女子小学生が考えた川柳が酷すぎる件
「うーん、面倒くさいなぁ......」
窓からの柔らかい光が差し込む可愛らしい子供部屋。そんな部屋の中央にあるピンクの丸机の前で、2人の少女は対面に座り学校の宿題に取り組んでいた。
声を上げたのは小学五年生の少女、飯島幸。幸はショートヘアの髪をかき上げながらプリントを睨むように眺めていた。
「さっちん、何が分かんないの?」
一方、幸の対面に座る同級生の少女、恋原未来はというと、幸よりも小柄な体をポニーテールと共にゆらゆら揺らしながら、プリントにシャーペンを走らせている。
ここは恋原未来の自室。二人は一緒に土日の宿題をこなしているところであった。幸は未来の問いかけに答える。
「うん、他の宿題は終わったんだけど、国語の研究課題だけ出来てないんだよね」
言いながら、幸は一枚のプリントをひらひらと未来に差し出す。
それを見た未来は「ああ、それね」といった表情を浮かべた。幸の差し出すそれは『川柳の公募に応募しよう』という、国語の宿題の提出用紙だ。
「それは面倒そうだから私もやってないよ」
未来がそう答える。この宿題は、実際に開催されている川柳の公募に応募をしなければならない。そしてそれをプリントに書いて提出するというものだ。
「それはというか、未来は他の宿題も全然やってないでしょ」
「国語の他には、算数と理科と社会が残ってるよ」
「全部じゃん。土曜日何してたのさ」
「なんか、時計の秒針をいきなり見たら秒針が止まって見えるヤツが面白くて一日中時計見てた」
「ごみみたいな休み過ごしてるね」
幸は思わず呆れた声をあげる。ちなみに、その現象はクロノスタシスという。
「はぁ。川柳なんて、いったいどうすれば良いんだろ」
幸がそうぼやく。
「とりあえず、スマートフォーンで検索したら出て来るんじゃない?」
「確かに、良いかも」
幸はスマホをスマートフォーンと呼ぶ未来のキショさには触れず答える。
スマホをポケットから取り出そうとする幸だったが、そこでテーブルに置かれたコードレス電気スタンドの電気が切れていることに気づいた。
「あれ、電気切れてる」
「本当だ」
未来があちゃーという顔を浮かべる。
「今電池切らしてるからダメだな〜」
「単三?」
「いや、ボタン電池20個」
「もっとやりようあっただろ」
幸はカスみたいに使いづらい電気スタンドに呆れながら、スマホで『川柳 公募』と検索をする。昼間なので、電気スタンドがなくてもそこまで不便はない。
「へえ、これ良いかも」
しばらく後、幸はスマホ画面を未来に見せる。そこには『コンビニ川柳』と呼ばれる大手コンビニチェーンが開催している公募が表示されていた。
「優秀作品に選ばれると、コンビニで使えるQUOカードがもらえるんだって。お得じゃん」
言って、幸は「よし」と意気込みペンを走らせる。しばらく後、川柳が完成すると、プリントを未来の方へと向けた。
「どう?」
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コ な う
ン ん れ
ビ で し
ニ も い
や 揃 ね
う
────────────────────
「いいね!」
未来が言う。
「えっ、本当?」
幸は嬉しそうに声を上げる。
「すごくいい......どうでも」
「こいつ......性格がカス......!」
幸は歯噛みした。なんだこいつ。
「というか、最後を『や』にすれば川柳っぽくなるみたいな浅はかな考えが透けて見えてるよ」
「うっ......」
図星を突かれ思わず幸は口ごもる。一方の未来は余裕の表情を浮かべていた。
「私の方がもっと良い川柳を考えられるもんね」
言って、未来は自分のプリントへとペンを走らせる。
しばらく後、完成した川柳を幸の方へと向けた。
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3 2 あ
度 度 の
目 と 客
だ 来 の
な
い
は
────────────────────
「......へぇ、面白いじゃん」
幸は素直に感心した。大口を叩くだけあるのかも知れない。そういえば、未来は国語の点数だけはいつも高かったっけ。こういうのを考える才能があるのかも知れない。
「......」
とはいえ、どうにも未来に批判されたまま終わるのは悔しい。幸は別の公募を探し始めた。
「おっ、これ良いかも」
未来はそう言う幸のスマホをのぞく。そこには『警視庁 犯罪予防川柳』の文字が表示されていた。
「行政がやってる公募だから、内申点も良くなりそう」
そう言って、幸はさっき書いた川柳を消し、再びシャーペンを走らせた。
「出来た!」
幸は未来にプリントを見せつけた。
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潜 危 気
ん 険 を
で は つ
る た け
く て
さ
ん
────────────────────
「......!」
幸の川柳を見るやいなや、未来は口を押さえて黙りこんだ。
「なになに、驚くほど良かった?」
良さげな反応に、幸は機嫌良く未来に問いかける。
「......酷すぎる。何らかの罪で逮捕されて欲しい」
「されるわけないでしょ!」
「なんかこう、カス川柳製造罪とかで......」
「ない法律で罵倒しないでよ」
相変わらずの酷評に、思わず不機嫌な表情を浮かべる幸。
「というか、これだと『犯罪防止川柳』ってテーマを知らない人が見たら犯罪に対して警告してる事すら伝わらないよね」
「うっ、確かに......」
またも予想外の正論をぶつけられ、幸は思わず怒りを押さえて押し黙る。
「あれれさっちん、顔が真っ赤だよ〜?」
「うるさいわね」
「まるで、あの日の夕焼けみたいだね」
「どの日のどれだよ」
全くピンとこない例えだった。
「こういうのはさ、一般市民に注意を呼びかけるんじゃなくて、犯罪者に警告をしたほうが良いんじゃない?」
「盗難に気をつけよう! じゃなくて、盗難を許さない! にする感じ?」
幸はなるほどと納得した声をあげる。少しして、未来は何か思いついたのか、おもむろに自分のプリントへとペンを走らせる。
「出来た」
未来は幸にプリントを差し出す。
────────────────────
過 怯 執
ご え 行
し る に
て 日
る 々
を
────────────────────
「なにこれ?」
「死刑囚の心情を詠んだ川柳だよ」
「悪趣味すぎるだろ」
「死の恐怖を犯罪者に刻む良い川柳だと思うけど......」
「なんかディストピアっぽいよそれ」
たぶん死刑になるほどの重罪人は、公募で選ばれた小学生作の川柳を見た程度では更生しない。
「うーん......」
幸はもっと軽い気持ちで作れる公募を探そうとスマホを操作し始めた。
「ん、こんなの面白いかも」
言って、未来に画面を見せる幸のスマホには『日本うんちく協会 蘊蓄川柳』の文字があった。
「うんちくって、豆知識みたいなやつだよね」
未来が言う。幸はそれに「そうそう」と答えながらも、プリントにペンを走らせ自分の川柳を書き始めていた。すぐに完成した川柳を未来へと差し出す。
「どうよ」
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お 知 う
も 識 ん
し が ち
ろ 増 く
い え は
て
────────────────────
「ありゃりゃ......(笑)」
「なんだよ、ムカつくリアクションだな」
「まあ、ねぇ......(笑)」
未来のあざけるような表情に再び不機嫌になる幸。
「じゃあ未来の句はもっと良いワケ?」
「ふふーん、モチのロンだよ」
「モチのロンて、死語じゃん」
「こんなのうんちくに対する素直な印象を書けば良いんだよ」
未来はすでに自分の作品を書き終えていたらしく、そう言いながら川柳を幸へと見せつけた。
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う 語 う
ん っ ん
ち て ち
以 来 く
下 る を
や
つ
────────────────────
「良いわけないだろ」
「ドヤ顔で知識をひけらかすのって良くないよね。そんな警告を込めた川柳を作ったよ」
「うんちく協会にこれを送ってどうすんのさ。喧嘩売ってると思われるよ」
「......確かに、個人情報がバレたら、うんちく協会から殺害予告とか届くかも!」
「そこまでは言ってないけど」
「いいや! うんちくを語ってくるヤツらなら、やりかねない!」
「なんでうんちくアンチなんだよ」
これはダメだ。幸はうんちくアンチ君の未来を無視して別の川柳公募を探し始めた。
「あ、これは?」
幸のスマホ画面には『スター重工主催 ロケット川柳』と表示されている。
「ロケット開発してる会社って書いてあるね」
未来がスマホを読んで言う。幸はそれを聞き、自分のプリントにペンを走らせる。
「出来た」
未来は幸の書いたプリントをのぞき込む。
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高 希 ロ
く 望 ケ
飛 も ッ
べ 乗 ト
せ よ
て
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「凡庸......」
「あんま聞かない単語で罵倒しないでよ」
「さっちんって良い意味で発想が貧困だよね」
「それって良い意味あるかな?」
「あと、さっちんって良い意味でドブみたいな匂いがするよね」
「それは絶対良い意味ないだろ!」
思わず大きな声をあげる幸を尻目に、未来は自分のプリントへとペンを走らせる。
「出来た」
未来は意気揚々と自分の川柳を幸に見せつけた。
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あ 飛 ロ
っ べ ケ
! ッ
あ も ト
あ っ よ
あ と
・ !
・ も
・ っ
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「絶対落ちただろ!」
「それは分かんないよ!」
言って、未来はプリントの隅に何かを追記する。
幸はそれを覗き込んだ。
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あ 飛 ロ
っ べ ケ
! ッ
あ も ト
あ っ よ
あ と
・ !
・ も
・ っ
\ドカーン!/
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「やっぱ落ちてんじゃねーか!」
バカ。何遊んでるんだよ。幸は思った。呆れて別の公募を探す。
「これとか良いかも」
そこには『御前の紅茶の川柳』と表示されていた。人気ブランド『御前の紅茶』の会社が主催する川柳だ。
「入選すると紅茶が1ケースもらえるんだって」
言って、幸はプリントに自分の川柳を書き記す。少し悩んでは書いて消しを繰り返す。
「......よし」
出来上がった幸はおもむろに、プリントを未来へと差し出した。
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買 御 大
う 前 好
ち の き
ゃ 紅 な
っ 茶
た を
────────────────────
「......?」
今日初めて、未来が無表情を浮かべる。
「いやいや『?』じゃなくてさ」
「......あっ! なるほど! 関西弁を使って「紅茶を買うちゃう」って韻を踏んでるのか!」
「まあね......」
幸が恥ずかしそうに答えた。
「なんか、韻じゃなくてドジ踏んでるって感じ!」
「こいつ......!」
なんか上手いこと罵倒されて、なんとも腹立たしい。
「じゃあ未来はもっと良い川柳を作れるんだよね!」
「そんなのモロのチンだよ」
「モロチンじゃねーか!」
思わずツッコむ幸には構わず、未来は自分の川柳を書き記す。そうして自信満々の表情でそれを幸へと差し出した。
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股 紅 妊
に 茶 婦
テ を が
ィ こ ね
| ぼ
す
よ
────────────────────
「未来の方がしょうもないじゃん!」
『マタニティ』と『股にティー』て。なんだそれ。
「まあまあ、見てなって」
ヒートアップする幸をなだめ、未来は自分のプリントに追記をする。幸がそれを覗き込む。
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股 紅 妊
に 茶 婦
テ を が
ィ こ ね
| ぼ
す
よ
\ジョボボ....../
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「漏らしてんじゃん!」
なにが「見てて」だよ。呆れた幸は別の川柳を探す。
「......これとか、テーマが広くて作りやすそう」
そう言う幸のスマホには『第三生命 日常川柳』と表示されていた。
生命保険会社が主催する、日常をテーマにした川柳の公募だ。普段の何気ない生活に感謝すると言うテーマらしく、言ってしまえば何を書いても良さそうだ。
幸は少し考え、おもむろにペンを走らせる。
「ほら、見て」
なぜか少し恥ずかしそうにしながら、幸は未来にプリントを差し出す。未来はそれに目を落とした。
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い 私 友
つ の 達
も 隣 が
い に
る
────────────────────
「さっちん......!」
プリントから顔を上げた未来の眼前には、照れた表情を浮かべる幸がいた。
未来は同じように照れたような表情を浮かべながら、自分のプリントに川柳を書き記していく。そうして出来上がると、それをそっと奥ゆかしく、視界の隅を見るように、目を伏せるようにして幸に差し出した。
幸は照れながらそれを受け取り、読む。
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あ 視 い
か 界 つ
い の も
ひ 隅 い
と に る
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「なにが見えてんだよ!」
幸は思わず大声を上げた。
「ちなみに、今日も『いる』」
「怖い!」
「大丈夫! あかいひとは、いつも私を見守ってくれる、守護霊みたいな存在だから!」
未来は言いながら自分のプリントに追記する。幸はそれを覗き込んだ。
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あ 視 い
か 界 つ
い の も
ひ 隅 い
と に る
\いるよ/
( ◜◡◝ )
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「かわいい」
「でしょ〜!」
未来は再び追記する。
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あ 視 い
か 界 つ
い の も
ひ 隅 い
と に る
\コロス....../
( ◜◡◝ )
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「おい! 殺すって言ってますけど!?」
「えっ!????」
幸と未来は恐怖の表情を同時に浮かべた。
「いや、書いたのお前だよ」
こうして、宿題に向き合う集中力が完全に途切れた二人の宿題会はお開きとなったのであった。
ちなみに、1ヶ月後、入選作品紹介ページに載せられた
『ロケットよ 希望も乗せて 高く飛べ』
という凡庸な川柳を見て未来は驚愕することになるのだが、それはまた別の話である。