表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【悲報】俺のVtuber事務所、所属タレントが全員俺だった件について  作者: 月読二兎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/25

第5話 油断の先に、リアバレフラグ

 地獄の三者面談から数日。俺、相田譲は、燃え尽きた灰のようになっていた。


 あの後、俺は奇跡的なテーブルさばきで約一時間半のお茶会を乗り切り、しらたま先生を満足させて帰すことに成功した。帰り際に「キララちゃんもアカリちゃんも、譲くんのこと、すごく信頼してるのね!」なんて言われたが、俺のライフはもうゼロよ。


「新人……第二期生……」


 悪夢のように、しらたま先生の言葉が脳内でリフレインする。キララとアカリを演じるだけで、俺のスケジュールはすでに破綻寸前だ。これ以上タレントを増やせば、俺は睡眠時間を削るどころか、光合成でもしない限り生きていけない。


(……いや、今は忘れよう。まずは目先の配信だ)


 俺は頭をブンブンと振り、目の前の現実に向き合う。

 今夜は、星乃キララの記念配信。チャンネル登録者数10万人突破を祝う、大事な配信だ。


「よし……! 気合入れていくぞ!」


 俺はボイチェンを『清楚天使(記念配信スペシャル)』モードにセット。いつもより少しだけ感情を乗せやすくチューニングした特別仕様だ。


「はぁい、こんキララ~! 天界からみんなの心を照らしにきたよっ、星乃キララです!」


 いつもの挨拶をすると、コメント欄が祝福の言葉で埋め尽くされる。


≪10万人おめでとう!!!≫

≪キララ様あああ!待ってた!≫

≪銀の盾だ!すごい!≫

≪今日のキララ様、いつもより声が弾んでる気がする!≫


(だろうな! この日のために調整したからな!)


 俺は内心でドヤ顔しつつ、完璧なキララを演じる。


「みんな、本当に本当にありがとう……! 私がこうしてここにいられるのは、いつも応援してくれるみんなのおかげです。今日は、感謝の気持ちを込めて、新曲を初披露します!」


 この日のために、俺はボイトレ教室にまで通った(もちろん男として)。そこで得た知識を総動員し、キララとして最高の歌声を響かせる。コメント欄の熱気は最高潮に達し、スーパーチャットの嵐が止まらない。


 配信は、大成功のうちに幕を閉じた。

 俺はヘッドセットを外し、ぐったりと椅子にもたれる。疲労感は凄まじいが、それ以上に達成感が身体を包んでいた。


「……やってやった」


 SNSを開けば、ファンたちの絶賛の声が溢れている。「#星乃キララ10万人記念」がトレンド入りまでしていた。


 その時、スマホにDMの通知が来た。キララのガチ恋勢筆頭、『キララ様の執事』からだ。


 執事:『キララ様、10万人突破、誠におめでとうございます。今宵の歌声は、まさしく天上の調べ。我が魂は、貴女様の光によって完全に浄化されました』


 いつも通りのポエム調のメッセージに、俺は苦笑しながらも返信を打つ。


 キララ(俺):『執事さん、いつもありがとう♡ 貴方の応援が、私の力になっています!』


 すると、すぐに返信が来た。


 執事:『勿体なきお言葉。ところでキララ様、先日お断りになられたプリンの件ですが、どうしても貴女様に召し上がっていただきたく。もしご迷惑でなければ、事務所のポストに投函させていただく、という形ではいかがでしょうか?』


(うっ……まだ諦めてなかったのか……!)


 ポスト投函なら、まあ、バレることはないか。無下に断り続けるのも心苦しい。俺は少し考えて、承諾することにした。


 キララ(俺):『そこまで言ってもらえるなんて……嬉しいな。じゃあ、お言葉に甘えようかな? でも、本当に無理はしないでね!』


 これで一件落着、と俺は一息ついた。

 この時の俺は、知らなかった。この小さな油断が、数日後に特大のリアバレフラグとなって俺に襲いかかることを……。


 ◇


 数日後の昼下がり。

 俺は近所のスーパーで、夕飯の材料を買い込んでいた。特売の豚肉ともやしをカゴに入れ、レジに並ぶ。今日の夜はアカリのゲーム配信だ。スタミナをつけなければ。


 アパートへの帰り道、俺はふと、例のプリンのことを思い出した。

(そういえば、そろそろ届いてる頃かな)

 俺は少しだけワクワクしながら、アパートの集合ポストを覗いた。


 すると、そこには確かに、有名パティスリーのロゴが入った小さな紙袋が入っていた。

 だが、それだけではなかった。


 紙袋の隣に、一枚の封筒が添えられていたのだ。

 差出人の名前を見て、俺は血の気が引いた。


『しらたま』


(な……なんで!?)


 しらたま先生が、なぜ俺のアパートのポストに手紙を!? 住所は教えていないはずだ! パニックに陥る俺の脳裏に、数日前のカフェでの会話が蘇る。


 しらたま先生『事務所の近くにおしゃれなカフェができたって聞いたから』


 そうだ。先生は、この近辺に俺の事務所(アパート)があると知っている。そして、今日、何か別の用事でこの近くに来て、ついでに手紙を投函しに来たのかもしれない。


 俺は震える手で封筒を開けた。中には、可愛らしい便箋と……一枚の写真が入っていた。


 写真は、しらたま先生が、例のカフェのテラス席で笑顔でピースしている自撮りだった。そして、その背景。写真の隅に、ぼんやりとだが、見覚えのある建物が写り込んでいた。


 俺が住んでいる、このオンボロアパートだ。


 便箋には、こう書かれていた。

『譲くんへ。先日はありがとう! また近くに来たので、カフェでお茶してます。もし時間があったら、顔を出さない? P.S. 新人ちゃんのデザイン案、いくつかできたよ!』


(今、この近くのカフェに、いる……!?)


 背筋が凍る。俺は反射的に周囲を見回した。幸い、先生らしき姿はない。

 だが、問題はそこではなかった。


 俺は、自分の格好を見下ろした。

 よれよれのTシャツに、スウェットパンツ。寝癖のついたボサボサの髪。手にはスーパーのビニール袋。どう見ても、急成長中のVtuber事務所の社長には見えない。ただの冴えないニートだ。


 そして、最大の過ちに気づく。


 俺は今、キララ宛の高級プリンの紙袋を、手に持っている。


 まずい。

 もし、この姿でしらたま先生に会ったら?

『あら譲くん、奇遇ね! そのプリン、どうしたの?』

 どう言い訳する?

『え、ええと、これは……自分へのご褒美で……』

 信じるか? この風体の男が、自分用に一個数千円の高級プリンを買うと?


 いや、それよりもっと最悪のシナリオがある。

 もし、しらたま先生が、俺がポストからプリンの袋を取り出す瞬間を見ていたら?


 その場合、先生の頭の中では、こう繋がるはずだ。


『譲くんが、キララちゃん宛のプレゼントをポストから受け取った』

 ↓

『つまり、このアパートが事務所で、譲くんがプレゼントを管理している』

 ↓

『あれ? でも、キララちゃんはここに住んでるはずじゃ……?』


 思考が、じわじわと真実に近づいていく。

 その時だった。


「――譲くん?」


 背後から、聞き覚えのある、柔らかな声がした。

 悪魔の呼び声だった。


 俺は、壊れかけのブリキ人形のように、ギギギ……と音を立てて振り返った。


 そこには、スマホ片手に微笑む、しらたま先生が立っていた。

 その視線は、俺の顔と、俺が手に持っているプリンの紙袋とを、交互に行き来していた。


 終わった。


 俺の脳内に、その二文字が、高らかに鳴り響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ