表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/25

第15話 ダブルブッキングと、鉄壁の契約書

「譲くん、これ、どうかなって思って!」

 しらたま先生が俺の机に置いた企画書。それは、大手ゲーム会社と大手飲料メーカーからの、二つの巨大なタイアップ案件だった。


 だが、その二つの案件は、俺、相田譲にとって決して両立し得ない『二つの爆弾』だった。

 配信希望日時が、来週の土曜日の夜に、完全にかぶっているのだ。


「どうしよう……」

 俺は、頭を抱えた。どちらかの案件を断るしかない。俺の身体は一つしかないのだから。


 俺の深刻な様子を見て、しらたま先生が「なあんだ、そんなこと」と、こともなげに言った。

「だったら、二つの案件、同時にやっちゃえばいいじゃない! その日だけ特別に、キララちゃんとアカリちゃんに事務所(ここ)まで出張してきてもらうのよ!」


 出張。

 このアパートに。

 存在しない人間を、どうやって?


「そして、アカリちゃんにはこの事務所で、キララちゃんにはお隣の寝室で、同時に配信してもらう。そうすれば、お互いの声も干渉しないし、問題ないでしょ?」


 問題しかない。俺は絶望的な状況に追い込まれた。

「で、でも先生! 二人をここに呼ぶなんて、そんな……」


「大丈夫よ! 私が二人をお迎えに行くわ! 譲くんは事務所のセッティングをお願いね!」

 ダメだ。善意とやる気に満ちたこの人を、止められない。


 その夜。俺は一人、事務所で頭を抱えていた。

 どうする? どうすれば、この最悪の状況を乗り切れる? 存在しない人間を、この部屋に召喚する方法なんてない。


 諦めかけた、その時。

 俺の脳裏に、またしても、悪魔が囁いた。


 ――本当に、無理か?

 ――人間を召喚できなくても、『人間がいる』と、錯覚させることはできるんじゃないか?


 俺は、PCに向き直った。

 まず、Wordを立ち上げ、厳かなフォントで文書を作成する。


 【件名:所属タレントのプライバシー保護に関する特別条項】

 『第一条:所属タレント(星乃キララ、鬼灯アカリ)は、事務所内において、代表・相田譲以外の何人に対しても、素顔及びプライベートな情報を公開する義務を負わない』

 『第二条:タレントの精神的安寧を確保するため、配信中のスタジオへの入室は、原則として代表・相田譲のみに許可されるものとする』


 我ながら、完璧なデッチ上げ契約書だ。

 次に、ボイスレコーダーを手に、玄関へと向かう。


 ガチャリ。ドアを開け、小声で囁く。

「やあ、キララちゃん。ようこそ。こっちだよ」

 カツ、カツ、と自分でスリッパの音を立てる。

「……おいアカリ、靴くらい揃えろって言ってるだろ」

「ふんっ、うるさいわね」

 ボイチェンを通したアカリの声も、しっかりと録音しておく。


 入室偽装用SE、完成。

 さらに、部屋の中で、衣擦れの音、コップを置く音、ため息……様々な「生活音SE」を収録していく。


 そして、キララのPR配信用に、ほぼ自動で生放送感を演出する『リアルタイム相槌インジェクションシステム』の構築。

 俺は、配信日までの数日間、この狂気的な偽装工作の準備に、すべての時間を費やした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ