第16話 開幕、史上最大の偽装工作
そして、運命の土曜日。ダブル配信の当日。
しらたま先生は、朝からソワソワと落ち着かない様子だった。
「キララちゃんたち、もうすぐ来る頃かしら? 私、お茶の準備をしてくるわね!」
今だ。
俺は、先生が席を外した、その隙を突いた。
「先生、大事なことを言い忘れていました」
俺は、昨日印刷しておいたデッチ上げの契約書を、真剣な顔で手渡した。
「これが、僕とタレントたちの間で交わした、最も重要な契約です。どうか、ご理解ください」
契約書を読んだしらたま先生は、「まあ……!」と息を飲んだ。
「プロ意識が高いのね、二人とも……! 分かったわ、譲くん。私は、決して彼女たちのプライベートには干渉しない。約束する」
(よし、第一関門、突破!)
その直後、俺はスマホを取り出し、さりげなく玄関の方を向きながら、録音しておいた『入室偽装用SE』を再生した。
微かに聞こえる、俺とキララ(俺)、アカリ(俺)の小声での会話。
しらたま先生は、ハッとした顔で玄関の方を見たが、契約書を思い出し、慌てて視線を逸らした。
「……来たのね。私、ここにいるわ」
完璧だ。彼女の中で、今このアパートに、キララとアカリが入室してきたことになっている。
「では先生、僕は二人をそれぞれのスタジオに案内してきます。先生は、Aスタジオで待機をお願いします」
俺はそう言うと、一人で二つのスタジオ(事務所と寝室)を行き来し、あたかも二人をセッティングしているかのように見せかけた。
配信開始30分前。
俺はBスタジオ(寝室)で、キララの自動配信システムの最終チェックを終え、再生ボタンを押した。そして、Aスタジオへと滑り込む。
「先生、お待たせしました。キララは準備万端です。アカリは、ほら、暴走しがちなので、先生がそばで見ていてあげてください」
「ええ、任せて!」
しらたま先生は、ヘッドホンを装着し、音声モニタリングの体勢に入った。
俺は、アカリとして、配信開始ボタンを押す。
「はーっ……待たせたな、眷属ども! 今夜は祭りよ!」
俺のワンオペダブル配信が、今、幕を開けた。
隣のBスタジオからは、自動再生されるキララの声と、俺が仕込んだ「生活音SE」が、壁を越えて微かに聞こえてくる。
しらたま先生は、ヘッドホン越しにその音を聞き、深く頷いた。
「ふふっ、キララちゃん、リラックスしてるみたいね。お茶を飲んでる音かしら」
違う。それは俺が昨日、自分のマグカップで録音した音だ。
史上最大にして、最も馬鹿げた偽装工作は、ギリギリの綱渡りで、完璧に進行しているように見えた。
そう、あの悪夢のエラーメッセージが、表示されるまでは。