七夕異聞
わたしたちが住む大地。そこから、見上げれば空が広がっています。
昔、空の上は天と呼ばれ、数多の神がおわしました。
その神々のお世話をするため、天にも人がおりました。
空を飛ぶ島で畑を耕す者やら、雲の中の宮で神の食事を作る者やら。
そしてまた、牛飼いや織姫もいたのです。
ある日、一人の牛飼いは牛車を引き、機織りの工房に布を受け取りに行きました。
丁度、手の空いた織姫は、積み込みの手伝いに呼ばれました。
「ご苦労様でございます」
「お手伝いありがとうございます」
初めて顔を合わせた二人は、互いに、胸に湧き上がる想いを感じました。
初めての恋に、胸を焦がす二人。
牛飼いは、機織りの工房へ行く仕事ばかりを待ちわび、織姫は、あの牛飼いが訪ねて来ないかとそわそわ落ち着かない日々。
すっかり、普段の仕事をおろそかにしてしまい、上司から小言ばかりをもらいます。
けれど、二人の想いは収まらず、とうとう仕事を抜け出して相手の元へ走り出してしまいました。
互いの仕事場から追手がかかりますが、足の運びが鈍ることはありません。
早く早く、あの人の元へ。
約束を交わしたわけでもないのに、二人は天の川のほとりで再び出会ったのです。
追手は倍になり、逃げ切れるはずもありません。
「姫と再び分かたれるくらいなら」
決意を宿した目で自分を見つめる牛飼いに、織姫は頷きます。
「はい。わたくしは何があろうと、貴方と共にまいります」
二人は天の川に飛び込みました。
天に住む人が、天の川に飛び込めば地へと落ちるだけ。
命を永らえることはありません。
それでも二人は微笑んで、ぴたりと寄り添い合ったまま下へ下へと落ちました。
「おやまあ、なんと野暮なこと」
その様子を、一人の飛天が目に留めました。
琵琶に堪能な飛天は、時に地に下り、人に紛れて楽を教えていたのです。
「地で、人の子として出会えたら、叶った想いやもしれぬのに」
飛天は鵲に命じました。
せめて、彼等の魂が粉々に砕けてしまわぬよう、そっと地上まで送ってやれと。
飛天は自らの仕える女神に、彼等のことを報せました。
『天に住む人に生まれながら、そこまでの情を持つとは。
可愛そうな者たちよのう』
女神は彼等に慈悲を与え、二人は地上の人の子として生まれ変わったのです。
彼等の魂は互いを忘れず、生まれるたびに互いを探しました。
様々な時代の、様々な身分に生まれた彼らは、とうとう一生の間に出会えぬこともあれば、生涯添い遂げることもありました。
そしてまた生まれ変わり、互いを求めあう。
その様は祝われたようであり、呪われたようでもありました。
早く早く、あの人の元へ。
彼等を見つめ続けた飛天は、とうとう女神に頼みました。
「彼らを番の天の鳥に。私が側で見守りましょう」
女神はそれを許し、二人は歌う小鳥となりました。
琵琶を奏でる飛天の側で、舞いながら楽し気に囀る二羽の小鳥。
ただ寄り添える幸福を、二つの魂はやっと手にしたのでした。