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1話

 そいつの名前はグラン。前衛戦士アタッカーでパーティーに入ったのが五年も前だから二十四歳位かな。老け顔だが、見た目よりもずっと若い。




 強健さを絵にかいたような男だ――片方の耳は潰れて穴がふさがっているし頬には切り傷が残っているが、他は完璧な体つきだ。




 おきまりの装備は重甲冑プレートに大盾、そいつを構えて前進していく巨体は派手さこそないものの、敵の気を惹くには十分だった。




 ああ、俺は魔術師のマット。このパーティでは最古参になるかな。とにかく俺たちはうまい具合にいったときも、しくじったときも言い訳ばかりしやがる若手を〈愚痴グランブルりのグラン〉なんて少しばかり馬鹿にして呼んでいたんだ。




 誰かが「ゴブリン相手に戸惑いやがって、無駄な薬草を使ったな」といえば、グランはぶつぶつと「長靴ブーツに石が入り込んで、とっさに動きが鈍ったんです」なんていいやがる。




 オークの群れを仕留めたときでも「よくやったじゃねぇか。お前が雑魚を捌いてくれたおかげで攻撃に集中できたぜ」といえば――。




「いやあ、まいりました。指示どおりに剣を振ったら剣先にオークが勝手に来るもんだから、手の皮が剥むけちまいました。あんな戦い方はこりごりですよ」なんていう。




 褒めても叱ってもグランは言い訳を忘れない。一言が何倍にもなってかえってくる。デカいくせによく喋るやつだった。




 やばい時は助けを求めろといった弓使いのウィルには「風邪をひいて喉が痛かったから、大きい声がだせなかったんです」といった。




 敵の動きをよく見ろと格闘家のハッチにいわれれば「野営の準備が忙しくて寝不足だったから、目が霞んでよく見えなかったんです」といった。その日も同じような言い訳がはじまった。




「さっきの戦闘から耳鳴りがするんですけど、頭は打たれてないし痛みもないんです。感染症とかですかね、回復魔術ヒールをかけてはいただけないですか?」




「耳鳴りが聞こえる?」呆れていった。「俺も何か聞こえるな。言い訳大好きくんが、ブツブツと何かいってやがるのが聞こえる」




「ぷっ……」僧侶のエリーはグランの腕を持ち上げて微笑んだ。「そういう負傷にきく呪文なら、これね。痛いの痛いのとんでいけぇ〜」




「え、ちょっと、それだけですか。冗談でしょエリーさん」




「本気だけど、ぷははは」




 いつものようにグランは言い訳をしていたが、俺たちは別段そんなことは気にしていなかった。むしろ楽しんでいた。




 イライラしていたのはパーティーのリーダーである勇者のライカ様だけだったんじゃないかと思う。




「お前のミスだ」勇者さまはグランにいい放った。「戦士は盾になってもらわなきゃならないのに、後退りしているようじゃ全体の連携がとれない。お前は俺の指示がきけないのか?」




「いえ、とんでもありません。勇者さま」グランは顔面蒼白になった。「必殺技をつかう合図が出ていたと思ったもんですから、左手に引いたんです」




「そんな合図なんて決めてない。お前がバナナが欲しいっていうサインだけ覚えたゴリラだってのは知ってるがな」




「はっ、ははは。連携必殺技を使うタイミングは勇者さまの目線と剣尖の先に敵の急所を見据えるポーズっていってましたよね?」




「いいや、いってないぞ。ふざけるんじゃない。そんなわざとらしいポーズなんて決めてない。剣尻をくるっと回したときに全体攻撃を出すって決め事はあったかもしれないが――」




「で、でしたら、剣士さまと勇者さまで決め事を一緒にしてくださいませんか。一番前で戦っているボクや格闘家のハッチさんには、少しばかり難しいというか、分かり辛いというか」




「……」同じ前衛を務める格闘家のハッチだったがこれには黙っていた。グランのいうことも理解できたが勇者さまに反感をかって減給されたら堪らないとでも思ったのだろう。




「罰金は二百Gだ」




「え、ええっ。どうして?」とグランがいった。


「お前はサイン以外でもミスをした。俺が殺せといったら殺すんだ」




「おろせといいましたよ。身体をおろせという意味だと聞こえたんです」




「その聞き違いの罰金として三百Gの罰金だ」




「……」グランは悲しげな顔を見せたが、勇者にくいさがった。他のパーティーメンバーはさっさと諦めればいいのにと思って聞いていた。




「聞き違えたといったのは冗談ですよ」今度はにこやかに歩み寄った。




「ボクがいきなり膝をついたら敵は油断すると思ったんです。結果は勇者様の必殺技で雑魚を一掃できたんですから、ああいう連携もこれから役にたつんじゃないかと思いまして。勇者さまの横一文字の薙ぎ払いの下をボクがしゃがんでくぐる感じです」




「いい加減にしろ!」ついに勇者さまはブチ切れちまった。


「言い訳ばっかりしやがって、少しは頭を冷やせ。お前はしばらくパーティーに参加させないからな!」




 あ〜あ、やっちまったと思ったね。グランに金が必要だってのは、勇者さま以外はみんな知っていた。




 あこがれの酒場の女中ヴァイオレットに結婚を申し込みたいっていうんで、婚約指輪を買う予定だった。一年半、口説き続けていたのも知っている。




 まあ、結婚してくれるかも分からないし、結婚したらしたでもっと金はかかるから先に指輪なんて買うなといったんだ。




 俺も弓使いのウィルも振られるほうに百G以上賭けていた。オークの棍棒に打たれたとたん飛び上がるような弱虫ではないが、とても女にモテるタイプでもなかった。




 ゴブリンの攻撃を目に耳に喉に受けて、潰れて腫れ上がった変な顔がそれをものがたっていた。魔物に対する勇敢さは、女性に通用するとは限らない。




「ちょっとした休暇ができたと思えばいい」




「あ、あの、マットさん」グランは真剣にデカい顔を俺に向けていった。「少しだけ金を貸してくれないですか。甥っ子が学校に通うんで金を送ってやりたいんです」




「か、貸すのはかまわないが、お前は学校なんて出てなかったよな」


「ええ、ボクの住んでいたところには学校なんてありませんでしたから」




「グスコーに住んでたんじゃなかったのか? あのへんなら寄宿学校があったはずだが」


「ええ、ありますよ。今はありますけど当時はなかったんです」




「甥っ子のいく学校の名前は? 学費が高いのか」


「うちはあんまり裕福じゃなかったもんでしてね。学校の名前は、ええと、長ったらしい名前だったんで忘れちまいました」




「ひとつアドバイスをさせてくれよ」




「ああ、ありがたいです。なんですか?」




「やめとけよ。指輪を買ってからプロポーズなんかして、失敗したらどうするんだ。あのハッチが宿屋のライラにご自慢の歌を捧げたあと、どうなったか知らんだろ?」




「ど、どうなったんですか」グランは顔色を変えて俺を覗き込んだ。




「くくっ……つばを吐かれたんだよ」




 俺たちは笑っていた。なにもグランみたいな生真面目な馬鹿が嫌いだっていうわけじゃない。だが、あることないこと言い訳をしてパーティーの俺たち仲間を信じてないってなら、少しは勇者さまのいうとおり、頭を冷やしたほうがいいと思った。




 そんなわけでグランを街の酒場に残した俺たちパーティーは近くの森で魔物狩りをすることになった。




 ほんの数日で、グランがどれほどこのパーティーで重要な役目をはたしていたか、俺たち勇者さま御一行は知ることになる。



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