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ケース1 英語が苦手な女子高校生、聖女として召喚される: 職業 学生


召喚目的:女神から予言を預かり王家に伝達する巫女を

女子高校生は、珍しい職業とはいえません。あえてこの編を入れたのは、主人公が状況に対して絶対的弱者であるにもかかわらず面従腹背を貫くパーソナリティの持ち主であることがひとつの理由です。また“ざまあ”に相当する“やり返し”が強烈であることがもうひとつの理由です。

ここまでやっていいのか、「目には目を」を越えているのじゃないか、と思いつつも、まあ相手は誘拐犯だし。被害者が未成年者の時は、3月以上7年以下の拘禁(刑法224条)なのだから、他の惑星の話だし許されるかもしれない、どうだろう? というわけで、解決編でのザマミロヘンタイをお楽しみに~


 


「成功です、成功しました。

 殿下、聖女さまが召喚にお応えくださいました」


 陣の中央には、腰まで伸びた黒髪が滑らかな肌を覆い隠す少女がいた。驚きに大きく見開かれた瞳は、黒く濡れている。召喚陣の上にぺたりと座り込み、両手を前に突いて。

 黒髪に覆われた肢体は全裸だった。


「古書に言うとおりである。聖衣を」

「はっ」

 殿下と呼ばれた男は、白にびっしりと銀の刺繍が施されたマントのようなものを捧げ持って、少女の前に膝を突く。

「聖女さま、ようこそおいでくださいました。国を挙げてお迎えいたします」

 殿下に従ってきた若い男が、同じく膝を突いて言う。

「聖女さま、ローランド王国第二王子、ネイテ・ゴリアン殿下にございます、ようこそ我が国に」


 バーロー、フザケンナヨ! 愛希あきは心の中で絶叫した。聖女召喚か! 人の意思もお構いなしで、よーやってくれたな! 略取誘拐りゃくしゅゆかい拉致監禁らちかんきん! だーれが「召喚に応えた」と? あん?





 真田愛希さなだ・あきは、英語をジョークで暗唱することで中学を乗り切った。今は高校二年だ。

 それは、そもそも中学校で英語の授業が始まった時に愛希に降りかかった災難に始まっている。


 中学で英語を習い始め、その時点でみんなで英語をABCのAから始めるのだと思っていたのが災難の始まりだ。ほぼ半数の生徒が小学生の内に中一程度の英語は終了している状態だったのだ。えい、この英才校め!ケシカラン、とは思ったが、彼女はただ地区の市立中学にフツーに進学しただけだ。

「こんなことになってるなんて、ごめんね愛希、おかあさんが油断したのね」と、謝られても遅かった。


 うーん、と考えた愛希は、小学校の図書館制覇組。読んだ数々の本から、役に立つかもしれないエピソードを思い出した。

 それはジョン万次郎の話だった。

 彼は難破・遭難して、何の予備知識もなく英語世界に放り込まれた。最初はヒアリングだけで、まず聞き取れるように努力した。命が掛かっているだけにその手法はユニークだった。

 英語で話されていることを発音で丸覚えして、意味をテロップ付けしたのだ。

 たとえば、What time is it now? 日本人が前知識なしに聞けば、発音はちょっと訛りのあるアメリカン・イングリッシュでおよそ「ぅわったぃむぃじっとな」るが、これを彼は「掘った芋いじるな」と覚えた。そして「時間を聞く」と、テロップ付けしたらしい。彼は話すためにしたのではない。生き延びるためにまずは相手が話すことを聞き取って意味を知る必要があり、必死でやったことだった。


 こうして覚えた英語は外国人の英語として十分に通じた。曖昧発音やリエゾンで消える音もすべて気にしないで、というよりも彼には分らなかったというのが正解なのだろうが、五母音発音に直した丸覚えテロップ方式で乗り切った。

 アールとエルや、ティーエイチとエスの発音の聞き分けなど初期的にできる訳がない。rice(米)とlouse (しらみ)の聞き分けとか、母音が5つしかない日本語を使う人にはムリゲー。「おまえの国じゃlouseを食べるんだってな」とかやられたらしい、相手はいじめっ子集団だけど。



 あれだ! と、愛希は思った。そして自分なりに応用して英語を漢字混じりのひらかなで丸覚えしたのだ!

 My name is John. は、「まねーずジョン」。だから、名前を言う時は、「まねーずあき」である。

 授業で発音をほめられた。

 すごく正直に言うと、これは“まねーずじょん”つまり、お金はジョンであると聞こえるのだが、そんなことは愛希の知ったことではなかった。彼女はただ聞こえるとおりに繰り返しているのだから。

 I’m a girl. なら、愛夢上がーる、という次第。 およそ一年の学習ギャップを夏休みまでに埋めようとしたら、彼女にとってはこれが一番合理的だったのだ。



 高校生になった愛希は、英語をほぼ日本語で覚える段階はまずまず卒業していたが、完全に手放したわけでもなかった。むしろ、歴史年表や地理、物理の用語を日本語ムリムリ変換で覚える記憶法をますます重宝するようになっていた。だれでも覚えがあると思うが、“さあさしっかりアレクさん”(アレクサンダー大王東征開始BC330)とか、“いい国作ろう鎌倉幕府”(鎌倉幕府開幕1192)”、富士山麓にオオム鳴く“(ルート5:2.2360679)”、水兵リーベ僕の船“(元素周期表:水素・ヘリウム・リチウム・ベリリウム、以下略)という古典的名作の数々を愛唱していた。


 その日は化学クラブがあって、帰宅路で今日教えてもらった“リアカー無き村、動力借りるとするもくれない。馬力で行こう” (炎色反応の覚え方のひとつ。これを覚えておくと、花火大会に行った時、ドンと鳴って黄色が出たら、ナトリウムを仕込んだな、緑が出たら銅だな、ということがわかるという利点がある。入試には出ないだろうと思うので、文系にはそのくらいしか出番がないのだが)とか、るんるんと新たな語呂合わせを楽しみながら歩いていた。


 変人と言えば変人ではあるのだが、受験生ならまあ許容範囲だ。



 家も近くなって、住宅地の人通りの少ないブロック塀と生垣の間を歩いていた時、それは起こった。


 空中から差した金の光が渦を巻き、愛希を包み込む。制服姿で学生カバンを持ち、リュックを背負った愛希は、金色の渦に巻きつかれて消えていった。彼女はその時、炎色反応で楽しんでいたので、最後に頭に浮かんだのは、「金の炎色反応って、赤だっけ?」だった。 うーん、違っているよ、愛希、金の炎色反応は、緑だ~ goldはgreen! ってね、一回覚えたら忘れないよ。





 当然の事だが、愛希はとてつもなく怒っていた。そうりゃそうだろう、大学受験まで僅か一年半ほど。時間がないのだ。 人生が掛かっているかもしれないのに、他所よそで聖女をやっている暇なんか全然ない。


 どうしてくれよう、ムッチャ腹立つし!





 愛希は朝の祈りで女神の預言を受けたことを神殿長に伝え、あのクソ腹立つ白地に銀糸刺繍のローブに着替え、馴染みつつある聖女の部屋の窓から王子が来るのを見ていた。

 王子は、呆然としている素っ裸の愛希の手を取って立ち上がらせてから後ろに回り、このローブを着せかけたのだ。何たる暴挙、許せることではない。座っているときに肩から掛け、その後で立ち上がらせさえすれば乙女の素肌を数十人のむさくるしい男たちの目にさらさずに済んだのだ。

 まだ若い女性と見て、屈辱をあたえ立場をわからせて従えやすくする意図でわざとやったに違いあるまい。 クソ小賢しい王侯貴族のやり口、許さん! 絶対! いつか女性集団の真ん中で裸に剥いてやらないと気が済まない。


 王子殿下は、聖女に面会するにふさわしい白を基調として金と緑を添えた王子服で王子宮から白馬 (実は高齢の葦毛馬。毛は真っ白でも、鼻の肌部分に色がついているのでマルわかり)でやってきた。

 神殿侍女に促され、手を取られて面会室に歩を進める。



「聖女アキ、予言をお受けになったそうだね」

「はい、殿下」

 王子は整った顔立ちに、金の巻き毛を後ろでまとめ、彼のシンボルカラーである緑のリボンで結んでいる。深い翠の瞳は幾度目かの聖女の預言に喜びと不安、相半ばする思いに揺れている。


 愛希は、預言の聖女として召喚された。神殿で定められた祈りを捧げ、この国を守護する女神から予言を預かり、王家に伝える役割を果たす。

 なんでこの世界の女の子から選ばないのか、愛希は納得できない。祈って、予言を聞いて、それを伝えればいい。王女なんか最適じゃないかと思う。

 理由を聞いてもよくわからない。およそ生涯にわたっての役割だから、高位貴族や周辺諸国との関係維持の役割を果たす王女には適していない、とか、高位貴族の女性は派閥の利益を優先して女神の予言を正しく伝達しないかもしれない、などと実に下らない理由を聞かされた。だったら、誰でもいいからテキトーに幼児時代から「聖女育成システム」かなんかに放り込んでしっかり洗脳したらどうよ。

 わざわざ、他所から未成年者を略取・誘拐してくる意味がわからない。日本基準で、いや、世界基準で犯罪だよ? 誘拐してきた女の子に一生続ける仕事をやらせるとか。 鬼畜。



 愛希は、王子に素っ裸で立ち上がらせられたことを決して忘れていない。そして、その意図が自分を従順にするためであるというなら、そうしてあげよう。あなたの、あるいはあなたたちの好きな「扱いやすい素直な女の子」であってあげよう。少し性格が弱く、能力は低い方がより好みだろうね。


「今回も戦だろうか」

「は、はい、申し訳ありません」

「ありがたき神託ゆえ。 では聞かせていただこう」


「祈りの部屋で女神さまより下されたお言葉は次の通りにございます。

 東の国境の川、クサイゾーを将軍バカヤローが率いて渡河しようと計画しております。

 時期は二か月後、ちょうど渇水で水位が下がる時を狙い、最初の侵略地としてフンダリケッタリを狙っております。

 以上にございます」


 臭いぞ川? バカヤロー将軍? (まあ、これはいいか)  踏んだり蹴ったり?


 初めて聞いた固有名詞を一回ではとても覚えられない、がんばってみたけど、ここまでなの。そういう、必死だけどちょっと及ばないタイプの子が好みなんだよね? 従順で扱いやすい。


 ま、本気のイヤガラセでやっているのだが。


 王子の麗しきかんばせは少々引き攣ってはいたが、そこはそれ王家の躾にモノを言わせたキラキラ・スマイルでカバーしつつ、傍らで肩を震わせているハーゲン侯爵子息ヒルデマン卿に命じた。

「陛下と宰相にご報告を」

「はっ」

「女神さまのお言葉は、二か月後、乾季のクリサイデル大河を、バルカヤン将軍が渡河する。目標地点はフロリンド・ケンデル城塞の制圧である、以上復唱せよ」

「復唱。二か月後、乾季のクリサイデル大河をバルカヤン将軍が渡河。目標はフロリンド・ケンダル城塞都市制圧」

「よし、行け。私は聖女とともに祈りの部屋で女神に感謝の祈りを捧げる」

「承りました」


 ヒルデマンは女神への供物をもうひとりの側近に預け急ぎ足で宮殿に向かった。彼は知る由もない、聖女が名誉あるハーゲン侯爵家、美貌を噂される第二子、ヒルデマン卿を“昼でもン禿げてるン”と置き換えて覚えていることなど……。


 ちなみに王子殿下のお名は、ネイテ・ゴリアン。 愛希はこれをどう覚えているでしょうか。

 “寝ていてゴリラ”でっす。うっかり(わざと)そのまま言っても、たぶん通じるかなぁ。


 愛希からすれば、この程度はまだまだゆるい。さらなる名作を目指して日々精進している。

 誘拐犯、おまけに無給で働かせる奴隷看守に掛ける情けなど微塵もない。


 愛希は、女神への祈りを捧げるべき聖所で「助けて、お願い、帰して、神様、仏様」に類する言葉しか口にしていない。最近では「この駄女神、いい加減にしやがれ」に類するセリフをブツブツと呟いているだけだ。もうほとんど呪いだが、この国の女神さまは特に気にしていないようだった。



異世界教訓 その1:

召喚に成功したら、礼儀作法なんか後にして、まず地理と歴史を教えよう


愛希は、救出されて日本に帰ることができます。ただし、国家レベルどころか国際レベルの聞き取り調査に何度も呼び出されて、やっぱり「バカヤロー!」と叫ぶことに



無駄話:

lamentable、ラメンタブル、意味は“悲しい” を、“ラーメン食べる”と覚えるとします

単語テストで、lamentableがでたら、解答欄に、“おいしい”と書いてしまう確率はかなり高いのじゃないでしょうか。せっかく覚えたのに、悲しい結末だね!


参照出典:モッキンポット師の後始末:井上ひさし氏


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