表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

第3話 不可能を可能にする、それがワンオペだ(白目)

「三者面談……三者面談……」


 俺、相田譲は、パソコンデスクの前で頭を抱え、幽鬼のように呻いていた。目の前のモニターには、キララとアカリの生みの親、しらたま先生からの追い打ちDMが燦然と輝いている。


 しらたま:『じゃ、楽しみにしてる!』


 楽しみにされても困るのだ。キララとアカリと俺としらたま先生の四人でお茶会なんて、物理法則を捻じ曲げなければ実現不可能。俺は分身できないし、ドッペルゲンガーを召喚する術も知らない。


 週末まで、あと三日。

 刻一刻と、俺の社会的な死が近づいてくる。


「ああもう、どうすりゃいいんだよ……!」


 あまりのストレスに、俺は立ち上がって部屋をウロウロし始めた。現実逃避に、床に落ちていたTシャツを拾って畳んでみる。意味はない。だが、何かをしていないと発狂しそうだった。


(落ち着け、相田譲……考えるんだ。絶体絶命のピンチを乗り越えてこそ、主人公だろ……!)


 俺は自分を無理やり鼓舞し、再びPCの前に座った。テキストエディタを開き、この地獄の三者面談を乗り切るための作戦を洗い出していく。


【作戦A:正直に話す】

 →「実はキララもアカリも俺なんです」

 →しらたま先生、ドン引き。ファン、大炎上。事務所、即日倒産。俺、人生終了。

 →論外。却下。


【作戦B:誰かに代役を頼む】

 →女装してキララorアカリを演じてくれる奇特な友人……いるわけがない。

 →いたとしても、この神ボイスを生み出す『プロジェクトアフロディーテ』は俺の私物だ。門外不出。

 →却下。


【作戦C:ドタキャン】

 →俺か、キララか、アカリが急病になったと嘘をつく。

 →しらたま先生は善意の塊だ。「お見舞いに行くね!」と言い出す可能性、大。

 →事務所(俺の家)の住所は教えていないが、カフェの場所は指定されている。近所だ。鉢合わせるリスクが高すぎる。

 →却下。


「……詰んでる。完全に詰んでるじゃねえか……」


 俺は机に突っ伏した。万策尽きた。もうだめだ。週末になったら、俺のアパートの近くのおしゃれなカフェで、俺の公開処刑が執り行われるのだ。


 諦めかけた、その時だった。


 ふと、視界の端に、机の上に置かれた二台のタブレットが入った。一台はキララの配信用、もう一台はアカリの配信用に使っているサブ機だ。


(タブレット……リモート……?)


 脳内に、一条の光が差し込んだ。いや、光というよりは、あまりにも無謀で、あまりにも馬鹿げた、悪魔的な閃きだった。


「……そうだ。リモート参加だ」


 俺はガバッと顔を上げた。


 しらたま先生にはこう説明する。

『キララもアカリも、極度の人見知りのため、どうしても家から出られない。しかし、先生にはどうしてもお会いしたい。なので、どうかタブレットでのリモート参加をお許しいただけないでしょうか』と。


 これならどうだ? 実際にカフェに行くのは、社長である俺としらたま先生の二人だけ。キララとアカリは、タブレットの画面の中にいる。これなら、俺の身体が一つでも問題ない。


 いや、待て。

 大問題がある。


 俺がしらたま先生と一緒にカフェにいたら、誰が自宅の防音室で、キララとアカリを演じるんだ?


「……協力者……いや、無理だ。この秘密を話せる人間なんていない」


 俺の計画は、開始三秒で行き詰まった。

 だが、俺の脳は、限界を超えた思考の果てに、さらなる狂気の領域へと足を踏み入れていた。


「協力者がいないなら……『会話』をさせなければいい」


 何を言っているんだ俺は。

 会話のないお茶会など、ただの地獄ではないか。


「違う、そうじゃない。リアルタイムの『会話』を諦めるんだ。事前に……『録音』しておくんだ!」


 俺は、自分の閃きに鳥肌が立った。

 そうだ。これしかない。


 週末までの三日間で、ありとあらゆるシチュエーションを想定した「キララの返事ボイス」と「アカリの返事ボイス」を大量に収録する。


 そして、カフェのテーブルに二台のタブレットを設置。しらたま先生の会話の流れに合わせて、俺がスマホに仕込んだサウンドパッドアプリを操作し、絶妙なタイミングで録音ボイスを再生するのだ!


「はい!」「えーっと、そうですね」「すごーい!」「しらたまママのおかげです!」といったキララの相槌ボイスセット。

「ふん、まあね」「くだらない」「で、要件は?」「……別に、感謝してないんだからね」といったアカリのツンデレボイスセット。


 これを、しらたま先生にバレないように、テーブルの下で神業的に操作する!


(無謀すぎる……! まるで格ゲーのコンボ入力だぞ!?)


 だが、他に道はない。不可能を可能にする。それがワンオペVtuber事務所社長、相田譲の生きる道だ!


「やってやる……やってやるぞ……!」


 俺は決意を固め、マイクの前に座った。まずはキララからだ。ボイチェンを『清楚天使(高純度)』モードに設定する。


「はい、こんにちは! 星乃キララです! 今日はありがとうございます!」

「わぁ、このケーキ、とっても美味しそうですね!」

「えへへ、照れちゃいます」

「アカリちゃんは、口は悪いけど、本当は優しいんですよ?」


 完璧だ。我ながら天使の如き声。俺は次に、ボイチェンを『小悪魔ツンデレ(高圧)』モードに切り替えた。


「……鬼灯アカリよ。よろしく」

「甘ったるい。紅茶はストレートに限るわ」

「……別に。普通でしょ」

「キララは……まあ、認めてなくもないわね」


 よし、いいぞ。二人の個性がしっかり出ている。

 俺はその後、三日三晩、寝る間も惜しんで膨大な量の「定型文ボイス」を収録し続けた。相槌、質問、驚き、笑い声、感謝の言葉……。ファイル数は、最終的にそれぞれ200を超えていた。


 そして、運命の週末。

 俺は目の下にうっすらとクマを作りながらも、戦闘準備を完了させた。ショルダーバッグには、キララ用とアカリ用のタブレット。ポケットには、決戦兵器のスマホ。イヤホンからは、動作確認用のテスト音声が流れている。


 約束のカフェの前に立つ。ガラス張りの店内では、すでにしらたま先生が笑顔で手を振っていた。


「譲くん、こっちこっち!」


(行くしか、ない……!)


 俺は覚悟を決め、地獄の三者面談(物理的には二人、バーチャル参加二人)の会場へと、足を踏み入れたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ