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第4話「郷愁ちゃんと、帰れない世界のバーガー」

人間の記憶の中で、においに結びついたものが一番古くて、一番消えにくい、という話を好代は読んだことがある。



目で見たもの、耳で聞いたものは、時間が経つと輪郭がぼやける。でもにおいは、嗅いだ瞬間に「あの時」が丸ごと戻ってくる。脳の構造的に、嗅覚だけが感情の記憶と直接つながっているからだ、という話だった。



好代には、バーガーのにおいで戻ってくる記憶がいくつかある。



三歳の頃、渋谷のマクドナルドの前で立ち止まった記憶。においが来て、近づきたくて、でも手を引かれて連れ去られた記憶。あのにおいはずっと好代の中にある。



ぱんでむに来てから、その記憶が少し変わった気がする。

今はにおいを嗅ぐと「好きだ」という感触がある。以前は「届かない」という感触もあった。今はほとんど「届かない」がない。



それが何を意味するのか、好代はまだうまく言葉にできていない。



ただ、七日目の朝、喫茶「黄昏」に入った時に、においで何かが変わった。





第一章「喫茶・黄昏」



◆扉の向こう



ぱんでむのバックヤードの奥に、木の扉がある。



表に小さく「黄昏」と書いてある。筆文字で、少し掠れている。



初日に一度紹介されたが、摩天との訓練や世達の手伝いで落ち着く間もなかったので、今まで入っていなかった。七日目の今日、世達ちゃんに「カフェでゆっくりしていって」と言われたので、初めて押してみた。



においが来た。



木の、古い、少し埃っぽいにおい。畳のにおい。蚊取り線香に似た何か。日向ぼっこをした布団のにおい。そういうものが全部まとめて来た。



好代は少し止まった。



知らないにおいだ。でもなぜか「知っている気がする」においでもある。



扉を開けて中に入った。



狭い部屋だった。四人掛けのテーブルが二つ。木製の椅子。カウンターの奥に棚があって、いくつかのカップと、古い茶色のポットが並んでいる。窓がある。窓の外は——



夕暮れだった。



橙色の光が差し込んでいた。空が赤く染まっている。どこかの町並みが見える。電柱がある。昔の型の電柱だ。木造の家が並んでいる。遠くで子供が遊んでいる声がする。



好代は窓の外を見た。



ここはぱんでむの地下一階のはずだ。でも窓の外は夕暮れの町だ。



「……いらっしゃい」



声がした。カウンターの奥に、誰かがいた。



郷愁ちゃんだった。



今まで何度か顔を合わせたが、話したことがなかった。小柄で、髪が肩より少し長い。目が少し大きくて、瞳の色が薄い。エプロンをしている。ぱんでむの制服の上にエプロン。



「……お茶、飲みますか」



「はい。いただきます」



好代はカウンター前の椅子に座った。

郷愁ちゃんがポットからお茶を注いだ。湯気が上がる。においが変わった。緑茶のにおいが入ってきた。



「……外が夕暮れですね」と好代は言った。



「……うん」と郷愁ちゃんが言った。

「ここはずっと夕暮れです?」

「……うん」



それ以上郷愁ちゃんは説明しなかった。好代も特に聞かなかった。



お茶を飲んだ。温かくて、少し渋い。おいしかった。



二人でしばらく黙って、窓の外の夕暮れを見た。



子供の声がする。夕方の風が吹いている。どこかで夕飯の支度のにおいがする——気がした。



「……郷愁さんの、担当バーガーは何ですか」と好代は聞いた。



「……郷愁系、です」と郷愁ちゃんが言った。「食べると……帰れない場所が見える」



「帰れない場所」

「……自分が一番、戻りたい時と場所。でもそこにはもう行けない。そういう景色が出てくるバーガー」



好代はお茶を飲みながら、それを聞いた。



「……クルー以外の人が食べると、どうなりますか」



「……出てきた景色に溶けていく。帰れない場所に、そのまま閉じ込められる」と郷愁ちゃんがゆっくり言った。「だから、クルー以外には渡せないやつ。私だけが食べられる」



「……あなたが食べると?」



「……私はもう、閉じ込められないから。ただ見えるだけ」



郷愁ちゃんの声は、淡々としていた。でもお茶を飲む手が、少しだけゆっくりだった。



◆七日目の業務



その日の午後、好代は摩天ちゃんとの訓練があった。



前回より少し複雑なメニューで、複数の知識を同時に引き出しながら体を動かす練習だった。音の知識と触覚の知識を同時に使って、目を閉じて部屋の構造を把握する。においの知識を使って、摩天ちゃんの位置を「空気の変化」で捉える。



においの知識は、まだあまり使いこなせていない。でも徐々に、「好代の周囲の空気の変化」を読む感度が上がっている感触があった。



「……いい」と訓練の最後に摩天ちゃんが言った。「においの使い方が、少し安定してきた」



「まだぼんやりしてます」

「最初はそれで十分。精度は後からついてくる」



好代はうなずいた。



訓練が終わって、好代は「黄昏」に戻った。郷愁ちゃんがまた一人でカウンターにいた。好代はまた椅子に座って、お茶をもらった。



「黄昏」には、時々他のクルーも来る。今日は安寧ちゃんが来て、コタツに入ったまま五分で寝た。郷愁ちゃんが毛布をかけてあげた。



そういうふうに時間が流れていった。



夕暮れがずっと続いていた。




──────────────────

◇クルー視点モノローグ——郷愁



新人ちゃんは、においが好きだ。



「黄昏」に入った時の顔が、他の人と違う。驚くんじゃなくて、深呼吸する。



私の担当世界線は「懐かしい場所」の世界線だ。帰れない時代。消えてしまった景色。終わってしまった日常。そういうものを圧縮したバーガーを、私は管理している。



私もかつて、帰れない場所に閉じ込められかけた。その時のことは、今は話さない。ただ——あの経験があるから、私はこの仕事ができる。そう思っている。



新人ちゃんを見ていると、なぜか「大丈夫」という気がする。



帰れなくなることはない、と思う。この子は。



なぜかわからないけれど、確信がある。

──────────────────




第二章「禁止されているバーガーのこと」



八日目の朝。



好代は「黄昏」の奥の棚を眺めていた。カップが並んでいる棚の、一番奥の端に、他と少し違う包み紙のものがある。



セピア色の包み紙だ。他のものより古い感じがして、少し傷んでいる。ラベルには何も書いていない。



においがかすかに届く。



甘いにおいと、少し切ないにおいが混ざっている。懐かしいにおいというか——帰り道のにおい、とでも言うのか。夕方の、もうすぐ家に着くという感触のにおい。



好代はそれをじっと嗅いだ。



「……それ、触らないで」



郷愁ちゃんが厨房から出てきた。いつもの静かな声だが、少し早かった。



「……すみません、においが気になって」

「……私の担当バーガー。クルー以外は食べられないやつ」



「さっき話してたやつですか。帰れない場所が見えるバーガー」

「……うん」



郷愁ちゃんが棚に近づいて、セピア色の包み紙の前に立った。好代から遠ざけるように、少し体で隠した。



「……どんなにおいがしましたか」と郷愁ちゃんが聞いた。



「……帰り道のにおい、と思いました。夕方の。もうすぐ家に着く、みたいな」



郷愁ちゃんが少し黙った。



「……そうか」と郷愁ちゃんが言った。「あなた、においに敏感ですね」

「十七年間、においだけ嗅いできたので」

「……それが好代さんの、帰れない場所なのかも」



好代はその言葉を聞いた。



帰れない場所。好代にとっての帰れない場所は、どこだろう。



三歳の頃のマクドナルドの前。あの時のにおい。

食べたかった。でも食べられなかった。それがずっと続いた十七年間。



でも今は食べられる。だから「帰れない」ではないのかもしれない。



「……私の帰れない場所は、食べられなかった時間、かな、と思いました」と好代は言った。「でも今はもう食べられてるので、そこに閉じ込められはしないかもしれません」



郷愁ちゃんがしばらく好代を見た。



「……そうかもしれない」



それだけ言って、郷愁ちゃんはお茶を入れてくれた。





第三章「禁断のバーガーを、食べてしまう」



◆一人の午後



その日の午後、郷愁ちゃんは少し席を外していた。



用事があると言って、「黄昏」に好代一人を残していった。「お茶が飲みたければ自分で入れていいから」と言っていた。



好代は一人でお茶を飲みながら、窓の外の夕暮れを見ていた。



子供の声がする。どこかから炊飯器のにおいがする——気がした。



好代の目が、棚の端のセピア色の包み紙に止まった。



においが来る。



夕方の帰り道のにおい。



好代はしばらくそれを嗅いだ。



頭の中で、少し考えた。クルー以外は食べると「閉じ込められる」と郷愁ちゃんは言った。でも好代の場合は、吸収しない。情報が入ってきても上書きされない。だから理論上、「閉じ込められる」ことはないはずだ。



でも郷愁ちゃんは「触らないで」と言った。



好代は少し考え続けた。



においが続いている。



夕方の帰り道。もうすぐ家に着く感触。知らないはずなのに、知っている感触。



好代は立って、棚に近づいた。



セピア色の包み紙を、手に取った。



一口だけ。



においを確認してから、考えようと思った。



でも、においを嗅いだら——食べたくなった。



「いただきます」と言った。



食べた。



◆景色



──帰り道の記憶──



夕暮れだ。



橙色の光が道を染めている。アスファルトの道じゃなくて、少し凸凹した石畳の路地だ。両側に木造の家が並んでいる。塀が低くて、庭の木が見える。



子供の声がする。遠くで誰かが名前を呼ばれている。「ごはんだよー」という声がする。



においがする。炊き立てのごはんのにおい。焼き魚のにおい。みそ汁のにおい。



好代はその路地を歩いている。



自分の背が低い。三歳、か四歳か。誰かと一緒に歩いている。手をつないでいる。大きな手だ。



前を向くと、道の先に明かりが見える。窓から光が漏れている。夕飯の時間の家の光だ。



においが——バーガーのにおいがする。



不思議だ。この路地には、そんなものはないはずだ。でもする。あの懐かしいにおい。



「どうした?」と隣の声がする。大きな手が好代の手を握っている。



好代は立ち止まった。



においの方を向こうとした。



でも、手を引かれた。



「もうご飯だよ、行くよ」



引かれた方向は——家だ。



においはまだしている。夕暮れの光の中で、好代は一度だけ振り返った。



においは——路地の向こうにある。



でも今日は——行かなかった。



家に帰った。

──────────────────


好代は目を開けた。



「黄昏」の椅子に座っていた。窓の外は夕暮れのままだ。お茶が冷めている。



頭の中に、知識が入っていた。



「帰れない場所」の知識——どこかの世界線で、「失われた日常」を保存し続けることを選んだ存在たちの世界線の情報。そこに住む生き物は、過去と今を同時に生きられた。失ったものを手放さずにいることができた。



でもそれは——前を向けなくなることと、紙一重の知識だった。



好代は少し、頭の中でその知識と向き合った。



「帰れない場所」は確かにある。でも好代が見た景色の中で、好代は家に帰った。においがしても、手を引かれた方向に行った。



それが、好代の「帰れない場所」の形だったのかもしれない。



その時、扉が開いた。



「……ただいま」



郷愁ちゃんが戻ってきた。好代を見て、棚を見て——セピア色の包み紙がなくなっていることに気づいた。



郷愁ちゃんの顔が、少し固まった。



「……食べた?」



「……はい」





郷愁ちゃんがカウンターの中に入ってきた。好代の顔を確認するように、少しだけ近づいた。



「……大丈夫?意識ある?何が見えた?」



「大丈夫です。夕暮れの路地が見えました。三歳か四歳の自分が歩いていました」

「自分の記憶?」

「わかりません。でもにおいが来て、でも家に帰りました、その中で」



郷愁ちゃんがしばらく黙った。好代の目をじっと見ていた。



「……閉じ込められなかった」

「はい。知識として入ってきただけでした」



また郷愁ちゃんが黙った。今度は少し長く。



「……怒ってますか」と好代は言った。



「……怒ってない」と郷愁ちゃんが言った。「心配した。でも——あなたが帰ってきてよかった」



好代は「帰ってきた」という言葉を聞いた。

今ここに座っているのは確かだ。でも郷愁ちゃんの「帰ってきた」は、もう少し別の意味があった気がした。



「……ありがとうございました」と好代は言った。



郷愁ちゃんがお茶を温め直してくれた。




──────────────────

◇クルー視点モノローグ——郷愁──後記



帰ってきた。



普通の人間が私の担当バーガーを食べると、景色に溶けていく。帰れない場所に入り込んで、そこから出られなくなる。懐かしさと後悔が飽和して、前に進めなくなる。



でも彼女は帰ってきた。



なぜかというと——多分、彼女の「帰れない場所」が、すでに「帰れる場所」に変わりつつあるからだと思う。



十七年間、食べたかったのに食べられなかった。その「届かなかった場所」が、今は届いている。だから、溶け込む余地がなかった。



私はずっとここにいる。夕暮れの部屋で、帰れない場所を管理している。



私が帰れないのは、私の話だ。



でも彼女を見ていると——



帰れなかった場所を、「好きだから」という理由だけで歩き続けた人間が、どこかに帰り着く話もあるんだと、少しだけ思った。

──────────────────




第四章「秩序ちゃんの話と、好代の今」



翌日、秩序ちゃんに呼ばれた。



秩序ちゃんの部屋——「執務室(ノック厳守)」に通されると、白いテーブルに書類が並んでいた。好代のスキル記録だ。今日までの全バーガー摂食記録、能力一覧、訓練記録。



「……昨日の件は聞きました」と秩序ちゃんが言った。声が静かだった。



「怒られますか」

「……叱責の必要があるかどうか、まず確認します」



秩序ちゃんが書類を一枚めくった。



「郷愁バーガーを摂食後、帰還した。意識の乖離なし。知識として保持。現在も安定している」

「……はい」

「摩天からの報告でも、今朝の訓練に支障はなかった、とあります」

「ありませんでした」



秩序ちゃんが書類を置いた。



「……好代さん」

「はい」

「あなたが担当外バーガーを自己判断で摂食したことは、問題行動です。記録に残します」

「……はい」

「ただし」と秩序ちゃんが続けた。「摂食後の帰還と安定保持は、あなたのスキルの限界を確かめる上で、極めて重要なデータです。この情報を正式に記録することを許可します」



好代はうなずいた。



「……怒られないんですか」



「叱責とデータ記録は別の話です」と秩序ちゃんが言った。「感情的に叱ることは今回しません。ただし、今後同様のことがあれば、事前に私か摩天に報告してください」

「わかりました」



秩序ちゃんがペンを取り、何かを書いた。



「……一つ、聞いてもいいですか」と好代は言った。

「どうぞ」

「昨日見た景色の中で——バーガーのにおいがしました。知らない場所なのに、においがしました。あれは何ですか」



秩序ちゃんが手を止めた。



「……それは、郷愁バーガーのある種の特性です」と秩序ちゃんが言った。「食べた人の「最初にバーガーと出会った瞬間」が、景色の中に埋め込まれる」



「最初に出会った瞬間」

「あなたの場合は三歳、渋谷のマクドナルドの前、という情報は入所時の資料にあります。おそらくそれが景色の中に現れた」



好代は少し考えた。



「……路地の向こうにおいがしました。でも家に帰りました」

「……それは」と秩序ちゃんが少しだけ、言葉を選んでいるように間を置いた。「あなたが、その瞬間に囚われていない証拠です」



好代はその言葉を聞いた。



囚われていない。



十七年間、届かなかったものが、今は届いている。だから——過去にある「届かなかった瞬間」は、もう痛くない。



そういうことかもしれない、と好代は思った。



うまく言葉にはできないが、なんとなくわかった。



「……ありがとうございます」



「叱責の代わりに、一つ課題を出します」と秩序ちゃんが言った。「今週中に「においの制御」の精度を上げてください。郷愁バーガーの知識があれば、においを「帰れない場所」の記憶と結びつけて操作できる可能性があります。摩天と組んでやってみてください」



「……了解しました」



好代は部屋を出た。

廊下に出ると、夕暮れの光がどこかから差し込んでいる気がした。「黄昏」の窓の光が廊下まで届いているのかもしれない。



好代は深呼吸した。

においがした。バーガーのにおいではなかった。ただ、この施設のにおい——少し変な、でも慣れ始めたにおいがした。




──────────────────

◇クルー視点モノローグ——秩序──所見追記



郷愁バーガーの摂食と帰還。



想定を超えた事象だ。私の組んだ行動指針の範囲外の行動が起きた、という意味では問題だ。しかし——その帰還の事実が示すことは、私の想定を超えている。



好代さんのスキルは「吸収しない」という受動的なものに見えて、実際には「能動的な帰還力」がある。どんな世界線の情報が入ってきても、彼女の自我の軸がぶれない。



それはスキルではなく、人格の問題かもしれない。



十七年間、「届かない」状態で「好きでいること」を続けた人間が持つ、重心のようなもの。



……姉さん。



あなたがこの子をスカウトした理由が、少しずつ見えてきました。



でも、まだ全部は見えていない。



なぜ今なのか。なぜこの子なのか。



それを私はまだ、聞けていません。

──────────────────




エピローグ「夕暮れの帰り道」



その夜、好代は「黄昏」でもう一度お茶を飲んだ。



郷愁ちゃんが隣に座った。二人で窓の外を見た。夕暮れが続いている。子供の声がする。



「……郷愁さんは、ここを好きですか」と好代は聞いた。



「……うん」と郷愁ちゃんが言った。少し間があってから。「ここにいると、帰れない場所がそばにある。つらいかというと——つらくない。見えていれば、それでいい」



「見えていれば」

「……消えてほしくない。忘れたくない。でも戻りたいかというと——」郷愁ちゃんがお茶を一口飲んだ。「……今は、ここがいいかな」



好代は窓の外を見た。



夕暮れの路地。電柱。木造の家の明かり。子供の声。



帰れない場所は、誰にでもある。でも帰れない場所があることと、今ここに居られることは、矛盾しない。



好代はそれを、今日少しだけわかった気がした。



バーガーのにおいを嗅いで、家に帰った三歳の自分。あの子はにおいを諦めなかった。ただ今日は家に帰っただけで、明日また来るつもりだったかもしれない。



好代は今、ここにいる。



それで十分だと思った。





「……また来ます」と好代は立ち上がりながら言った。



「……うん」と郷愁ちゃんが言った。「いつでも」



好代は「黄昏」を出た。

廊下に出ると、夕暮れの光がなくなって、ぱんでむのいつもの蛍光灯の白い光に戻った。



深呼吸した。



渋谷の夜風とは違う。ぱんでむのにおいがする。



でも今日は——少しだけ、「ただいま」と言いたい気持ちがあった。



好代はそれを言わなかった。でも思った。



それは初めてのことだった。


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