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第14話 祭りの後と、新たな疑惑の目

「い、痛たたた……!」


 配信という名の戦争が終わり、俺、相田譲は、事務所(自室)の床をのたうち回っていた。右足のふくらはぎが、まるで独立した生き物のように激しく痙攣している。地獄の三人配信を乗り切った代償は、あまりにも大きかった。


「だ、大丈夫!? 譲くん!」


 しらたま先生が慌てて駆け寄ってくる。その顔には、心配と、そして先程までの勘違い――『アカリちゃんは寂しくてわざとやった』――からくる感動の色が混じっていた。


「アカリちゃん、本当に不器用なんだから……。譲くん、これがアカリちゃんの本当の気持ちなのよ。もっと自信を持って!」

「ち、違……これは、ただの、運動不足で……」

「またそうやって謙遜する!」


 ダメだ、会話が成立しない。

 俺が『足がつった』という物理的な事実を訴えれば訴えるほど、しらたま先生の中では『タレントの繊細な心を庇う、不憫で優しい社長』という人物像が補強されていくだけだ。


 結局、俺はしらたま先生に介抱され、湿布を貼ってもらい、ようやく痛みが引いた頃には、すっかり夜も更けていた。


 ◇


 翌日。

 伝説と化した三人配信の影響は、絶大だった。

 SNSでは「#アストラルノヴァ箱推し感謝祭」がトレンド入りし、昨夜の切り抜き動画が凄まじい勢いで拡散されていく。


 特にバズっていたのは、三つのシーンだった。

 一つ目は、俺が地獄のソロメドレーを披露した『魂の歌』パート。

 二つ目は、俺が苦し紛れに言った『歯車の音』という迷言。

 そして三つ目が、最後の最後、アカリの声で俺がパニックになった『地獄の釜の不調』シーンだ。


≪昨日の配信、神回すぎた≫

≪ロボ社長の歯車音、ASMRで出してほしい≫

≪最後のツンデレムーブ、アカリ様マジ天使≫

≪アストラルノヴァ、箱で推すしかねぇ……!≫


 事務所の知名度と人気は、この一日で爆発的に上昇した。結果だけ見れば、大成功だ。

 だが、俺の心は晴れない。成功の裏で、俺の秘密と嘘は、さらに複雑で巨大なものに膨れ上がってしまったからだ。


「おはよう、譲くん! 足はもう大丈夫?」

 今日も今日とて、手作り弁当持参で出勤してきたしらたま先生が、にこやかに声をかけてくる。


「ええ、まあ……なんとか」

 俺は、まだ少し引きずる足をごまかしながら、PCの前に座った。


 しらたま先生は、マネージャー業務として、昨日の配信の反響をまとめたレポートを作成してくれていた。それは非常にありがたいのだが、問題は彼女の「気づき」にあった。


「ねえ、譲くん。昨日の配信を見ていて、一つ気になったことがあるの」

「……なんでしょうか」


 俺はゴクリと唾を飲んだ。まさか、何かボロが出ていたのか?


「キララちゃんとアカリちゃんのことなんだけど……」

 先生は、真剣な表情で続ける。

「二人とも、すごく成長したわよね。デビュー当時に比べて、アドリブの返しがすごく自然で、早くなった気がするの。まるで、一人の人間が喋っているみたいに、スムーズな時があったわ」


 心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

 まずい。核心に近づいている。

 昨日の配信で、俺は録音とリアルタイムの相槌を組み合わせた。その『相槌』の部分が、あまりにもスムーズすぎたということか。


「特に、短い相槌。『うんうん』とか『そうね』とか。あれ、まるで譲くんが、二人の気持ちを完璧に理解して、先回りして相槌を打っているみたいに見えたわ。三人の絆の深さに、私、感動しちゃった」


(違うんです! 俺が言ってるからスムーズなだけなんです!)


 心の叫びは、喉には出せない。俺は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。

 だが、しらたま先生の疑惑の目は、そこで止まらなかった。


「それでね、もう一つ。これが一番の謎なんだけど……」

 先生は、俺の目をじっと見つめて言った。

「配信中、譲くんは一度も飲み物を口にしなかったわよね?」


「……え?」

 思わぬ指摘に、俺の思考が停止した。

 言われてみれば、そうだ。昨日の約一時間半の配信中、俺はロボ社長として喋り続け、足元のペダル操作に全神経を集中させていた。お茶を飲む余裕なんて、一秒もなかった。


「キララちゃんやアカリちゃんは、画面の中にいるから飲めないのは当然だけど……譲くんは、私たちの目の前にいるのに。なのに、一度も水分補給をしなかった。まるで……」


 しらたま先生は、そこで言葉を区切り、何かを考えるように顎に手を当てた。

 俺の背中を、嫌な汗が伝う。

 その先に続く言葉を、聞きたくない。


「……まるで、キララちゃんやアカリちゃんと同じ条件で配信するために、自分にも『飲み物を飲まない』っていうハンデを課しているみたいだった」


「…………は?」


「違うかしら? 『二人が飲めないのに、自分だけ飲むわけにはいかない』……そんな、社長としての、あなたのストイックな優しさなんじゃないかって。そう考えたら、なんだか、胸が熱くなっちゃって……」


 違う。

 断じて違う。

 ただ、飲む暇がなかっただけだ。

 俺が、そこまで聖人君子なわけがない。


 だが、俺が反論する前に、しらたま先生は「やっぱりそうだったのね!」と一人で納得し、目を潤ませていた。

「譲くん……! あなたって人は、どこまで不器用で、優しいの……! 私、そんな社長を支えるためなら、なんだってするわ!」


 善意の炎が、さらに燃え盛る。

 俺が何かアクションを起こすたびに、それがどんなに苦しい言い訳や事故であっても、全てが『不憫で有能で優しい苦労人社長』という虚像を強化する材料になってしまう。


 祭りの後の静けさの中、俺は悟った。

 もはや、俺一人の力で、この巨大な勘違いの連鎖を止めることはできない。

 物語は、俺の意思とは無関係に、とんでもない方向へと暴走を始めていた。


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