第三部:デッドロック(並行世界の囚人)
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この部で完結となります。
第三部:デッドロック(並行世界の囚人)
順子の交通事故以来、俺は狂ったようにタイマーを回し続けていた。
あの時、
病院のベッドで動かない彼女を救いたい一心で、白黒の世界に潜り、色彩(命)を持った「彼女」をこちらの世界へと取り戻した。
俺にはその力が有る。
そしてパトロールを始めたからこそ、気づくことがある。
この「リストア」は、定期的に行わなければならない。そうしなければ、こちらの世界に無理やり固定した「カラーの物体」は、やがてノイズのように消えてしまうからだ。
「一人でも多く、救わなければ」
それは正義感などではなかった。不運に発生したエラーを、力技でパッチ(修正)し続けるという、システムエンジニアの傲慢だった。
その日も、俺はいつものようにタマゴタイマーをポケットに入れ、雑踏の中へ向かった。
ターミナル駅の構内。何千人という白黒の人混みが、記号のように通り過ぎていく。
俺はいつものように、ポケットの中でタイマーのダイヤルを回した。
カチ、カチ、カチ――。
世界から音が消え、色が剥がれ落ちる。
慣れ親しんだモノクロームの世界。この中で「カラー」を探し、こちらの世界へ「コピー&ペースト」するだけの、簡単な作業のはずだった。
だが、その日は決定的な**「致命的エラー(Fatal Error)」**が起きた。
パキッ。
ポケットの中で、乾いた音がした。
時を刻み続けていたタイマーが、重力に負けたかのように二つに割れた。
「……え?」
ベルは鳴らない。
白黒の世界が色を取り戻す気配もない。
タイマーが刻んでいたのは「過去」でも「時間」でもなかった。二つの世界を繋ぐ「セッション(接続)」の維持期間だったのだ。
俺は立ち尽くした。
目の前を通り過ぎる人々は、すべてが白黒の階調のままだ。彼らには俺が見えていない。俺というデータは、この世界に「書き込まれて(インサート)」いないのだ。
(ここは、どこだ……?)
そこは、俺が何度も掠奪を繰り返してきた**「ソース(供給元)」の世界**だった。
俺が「幸せな世界」を作るために、皿を奪い、犬を奪い、順子を奪い、そして多くの人命を消し去ってきた、その残骸のようなパラレルワールド。
ふと見ると、駅の壁に貼られたポスターがカラーで目に飛び込んできた。
『緊急警備強化:連続神隠し事件の犯人「白黒の亡霊」を追え』
そこには、監視カメラが捉えた俺自身の姿が、ノイズまみれの「白黒の亡霊」として映し出されていた。
この世界の巫女が祈り、神力を以て「排除」しようとしているのは、他でもない。
隣の世界からデータを盗みに来る、バグそのものである俺だった。
「待ってくれ……俺はただ、リストアしたかっただけなんだ!」
叫びは誰にも届かない。
タイマーというデバイスを失った俺は、もはやどの世界にも属さない「迷子(浮遊)データ」と化した。
俺は、白黒の世界に取り残された。
自分が壊した、並行世界の地獄の中で。
この物語を書きながら、
私はずっとひとつの問いを抱えていました。
「正しいと思っている行為は、本当に正しいのか」
主人公の織田健児は、
誰かを救いたいという純粋な気持ちで行動します。
彼に悪意はありません。
むしろ、誰よりも優しい人間です。
だからこそ、
その優しさが“別の世界”を静かに傷つけていたという事実は、
とても残酷な真実になります。
便利さや力を手にしたとき、
私たちはつい「使いこなしている」と思い込みます。
でも本当は、
その力の仕組みや代償を理解しないまま、
ただ“良かれと思って”行動しているだけなのかもしれません。
この物語が、
あなたの心のどこかに小さな違和感や問いを残せたなら、
それ以上の喜びはありません。
読んでくださり、ありがとうございました。




