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第7話「理性ちゃんと、ぱんでむの「外」の話」

好代はぱんでむに来て、十三日が経った。



無数の知識が頭に入っている。棚を無視して全部同時に受け取る動き方を覚えた。においを少し操れるようになってきた。秩序ちゃんの記録バーガーが全部の土台になっている感触もある。



でも、好代はまだ「ぱんでむの外のこと」をほとんど知らない。



ぱんでむがどこにあるのか、よくわからない。世界線仕分けセンター、というのが地下にあったが、「世界線」が何なのか、好代にはまだピンときていない。



秩序ちゃんに聞けばいいとは思うが、秩序ちゃんは「業務上、開示できない情報があります」と言うことが多い。渾沌ちゃんに聞くと「色々!」で終わる。



そういう問いを持ち始めた十三日目に、理性ちゃんに会った。





第一章 「隠居所」



◆ 廊下で出会う



昼過ぎ、好代は廊下を歩いていた。訓練が午前に終わって、「黄昏」に行く途中だ。



廊下の途中に、見慣れない扉があった。



他の扉と少し違う。扉が古い木でできていて、取っ手が渋い金色。扉の隙間から——電子音みたいなものが、かすかにする。でも電子音と障子が開く音が交互に来る感じで、不思議だった。



好代が立ち止まっていると、扉が内側から開いた。



出てきたのは、小柄な子だった。



見た目は年齢がわかりにくい。緑髪をゆるくまとめていて、制服の上から、薄い羽織みたいなものを重ねている。羽織の色は淡い桔梗色だ。薄紫の目が静かで、深くて——渾沌ちゃんとも秩序ちゃんとも違う静けさだった。



「……新入りの子かの」と、その子が言った。声が穏やかだった。



「は、はい。販歯厚餓安 好代です」

「理性じゃ。渾沌と秩序の、もう一人の姉妹みたいなものかの」



好代は少し驚いた。理性ちゃん、という名前は聞いたことがあった。運営本部の三人のうちの一人、と秩序ちゃんが言っていた。でも会ったことがなかった。



「……会いに来ようと思っていたんですが、機会がなくて」

「妾はほとんど部屋にいるからの。今日は丁度いい。少し、付き合ってくれんかの」



◆ 隠居所



理性ちゃんの部屋に入ると、最初に畳のにおいがした。



六畳くらいの和室だ。畳が敷かれていて、低いテーブルと座布団がある。床の間に小さな花瓶がある——白い花が一輪。天井が低くて、落ち着く。



でも障子がある壁の向こうから、かすかな光と電子音がしていた。



理性ちゃんがお茶を淹れてくれた。緑茶だ。においがした——草と、煙と、静けさのにおい。



「……部屋が和室なんですね」と好代は言った。

「落ち着くからの。障子の向こうは別の話じゃがな」

「障子の向こうは何ですか」



理性ちゃんが少し考えた。



「……どれ」



理性ちゃんが障子を少し開けた。



光が来た。



青白い光だ。障子の向こうは——壁ではなかった。



── 隠居所・電子の海 ──



広大な空間が広がっている。



どこまでも続く、光の格子。縦横に走る光の線が、立体的に組み合わさっている。ところどころに光る点があって、点から点へ光が流れている。



においがした。金属と、電気と、無数の情報が流れる感触のにおい。



音がする。電子音が、低く遠く、全体から来ている。



好代は棚を少し開けた。音の知識が来た——無数の信号が同時に流れている。情報の川だ。においの知識が来た——このにおいは「全部が繋がっている」においだ。

──────────────────


「……これが、障子の向こうですか」と好代は言った。

「サーバールームと呼んでいる。ぱんでむ全体の情報が流れている場所じゃな。妾はここを見ながら、整理したり考えたりしている」

「……これがぱんでむの情報、ですか」

「うむ。ぱんでむが扱っている世界線の情報、クルーの動きの情報、バーガーの状態——全部ではないが、かなり」



好代はその光の格子をしばらく見た。



あまりにも膨大すぎて、何を見ているかわからない。でも「全部が繋がっている」という感触は、においの知識からはっきりわかった。





第二章 「ぱんでむの外の話」



◆ 理性ちゃんに聞く



障子を閉めて、二人でお茶を飲んだ。



「……聞いてもいいですか」と好代は言った。「ぱんでむって、どこにあるんですか」



理性ちゃんが少し静かに笑った。穏やかな笑い方だった。



「「どこ」という概念とは、少し違うが……ぱんでむは場所というより——境界に存在しておる」

「境界」

「世界線と世界線の間、というのが近いな。どこかの世界線の中にあるわけではなく、複数の世界線に接続している場所にある。ゆえに渋谷の路地から来られるし、別の次元から来ることもできる」



好代は少し考えた。



「……世界線、というのは何ですか。私にはまだよくわかっていなくて」



理性ちゃんがお茶を一口飲んだ。



「そうじゃな……ひとつの宇宙、と思ってもらうのが近い。お主がいた渋谷も、一つの世界線の中にある。ただし…世界線はひとつではない。無数にある」

「無数に」

「うむ。そしてそれぞれの世界線は、始まりがあって、何かが起きて、やがて終わって行く。終わった世界線は——バーガーになる」



好代は静かになった。



「……バーガーになる、というのは」



「その世界線に起きた全部のこと——歴史、感情、物理的な記録——が圧縮されると、やがてコアというパティになる。回収されたパティは加工され、バーガーとなる。ぱんでむが扱っているのは、終わった世界線の言わば「残骸」じゃ。残骸を食べることで、その世界線が持っていた知識やエネルギーを取り出せる」



好代はそれを聞いて、少し時間がかかった。



自分が今まで食べてきたバーガー——植物対話のバーガー、摩天ちゃんの戦闘バーガー、世達ちゃんと食べた四十七個、郷愁ちゃんの昭和のバーガー、秩序ちゃんの記録バーガー——全部が「終わった世界線の残骸」だ。



どこかの宇宙の、全部が、バーガーの中に入っている。



「……私が食べているのは、世界の「跡」なんですね」

「うむ。お主はそれを「知識」として受け取っておる。通常は「変容」として体に刻まれるが、お主の身体はそれを拒絶する。だから知識として残る」



理性ちゃんが穏やかに言った。



「……お主が食べるたびに、その世界線が持っていたものが——お主の中に残る。お主は言わば、無数の世界の「欠片」を持ち歩いているに等しい」



好代は手のひらを見た。



何も見えない。でも確かに——何かがある気がした。



◆ 「外」の話の続き



「……「外」では、今もたくさんの世界線が動いているんですか」と好代は聞いた。



「動いておる。始まって、何かが起きて、やがて終わる。ぱんでむはそれを受け取る」

「終わらない世界線もありますか」



理性ちゃんが少し間を置いた。



「……妾の知る限り、終わらない世界線は存在しない。長さが違うだけで、いずれ全部終わりがくる。ただ——」と理性ちゃんが言った。「全部が終わっても、バーガーは残る。記録が残るのじゃ。消えるわけではない」



好代はそれを聞いた。



秩序ちゃんが言っていた「全部が残る」という言葉を思い出した。



「……理性さんは、それを「サーバールーム」で見ているんですか。世界線が終わっていくのを」



「……見ておる」と理性ちゃんが静かに言った。「全部を見ることは好きではないが、見ないわけにもいかない。全てを見届けるのが、妾の役割じゃ」



その言い方が、少し重かった。



「……しんどくないですか」と好代は言った。



理性ちゃんが少し驚いたような顔をした。



「……そういうことを聞く者は、珍しいの」

「答えにくければ答えなくて大丈夫です」

「……よい。しんどい、という言葉が合うかどうかは分かりはせんが——見続けることには、どうしても慣れない部分がある。終わる世界を見るたびに、それがその世界線の全部だったな、と思う。だからこそ丁寧に、ちゃんと受け取らねばならぬ、とも思う」



好代はそれを聞いた。



丁寧に受け取る。



それは——自分がバーガーを食べる時のことと、少し重なった。




──────────────────

◇ クルー視点モノローグ —— 理性 ── 午後の記録



新入りから「しんどくないですか」と尋ねられた。



その言葉は少し、不意打ちであった。



渾沌は「いつも楽しそう」と言う。秩序は「問題なく機能しています」と言う。誰もそういう問いを立てなかった。



私がサーバールームを見ているのは、それが仕事だからだ。しかし——全部の世界線の終わりを見ていると、ごくたまに、何かが積み重なる感触がある。重さとも疲れとも少し違う、何か。



それを「しんどい」と呼ぶのかどうかは、私にはまだわからない。



ただ、聞いてくれた子がいた、ということは——少し、軽くなった気がした。



無数の世界線の欠片を持ち歩いている子が、そういうことを聞く。なるほど、と思った。全部の世界線が「本当に起きたこと」として残っているから、そういう問いになるのかもしれない。

──────────────────




第三章 「廊下で出会うクルーたち」



◆ 帰り道、黄昏ちゃん



理性ちゃんの部屋から出た好代は、廊下を「黄昏」の方に歩いた。



途中の廊下で、知らない子がしゃがんでいた。



制服を着ているが、どこかくたびれた印象だ。燃えるような紅色の髪をおさげに結ってある。しゃがんで、廊下の隅に何か小さいものを置いている。



よく見ると、おもちゃだった。壊れた小さいおもちゃを、廊下の隅にそっと置いている。



においがした。焦げたにおいと、埃のにおい。でもその下に——子供のころに遊んだおもちゃみたいな懐かしいにおいがある。



「……こんにちは」と好代は言った。



その子が顔を上げた。大きな目。綺麗なオッドアイ。……でも、疲れた目だ。



「……黄昏です。調理担当」と、かすれた声で言った。「あなたが新入りだよね。聞いてた」

「はい、好代です。それ、おもちゃですか」

「……拾った。廊下に落ちてたから」と黄昏ちゃんが言った。「うちの部屋に持って帰ろうと思って」



壊れたおもちゃを拾って、自分の部屋に持って帰る。



「……黄昏さんの担当バーガーって、どんなものですか」



黄昏ちゃんがしばらく考えた。



「……子供の頃の話を思い出させるバーガー。終わったことを、もう一回だけ見せてくれる。でも触れない」

「触れない」

「見えるけど、変えられない。あの時こうすればよかった、っていうのが全部見えるだけ。だからあんまり人には勧められないけど」



黄昏ちゃんがおもちゃをポケットに入れた。



「……また話そう」と言って、黄昏ちゃんは廊下を歩いていった。



好代はその後ろ姿を見ながら、においを嗅いだ。焦げたにおいと、懐かしいにおいが混ざっていた。



◆ 「黄昏」にて、幽玄ちゃん



喫茶「黄昏」に入ると、郷愁ちゃんがカウンターにいた。でも今日はもう一人いた。



奥の席に、黒っぽい子がいた。灰色と黒ほなダークゴシックな制服。うつむいていて、顔がよく見えないが、大きな✕印の瞳がその奥に宿る強い意志を感じさせる。——その子の周りだけ、空気が少し違う気がした。



においが来た。古い木のにおい。線香のにおい。湿った土のにおい。



郷愁ちゃんが好代に目配せした。「静かにしてあげて」という顔だった。



好代は郷愁ちゃんの隣に座ってお茶をもらった。小声で聞いた。



「……あの子は」



「幽玄ちゃん」と郷愁ちゃんが静かに言った。「調理担当の子。あの子がいると——見えないはずのものが、少し見えやすくなる」

「見えないものが」

「うん。いい意味でも悪い意味でも。だからここでたまに休んでる。誰かがいると少し安定するから」



好代は奥の席をちらりと見た。



幽玄ちゃんはまだうつむいている。でも——お茶が一杯、その手の前にある。



郷愁ちゃんが入れたんだろう、と好代は思った。何も言わないけど、ちゃんといる。



好代はお茶を飲んだ。今日はたくさんのことがあった気がした。




──────────────────

◇ クルー視点モノローグ —— 幽玄 ── (文字にならないもの)



新入りの子が入ってきた。



においが来た。無数の世界線が混ざったにおい。



私はにおいに敏感だ。それが仕事だから。世界線のにおいを嗅いで、「どこから来たか」を判断する。



この子のにおいは——複雑だ。



でも整理されていない複雑さじゃない。全部がバラバラのまま、全部がここにある。



廊下からここに来るまでに、理性の部屋に寄ったのがわかった。あの電子のにおいが少し混じっていたから。



この子は、いろんなものを受け取りながら歩く子だ。



……邪魔しないでおこう、と思った。

──────────────────




エピローグ 「世界線の欠片」



その日の夜、好代は大浴場「羊水」に浸かった。



薄ピンクのお湯が体を包む。温かくて、不思議なにおいがする——生き物のにおいに近い、でも嫌じゃない。



好代は天井を見上げた。



理性ちゃんが言っていたこと。「お主は無数の世界の欠片を持ち歩いておる」。



食べるたびに、その世界線が何かを残していく。好代の頭の中に、知識として。



好代は目を閉じた。棚を全部少し開けた。無数の知識が薄く来た。



植物が話す世界線。鉄と戦闘の世界線。賞味期限ギリギリで処理された四十七個の世界線。帰れない場所が見える世界線。「全部が残る」世界線。そして今日は、理性ちゃんのサーバールームで感じた「全部が繋がっている」感触。



それが全部、好代の中にある。



バラバラのまま、でも全部本当だ。



好代はお湯の中で深呼吸した。



もっと食べたい、と思った。

まだ食べていないバーガーが、ぱんでむにはたくさんある。まだ話していないクルーがたくさんいる。まだ知らない世界線の欠片が、たくさんある。



全部食べる。全部受け取る。



それが今の好代の、ぱんでむにいる理由だった。


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