第13話 神プレイの裏側で、足は限界だった
「……ソレハ、仕様ダ。我ガ体内ノ歯車ガ噛ミ合ウ音……魂ノ鼓動トデモ言ウベキカ」
俺、相田譲の苦し紛れすぎる言い訳に、しらたま先生は一瞬きょとんとしていたが、やがて「そ、そうなのね……。ロボットだもんね……」と無理やり納得してくれた。ヘッドホンを深く着け直し、再び業務に戻る。
コメント欄でも、一部の耳の良い視聴者がざわついていた。
≪なんかカチカチ音しない?≫
≪これ、社長の歯車の音らしいぞw≫
≪設定が細かいwww≫
危機は、去った。いや、無理やりねじ伏せた。
俺は、ペダルを踏む足に、さらに神経を集中させる。できるだけソフトに、音を立てないように。
配信は、奇跡的とも言えるレベルで順調に進んでいた。
俺の足は、机の下で激しくタップダンスを踊る。上半身はロボ社長として微動だにせず、足元では人類の限界に挑戦するような超絶技巧が繰り広げられていた。
神プレイだ。我ながら、神がかっている。
だが、神は、俺に試練を与え続ける。
ある視聴者から、とんでもないスーパーチャットが投げられたのだ。
『祝・初三人コラボ! よかったら、三人で一緒にハモって歌ってみてください!』
俺の脳が、フリーズした。
ハモる? 歌う? 物理的に不可能だ。
コメント欄は「神スパチャ!」「これは聞きたい!」と燃え上がり、ヘッドホンをしたしらたま先生も、俺のほうを向いて親指をぐっと立てている。
絶体絶命。
俺は、あの地獄のソロメドレー作戦を決行することにした。
「……フム。『歌』カ。ヨカロウ。我々ノ魂ノ輝キヲ、シカトその目ニ焼キ付ケルガイイ」
アカリとしてロックを、キララとしてバラードを、そしてロボ社長として無機質なハミングを披露する。
結果は、なぜか大絶賛だった。
「譲くん……!」
ヘッドホンを外したしらたま先生が、感動したように俺の名前を呼んだ。
「すごいわ……! まさに、三人の個性を尊重する、最高のプロデュースね……! あなたって、本当にすごい社長さんなのね……!」
尊敬の眼差しが、痛い。
俺は、ただ事故を誤魔化しただけなのに。
安堵と、多大なストレスと、そして限界を超えた足元の超絶技巧。
俺の身体は、もう限界だった。
配信終了間際、最後の挨拶をしようとした、その瞬間。
ブチッ、と。
俺のふくらはぎから、嫌な音がした。
「ッ……!?」
激痛。足が、つったのだ。
まずい。右足だ。アカリ用ペダルを踏み込んだまま、足が動かない!
俺はロボ社長として、最後の挨拶を始める。
「……ソロソロ、時間ダ。最後ノ挨拶ヲ……」
左足でキララ用ペダルを踏む。
「みんな、今日は本当にありがとう! バイキラ~!」
そして、アカリの番。右足が、動かない。ペダルから離れない。
「じゃあね、眷属ども! ……って、あれ? ……ちょっ、なんで……声が……」
俺は、アカリの声のまま、素でパニックに陥ってしまった。
ヘッドホンを外していたしらたま先生が「え? アカリちゃん?」と心配そうにこちらを見る。コメント欄も「???」「どうした?」とざわつき始める。
やばい、やばいやばいやばい!
俺は、痛みと焦りで、半ばヤケクソだった。アカリの声のまま、こう叫んだ。
「な、なんでもないわよ! ……これは、地獄の釜の不調よ! じゃあね!」
そして、俺は、配信終了ボタンを、叩きつけるようにクリックした。
静まり返る事務所(俺の部屋)。
俺は、椅子から崩れ落ち、つった足を抱えて床を転げ回った。
「い、痛いいいいいいいいいい……!」
その様子を、しらたま先生が、呆然と、そして何かを深く誤解した顔で、見下ろしていた。
「アカリちゃん……今の、もしかして、配信が終わるのが寂しくて……わざと……? なんて、不器用で、可愛いの……!」
違う。
そうじゃない。
ただ、足がつっただけなんだ。
勘違いのレールは、もはや銀河系の果てまで、猛スピードで伸び続けていた。