬢は入学当初から俺になにかと近づいてくる。


「アラン様にも妹さんがいらっしゃるのですね。妹って大変ですわよね」

「シュナイゼル領とヴォルテール領はお隣ですわね」

「シュナイゼル領との境界近くに祖父母の家がありますの」

「妹はなにかとジョシュアを頼りにしているんですの」


 さすがにリリアナ嬢が俺に向けている気持ちは察している。でもそれだけだ。6年間級友として、失礼がない程度にやり過ごすだけだ。

 あっ、もしかしてオリビアの方がジョシュアと婚約するのか?いや、まさか。入学したばかりのオリビアより今年卒業するリリアナ嬢が婚約する可能性の方が高いはず。そうでないと、・・・・・困る。


 それにしても、オリビアが勉学に後ろ向きとは思い違いもいいところだ。オリビアのノートには、鉱石の生成、産地、流通、絹糸・綿花の栽培方法、布地の織り方、とにかくいろんなことが詳しく系統立てて書かれていた。俺は自分が関係することなのに、そこまで勉強してなくて恥ずかしくなった。

 そのことを口にすると


「でも、私は経営管理については疎いです。アラン様は広範囲でいろんなことをご存じでいらっしゃるのですごいです」


と言われた。オリビアと話していると自然と気持ちが上向きになる。


 オリビアが博識なのは素晴らしいことだが、それよりもっと驚かされたのはオリビアの絵だった。スケッチされたものはどれも精巧に描かれていたし、デザイン画にいたってはこのままシュナイゼル領の工房に持ちこみたくなるような素晴らしさだった。


「オリビアはすぐにでもデザイナーになれそうだな」


「デザイナーは素敵ですね。本当になれたら嬉しいです」


「あっ、俺、宝飾と衣装のセンスはあるんだよ。ただ言葉のセンスがないだけで」


「ふふふっ。ありがとうございます」

 


 そういえば、オリビアは夏季休暇中、祖父の家で過ごすと言っていたな。休暇中は会えないのは残念だな。

 いや、そんなことはないか。卒業課題は、妹の誕生パーティーに参加するため、6年の始めで大筋は仕上げてある。あとは推敲がメインだからずっと王都にいる必要はないか。シュナイゼル領に戻るときに途中で訪ねていいか聞いてみよう。

 ・・・ダメだ。訪ねていく理由がない。


 それにしても妹も無茶なことを言う。

 昨日来た妹の手紙をそっと取り出して眺めた。


「お兄様、トマトと言った罰よ。わたくしに似合う髪飾りを自分でデザインして、プレゼントしてください」


 俺が女の子の髪飾りをデザインできるわけがない。しかも、パーティーで着るドレスに合わせたものをなんて指定されてしまった。ご丁寧にドレスの絵と布の端切れまで同封されていた。春の失敗を夏になってまで言われるとは・・・・・。

 ドレスの絵とにらめっこしていると、その下に小さな字でなにか書いてあるのに気が付いた。



 ・・・・・

 あっ、そうか!

 妹の依頼も悪くないかもしれない。



 ♢♢♢♢



「オリビア、君に頼みがある。まずはこの手紙を読んでくれないか」


 私は差し出された手紙を見る。宛名はアラン様宛、差出人は”ロゼリア・シュナイゼル”と書かれている。


「・・・(ロゼリア・シュナイゼル様?)・・・アラン様宛のお手紙を私が拝見するわけには・・・・」


「ロゼリアは俺の妹だ。見ても大丈夫なものしか入っていない。とにかく中をみてくれ」


 アラン様宛のお手紙を私が見るのは気が引けたけど、とりあえず言われるがままに手紙を取り出して見てみた。手紙にはロゼリア様の率直な言葉2行と、はちみつ色のドレスを着た可愛い女の子の絵が書いてあった。そしてドレスのお仕立てで余ったと思われるはちみつ色の小さな布が入っていた。


 兄妹らしい微笑ましいやり取りに、私の口角は自然と上がっていた。


「いやぁ、本当に困っているんだよ。自分でデザインしろって言われてもなにも浮かばない。オリビア、頼む!妹の髪に、このドレスに似合う髪飾りをデザインしてくれないか。ぜひ君の力を貸してほしい!」


「えっ!私がですか?それはちょっと・・・・・。ロゼリア様はアラン様にデザインしてほしいとハッキリ書かれてますよ?」


「それは大丈夫だ。ここにほら、女性の力を借りてもいいと書いてある。それにロゼリアは俺にデザインしろと言うけど、自分のセンスに合わないものは身につけないと思うし」


「・・・そういうことでしたら、いくつかデザインを考えてみます。その中からアラン様に選んでいただくというのはどうでしょうか?ただ私のデザインを、ロゼリア様が気に入ってくださるかはわかりませんが」


「オリビアのセンスなら絶対気に入ってくれると思う!」


 ご兄妹間のやり取りに、私が参入してよいものか気になるが、私のことをアラン様が認めてくださっていることがとても嬉しかった。誰かのためにデザインを考えることができるのも嬉しかった。


 私はまず、アラン様にロゼリア様の普段のお洋服の好みや雰囲気を聞いた。


「ロゼリアは活発で明るい子だよ。貴石も好きだけどリボンやレースで飾るのが好きみたいだ。好きな色は赤・紫・はちみつ色とかかなあ。目の色は俺と同じで紫だ。」


 アラン様は育った環境のせいなのか、男性ではあまり注目していないであろう女性の衣服や装飾品についてよく覚えていらっしゃった。おかげで私は、聞きながら髪飾りのイメージが浮かんできた。


 家に帰って、自室で4パターンぐらいラフに書き上げて、次の日にアラン様にみてもらった。



「これは大人っぽすぎるかなぁ。これは可愛いすぎる気がする。これとこれで迷うんだけど」


「わかりました。この二つをもう少し細かく書いてきます。今度は色も塗ってくるので、もっと違いがわかりやすくなると思います」


「申し訳ない。オリビアも自分の勉強で忙しいんだろう?」


「大丈夫です。それに私今、すごくワクワクした気持ちでいっぱいなんです。だから気にしないでください」


 

 アラン様にデザインを頼まれた日から、私の中はワクワクとアイデアで溢れかえっていた。家に帰って作業をすすめていると、姉が見に来て


「相変わらずね」


と言って笑って呆れていた。私はやっぱり綺麗なもののことを考えている時間が一番好きだ。

 

 試行錯誤を繰り返し、夏季休暇直前、私がおじい様の邸宅に向かう2日前に髪飾りは完成した。

 最終的に決定した髪飾りは、光沢のあるグログランリボンとサテンリボンをグラデーションになるように組み合わせ、中央に琥珀、アクセントに色味の異なるアメジストをいくつか並べたものになった。リボンの色は、はちみつ色のドレスに合わせ、ダークブラウンから明るいベージュになるように何色か選んだ。

 実際の製作は、シュナイゼル領から王都に出店しているアクセサリー工房でやってもらうことになった。完成品はアラン様がシュナイゼル領に戻られるとき、祖父の邸宅に立ち寄って見せてくれるそうだ。わざわざ寄っていただくのは申し訳ないので遠慮しようとしたが


「デザイナーが完成品を知らないなんておかしいだろう?もし違った仕上がりになっていたら直さないといけないし」


と言ってくださった。ただただ嬉しい。同時に、仕上がりのイメージが違ったらどうしようかと心配になってきた。



 ♢♢♢♢



「久しぶりだな。君とお茶を飲むのは。卒業課題すすんでいるかい?」


「ええ、まあそれなりに頑張っているわ」


 私は学園のティールームでジョシュアとお茶を飲んでいる。

 王立学園は、貴族が通う学園としては珍しく、勉学に励み友情を育むことを優先せよ、という方針をとっている。そのため婚約者がいても、学園内で常に行動をともにするということはない。それでも婚約者と一緒に過ごしたい、結婚前の相談をしたいなどの学生の気持ちを学園は尊重してくれている。

 放課後のティールームは私たちの他に何組かのカップルが座っていた。


「夏季休暇が明けて、卒業課題が二人とも無事に受理されたら、正式に婚約して結婚の準備かな」


「・・・・・あなたはそれでいいの?」


「僕はもともと11歳のときに決まったものだと思っている。僕たちの両親が正式に婚約を結ばなかったのは、まだ子どもの僕たちが学園で他の人と恋愛する可能性を考えて保留にしただけだし。まあ君の希望通り、学園では家同士の婚約としか言ってないけどね。君は、なにか不都合なことでもあるのかい?」


「不都合なんて、そんな・・・。でも、オリビアに申し訳なくて・・・。あなた学園でもオリビアを気にかけているじゃない」


「気にかけている??ああ、カフェテリアでオリビアと一緒に食事をしたことかい?あれは君が、”オリビアが自分の食べれる量をわかってなくて心配だわ”っていうから様子を見にいっただけだよ。実際パンとランチセットを前に途方にくれていたし」


「それにね、この間オリビアは、琥珀色の髪飾りの絵を何枚も書いていたのよ。あなたの瞳の色も琥珀色よね。偶然かもしれないけど。昔、あなたがくれたブローチをオリビアがほしがったこともあったわ。とにかく私、オリビアには幸せになってほしいのよ」


「リリアナ、あのさ」


「ううん、大丈夫よ、ジョシュア。私がちゃんとするから」


「・・・・・」


 ジョシュアはじっと私をみつめたまま何も言わなかった。



 ♢♢♢♢



 夏季休暇に入り、私は今祖父の邸宅に来ている。

 門のところへ行ったり応接室に行ったりして、私は朝から落ち着かなかった。


「オリビアにしては珍しいな。そんなにソワソワしているのは」


「だっておじい様、自分がデザインしたものが初めて形になるのですよ!しかもそれが誕生日の贈り物になるのですよ!」


「わかった、わかった。オリビアに、大事な贈り物のデザインを任せてくれた彼に、しっかり感謝の意を伝えないといけないな」


「アラン・シュナイゼル様がいらっしゃいました」


 執事から声をかけられて、私の心臓は跳ね上がった。


 ♢♢


「どうかな?」


  俺は、緊張で震えているオリビアの手に、今朝工房から受け取ったばかりの髪飾りを渡した。


「本物だわ・・・・!こんな素敵に作ってくださって!」


 オリビアは髪飾りをじっと見つめたまま、それ以上言葉が出ないようだった。


「オリビア、ありがとう。君がいてくれたから、こんな素敵な作品になったんだ。工房の職人が、”今度このデザイナーを紹介して”って言っていたよ」


「まあ!そんな、どうしましょう!」


 オリビアが照れて、両手を頬に当てた。


「アラン様、オリビアに貴重な体験をさせていただき、誠に感謝いたします」


「いえ、こちらこそ突然無理を言ったのに引き受けてくれたこと、感謝しています」


 オリビアの祖父ヴォルテール元侯爵に頭を下げられて、俺は少し緊張した。オリビアに男性客、どんなふうに受け止められているのだろうか?


「アラン様、あの少し気になったのですが、この髪飾り、この箱で渡す予定だったのでは?」


 工房で渡された箱は、贈り物用に包装されていたが、オリビアに見せるため開けてしまった。


「うーん。でもパーティーですぐ身に着ける予定だから」


「それはダメです!!私が新しく包装してきます。少しお待ちください」


 そういうものなのか?

 えっ!オリビア!

 俺とヴォルテール元侯爵を部屋に二人で残していくのか?

 一体なにを話せば・・・。

 ふと見ると、棚にボードゲームがのっている。


 ♢♢


 完成品を私に見せようとしてくれたアラン様の優しさはすごく嬉しかったけど、さすがにロゼリア様に開封済みの贈り物を渡すわけにはいかない。

 私は、自分の部屋に行き、昔から集めている綺麗なものをしまっている箱をあけた。その中から新品のものを選んで、花の形になるようにラッピングした。受け取った瞬間から喜んでもらいたい。

 夢中になって作業していたら、思っている以上に時間が経っていた。

 あっ!おじい様とアラン様、初対面で二人きりにしてしまったわ!


 心配しながら応接室に近づくと、二人の笑い声が聞こえてきた。


「アラン様はなかなかやりますね。久しぶりに手強い相手との対戦でしたよ」


「ありがとうございます。でもヴォルテール元侯爵には及びません。陛下からヴォルテール元侯爵にボードゲームを教わったと聞いています。自分は陛下から教わりました」


「ああ懐かしい。短い間でしたが陛下の家庭教師をしていた時期がございました。陛下はとても優秀な方であられるので、勉学お教えする必要はなかったかもしれませんが・・・。課題はいつも早く終えられてしまうので、その後に少しボードゲームの手ほどきを・・・」


「王宮での座学は大変だけど、ヴォルテール侯爵が家庭教師に来る時間は一番楽しい時間だったと聞いています。・・・・・あ、オリビア!どうしたの?入口で立ち止まって」


 私は呆気に取られていた。

 アラン様とおじい様が、孫と祖父のような親し気な雰囲気になっている!アラン様は、国王陛下の実子。大丈夫なのかしら。それより、今おじい様、陛下の家庭教師って言ったかしら?なんだか私が席を外しているうちに会話が弾んでいるわ。

 テーブルの上には、今対戦が終わったと思われるボードゲームと冷めた紅茶がのっていた。


「オリビア、アラン様のおかげで大変楽しい時間を過ごせたよ。オリビアが戻ってきたのなら、私はここで失礼しよう。アラン様、またいつか対戦できることを楽しみにしております」


「ありがとうございます。今度対戦するときはもっと強くなってきます。次は負けません」


 おじい様は、ここ最近みたことがないくらい生き生きとした笑みを浮かべて、部屋を後にした。


「アラン様、ありがとうございます。おじい様のあんなに嬉しそうな姿、久しぶりに見れました」


「いや、俺も楽しかった。ヴォルテール元侯爵は本当にお強いなあ。今度ぜひまた対戦させてほしい。おおっ、これはすごい!!花が咲いている!さすがオリビアだ。ありがとう」


 侍女が入れ替えてくれた紅茶を飲みながら、しばらく話をしたあと、アラン様は


「ロゼリアの反応を伝えに1週間後また来るよ」


と言って帰っていった。



 ♢♢♢♢



「オリビア、ロゼリアと母上にひどく怒られたよ」


 一週間後の早朝、感想を伝えに来たアラン様の言葉に、血の気がサーっと引いた。


「申し訳ございません。お気に召さなかったのですね」


「えっ!?違う!ごめん。俺の言い方が悪かった。ロゼリアは渡した瞬間から喜んでいたんだ。母上も関心していたよ。ロゼリアと母上が怒ったのは、君をパーティに招待しなかったからだ。”なんでこんな素敵なデザインをした人をパーティに招待しないんだ。気が利かない”って二人から責め立てられたよ」


「まあ!そうだったんですか。良かった。本当に良かった・・・・・」


 私はホッとして思わず泣きそうになってしまった。


「それで今からお茶会に招待したいから連れてくるようにって」


「・・・・・はい?」


 今から?

 

 アラン様とおじい様にボードゲームをしてもらっている間に、私は慌てて用意をする。平服でどうぞと言われても、辺境伯家を訪問するのに失礼なことはできない。自宅ではないので十分なことはできなかったが、なんとか身支度を整えた。


「アラン様、オリビアのことよろしくお願いいたします。」


「はい。夕方までオリビアをおあずかりします」


「おじい様、行ってまいります」


 夕方まで?今、朝なのに?そんな長いお茶会聞いたことない。いえ、こんな朝早くからのお茶会なんて初めてだわ。

 私は不思議に思いながらアラン様がのってきた辺境伯家の馬車にのった。



 ♢♢♢♢



「急なことでごめん。いつも無理を言ってしまって。昨日がロゼリアの誕生パーティーだったんだけど、ロゼリアと母上に本当に散々言われたよ」


「うふふっ、仲がよろしいのですね」


「実はこんな当日朝早くに迎えに行くように言ったのは母上なんだ。”招待状を出すといろいろ準備で気をつかってしまうだろう。シュナイゼル領は保養地なのに、気をつかったら意味がない”って」


「お心遣い感謝いたします。でもやっぱり緊張しますね」


「そんなに緊張しないで。今日は母上とロゼリアしかいないし、二人は気楽な人たちだから。父上は朝早く仕事に行かれた。そろそろ王都で正式に発表されている時間だと思うが、昨夜王太子殿下のところに王子が誕生したんだ。その件で王宮に呼ばれている」


「おめでとうございます!」


「ありがとう。俺叔父さんになったよ」


 家に着くと、ロゼリアがオリビアに飛びつかんばかりの勢いで、挨拶しにきた。髪にはオリビアのデザインした髪飾りを付けている。


「初めまして。わたくしロゼリア・シュナイゼルです。オリビア様のことは兄からしっかり聞き出しています。この髪飾り、本当にありがとうございます!あのラッピングも、わたくしの名前にちなんでバラの形にしてくださったんでしょう?」


「ロゼリア!興奮しすぎだ。それに聞き出したってなんだよ」


「オリビア・ヴォルテールと申します。このたびはお招きありがとうございます。喜んでいただけて嬉しいです」


「オリビアさん、ようこそ。私はアランとロゼリアの母コーネリア・シュナイゼルよ。あなたにお会いできるのを楽しみにしていたのよ。堅苦しいのはやめましょう。アラン、オリビアさんを少しお借りするわね。あなたは今日のプランがちゃんとできたらいらっしゃい」


「えっ、ちょっと!」


 オリビアは、家に着いた早々母上とロゼリアに連れ去られてしまった。プランなら言われなくても考えてあるのに。



 ・・・・・・

 30分ぐらい待ってから、庭園が見えるティールームに様子を見に行くと、楽しそうな話声が聞こえてきた。


「お兄様ったら、そんなことを言ったのですか?それではオリビア様もトマトみたいじゃないですか?大体お兄様は、昔から感想を言うのが下手なんです。比喩とか形容詞とかいらないんです。簡単に気持ちだけ言ってくれればいいのに!」


 ロゼリア、兄の文句を言っている?ロゼリアのこともオリビアのこともトマトだと言った覚えはない。


「でもトマトのおかげで、アラン様とお話できるようになりましたから」


 オリビア、優しい。


「ねえ、オリビアさん、このドレスとこのアクセサリーを祝典で組み合わせる予定なんだけど、なんかしっくりこないのよ。どう思う?」


「この組み合わせで良いと思います。とても素敵です。もしドレスとアクセサリーをそれぞれに際立たせたいのではなく、調和させたいということでしたら、髪型をこんな感じにされてみたらどうでしょうか?

髪へのアクセサリーもこんな感じにして」


 シュッ、シュッ、サー、サー。

 どうやらデザイン画を描いて見せているようだ


「あら素敵!!これいいわ。ねえオリビアさん、祝典の日、あなた時間あるかしら?もしよかったら・・」


「母上!オリビアに何を頼もうとしているんですか!?オリビアだって忙しいんです」


 俺はあわててティールームに飛び込んだ。ロゼリアが露骨にガッカリした顔をする。


「え~、お兄様もう来たの~。本当にちゃんとプランできたの?」


「当たり前だ。もう出かける。オリビア、待たせてごめん。さあ、行こう」


「えっ?出かけるのですか?今日はお茶会では?」


「うふふっ。ロゼリアのために時間をかけて考えてくださったんだもの、今日はぜひ、オリビアさんにシュナイゼル領を楽しんでいってほしいのよ。アランにしっかりエスコートさせるから、気になるものがあったら遠慮なくアランに言ってね」


「ありがとうございます。とても嬉しいです」


「いいのよ。私も嬉しいのよ。相談できる女性がいたなんて。ロゼリアの手紙に好きなじょ・・・・」


「母上!!時間がないから!」


 俺は強引に、母上の言葉に自分の声をかぶせた。

 

 ♢♢


「オリビア、本当にごめん。朝から疲れただろう?もし無理だったら、街をまわるのは別の日でもいいけど」


「いえ、本当に楽しかったです。お二方ともいろんなお話をしてくださって。今からシュナイゼル領を案内していただけるのもワクワクしています。アラン様、よろしくお願いいたします。」


 オリビアの若草色の瞳が、期待感でいっぱいと言わんばかりにキラキラしている。


「わかった!まかせて。まずはメインストリートへ行こう」


 メインストリートは朝から人でいっぱいだった。ただでさえ宝石と生地の都と呼ばれ、貴族と商人で賑っているうえに、夏は避暑地としてたくさんの人が訪れている。人の間を抜け、オリビアの好きそうなアクセサリーやドレスの店を見て回る。オリビアは目を輝かせて熱心に見ている。


「こんなふうに石を配置するのですね。」

「この色合いを組み合わせても素敵なのですね」

「金属だけで、石がなくてもこんな華やかにできるのですね」


「オリビア、なにか気に入ったものはない?記念にプレゼントしたいんだけど」


「えっ、そんな、案内してくださっているだけで十分です。私にとっては今日、この日がプレゼントです」


 オリビア、俺が記念になにか渡したいんだよ。

 でも見るものすべてに感激しているオリビアに、何をプレゼントしたらよいのかわからない。今日のこの日がプレゼント・・・思わず顔が緩みそうになる。

 あっ、そうだ!


「オリビア、工房を見に行ってみるかい?裏通りは工房通りになっていて、体験させてくれるところもあるんだけど」


「行きたいです!!ぜひぜひお願いします!」


 よし、今日一番の笑顔が返ってきた。


 裏通りはメインストリートのような混み方ではなかったけど、いつもより人が多かった。オリビアに喜んでもらいたくて体験を提案したのだが、3か所回ってすべて満席だった。機織やリボン細工、宝石の研磨で出た粉を使うアートも、女性客でいっぱいだった。さっきから歩かせてばかりで、そろそろ座らせてあげたい。このままだとオリビアに頼りないと思われそうだ。


「アラン様、あそこはなんでしょう。お客さんは誰もいないようです」


「ほんとだ。金属工芸、溶接体験。体験できるのかな?」


 工房に入ってみると 頑固な職人風の男性が一人とその妻と思われる女性がいた。


「いらっしゃい。・・・・・えっ、アラン様?ですよね?どうしてこちらに?」


 どうやら俺の顔を知っているらしい。少しやりづらい。


「ああ、えー、こちらで溶接体験ができるって書いてあったから、体験したいと思ったのだが」


 女性がオリビアをちらっと見る。


「できます。できますけど、溶接するときはいろいろとガードの装着お願いすることに・・・」


「こんな格好だ!鉄のフェースガードとこの袖付きエプロンを付けるんだ!この格好が嫌なら・・」


「ぜひやらせてください!!」


 オリビアの迷いのない声が頑固職人の声を押し返した。


 数分後、俺とオリビアは鉄のフェースガードと袖付きエプロンを身に着けて、頑固職人、いや職人アーノルド氏の前に座っていた。簡単な説明を受けると、それぞれ好きな材料を選んで作業に取り掛かった。



 ・・・・・・

「お、そうきたかい!それはオレも思いつかなかったな。たいしたもんだ」


「いえいえ、こういうのはできますか?これをカーブさせて、ねじったところにこれを付けて・・・」


「く~っ!その手があったかー。」


 気が付くとオリビアとアーノルドで盛り上がっていた。

 アーノルドの妻スーザンが冷たいお茶を持ってきてくれた。


「アラン様にお出ししてよいものかわかりませんが、ひとまずお茶を飲んでください。ここは火を使うのでガード装着したままだと熱中症になりやすいんですよ。あなた!あなたは慣れているからいいけど、アラン様とオリビア様にはそろそろ休んでいただかないと!さあお二方とも外して楽になさってください」


「おっとしまった。つい夢中になりすぎた。オリビア様大丈夫かい?」


 スーザンが手伝って、鉄のフェースガードと袖付きエプロンを外すと、中から蒸気した顔のオリビアがあらわれた。


「まあ!大変。ちょっと待ってて」


「ふーっ。大丈夫ですー。アラン様、すっごく、ふーっ、楽しいですー」


 結局、冷たいお茶だけでなく、冷たいおしぼり、軽食、果物まで頂戴してしまった。スーザンが他の工房まで果物をもらいに行ったので、予想外に人が集まってしまった。皆、口々にオリビアを褒めていた。


「女性でこのフェースガード付けて体験したのはオリビア様が初めてですよ。しかも作品になってますね。初心者とは思えない」


「ああ、このやり方はぜひとも使わせてもらいたいね」


 俺のことはともかく、オリビアが褒められているのを聞くと嬉しかった。オリビアを見ると、皆に囲まれて、新緑のように輝いていた。

 当初考えていたプラン、宝飾店でなにかをプレゼントする、景色のよいレストランで食事をするとかは全くできなかった。服だけは、汗だくで歩いたら風邪をひく、着てきたものは後で届ける、とスーザンに強く言われ、街着を買うことになったけど。それはプレゼントとは言えない。

 でもオリビアの満足そうな顔を見ていたら、これはこれで喜んでもらえたのかなと思う。



 ・・・・・・

 夕方の帰り道、オリビアと並んで歩く。高原の風は夕方には肌寒くなる。今日はとくに涼しく感じる。

 隣を見るとオリビアが夕日に照らされて優しく微笑んでいる。胸の奥がキュっとなる。愛おしい。このままずっと一緒に歩いていたい。・・・俺は思わず声に出していた。


「ずっと一緒に歩いていたいな」


 オリビアは立ち止まってニッコリした。


「私もです。このままずっと歩いていたいなって思いました」


「違う」


「え?」


 違うんだ。俺はオリビアとこの先一緒に歩んでいきたいんだ。違う、ずっと一緒に生きていきたい!いや、それも違う、いや、違わない。そう、大事なことは、自分の本当に思っていることは、まっすぐに、今、伝えなければ!!

 


 俺はオリビアの正面に立つと、オリビアの瞳をまっすぐにみつめ、跪いた。



 ♢♢♢♢



 私とジョシュアはテーブルを挟んでお父様と向かいあっている。広い方の応接室で、オリビアが来るのを待っている。なぜ上座のソファーをあけているのか気になるけど。

 今はそんなこと気にしている場合じゃない。細心の注意しなければ。

 いつも通り、変えるために。

 

 季節は冬に差しかかろうとしていた。

 昨日、お父様から私とジョシュアの婚約を正式なものにすると言われた。すでに両家での話し合いは済んでいるらしい。今日は、ジョシュアの婿入りにあたってのいくつかの確認と、オリビアへの報告だそうだ。オリビアとは夏季休暇のころからあまり話していない。最近は帰りも遅いし一体なにをやっているのかしら?オリビアからもなにか報告があるらしい。


 オリビアがあらわれた。


「お父様、まだ少し時間がかかるようです」


「そうか。では先に話をして待っていようか。オリビア、一旦座りなさい」


 オリビアが上座に腰かけた。お父様は何も言わない。


「オリビア、ジョシュア君が正式にヴォルテール家に婿入りしてくれることが決まったよ」


「おめでとうございます」


「ま、待って、オリビア。あなたそれでいいのかしら?本来なら私が継ぐべきなんでしょうけど、あなたは体が弱いじゃない。私よりあなたが家に残ったほうが・・・」


「リリアナ、もうオリビアの心配はしなくていいんだよ。自分の婚約の時まで妹の心配をするとは、相変わらずリリアナは良き姉だな」


 私が言いかけるのをお父様は笑いながら遮った。


「でもオリビア、私はお父様がそうおっしゃってもあなたの気持ちを大事にしたいのよ。あなたはいつもジョシュアを頼りにしていたじゃない。私と結婚してしまったら、あなたが困ってしまうんじゃないかと心配で・・・」


「リリアナ。オリビアの心配は本当にもうしなくていいんだよ」


「お姉さま、私、ジョシュア様がお兄様になってくれて嬉しいです。姉だけでなくお兄様もできて本当に幸せです。ジョシュア様、姉のことをよろしくお願いいたします」


 いつものオリビアとは違う。なぜだか芯のようなものを感じる。いつもは、私の言うことに沿うような受け答えをするのに。そんな私たちの様子をジョシュアはじっと黙って見ているだけだった。


 コンコン。


「失礼いたします。アラン・シュナイゼル様がいらっしゃいました」


 執事の声に、お父様が立ち上がり、オリビアはドアの方へ歩いていく。

 え?アラン様?たしかにそう言ったわよね。

 戸惑っていると、颯爽とアラン様が部屋に入ってきた。


「遅くなりました。王宮の手続きに時間がかかってしまって」


 私は、一瞬胸が高鳴ったが、アラン様の次の言葉に打ちのめされた。


「オリビア、今日からは正式に婚約者だよ」



 ・・・・・・

「どういうことですの?」


 ソファーに全員座ると 私は動揺を悟られないようにたずねた。


「リリアナ、アラン様とオリビアの婚約が決まったのだよ」


「オリビアとアラン様が面識あるなんて全く存じませんでしたわ」


「たまたま図書館で知り合って話すようになったんだ」


 たまたま話すようになったですって?私は何度も教室で話しかけていますのに。


「オリビアは、あと5年も学園生活が残っていますわ。5年もアラン様に待っていただくのですか?」


「それなら大丈夫だ。オリビアは頑張っててな、飛び級したんだよ。次は4年生になるんだ。つまりあと3年で学校を終える。5年6年は、論文提出、実務認定、いろいろ認められるから無理に学園に通う必要もなくなるからな」


 お父様は事も無げにあっさりと言った。


「なっ!あなたいつの間に!どうやって?」


「静養中、ずっとおじい様に勉強を教わっていたんです。おじい様、自分のせいで勉学が遅れるのは悪いからって。私も同じ年の人たちに追いつきたくて頑張りました」


 オリビアがにっこり笑う。私は震えそうになるのを抑えながら聞いた。


「それでも、3年もお待たせするの?」


「リリアナ嬢、ご心配には及ばない。俺もシュナイゼル領に戻る前に王宮の事務官として修業期間があるから、オリビアと一緒に過ごすことはできる」


 アラン様!!微笑んでいるけど、私に向けられた目線は鋭かった。

 私はなおも振り絞った。


「でもオリビアは病弱・・・」


「本当におめでとうございます!お二人はとてもお似合いで素敵です」


「ありがとう。君たちも」


 私の言葉は、ジョシュアとアラン様によって阻まれた。

 どうして?なぜなの?

 変えられないの?


「どうして、・・・どうして今まで私には知らされなかったのですか?」


 お父様が答える。


「それについてはすまなかった。妹思いのリリアナにオリビアの婚約について何も伝えてなくて。だが、アラン様は王族でいらっしゃる。つまり王族法が適用される。王族法に則って今日まで口にすることができなかったんだよ。そして今日、正式な手続きが完了したからやっと言えるようになったんだ」


 ーーーー王族法!!

 この決定は、王命と同じ。

 決して覆すことはできないと、私は悟った。

 今まで何をやっていたんだろう。


 その後の会話は覚えていない。

 気が付くと、部屋には私とジョシュアだけになっていた。

 


 ♢♢♢♢



 「リリアナ、ルイーズとモニカは寝たのか?・・・・・なんだ疲れて寝ちゃったのか」


 リリアナは3才になる双子の娘たちを寝かしつけて一緒に寝てしまったらしい。

 結婚当初は沈んでいたけど、今は良きお母さんになろうと毎日頑張っている。

 いつもありがとう。お疲れ様。

 この子たちはこの先どんな姉妹に育っていくのか楽しみだよ。

 僕の姉たちみたいに騒がしいのはいやだな。


 ♢♢


 それにしてもあの時は参ったな。

 そんなに僕と結婚するのが嫌なのかとショックだったよ。

 お義父さんと、アラン様とオリビアが出て行ったあと、君は放心していたね。


 王族法

 王位継承権第3位までの婚姻は貴族院による婚約者の推薦・承認を得た後、王の認可を得ること

 王位継承権第4位以下の婚姻は王の認可を得た後、王宮事務官長に申請し書類手続きを行うこと


 王太子殿下に王子が誕生し、王位継承権第4位になって、やっと話を公にすすめられるようになったというわけか。アラン様は微妙なお立場だったんだな。

 

 なんて言葉をかけたらいいのかわからずに、涙に気付かないふりをして、リリアナの背中をトントンするしかできなかった。リリアナ、あんな子どもっぽいことで、本当に思い通りにできると思っていたんだろうか。


 いつのころからか、君は自分の気に入らないものは、オリビアに譲るという形で押し付けるようになったね。最初は、なんでこんなに自分がもらったものを妹に譲るのかわからなかったよ。僕と兄の間には3人の姉がいるが、ほしいものは取っ組み合いのけんかをするぐらい取り合っていた。それなのに、こんな天使みたいな子がいるのかと不思議でしょうがなかった。

 

 気になって、ずっと君を目で追っていたよ。そして気が付いた。君は自分が気に入っているものは妹に譲らない。好みに合わないものだけを妹に譲る。

 やり方に気が付いたときは衝撃的だったよ。すごいな。周りの心を操ってって。直情的な姉たちを見慣れていたせいか、なんて賢い子なんだろうって感動した。それからずっと君を見ている。オリビアはどう感じているのか気になって観察してみたが、いつもボーっと何かを見ていて、何を考えているかよくわからなかった。


 君と僕に婚約話が出たとき、君が僕と婚約したくないのはすぐわかった。でも8歳のオリビアは婚約をうらやましがることはなく、ただボーっと母上のブローチを見ているだけで、婚約話に無関心で、いつものやり方はできなかった。父たちは気づかなかったようだけど、母たちは君が乗り気じゃないのに気づいていたよ。だから、学園で、もし出会いが別にあるならなんて、猶予期間を提案してくれたんだよ。母たちも、親が決めた結婚はすぐ受け入れられるものじゃないって知っていたからね。


 君が望まないなら仕方がないとは思ったけど、ブローチをオリビアに譲られたのは、本当にショックだったよ。僕の告白は完全に空振りに終わったよ。


 そう、僕はリリアナのことがずっと好きだった。ヴォルテール家に婿入りすると言われたとき、絶対リリアナがいいと思った。だからこそ、リリアナの望みが叶うならと思ってずっと黙っていた。でも近頃思う。ルイーズとモニカを見ているとなおさら思う。

 大事なことはしっかりと伝えなければと。


 ♢♢


「ううん、あら、私また寝ちゃった?ダメだわ。横になるとつい・・・」


 リリアナは眠そうな目を無理に開けて、ゆっくりと起き上がった。リリアナが歩き出す前に、正面に立ち、そっと抱きしめる。


「ジョシュア?どうしたの?」


「リリアナ、いつもありがとう。頑張っている君も、そうじゃないときの君も、どんなときでも君が好きだ。僕と結婚してくれてありがとう。リリアナ、愛している」



 ルイーズとモニカの穏やかな寝息が聞こえている。

 気がつくと、ふんわり抱きしめ返してくれたリリアナが、優しく背中をトントンしてくれていた。



                                         <了>



           

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