第13話「グリマスとバーディとハンバーグラー」
二十七日目。好代はリビング・オブ・カオスで朝食を食べながら、渾沌ちゃんに聞いた。
「グリマスさんとバーディさんとハンバーグラーさん、まだ会ったことがないんですが」
渾沌ちゃんがお茶を一口飲んでから答えた。
「三人はちょっと特別な立場なんだよね。クルーよりも上で、でも私たち運営本部とも違う。「監査役」みたいな感じ」
「監査役」
「うん。品質管理・物流・カオスの三本柱。会いに行ったら会えるよ、気が向いた時に」
その日の午後、好代は会いに行った。
三人はそれぞれ別の場所にいたが、夕方に一か所に集まると聞いたので、集まる場所で待った。
第一章 「三人の仕事」
◆ 集合
待っていた場所は、ぱんでむの「品質管理室」という看板が付いた部屋だった。
時間になると、三人が来た。
一人目は、ずんくもりした丸みのある体格の紫色の生物だった。紫がかった色の制服を着て、眼鏡をかけている。どっしりとした落ち着きがある。入ってきて、好代を見て、「ほほう」と言った。
二人目は、素早い動きで入ってきた。軽くて身軽な印象。大きな翼と鋭い嘴を備え、帽子を目深にかぶっている。目が鋭くて、すぐに部屋全体を一瞥した——何かを確認するような動きだ。
三人目は……少し遅れて出現した。来るまでの廊下で、何かが崩れる音がした。入ってきた時には、白黒の制服が少し乱れていた。「あっ間に合った」という顔をしているのが、黒マスク越しにわかった。
── Level 1.5 ──
三人が揃った。
紫の生物が上座に座った。帽子の子が隣に座った。遅れてきた一人がその隣に座ったが、椅子が少しずれて床を引っかいた。
三人が好代を見た。好代が三人を見た。
においがした。グレープみたいな甘い重厚なにおい。素早い風のにおい。どこかで何かが燃えた跡のにおい。三つが混ざっていた。
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「グリマスです」と紫が言った。声が低くて落ち着いている。「品質管理担当。ぱんでむから出るバーガーが適切な品質を保っているか、受け取る先が適切かどうかを確認します」
「バーディです」と帽子の子が言った。素早く。「物流と回収担当。適切に届いたものの確認と、回収が必要なものの回収。移動が速いのが特技です」
「ハンバーグラーです!」と遅れてきた一人が明るく言った。「カオス担当! 熱的死を防ぐために必要なところに乱れを入れる仕事! さっきも廊下で少し乱れを作りました!」
「廊下の棚が崩れたのはあなたですか」とグリマスが静かに言った。
「仕事です!」
「程度の問題があります」
好代はハンバーグラーを見た。明るくて、悪びれていない。ただ仕事をしている顔だ。
◆ グリマスの話
「好代さんの特性については把握しています」とグリマスが言った。「私は品質管理担当なので、ぱんでむを通るすべての情報に目を通します。あなたが食べたバーガーのリスト、それぞれの品質、あなたの中でどう保持されているかを含めて」
「……全部把握しているんですか」
「概要は。詳細は秩序くんが持っています。私は「問題がないか」を確認する立場です」
「……私の知識保持に問題はありますか」
グリマスがゆっくり答えた。
「今のところ、問題はありません。ただ——」と少し間を置いた。「五十六の知識を棚を開けたまま保持し続けることは、前例がない。問題が起きる前に問題を見つけるのが私の仕事なので、継続して見ていきます」
「……問題が起きた場合は」
「悲醒くんに連絡が行きます。そして私からも連絡します。ですが——」とグリマスがわずかに表情を柔らかくした。「今日の時点では、むしろ想定より安定している。褒めているわけではありませんが、事実として」
好代は少し嬉しかった。褒めているわけではない、という前置きがあっても、嬉しかった。
◆ バーディの話
「あなたが先日外で使った確認カード、受け取ったわ」とバーディが言った。「至誠さんから連携が来ました。適切に使えていたようね」
「……至誠さんが連携してくれていたんですか」
「そういうシステムなの。至誠の配送記録は私に来る。私がそれを確認して記録に残す。ぱんでむから出たものが、ちゃんと届いて、ちゃんと戻ってくるまでが私の管轄ってワケ」
バーディが帽子を少し直した。
「あなたが外に出る頻度が増えると、私の仕事も増えますから。迷惑ではありませんが、記録をちゃんと残してね。確認カードは毎回必ず使うこと」
「はい」
「以上です」とバーディがあっさり言った。「私は言いたいことを言い終わったので」
バーディが少し席を立って、部屋の中を一周した。何かを確認しているようだった。一周して戻ってきた。
「異常なし」と言った。
◆ ハンバーグラーの話
「好代ちゃんに会いたかったんだよね!」とハンバーグラーが言った。「カオス担当として、あなたの存在はすごく面白い」
「……カオス担当の立場から、ですか」
「そう! 熱的死って知ってる? 何もかもが均一になって動きがなくなることを、物理では「熱的死」って言うんだけど、世界線もそれが起きることがある。全部が均一になると、バーガーが作れなくなる。だから私が乱れを入れる」
好代は棚を少し開けた。世達ちゃんのデッドライン系の知識が少し来た——「効率が逆に働く」感触。無常ちゃんの「変わること」の知識も来た。乱れと変化は近い概念だ。
「……乱れを入れると、動きが生まれる」
「そう! あなたの「棚を整理しないで全部流す」やり方も、乱れの一種だと思う。整理された状態より、ノイズがある方が——新しいものが生まれやすい」
好代はそれを聞いた。
棚の干渉が問題になった時、渾沌ちゃんが「壊れてみる」と言った。ハンバーグラーの「乱れを入れる」とそれは近い。渾沌ちゃんとハンバーグラーは、確かに似ている立場かもしれない。
「……渾沌さんと仕事の感覚が近いですか」
ハンバーグラーが少し考えた。
「渾沌ちゃんは「始まり」で、私は「続ける」方かな。渾沌ちゃんは最初に混ぜる人で、私は混ざったままにする人。固まろうとしたら揺らす」
グリマスが「揺らしすぎて棚が崩れた件は記録に残します」と静かに言った。ハンバーグラーが「記録しないでくださいよ!」と言った。バーディが「既に記録済みよ」と言った。
好代はその三人を見た。
品質管理、物流確認、カオス維持——三つが揃って、ぱんでむが動いている。
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◇ クルー視点モノローグ —— グリマス ── 品質管理記録 No.2700台
好代さんの保持状態を確認した。五十六種類の知識が、棚を開けたまま並存している。
通常、複数の知識が干渉すると「劣化」が起きる。互いが混ざり合って、元の知識の精度が落ちる。
ところが好代さんの場合、干渉が起きていない。混ざり合ってはいるが、それぞれが独立して機能している。
理由は二つ考えられる。ひとつは「秩序バーガー」の「全部が残る」という知識が土台として機能していること。もうひとつは、好代さん本人が「整理しないことを意識的に選んでいる」ため、干渉を干渉として扱っていないこと。
前例がない。文書化する必要がある。
──────────────────◇ クルー視点モノローグ —— ハンバーグラー ── 現場メモ(非公式)
棚が崩れたのは仕事だし、グリマスちゃんに記録されたのは不可抗力だし、バーディちゃんに「既に記録しました」って言われたのはちょっと傷ついた。
でも好代ちゃんと話せてよかった。
「乱れを入れる」ことを「なるほど」って顔で聞いてくれた。変な目で見なかった。
ぱんでむのクルーは全員、私の仕事が必要だとわかってる。でも「乱れを歓迎する」人は少ない。好代ちゃんは歓迎はしてないかもしれないけど、意味はわかってくれた気がする。
それで十分だ。乱れは歓迎されなくていい。ただ、あった方がいい。
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エピローグ 「三十人近くに会った」
夜、好代は「黄昏」でお茶を飲んだ。郷愁ちゃんがカウンターにいた。
カウンターに座って、お茶をもらって、今日会った人を頭の中で並べた。
グリマス。バーディ。ハンバーグラー。
今日で、ぱんでむのクルーの中で会っていない人が——まだ、いるような気がする。
千姿、という名前が自然に口からこぼれる。なぜかはわからないが、そのクルーの存在が確信できる。
会う、という概念が当てはまるかどうかわからない。
「郷愁さん」と好代は言った。「千姿さんって、どんな人ですか」
郷愁ちゃんがお茶を置いて、少し考えた。
「……千姿ちゃん…?そんな人、ここにはいないわ。」
好代はお茶を飲んだ。
他のクルー達にも当たってみたが、皆一様に同じ返事だ。
嘘をついているようには見えなかった。
鏡のノイズ。廊下の気配。部屋の温度が少しだけ変わる感触。
もしかしたら——他のクルー達には、見えないのかもしれない。
好代はお茶のにおいを嗅いだ。静かな夜のにおいと、ここぱんでむのにおいが混ざっていた。




