表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/25

第25話 祭りの後で、共犯者たちのティ―タイム

 オフラインイベント『VIRTUAL DIVE』の奇跡から、一週間が経った。

 俺、相田譲は、事務所(自室)のソファで、ようやく人間らしい生活を取り戻しつつあった。イベント終了後、俺は丸二日間泥のように眠り、残りの五日間は橘さんの的確すぎる指示のもと、後処理とファンへの感謝配信に追われていたからだ。


 ネット上は、あの日以来、アストラルノヴァの話題で持ちきりだった。

 特に、最後の最後に起きた『奇跡のクロストーク』は、Vtuber史に残る伝説として、様々な考察系Vtuberによって特集が組まれている。

≪あれは、二人の魂がシンクロした『魂の二重奏(ソウルデュエット)』現象だ≫

≪結論:アストラルノヴァはてぇてぇ≫


 俺のワンオペという秘密は、誰にもバレていなかった。それどころか、あの事故は事務所の技術力とタレントの絆の深さを証明する、神がかった演出として、伝説になっていた。


「……社長。お疲れのところ恐縮ですが、今後の経営方針について、ご相談が」

 キッチンから、コーヒーの香りと共に、橘さんの声がした。


「今後の……方針?」

「ええ。今回のイベントで、あなたのワンオペ体制が、事業成長における最大のリスクであることも、改めて浮き彫りになった」

 橘さんの言う通りだ。俺は、覚悟を決めて、口を開いた。

「……分かっています。キララとアカリの、新しい『魂』を探すための、オーディションを……」

「却下です」


 俺の言葉を、橘さんは、食い気味に、そして静かに否定した。

「言ったはずです、社長。私は、あなたの『芸術』の共犯者になりたい、と。代役などという野暮な選択肢は、当初から想定していません。私が提案したいのは、事業の『拡大』ではなく、『深化』です」


 橘さんは、一枚のタブレットを取り出し、いくつかの計画案を表示させた。


 【プロジェクトA:アストラルノヴァユニバース展開】

 ・内容:キララとアカリのキャラクターIPを元にした、コミカライズ、アニメ化、ゲーム化を推進する。生配信の頻度を下げ、IPビジネスで収益を安定させる。

 【プロジェクトB:AIクローンによるハイブリッド配信】

 ・内容:社長の声をディープラーニングさせ、完璧なキララとアカリのAIボイスクローンを作成。雑談などの軽微な配信はAIに任せ、歌枠などの重要な配信のみ、社長が担当する。

 【プロジェクトC:ロボ社長、本格デビュー計画】

 ・内容:社長の第三の人格『ロボ社長』を、正式なタレントとしてデビューさせる。トーク専門とすることで、社長の喉の負担を軽減しつつ、事務所の新たなファン層を開拓する。


 どれも、常人では考えつかないような、クレイジーで、しかし、極めて合理的な計画だった。この男となら、ワンオペのままでも、まだ先へ行ける。

「……面白い。全部、やりましょう」

「話が早くて助かります」


 橘さんが満足そうに頷いた、その時だった。

 ピンポーン、と、事務所のインターホンが鳴った。

 モニターに映し出された訪問者の顔を見て、俺と橘さんは、顔を見合わせた。


 そこに立っていたのは、少し気まずそうな、しかし、吹っ切れたような表情の、しらたま先生だった。


 ドアを開けると、彼女は、深々と頭を下げた。

「この度は、本当に、申し訳ありませんでした……!」

「しらたま先生……」


「私、自分のしたことを反省して……考えました。私にできる、唯一の償いをさせてください」

 彼女は、一枚のスケッチブックを、俺に差し出した。

 そこに描かれていたのは、息をのむほどに美しく、そして魅力的な、一人の少女の姿だった。


 銀髪でも、黒髪でもない。柔らかな栗色の髪に、少し困ったような、それでいて好奇心旺盛な瞳。これまでの二人とは、全く違うタイプのキャラクター。

「この子は……?」


「『ロボ社長』の、ガワです」

 しらたま先生は、顔を上げて言った。

「イベントの時、見えました。アカリちゃんのブースから、一瞬だけ聞こえた、あの無機質な声。あれが、きっと、本当のあなたの……社長さんの声なんでしょう?」


 俺は、何も言えなかった。


「私は、もう二人の前に顔を出す資格はない。でも、社長、あなたのことは、支えたい。一番近くで、一番のファンとして。……だから、私も、この事務所の『共犯者』にしてください」


 彼女は、キャラクターデザイナーとして、俺の第三の人格『ロボ社長』に、最高の身体を与えようとしてくれていたのだ。


 俺の隣で、橘さんが、静かに口を開いた。

「……なるほど。悪くない提案です。社長の負担軽減と、事務所の新たなファン層開拓。私の計画とも、完全に一致する」


 こうして、俺のワンオペVtuber事務所は、新たな、そして、さらに奇妙な体制へと移行することになった。


 社長兼タレント(キララ担当)の、俺。

 顧問兼プロデューサー(兼アカリ担当の影武者候補)の、橘さん。

 そして、専属イラストレーター兼デザイナー(兼ロボ社長のママ)の、しらたま先生。


 ……あれ? ワンオペじゃ、なくなってる?

 いや、違う。キララとアカリを演じるのは、あくまで俺一人。これは、ワンオペの芸術性を最大限に高めるための、最強のサポートチームだ。

 俺は、自分にそう言い聞かせた。


 数週間後。

 俺は、マイクの前に座っていた。

 ボイチェンのプリセットは、No.3『アンドロイド社長(感情希薄モード)』。


「……フフフ。待タセタナ、諸君。私ガ、アストラルノヴァ代表取締役社長、アイダ・ユズル……ノ、代理人デアル」


 画面には、しらたま先生が描いてくれた、美少女アンドロイド社長が、無表情に手を振っている。

 コメント欄は、お祭り騒ぎだ。

≪社長、ついにデビュー!≫

≪ガワ、かわいすぎだろ!≫

≪しらたまママ、ありがとう!≫


 ヘッドセットのインカムからは、橘さんの冷静な指示が飛ぶ。

『社長、上出来です。次は、キララ様との掛け合いにいきましょう』

 隣のデスクでは、しらたま先生が、笑顔でスケッチブックに何かを描いている。


 俺は、最強の共犯者たちにウインクを一つ送ると、ボイチェンのダイヤルを、キララモードへと切り替えた。

「わぁ! 社長さん、デビューおめでとうございます!」


 それは、いつもの光景。

 でも、昨日までとは、何もかもが違って見えた。


 俺の、俺たちの、ワンオペ事務所の、ドタバタで、最高にエキサイティングな毎日は、これからも続いていく。


【悲報】俺のVtuber事務所、所属タレントが全員俺だった件について

―― fin ――

ここで完結です。

最後まで読んでくれてありがとう。

コメントや評価もお気軽にどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ