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3話

「気落ちしすぎなんだよ、グラン!」




 勇者さまは、やる気のないグランのケツを蹴飛ばしてかつを入れた。確かにグランは落ち込みすぎだった。声には覇気がなく、兜の中でブツブツと話している言葉は誰にも聞き取れなかった。




 木々の周りを飛び回るコボルトの群れを斬りつけ、亡霊騎士ワイトの群がる湿地を抜けると湖畔に広がる森の最深部に近づいた。




 ヴァイオレットは今日にも馬車で故郷の港町に帰るって噂だった。もともとこの酒場で一生暮らすつもりはなかったんだそうだ。酒場の主人は地元にいい結婚相手がいるから、そのほうが幸せだろうと言っていた。




 グランがパーティーに戻って戦闘はやりやすくなっていた。雑魚どもが身体のデカい戦士に集中的に攻撃を繰り出すからだ。勇者さまの銀色の剣尖が、ゴブリンの頭を突き抜け、血飛沫が舞った。




 弓使いの弓も俺の魔法弓も精度を増し、オークどもの目や足にことごとく的中していった。僧侶は魔力を温存できているし、森の賢者ともいわれるボス・オークまでは、なんなくたどり着くことができそうだった。




 ボスの手前まで来て休憩を挟むってときになっても、グランは婚約者のことについて、ひとことも言い訳をしなかったんだ。おまけにグランの魔物撃破数はゼロだったんだから、黙ってはいられなかった。




「もうすぐ太陽が真上にきちまうな」弓使いのウィルが先にいった。「そんなに凹んでるなら街に戻ったっていいんだぜ、グラン」




「ボ、ボクは大人ですよ。女に振られたくらいで落ち込むわけがないじゃないですか。ただ、ちょっと人生を振り返って……恐いんですよ。情けない姿をみせて、ここからも捨てられないかなって心配になったんです」




「まだ間に合うんだろ。ヴァイオレットが街をでちまう前にさっさといけよ」そういったのは格闘家のハッチだった。




「ちゃんと自分でいわなきゃ駄目よ」僧侶エリーも加わった。「貴方の気持ちを正直にいえばいいだけでしょ」




「それ、絶対に間違ってないですか?」




「ずいぶんと勝手な相談をしてるな」勇者ライカは腰をあげていった。「たかが、婚約者が二度と戻らないだけじゃないか。真の英雄は見返りなんて求めない。後世に名を残すのはお前のような戦士だ――」




「ここまで来たんだからグランには帰ってもらっていいんじゃないですか?」全員が同じ気持ちになったのは、おそらく初めてだったんじゃないかな。そう思った俺たちはグランを持ち上げて勇者さまの前に立たせた。




「ふふっ、まあ、いいさ。孤独に死ぬのは勇者の俺だけで十分だ」




「え、え、帰りたきゃ帰れって意味ですか!? 冗談ですよね」




「……本気だけど」




 森深くから雑音が聞こえていた。低いつぶやきやら喚き声をあげ、俺たちを攻撃するためにボスのオークが群れを引き連れている声だった。




「こんな状況で、い、今から抜けて大丈夫なんですか」グランは青ざめていたが、俺たちは街への道には敵を一歩も通さないと心に決めていた。




「すぐに行ったほうがいい。仕事のほうは俺が何とかする。いいでしょ、勇者さま。罰金の半分は俺が払いますから」




「残りの半分は俺が払います」格闘家のハッチもそういった。「駄目だったら、こいつの言い訳を一生聞いてやってもいい。でも、このままじゃいけない。ちゃんとあの女中と話してこい。いいですよね、行かせてくれますか?」




「もちろんだ」と勇者ライカさまはいった。「そのかわり、お前らにはしっかり働いてもらうぞ!」




「ぐすっ、あ、ありがとうございます。みなさん、ぼ、ボクは……ボクはヴァイオレットに、ぐすん。け、結婚を申し込んできます!」




「ああ、行ってこい」


「さっさと行け!」


「頑張るんだぜ、お前なら行ける」


「泣くんじゃないわよ」


「いけ、俺たちがついてる」




 何だかんだいって、みんなグランの言い訳を面白がっていたんだな。あいつが何の言い訳もしないなんて、気分が悪いったらありゃしなかった。グランが街に向かってひとり走り出したとたん、魔物が一斉に飛びかかってきた。




 引き綱をほどいた番犬みたいな勢いで、オークにコボルト、ゴブリンまでいやがった。体長三メートルもあるボスのオークは耳を劈くような奇声をあげて襲いかかってきやがった。




 不思議と連携はうまく取れて、もしかしたら団結したっていうのかもな。弓矢は一本で三匹を同時に貫き、格闘家の蹴りは踊るように決まった。剣士の技は冴え渡り、一面を血の海に変えた。




 俺のつくった火炎柱は黒煙を巻き上げ、群れの雑魚を一網打尽に焼き尽くした。勇者は躍り出るボス・オークにむけて必殺技を惜しみなく放った。




「ハァ……ハァ……しかし、なんであんな綺麗な嫁さんを貰って、どうどうと自慢もできないんだ、あいつは。俺たちを信用していないのか」絶え間ない攻撃を続けながら勇者さまは皆に声をかけた。




「それは私のせいです」といったのは僧侶エリーだった。「私が、すぐに謝るような男はかっこ悪い。そんなのは本物の男じゃないって言ったから、だからあの子は言い訳ばっかりするようになってしまったのよ!」




「いや、元はといえば俺のせいだ」弓使いのウィルがいう。「あいつが入隊した頃に 質問は禁止だって、釘をさしたんですよ。まず何が問題かを自分で考えろ、質問なんかするんじゃないって言ったから、それを守ってるんです!」




「違う、違うぜ。俺のせいに決まってる」格闘家のハッチまでが叫んだ。「俺が、失敗した理由をちゃんと仲間に報告しろと説教をしたから言い訳みたいに話すようになったんだ。だから失敗した理由をいつも用意していたんだ!」




「なにを言っている、馬鹿め」普段から寡黙な剣士コリンズまでが大声を出していた。「それをいったら、いろいろ創意工夫をしろと命令した俺が始まりじゃないか。いろいろな立場の異見を言える雰囲気を出すのが新人の役目だっていったからな!」




 さすがの勇者さまも笑いだしていた。とどのつまり俺たちはバラバラで戦士のグランにだけ一方的に言い付けをしていたんだ。あいつは馬鹿だが正直で、けっしてモテない男だが、誰かを傷つけたりはしない。




 だが、そんなことは構わなかった。グランの話は何もかも事実だったのだ。しっかり甥っ子から礼状も来ていたし、耳鳴りは毒霧が原因だった。連携の合図もメモがあったし、風邪をひいていたのも事実だった。




「くそっ、あんなつもりじゃなかったんだ」俺はいった。「ふざけただけで、婚約者が居なくなっちまうなんて知らなかった。これは全部、俺のせいだ」




「大丈夫さ、俺からあの女中には手紙を出してある」勇者さまは何回も書き直した手紙の内容をいった。


「うちのグランはとんでもない照れ屋で、美しいヴァイオレット様に告白するのに本当の勇気を振り絞ったのです。




 馬鹿なグランは謙遜してあんな誤解をうむような事をいったけど、我々パーティの仲間はグランが本気でヴァイオレット様を愛していることを知っています。




 お願いだから、グランとの結婚をもう一度考え直してください――ってな」


 


 


 とまあ、メンバー全員が言い訳がましくなったのは皮肉だった。その後は万事、上手く言ったさ。夕暮れどきにオークのボスにとどめを刺して、街に帰り、俺たちは盛大にグランの結婚式をあげた。




「おめでとう、グラン。そしてヴァイオレット!」勇者さまはグラスを片手に笑っていた。「俺なんかを仲人なこうどに選んでくれてありがとう、すごく光栄だよ。覚えておいてくれ、また喜んで務めるつもりだよ。この結婚が失敗したら」




「黙ってなさい、ライカさま」エリーは勇者さまの脇腹に肘鉄をいれた。「介添人をさせてもらってありがとう。指輪がとってもきれいだわ」




「あ、ありがとう」ヴァイオレットは純白のドレスをまとっていた。「これが鍛冶屋で借りた一時的なものでなかったら最高だったんですけど。あとでゆっくり話しましょ、グラン」




「ぶぶっ!」グランは引きつった笑いで酒をこぼした。「な、仲間ならこの苦境を脱するようなんとかしてくれませんか?」




「いいや」隣でハッチとウィルが笑ってこたえる。「からかってるほうが楽しい」




「「あはははははは」」




 神父役はこの俺の出番だ。「健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しきときも、敬い、助け合い、互いを信じ支え合うことを誓いますか?」




「いかなる時も、信じ、支え合うと誓います」




「あなたを愛してるわ」美しい花嫁は満面の笑顔を見せていった。「心から、一生あなたと共に歩むことを誓います」




 花嫁に抱きつかれると、グランは照れることなくしっかりと彼女の唇を奪いやがった。盛大な拍手と、掛け声のなか、ランクも上がったし連戦連勝。俺たちの名は一躍、王都にまで届いたってわけさ。




 ブサイクなグランの顔は涙で見ちゃいられなかったけどな。だから言い訳するわけじゃないんだが、グランにしたことは許してほしいんだ。あいつは、まだまだ青臭い野郎だが、大事な仲間なんだ――。




                       完

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