第一話 アライズ!
第一話 アライズ!
●第一話 場面一 深夜の住宅街
主に戸建ての家が建ち並ぶ住宅街。細めの路地のため街灯はあっても暗い場所は多く、人通りはない。
路地をひとり歩いているのは、リュックを肩に担いでいる克樹。
角を曲がろうとした克樹は、離れた場所に人影を見つける。
その人影は背が高く、フードを深く被り、目元にはスマートギア独特の目元をに走る反射がかろうじて見えていた。
克樹(スマートギア?)
角を曲がってそのまま道を進む克樹は、足を速めていた。
克樹(たぶん、間違いはない)
歩いたままリュックを身体の前に回した克樹はファスナーを開け、中からグラス型のスマートギアを取りだし、被った。跳ね上げ式のグラスを下ろし、胸元の携帯端末に接続して跳ね上げ式のグラスを下ろす。そしてこめかみのところにあるタッチ式のボタンで電源を入れた。
リーリエ『何してんの? おにぃちゃん!』
※注:リーリエは身体のない人工個性、AIのようなもののため、アリシアを操作しているとき以外は表情もありません。吹き出しの形を工夫するなどして普通の人間と区別し、何らかの表情の表現を入れていただければと思います。
リーリエの声に眉根にシワを寄せる克樹。
リーリエ『歩きながらスマートギアを使っちゃダメなんだよ!』
克樹『んなこと言ってる場合じゃない、リーリエ。緊急事態だ(リーリエ以外がこの括弧のときは通信や通話をしているときです)』
克樹のスマートギアの視界にウィンドウが現れ、背後の視界を表示する。映るのは街並みだけで、人影は見えない。
リーリエ『緊急事態?』
克樹『誰かが尾けてきてるみたいなんだ』
言いながら克樹は、スマートギアの視界の中でアプリランチャーを起動し、いくつかのアプリを起動していく。
リーリエ『もしかして、例の通り魔さん?』
克樹『たぶん。背面カメラは頼んだ』
リーリエ『うんっ』
早足で歩きながら鞄から小ぶりのプラケースを取り出した克樹は、留め具を外して開く。
中に入っていたのは、身長十五センチほどの人形。アリシア。
眠るように目をつむっているアリシアの首の後ろに指を滑らせる克樹。
克樹『リーリエ。アリシアとリンク』
リーリエ『わかった!』
途端に閉じていた目が開かれ、無表情だった顔には不敵な笑みが浮かぶ。
克樹『近くにエリキシルソーサラーがいないか確認してくれ』
ケースを抱え、克樹は走るくらいの速度で角を曲がろうとする。
克樹(もうすぐ国道。そこまで行けば…)
リーリエ『あっ、ダメ! おにぃちゃん!!』
リーリエの警告の声と同時に角を曲がった克樹を待ち受けていたのは、先ほどチラリと見えたフードの男。
身構える克樹。
克樹(逃げるか?)
半歩後ろに後退りながら、克樹は軽く息が上がっている。
克樹(いや、無理だな)
待ち構えていた男の方は、肩で息をしている様子もなく、静かにしている。
克樹(戦うしかないか)
奥歯を強く噛みしめつつ、克樹はケースを開けてアリシアをつかみ取る。
克樹『仕方ない。リーリエ、戦うよ。アリシアのコントロールは任せた』
リーリエ『うんっ、任せて!』
ケースをリュックに突っ込み、つかんでいた手を開きつつ上に向けると、アリシアは手のひらの上に膝立ちとなり、立ち上がった。
拳を腰だめに構えたアリシアは、口元に笑みを浮かべつつも表情が引き締められている。
克樹「あんたが通り魔なのか?」
通り魔「……」
克樹が呼びかけても、相手は沈黙したまま動かない。
克樹(こいつが通り魔なら…)
克樹は二件のネットニュースを思い返す。
そこに書かれていたのは、通り魔は二件とも無理矢理ドールを奪い、破壊して、スフィアを奪っていたという事実。
克樹「これまでは無理矢理奪ってたのに、どうして今回は戦うことにしたんだ?」
通り魔「……」
それでも答えない通り魔に、克樹は小さく息を吐く。
克樹「フェアリーリング!」
克樹がそう叫ぶと、克樹と通り魔の中間地点に光が生まれ、広がった。
薄暗かった街並みがふたりが立つ場所だけ明るくなる。
克樹『いくよ、リーリエ!』
リーリエ『大丈夫! 絶対負けたりしないよっ』
通り魔を見据えつつ、アリシアを乗せる手を前に突き出した克樹。
克樹「アライズ!」
克樹の唱えた言葉とともに、アリシアは手のひらからジャンプした。
次の瞬間、アリシアは光に包まれ、その光は大きな球となる。
地面に着地し、立ち上がったのは、身長百二十センチに巨大化したアリシア。
青いツインテールをなびかせながら立ち上がったアリシアは、腰を落とすと同時に地面を蹴った。
リーリエ『先手ひっしょーぅ!!』
懐に手を入れている通り魔に、アリシアは一気に接近していった。
●第一話 幕間 スフィアドールの説明
ナレーション「突如それまで無名だった企業、スフィアロボティクスから発表されたロボット制御用コア「スフィア」は、ロボットの概念を大きく変えた」
メカメカしい球体の絵
ナレーション「一定の動きがなめらかな産業用ロボットや人間型でも人間らしさのないロボット、不気味の谷を越えられないロボット」
産業用アーム型ロボや、現実にある実験機のロボ、人間に似せた表情がつくれるロボットの絵
ナレーション「それらとは違い、完全に人型で、運動能力の上限はあれ所作は人間とほぼ同じにできるロボット」
ナレーション「それがスフィアドール」
メカの身体をしながらも、人間と遜色のない笑みを浮かべる少女型のエルフサイズのスフィアドール
ナレーション「人間からの指示のもと、人間とともに働く一二〇センチのエルフ」
ナレーション「中型でペットロボや警備用に動物型が中心のフェアリー」
ナレーション「身長一五センチほどで、パーツを集めて自作も可能なピクシー」
メイド姿の少女型エルフ、犬型のペット用フェアリー、小型で美少女フィギュアのようなピクシーの絵
ナレーション「とくに低価格化が進んだピクシーサイズのスフィアドールは爆発的に人気を博した」
ナレーション「脳波入力デバイス「スマートギア」を使ってピクシーをコントロールして戦わせる大会も頻繁に開催されるようになった」
スマートギアを被り、戦闘態勢のピクシードール二体が立つリングを挟んで対峙する男女の絵
ナレーション「しかし、発表から十年経っても類似制御コアは出ず、一社独占生産されるスフィア」
ナレーション「車輌や飛行機にも応用できるはずの制御技術をスフィアドールにしか認可していないスフィアロボティクスには、様々な黒い噂がわだかまっていた」
女性の後ろ姿
●第一話 場面二 平泉邸
古風な西洋様式のお屋敷。
一度に二、三十人分の調理ができそうな広い厨房。広さの割に見える場所にある調理器具は少なめ。
流しに立っている克樹は、皿やお椀と格闘している。水切りには数多くの食器が置かれているが、それと同じくらいの汚れた食器が流しにあった。
克樹「くそっ、なんでこんなにあるんだ」
スマートギアのバイザーを跳ね上げて被りつつ、エプロン姿の克樹は、食器と格闘を続ける。
克樹「今日はこんなことするために来たわけじゃないのに」
グチりながらも洗い物を続ける克樹の足下に、一輪バイクにまたがったアリシアが近づいてくる。その手にはピクシードールでは大砲のようなサイズの銃を持っている。頭には左右に空色のツインテールを垂らしつつ、猫耳のついたヘルメットを被っている。
アリシアの身体には蜘蛛の巣の欠片や、埃が付着している。
リーリエ『もうやだっ!』
その声にエプロンで手を拭い片膝を着いた克樹は、アリシアに片手を伸ばす。
一輪バイク「スレイプニル」と接続されている腰の磁石端子のケーブルを外し、アリシアは克樹の手のひらに乗る。
リーリエ『まだそれ、終わらないの?!』
克樹「あともう少し」
立ち上がって胸元にアリシアを乗せた手を寄せる克樹。
銃を投げ出し、ヘルメットを脱ぎ去ったアリシアは両手を腰に当てて、頬を膨らませている。
リーリエ『こっちも手伝ってよぉ』
克樹「いつもの人はあと何日か帰ってこないみたいだし、平泉夫人は凄い人だけど生活力ないしなぁ」
手のひらの上であぐらをかいて、そっぽを向いたアリシア。
リーリエ『もう暗いのも怖いのもヤダッ』
克樹「そう言うなよ。あとはそこの食料庫くらいだろ」
克樹が首を巡らせて見たのは、厨房の奥にある重々しい扉。
リーリエ『元々はおにぃちゃんが受けた仕事でしょ!!』
克樹「夫人には恩があるから、これくらいはね。まぁ一緒に見ててやるから」
リーリエ『むぅ』
さらに頬を大きく膨らませながらも銃を手に取り、ヘルメットを被るアリシア。
しゃがんで手を伸ばし、スレイプニルの側にアリシアを寄せる克樹。
アリシアは素早く手のひらから下り、スレイプニルにまたがって腰にケーブルを接続した。
足下を走るアリシアの乗ったスレイプニルと併走し、克樹は食料庫の扉に歩いて行く。
克樹(新しく作ったフェイスをもう使いこなしてる)
深くうつむき、険しい視線を足下のアリシアに向ける克樹。
克樹(人工個性はやっぱり人工知能とは違う。たぶんリーリエの構成情報が――)
食料庫の扉の前に着き、扉に手をかける克樹。
リーリエ『何かあったら助けに来てよ!』
克樹「わかってるって」
スレイプニルが入れる隙間をあけた克樹に、振り向いたアリシアが言う。
中に入っていったのを確認した克樹は、スマートギアのバイザーを下ろし、流しへと戻っていく。
視界の左に開いたウィンドウには、共有されたアリシアの視界が表示されている。
六畳ほどの暗い食料庫の中には、暗視機能で左右に棚が置かれ、缶詰や米などの袋がまばらに置かれている様子が、アリシアの低い視点から見えている。
リーリエ『んー、それっぽいものはないよぉ』
奥に進みながらアリシアの首を左右に振るリーリエ。
克樹(ん?)
そのとき何かに気づいた克樹が、新しいウィンドウを開いて映像をプレイバックし、拡大する。
奥の棚の側、暗視機能でも見えない暗がりに光の反射が見えた。
克樹『リーリエ。ここ、なんか光ってた』
リーリエ『ほんとだ。…でも、なんかイヤだな』
言いながらもリーリエは食料庫の奥に進んでいく。
光の反射があった何もない倉庫に近づいていくと、赤い五対の光が現れた。
リーリエ『きゃぁーーーーーーーーーーーーっ』
大きな悲鳴に首をすくめ目を強く閉じる克樹。
上を向けていた画鋲銃を構えるアリシア。
飛び出してくる五匹のクマネズミ。
スマートギアの視界では、隙間から飛び出してきたクマネズミすべてにターゲットポインタが表示される。
銃から針が発射され、アリシアに激突しようとしていたネズミたちは苦悶の表情を浮かべ、どこかに走り去っていった。
克樹(撃ちすぎだろ。全弾命中だけど)
克樹の視界に表示された、命中数十五の文字。
リーリエ『よっ、予備の弾は?』
克樹『鞄の中だよ』
リーリエ『取ってきて!!』
警戒して弾が切れた銃を構えて周囲を見回しているアリシア。
克樹がスマートギアに表示させた、ソニックセンサーのウィンドウでは、動くものはないと出ていた。
克樹『動くものはないから大丈夫だよ』
リーリエ『でもぉ』
克樹『それより、ネズミが出てきたとこに近づいてみてくれ』
リーリエ『えぇーっ。やだなぁ』
文句を言いながらも近づいていったアリシア。棚の隅っこには、金属質の何かが光って見えた。
リーリエ『これって…』
アリシアが取り上げたのは、飾り気のないシンプルな指輪だった。