第25話 祭りの後で、共犯者たちのティ―タイム
オフラインイベント『VIRTUAL DIVE』の奇跡から、一週間が経った。
俺、相田譲は、事務所(自室)のソファで、ようやく人間らしい生活を取り戻しつつあった。イベント終了後、俺は丸二日間泥のように眠り、残りの五日間は橘さんの的確すぎる指示のもと、後処理とファンへの感謝配信に追われていたからだ。
ネット上は、あの日以来、アストラルノヴァの話題で持ちきりだった。
特に、最後の最後に起きた『奇跡のクロストーク』は、Vtuber史に残る伝説として、様々な考察系Vtuberによって特集が組まれている。
≪あれは、二人の魂がシンクロした『魂の二重奏』現象だ≫
≪結論:アストラルノヴァはてぇてぇ≫
俺のワンオペという秘密は、誰にもバレていなかった。それどころか、あの事故は事務所の技術力とタレントの絆の深さを証明する、神がかった演出として、伝説になっていた。
「……社長。お疲れのところ恐縮ですが、今後の経営方針について、ご相談が」
キッチンから、コーヒーの香りと共に、橘さんの声がした。
「今後の……方針?」
「ええ。今回のイベントで、あなたのワンオペ体制が、事業成長における最大のリスクであることも、改めて浮き彫りになった」
橘さんの言う通りだ。俺は、覚悟を決めて、口を開いた。
「……分かっています。キララとアカリの、新しい『魂』を探すための、オーディションを……」
「却下です」
俺の言葉を、橘さんは、食い気味に、そして静かに否定した。
「言ったはずです、社長。私は、あなたの『芸術』の共犯者になりたい、と。代役などという野暮な選択肢は、当初から想定していません。私が提案したいのは、事業の『拡大』ではなく、『深化』です」
橘さんは、一枚のタブレットを取り出し、いくつかの計画案を表示させた。
【プロジェクトA:アストラルノヴァユニバース展開】
・内容:キララとアカリのキャラクターIPを元にした、コミカライズ、アニメ化、ゲーム化を推進する。生配信の頻度を下げ、IPビジネスで収益を安定させる。
【プロジェクトB:AIクローンによるハイブリッド配信】
・内容:社長の声をディープラーニングさせ、完璧なキララとアカリのAIボイスクローンを作成。雑談などの軽微な配信はAIに任せ、歌枠などの重要な配信のみ、社長が担当する。
【プロジェクトC:ロボ社長、本格デビュー計画】
・内容:社長の第三の人格『ロボ社長』を、正式なタレントとしてデビューさせる。トーク専門とすることで、社長の喉の負担を軽減しつつ、事務所の新たなファン層を開拓する。
どれも、常人では考えつかないような、クレイジーで、しかし、極めて合理的な計画だった。この男となら、ワンオペのままでも、まだ先へ行ける。
「……面白い。全部、やりましょう」
「話が早くて助かります」
橘さんが満足そうに頷いた、その時だった。
ピンポーン、と、事務所のインターホンが鳴った。
モニターに映し出された訪問者の顔を見て、俺と橘さんは、顔を見合わせた。
そこに立っていたのは、少し気まずそうな、しかし、吹っ切れたような表情の、しらたま先生だった。
ドアを開けると、彼女は、深々と頭を下げた。
「この度は、本当に、申し訳ありませんでした……!」
「しらたま先生……」
「私、自分のしたことを反省して……考えました。私にできる、唯一の償いをさせてください」
彼女は、一枚のスケッチブックを、俺に差し出した。
そこに描かれていたのは、息をのむほどに美しく、そして魅力的な、一人の少女の姿だった。
銀髪でも、黒髪でもない。柔らかな栗色の髪に、少し困ったような、それでいて好奇心旺盛な瞳。これまでの二人とは、全く違うタイプのキャラクター。
「この子は……?」
「『ロボ社長』の、ガワです」
しらたま先生は、顔を上げて言った。
「イベントの時、見えました。アカリちゃんのブースから、一瞬だけ聞こえた、あの無機質な声。あれが、きっと、本当のあなたの……社長さんの声なんでしょう?」
俺は、何も言えなかった。
「私は、もう二人の前に顔を出す資格はない。でも、社長、あなたのことは、支えたい。一番近くで、一番のファンとして。……だから、私も、この事務所の『共犯者』にしてください」
彼女は、キャラクターデザイナーとして、俺の第三の人格『ロボ社長』に、最高の身体を与えようとしてくれていたのだ。
俺の隣で、橘さんが、静かに口を開いた。
「……なるほど。悪くない提案です。社長の負担軽減と、事務所の新たなファン層開拓。私の計画とも、完全に一致する」
こうして、俺のワンオペVtuber事務所は、新たな、そして、さらに奇妙な体制へと移行することになった。
社長兼タレント(キララ担当)の、俺。
顧問兼プロデューサー(兼アカリ担当の影武者候補)の、橘さん。
そして、専属イラストレーター兼デザイナー(兼ロボ社長のママ)の、しらたま先生。
……あれ? ワンオペじゃ、なくなってる?
いや、違う。キララとアカリを演じるのは、あくまで俺一人。これは、ワンオペの芸術性を最大限に高めるための、最強のサポートチームだ。
俺は、自分にそう言い聞かせた。
数週間後。
俺は、マイクの前に座っていた。
ボイチェンのプリセットは、No.3『アンドロイド社長(感情希薄モード)』。
「……フフフ。待タセタナ、諸君。私ガ、アストラルノヴァ代表取締役社長、アイダ・ユズル……ノ、代理人デアル」
画面には、しらたま先生が描いてくれた、美少女アンドロイド社長が、無表情に手を振っている。
コメント欄は、お祭り騒ぎだ。
≪社長、ついにデビュー!≫
≪ガワ、かわいすぎだろ!≫
≪しらたまママ、ありがとう!≫
ヘッドセットのインカムからは、橘さんの冷静な指示が飛ぶ。
『社長、上出来です。次は、キララ様との掛け合いにいきましょう』
隣のデスクでは、しらたま先生が、笑顔でスケッチブックに何かを描いている。
俺は、最強の共犯者たちにウインクを一つ送ると、ボイチェンのダイヤルを、キララモードへと切り替えた。
「わぁ! 社長さん、デビューおめでとうございます!」
それは、いつもの光景。
でも、昨日までとは、何もかもが違って見えた。
俺の、俺たちの、ワンオペ事務所の、ドタバタで、最高にエキサイティングな毎日は、これからも続いていく。
【悲報】俺のVtuber事務所、所属タレントが全員俺だった件について
―― fin ――
ここで完結です。
最後まで読んでくれてありがとう。
コメントや評価もお気軽にどうぞ。