第3話 不可能を可能にする、それがワンオペだ(白目)
「三者面談……三者面談……」
俺、相田譲は、パソコンデスクの前で頭を抱え、幽鬼のように呻いていた。目の前のモニターには、キララとアカリの生みの親、しらたま先生からの追い打ちDMが燦然と輝いている。
しらたま:『じゃ、楽しみにしてる!』
楽しみにされても困るのだ。キララとアカリと俺としらたま先生の四人でお茶会なんて、物理法則を捻じ曲げなければ実現不可能。俺は分身できないし、ドッペルゲンガーを召喚する術も知らない。
週末まで、あと三日。
刻一刻と、俺の社会的な死が近づいてくる。
「ああもう、どうすりゃいいんだよ……!」
あまりのストレスに、俺は立ち上がって部屋をウロウロし始めた。現実逃避に、床に落ちていたTシャツを拾って畳んでみる。意味はない。だが、何かをしていないと発狂しそうだった。
(落ち着け、相田譲……考えるんだ。絶体絶命のピンチを乗り越えてこそ、主人公だろ……!)
俺は自分を無理やり鼓舞し、再びPCの前に座った。テキストエディタを開き、この地獄の三者面談を乗り切るための作戦を洗い出していく。
【作戦A:正直に話す】
→「実はキララもアカリも俺なんです」
→しらたま先生、ドン引き。ファン、大炎上。事務所、即日倒産。俺、人生終了。
→論外。却下。
【作戦B:誰かに代役を頼む】
→女装してキララorアカリを演じてくれる奇特な友人……いるわけがない。
→いたとしても、この神ボイスを生み出す『プロジェクトアフロディーテ』は俺の私物だ。門外不出。
→却下。
【作戦C:ドタキャン】
→俺か、キララか、アカリが急病になったと嘘をつく。
→しらたま先生は善意の塊だ。「お見舞いに行くね!」と言い出す可能性、大。
→事務所(俺の家)の住所は教えていないが、カフェの場所は指定されている。近所だ。鉢合わせるリスクが高すぎる。
→却下。
「……詰んでる。完全に詰んでるじゃねえか……」
俺は机に突っ伏した。万策尽きた。もうだめだ。週末になったら、俺のアパートの近くのおしゃれなカフェで、俺の公開処刑が執り行われるのだ。
諦めかけた、その時だった。
ふと、視界の端に、机の上に置かれた二台のタブレットが入った。一台はキララの配信用、もう一台はアカリの配信用に使っているサブ機だ。
(タブレット……リモート……?)
脳内に、一条の光が差し込んだ。いや、光というよりは、あまりにも無謀で、あまりにも馬鹿げた、悪魔的な閃きだった。
「……そうだ。リモート参加だ」
俺はガバッと顔を上げた。
しらたま先生にはこう説明する。
『キララもアカリも、極度の人見知りのため、どうしても家から出られない。しかし、先生にはどうしてもお会いしたい。なので、どうかタブレットでのリモート参加をお許しいただけないでしょうか』と。
これならどうだ? 実際にカフェに行くのは、社長である俺としらたま先生の二人だけ。キララとアカリは、タブレットの画面の中にいる。これなら、俺の身体が一つでも問題ない。
いや、待て。
大問題がある。
俺がしらたま先生と一緒にカフェにいたら、誰が自宅の防音室で、キララとアカリを演じるんだ?
「……協力者……いや、無理だ。この秘密を話せる人間なんていない」
俺の計画は、開始三秒で行き詰まった。
だが、俺の脳は、限界を超えた思考の果てに、さらなる狂気の領域へと足を踏み入れていた。
「協力者がいないなら……『会話』をさせなければいい」
何を言っているんだ俺は。
会話のないお茶会など、ただの地獄ではないか。
「違う、そうじゃない。リアルタイムの『会話』を諦めるんだ。事前に……『録音』しておくんだ!」
俺は、自分の閃きに鳥肌が立った。
そうだ。これしかない。
週末までの三日間で、ありとあらゆるシチュエーションを想定した「キララの返事ボイス」と「アカリの返事ボイス」を大量に収録する。
そして、カフェのテーブルに二台のタブレットを設置。しらたま先生の会話の流れに合わせて、俺がスマホに仕込んだサウンドパッドアプリを操作し、絶妙なタイミングで録音ボイスを再生するのだ!
「はい!」「えーっと、そうですね」「すごーい!」「しらたまママのおかげです!」といったキララの相槌ボイスセット。
「ふん、まあね」「くだらない」「で、要件は?」「……別に、感謝してないんだからね」といったアカリのツンデレボイスセット。
これを、しらたま先生にバレないように、テーブルの下で神業的に操作する!
(無謀すぎる……! まるで格ゲーのコンボ入力だぞ!?)
だが、他に道はない。不可能を可能にする。それがワンオペVtuber事務所社長、相田譲の生きる道だ!
「やってやる……やってやるぞ……!」
俺は決意を固め、マイクの前に座った。まずはキララからだ。ボイチェンを『清楚天使(高純度)』モードに設定する。
「はい、こんにちは! 星乃キララです! 今日はありがとうございます!」
「わぁ、このケーキ、とっても美味しそうですね!」
「えへへ、照れちゃいます」
「アカリちゃんは、口は悪いけど、本当は優しいんですよ?」
完璧だ。我ながら天使の如き声。俺は次に、ボイチェンを『小悪魔ツンデレ(高圧)』モードに切り替えた。
「……鬼灯アカリよ。よろしく」
「甘ったるい。紅茶はストレートに限るわ」
「……別に。普通でしょ」
「キララは……まあ、認めてなくもないわね」
よし、いいぞ。二人の個性がしっかり出ている。
俺はその後、三日三晩、寝る間も惜しんで膨大な量の「定型文ボイス」を収録し続けた。相槌、質問、驚き、笑い声、感謝の言葉……。ファイル数は、最終的にそれぞれ200を超えていた。
そして、運命の週末。
俺は目の下にうっすらとクマを作りながらも、戦闘準備を完了させた。ショルダーバッグには、キララ用とアカリ用のタブレット。ポケットには、決戦兵器のスマホ。イヤホンからは、動作確認用のテスト音声が流れている。
約束のカフェの前に立つ。ガラス張りの店内では、すでにしらたま先生が笑顔で手を振っていた。
「譲くん、こっちこっち!」
(行くしか、ない……!)
俺は覚悟を決め、地獄の三者面談(物理的には二人、バーチャル参加二人)の会場へと、足を踏み入れたのだった。