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第23話 決戦は幕張、舞台裏の指揮者

 そして、運命の日がやってきた。

 国内最大級のVtuberオフラインイベント『VIRTUAL DIVE』。その会場である幕張メッセに、俺、相田譲と、橘朔也さんは立っていた。


 巨大なホールには、何万人というファンたちの熱気が渦巻いている。数々の一流Vtuber事務所が、豪華なブースを構えていた。その一角に、うち――『アストラルノヴァ』のブースもあった。


 表向きは、キララ用とアカリ用の、二つの独立した個室ブース。それぞれの入り口には、ファンが長蛇の列を作っている。

 そして、その裏側。バックヤードには、俺たちの作戦の心臓部、『スイッチングルーム』が、静かにその時を待っていた。


「……すごいな」

 俺は、バックヤードのモニターに映し出される、ファンの熱狂ぶりに圧倒されていた。これから、俺は、この何百人というファンを、たった一人で、相手にするのだ。


「社長。緊張していますか?」

 隣で、インカムを装着した橘さんが、冷静に声をかけてきた。

「い、いや……武者震いです」


「結構です。これまでの訓練の成果を、出すだけですよ」

 橘さんは、司令塔となる彼のデスクに座り、いくつものモニターを睨んでいる。そこには、両ブースの内部カメラ、待ち行列の状況、そして、俺のバイタルデータまで表示されていた。


 イベント開始、10分前。

 俺は、キララブースに入り、深呼吸を一つした。

 マイク、ボイスチェンジャー、モニター。全て、完璧にセッティングされている。


『社長。聞こえますか』

 インカムから、橘さんの声が聞こえる。

「はい。こちらキララブース。感度良好です」


『結構。では、最終ブリーフィングを始めます。本日の作戦目標は、混乱なくイベントを終了させること。制限時間は6時間。あなたの体力と精神力が、鍵となります』


「分かっています」


『私が、全ての会話をモニタリングし、移動の指示を出します。私の指示を、絶対と心得てください。いいですね?』

「了解」


『では、健闘を祈ります』

 橘さんの声が、途切れた。


 そして、イベント開始のアナウンスが、会場に鳴り響いた。

 ブースの扉が開き、最初の一人――緊張した面持ちの、若い男性ファンが入ってくる。


 俺は、スイッチを入れた。

「はぁい、こんキララ~! 来てくれてありがとう!」


 ファンとの、夢のような、そして地獄のような、6時間が始まった。


 ◇


「ありがとう! また会いに来てね!」

 俺は、キララとして、一人目のファンを見送った。会話時間は、約2分。


『社長!』

 即座に、インカムから橘さんの指示が飛ぶ。

『アカリブース、待機ファンと会話開始! 移動! 制限時間、5秒!』


 俺は、椅子から弾かれるように立ち上がり、訓練通りに腰を低くして、秘密の通路を駆け抜ける。アカリブースに滑り込み、着席と同時にボイチェンを切り替える!


「……ふんっ。やっと来たわね、アンタが次の眷属?」


 ブースに入ってきた女子高生ファンが「ひゃっ! アカリ様、本物……!」と感激している。

 会話時間は、約1分半。


『キララブース、次のファンが入室! 移動! 制限時間、4.5秒!』

「くっ……!」


 休む暇など、ない。

 俺は、二つのブースを、まるで瞬間移動のように行き来し続けた。

 キララとして、ファンを癒し、夢を与える。

 アカリとして、ファンを煽り、魅了する。


 橘さんの指示は、神がかっていた。

 彼は、両ブースの会話内容を完全に把握し、俺が移動している間の、ほんの数秒の沈黙すら許さない。

「キララ様、考え中!」

「アカリ様、地獄の釜を調整中!」

 事前に収録した俺の声を、絶妙なタイミングで再生し、完璧なアリバイを作り上げていく。


 だが、開始から3時間が経過した頃。

 俺の身体に、限界が近づいていた。

 汗が、滝のように流れる。息が、切れ切れになる。声が、かすかに上ずり始める。


『社長! 声が上ずっています! 深呼吸を! バイタル低下!』

 インカムから、橘さんの焦りの混じった声が飛ぶ。


 その時だった。

 アカリブースに、一人の厄介なファンが入ってきた。訓練でシミュレーションした、『高圧的な古参オタク』そのものだった。


「よぉ、アカリ。俺がVIRTUAL DIVEに来てやったぜ。感謝しろよな」

「……ええ、そうね。で、要件は?」


「お前さぁ、最近、キララと仲良すぎじゃね? もっとこう、バチバチやれよ。俺は、そういうのが見たいんだよ」

 面倒な絡み方だ。会話が、長引きそうだ。


『社長! キララブースの待ち時間が限界です! 30秒で会話を打ち切ってください!』

 橘さんの、悲鳴のような指示。


 どうする? どうやって、この男との会話を打ち切る?

 俺は、訓練を思い出した。


(――ロボ社長モード!)


 俺は、ボイチェンのダイヤルを、一瞬だけ『ロボ社長モード』に切り替えた。

「……ソノ件ニ関シテハ、事務所ノ方針ニヨリ、回答ヲ差シ控エル」


「は? なんだその声……」

 ファンが、呆気に取られている。


 俺は、すかさずアカリモードに戻し、言い放った。

「……今の、聞こえた? 社長の命令よ。これ以上、下らないこと聞くなら、アンタを地獄に送るわよ。次、入りなさい!」


 ファンは、完全に気圧され、すごすごとブースを出ていった。


『……ナイス判断です、社長!』

 インカムの向こうで、橘さんが、興奮したように言った。

『だが、休む暇はありません! キララブースへ! 移動!』


 俺は、朦朧とする意識の中、再び立ち上がった。

 まだ、終われない。

 待ってくれているファンがいる限り。


 俺の、そして俺たちの、狂気のステージは、まだ、クライマックスを迎えていなかった。


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