第11話「外商チームと、お届けの話」
二十二日目の朝。好代はリビング・オブ・カオスで渾沌ちゃんにお茶をもらいながら、聞いた。
「渾沌さん、ぱんでむにはどんな仕事があるんですか。全部」
「全部!?」と渾沌ちゃんが目を丸くした。「えーと、バーガーを作る、届ける、管理する、修復する、接客する、観測する、外に行く——あとは、その間をつなぐ色々、かな」
「「つなぐ色々」というのが一番気になります」
「じゃあ外商チームに聞くといいよ! 今日、ちょうど全員集まる日だから」
外商チーム——ぱんでむの外への仕事を専門とするクルーたちだ。
第一章 「外商チームの部屋」
◆ 集合場所
渾沌ちゃんに案内されたのは、バックヤードの一角にある広めの部屋だった。
扉に「外商」と書いた紙が貼ってある。字がバラバラだ——何人かが別々に書いたのだろう、字体が全員違う。
においがした。たくさんのにおいが混ざっている。外のにおい——草のにおい、雨のにおい、金属のにおい、舞台の照明のにおい。
扉を開けた。
── 外商エリア ──
広い部屋だった。でも広さより、「密度」が高い。
壁に地図が貼ってある。たくさんの地図が重なって、一部は紙がはがれかけている。床に荷物が積まれている——ケースや箱や、見たことのない形の容器。
テーブルに七人が座っていた。全員が好代を見た。
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七人、それぞれの顔がある。
一番手前に座っている子は、地図を広げていた。目が遠くを見ている。「どこ?」という顔でこちらを見た。
隣は、背が高くて端正な子。静かに立っている。
その隣は、ふわふわしたオーラをまとった子が「わあ!」という顔で立ち上がった。
奥のテーブルに、タイプライターの前に座っている子がいる。
窓際に、巨大なスピーカーのようなものを抱えた子がいた。
もう一人は、壁にもたれてこちらを観察している——目が鋭い。
そして最後の一人は、部屋の隅で魔法陣みたいなものを描いている最中だった。
「……はじめまして。好代です」
「知ってる」と地図の子が言った。「彷徨です。外商の移動担当。地図を持ってどこへでも行く。でもたまに目的地と違う場所に着く」
「……たまに?」
「地図が古いから。でも着いた場所が面白かったらいいんじゃないかと」
「憧憬です」と背の高い端正な子が静かに言った。「信仰エネルギーの回収を担当しています。VTuber活動と対外広報も」
「幸夢でーす!!!」とふわふわの子が叫んだ。「魔法少女担当! ぱんでむの外でいろんな世界線のぴんちを魔法で解決する! 時々解決しすぎて爆発が起きるけど!」
「爆発は解決じゃない」と彷徨ちゃんが言った。
「解決しすぎなの!」
「世頼です」と窓際の子が言った。スピーカーを肩に担いだまま。「ドナルド様への賛美を担当。音楽と声の伝道。必要な時は音で場を制圧します」
「真意です」とタイプライターの前の子が言った。「情報整理と調査担当。事実を確認して、必要なものを届ける側に渡す」
壁にもたれている鋭い目の子が、少し遅れて言った。
「冥理です。ちょっと変な空間の整理をする。非ユークリッド的なやつ」
魔法陣を描いていた子が立ち上がった。
「至誠です。馬と一緒に配送担当をしています。時間厳守、どこへでも届けます」
七人。全員が好代を見ている。雰囲気がバラバラで、でも全員が「外に出る人」という共通した空気を持っていた。
第二章 「それぞれの仕事」
◆ 彷徨ちゃんの地図
「……彷徨さんの地図に、ここが書いてありますか」と好代は聞いた。
彷徨ちゃんが地図を広げた。広げるとどんどん大きくなった。最終的にテーブルいっぱいになった。
地図に、無数の点と線が書かれている。いくつかの点には名前が書いてある。「ここ」「あそこ」「行ったことある」「たぶんここ」「よくわからない場所」。
「……「よくわからない場所」が一番多いですね」
「だってよくわからないから」と彷徨ちゃんが当然のように言った。「でも行ったことあるよ。着いてから「ここどこ」って調べることが多い」
好代は地図の一点を見た。先日行った、太陽が二つある世界線の場所に近い点がある。
「……ここに行ったことありますか」と指差した。
「ある。太陽が二個ある場所でしょ。草のにおいが強い。老人が住んでいた。記憶の補助バーガーを届けた世界線」
好代が先日行った場所だった。
「……私も行きました」
「知ってる」と彷徨ちゃんが言った。「その世界線の地図、更新した。あなたが行った後に行ったら、老人がまた記憶が戻ってた。嬉しそうだった」
好代は少し温かい気持ちになった。
◆ 幸夢ちゃんと憧憬ちゃん
幸夢ちゃんが「好代ちゃんのこと気になってたんだー!」と言いながら近づいてきた。
「魔法少女担当って、どういう仕事ですか」
「外の世界線でぴんちが起きた時に行くの! 魔法系のバーガーを食べて、その場の問題を解決する! でもたまに魔法が暴発して——」
「建物が一棟なくなります」と憧憬ちゃんが静かに言った。
「なくなるのは私のせいじゃなくて魔法のせい!」
「魔法を使うのはあなたです」
好代は幸夢ちゃんの制服を見た。袖が焦げている。髪の毛の先が少しちりちりしている。
「……最近も暴発しましたか」
「昨日」と憧憬ちゃんが言った。
「解決はした!」と幸夢ちゃんが言った。
憧憬ちゃんが好代を見た。目が静かで深い。
「私の担当は信仰エネルギーの回収です。好代さんのように、バーガーへの「好き」が強い人は——信仰エネルギーが高い」
「……好きが強いと、エネルギーになるんですか」
「なります。恐怖より、愛の方がエネルギー密度が高い。好代さんがぱんでむのバーガーを食べる時の感触——あれがそれです」
好代は少し考えた。
十七年間、食べられないのに好きだった。その「好き」がチートスキルの根拠だと渾沌ちゃんが言っていた。憧憬ちゃんはそれを「信仰エネルギーが高い」と言う。言い方は違うが、同じことを指している気がした。
◆ 真意ちゃんと冥理ちゃんと世頼ちゃん
真意ちゃんがタイプライターから顔を上げた。
「好代さんの記録、私の方でも持っています。何個の知識を持っているか、どの組み合わせで使っているか、外の仕事での行動記録」
「……秩序さんとは別に、ですか」
「秩序の記録は内部向け。私の記録は外向け——他の世界線にぱんでむの情報を届ける時のリファレンスとして使います。あなたが外に行く回数が増えたら、もっと詳しくなる」
冥理ちゃんが壁から離れて近づいてきた。目が鋭くて、でも動き方が少し変だ。足が床についているのに、体の角度がわずかにおかしい。空間の見え方が、周りと少し違う子だ。
「非ユークリッドって、どういうことですか」と好代は聞いた。
「普通の空間とは違うルールで動く場所がある。平行線が交わる場所とか、四つ角を左に曲がり続けると元の場所に戻ってこない場所とか。そういうところの整理をします」
「整理というのは」
「おかしい空間をおかしいまま使えるように整える。無理に普通にしようとすると壊れる。おかしいままで機能させる方が合理的」
好代はその言い方が少し面白かった。「おかしいまま使えるようにする」——自分の「棚を整理しないで動く」に似ている気がした。
世頼ちゃんがスピーカーを少し動かした。音が鳴った——低くて重い、でも心地いい音だ。
「あなたのにおいが聞こえます」と世頼ちゃんが言った。
「においが聞こえる、ですか」
「私には音とにおいが少し混ざります。あなたのにおいは——五十一の世界線が重なった音です。不協和音だけど、それぞれが本物の音」
好代は少し驚いた。
「……不協和音」
「そう。でも不協和音が豊かなことがある。これはドナルド様への賛美歌になりうる音だと思います」
ドナルド様、という名前を聞くのはこれが初めてではなかったが、いつもよくわからないまま過ぎていく。好代はいつかそれも聞こうと思った。
◆ 至誠ちゃん
至誠ちゃんが部屋の隅から出てきた。真剣な顔をしている。
「配送について、一つ聞いてもいいですか」と至誠ちゃんが言った。
「はい」
「先日の老人への配送で、受け取りの確認をしましたか」
好代は考えた。老人が受け取った。老人の手の動き。顔の表情。それで好代は「受け取られた」と思った。でも確認、という意味での確認は——
「……したかどうか、確かめる方法がわかりませんでした」
「次からは、このサインを使ってください」と至誠ちゃんが小さなカードを差し出した。「受け取った側が押す印です。ぱんでむの記録と照合されます。届けて終わりではなく、届いて初めて完了」
好代はカードを受け取った。小さくて、硬い。真ん中に小さな印がある。
「……ありがとうございます」
「届けることは仕事の半分です。もう半分は確認です」
至誠ちゃんが戻っていった。背筋がまっすぐだった。
好代はカードを制服のポケットに入れた。
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◇ クルー視点モノローグ —— 彷徨 ── 地図の余白に
好代ちゃんが地図を見て、太陽が二個ある世界線の場所を指差した。
「私も行きました」って言った。
私はその世界線の地図を更新した。あそこの老人が元気だった、と書いた。地図には色々書く。到達した日時、天候、においのメモ、誰かが行った形跡。
好代ちゃんが行った後の世界線を私が行った、というのが——なんか、いいと思った。
一人で地図を持って歩くのが私の仕事で、それが孤独なのかどうか私にはよくわからない。でも、同じ場所に別の人が行った痕跡が残っている地図は、少し賑やかな気がする。
──────────────────◇ クルー視点モノローグ —— 至誠 ── 業務記録
好代さんに確認カードを渡した。
「届けて終わり」で帰ってくるクルーは多い。瑠志も流焔も、戦闘系は届けることより途中の安全確保に集中するから、確認まで手が回らないことがある。
好代さんは「確認の方法がわかりませんでした」と言った。言い訳ではなく、事実として。それが正直で良かった。
馬と一緒に走る仕事をしている。馬は正直だ。疲れたら疲れた顔をする。届いたら落ち着く。私も正直でいたい。
好代さんが次に外の仕事をする時は、ちゃんと確認できると思う。
──────────────────◇ クルー視点モノローグ —— 幸夢 ── メモ
好代ちゃんかわいかった!!!
制服の地雷系が似合ってるし、でも動き方がさらっとしてるから地雷系感が薄い。その組み合わせがいい。
「魔法少女担当って面白そうですね」って言ってくれた。建物が一棟なくなるのも、解決の一形態だって認めてくれた。
憧憬ちゃんは「なくなるのは解決ではない」って言うんだけど、なくなった後の世界線は確かに問題がなくなってたので、私は間違ってないと思う。
次の外の仕事、一緒に行ければいいな。絶対建物はなくさない方向で頑張る。たぶん。
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エピローグ 「つなぐということ」
夕方、好代は一人で廊下に出た。
ポケットの中の確認カードに触れた。硬くて小さい。
今日、外商チームに会った。七人全員が「外に行く人」で、でも全員やり方が違う。地図を持って迷いながら行く人。信仰エネルギーを回収する人。魔法で爆発させながら解決する人。音で伝える人。事実を調べて届ける人。おかしな空間をおかしいまま整える人。一歩一歩確認しながら届ける人。
全員が「届ける」という仕事をしている。でも「届ける」の意味が全員少し違う。
好代は廊下の窓の外を見た。窓の向こうは——ぱんでむの「外」だ。今日は真っ暗な空が見える。星みたいなものがある。でもその星が何の世界線の星なのか、好代にはわからない。
棚を一つ開けた。においの知識。窓の外からかすかにおいがした——遠い場所のにおい。草のにおいでも金属のにおいでもない、知らないにおい。
まだ行ったことのない世界線のにおいだ。
いつか、届けに行く。
それが今日の決意だった。




