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【悲報】俺のVtuber事務所、所属タレントが全員俺だった件について  作者: 月読二兎


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第12話 決戦兵器は足元にあり

「……というわけで、この『アストラルノヴァ箱推し感謝祭』、やりましょう」


 俺、相田譲は、目の下に深々とクマを刻みつけながらも、毅然とした態度で言った。向かいに座るしらたま先生は、「本当!? やってくれるの、譲くん!」と満面の笑みだ。


 もちろん、正気ではない。物理法則を無視したこの無謀な企画を、俺は受けて立つと決めたのだ。だが、無策で死地に飛び込むほど愚かではない。俺には、この不可能を可能にするための、緻密な計画と新たな兵装があった。


 まず着手したのは、事務所(俺の部屋)のレイアウト変更だ。「配信環境の最適化と、マネージャーである先生の作業スペース確保のため」というもっともらしい名目で、俺はデスクをL字型のものに新調した。


 正面のメインモニターは、しらたま先生からも見える位置に。ここにはロボ社長の操作画面と、先生がピックアップしてくれたコメントを表示する。そして、L字の側面。先生の死角になる位置に、サウンドパッド用のサブモニターとタブレットを配置する。ここが、俺の聖域、キララとアカリを召喚するための祭壇だ。


 最大の秘密兵器は、机の下。俺の足元に静かに鎮座していた。音楽制作用の中古フットペダル。俺はこのペダルに特殊なプログラムを組み込み、ボイスチェンジャーと連動させた。


 ・デフォルト状態 → プリセットNo.0『ロボ社長』

 ・左足のペダルを踏む → プリセットNo.1『清楚天使キララ』

 ・右足のペダルを踏む → プリセットNo.2『小悪魔ツンデレ・アカリ』


 これさえあれば、俺は上半身を微動だにせず、足先の僅かな動きだけで三人の人格を瞬時に切り替えられるのだ!


 ◇


「――よし、練習開始だ」


 配信予定日まであと三日。しらたま先生が帰った後、俺は一人、地獄の特訓を開始した。頭と足の神経を直結させるような超絶技巧。何度もペダルを踏み間違え、キララの声で「うるさいわね!」と叫んでは、一人悶絶した。


 そして、運命の配信当日。事務所には、俺としらたま先生の二人。異様な緊張感が漂っている。


「譲くん、顔色が悪いわよ? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です。武者震いです」


 嘘だ。普通に寝不足とストレスだ。俺は、しらたま先生に彼女の役割を説明し、新品のヘッドホンを手渡した。


「先生には、マネージャーとして、コメントの監視と、配信音声のリアルタイムチェックをお願いします。タレントの声やBGMのバランスがおかしくないか、このヘッドホンで確認してください」

「分かったわ! 任せて!」


 しらたま先生は、やる気満々でヘッドホンを装着し、自分のノートPCに向き合った。よし、これで先生の意識は画面と耳元の音声に集中する。俺が足元で多少物音を立てても、バレるリスクは格段に下がった。


 配信開始時刻、21時。画面には、キララ、アカリ、そして中央に立つロボ社長のLive2Dモデルが表示されている。俺は、大きく息を吸い込み、配信開始のボタンをクリックした。


「……フフフ……。待タセタナ、諸君。ワレワレガ、アストラルノヴァデアル」


 コメント欄が、爆発的な速さで流れていく。俺はすかさず、左足でペダルを踏み込む。

「みんな、こんキララ~! 今日は来てくれてありがとう!」


 即座に足を離し、今度は右足を踏む。

「ふんっ。せいぜいアタシたちを楽しませなさいよね、眷属ども!」


 完璧だ。完璧な滑り出しだ。俺は内心でガッツポーズを決めながらも、顔はロボットお面の下で無表情を保つ。


 隣のしらたま先生は、ヘッドホンを指で押さえながら、真剣な表情で音声バランスをチェックしている。彼女が自分の仕事に集中してくれているおかげで、俺も自分の神業に集中できる。


 だが、その時だった。

 しらたま先生が、ヘッドホンを少しずらし、小声で話しかけてきた。


「ねえ、譲くん」

「……ナンダロウカ」


「さっきから、マイクに『カチッ、カチッ』て小さいノイズが乗ってる気がするんだけど……。機材の接触不良かしら?」


 俺の心臓が、凍りついた。

『カチッ』という音。それは、俺がフットペダルを踏み込む音だ。

 いくら先生がヘッドホンをしていても、高性能な配信マイクは、その微かな音を拾ってしまっていたのだ。


 やばい。このままでは、視聴者に「配信中、謎のクリック音が鳴り続けている」と怪しまれる。


 俺は、ロボ社長として、威厳を保ったまま、こう答えるしかなかった。


「……ソレハ、仕様ダ。我ガ体内ノ歯車ガ噛ミ合ウ音……魂ノ鼓動トデモ言ウベキカ」


「……え?」


 しらたま先生は、きょとんとした顔で俺を見ている。

 史上最大にして最悪のライブパフォーマンスは、開始わずか数分で、予想だにしなかった方向から、新たな謎を生み出してしまったのだった。


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