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最終話:「恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである」とは、誰の言葉だっただろうか。

「聞かせてよ……」


 いつになく真剣なヒマワリの顔から、少しだけ目をそらす。

 宿題(・・)については、正直ほとんど答えを出せていない。


 カエデと別れてから、ずうっとぐるぐるぐるぐると考えていた。

 俺にとってヒマワリはどういう存在なのだろう、と。


 初恋の人であるユリカさんの妹。中学の始めから今年の春までずっと疎遠だった幼馴染。


 考えなしで、破茶滅茶で、考えるよりも身体が先に動くタイプで。

 だからか、よく自分の手に負えなくなった状態で頼られて。


 いつも溌剌としていて、ちょこまか動いて。

 かと思えば、俺の部屋にいるときはまーったく動きもせず、ひたすらにゲームばっかやって。


 即断即決で、計画なんていつだってなくて。そんな欠けた部分を昔っから俺が埋める羽目になって。


 小さい頃は親分みたいで。どこに行くにしても、俺を連れて歩いて。

 無愛想な俺は、こいつにいつだって助けられて。だからこそ、泣いてたりしたら放っておけなくて。


 唯一無二の親友みたいなもんだとずっと思ってて。


 だから、お互いの身体がどんどん変化していくことに戸惑って。

 徐々に女らしくなるヒマワリを見て……混乱して。距離を取って。


 あの頃俺は何考えてたっけか。

 ああ……そうだ。なんで忘れてたんだろう。


「俺はユリカさんが好きなんだ」ってずっと自分に言い聞かせてたじゃないか。

 だからヒマワリから日々感じられる、「女子」の香りが嫌で。


 ユリカさんのことが好きだったんだ。


 それが、俺を俺たらしめる何かだった。アイデンティティ? だったのかもしれない。


 ユリカさんを好きじゃない俺は俺じゃない。

 ユリカさんのために努力していない俺は俺じゃない。


 あー……。

 なんっつーか、だんだんと、少しずつ、わかってきた。わかってきた気がする。


 俺がずっと抱き続けてきた初恋は。こじらせ続けた想いは。

 確かに()と銘打ってもおかしくはないのかもしれない。


 でも、物心ついたころからあったそれは、シンプルな「恋」とはまた違っていて。

 きっと、憧れだとか、感謝だとか、信頼だとか、夢だとか、将来像だとか。そんな色んな複雑な感情によって引き起こされたもので。


 知らず知らずのうちに、俺はユリカさんを好きでいることで、自分を自分として認識していて。

 ずっと努力してきたのだから、と。ずっと追いかけ続けてきたのだから、と。手放したくなくて。


 ユリカさんをずっと言い訳に使っていたんだ。


 だから――


 ヒマワリを一人の女の子として意識することに自分勝手に不快感を覚えて。

 ひたすらワガママに「あんなのはヒマワリじゃない」なんて思って。


 ユリカさんが婚約して、結婚して、妊娠して。

 魔法が解けた。解けてしまった。


 気づいてしまった。わかってしまった。


「うまく言葉にできないけどさ……」


 まだこの気持ちをうまく言語化できそうにない。

 でも、喉元まで出かかっている答え(・・)を、ちゃんとヒマワリに伝えなければ。


 ヒマワリが小さく頷く。


「本当に、うまく言えないけど」

「……うん」


 そう。

 ヒマワリがどっかに行ってしまうのは……。


 ――この上なく寂しい


「お前とずっと一緒にいたいんだ。多分、俺は」


 思い返せば、疎遠になっていた約四年間。

 俺は我武者羅に努力を続けてきた。


「ずっと一緒にいたかったんだ。多分、俺は」


 ユリカさんのためだと、自分に言い聞かせて。

 ユリカさんのせい(・・)にして。


 ヒマワリとの関係が変わってしまうことを無意識のうちに避けていた。


 俺はヒマワリと、ずっと一緒にいたかったんだ。それがどんな形であっても良いはずだった。


 でも、きっと……。そうじゃなかったんだ。


「中学くらいから、お前とあんまり話さなくなって……。正直、全然楽しくなかった」


 結局俺はちぐはぐな選択をした。

 関係を壊したくないが故に、ヒマワリと距離を取った。無意識とはいえ、本当に愚かしい。


 あとに残ったのはなんだっただろうか。寂寥感だ。

 そんな感情を忘れるように、埋め合わせるかのように。ひたすらに、勉強に、身体づくりに励んで。


「最近また、こうやって話せるようになって……」


 やっぱりヒマワリはヒマワリなのだ、と。


「お前と一緒に過ごすのは、本当に……楽しくて……」


 何物にも代えがたくて。


「お前が泣いてたら、俺も悲しくなるし」


 泣かせたくないし。


「お前が笑ってたら、俺も笑いたくなるし」


 ずっと笑っていて欲しいし。


「なんだ……うん、その……なんっつーか……」


 舌がもつれてこれ以上は言葉にならない。駄目だな、俺は。


「駄目だ、マジでうまくいえないわ。……ごめ――」


 謝ろうとした俺を強い衝撃が襲った。衝撃、と言っても、痛かったりするわけではない。

 ヒマワリが俺に突撃してきたのだ。


「うん……うん……いいの。よくわかったから」

「なにがわかったんだよ、いまので」

「わかったよ……。ヨウが何を考えているのか、ものすごく伝わったから」


 ヒマワリの声は鼻声だった。


「あのね、ヨウ」

「うん」

「ここまでヨウに無理やり言わせたんだから、アタシもちゃんと言うね」

「うん」


 肩口に顔を埋めていたヒマワリがそっと離れる。

 瞳は濡れていて。でも、ものすごく嬉しそうに微笑んでいて。


「アタシ、鈴川さんのこと別に好きじゃなかったんだ」

「……え?」


 突然の告白に俺は開いた口が塞がらない。


「別に嘘吐いてたわけじゃない。でも、振り返ればね。鈴川さんっていう理想的な『大人の男の人』に、ただ憧れてただけだった。アタシはあれを恋だなんて勘違いしていたけど……。あれは恋じゃなかった」


 俺はあのとき、ヒマワリが「アタシ、鈴川さんが好きなの」と言ったとき、本当はどんな気持ちだっただろうか。

 失望……に近かったかもしれない。


 鈴川がユリカさんに見合う男かどうかを確かめる、なんて思っていた。

 でも違った。


 俺が確かめていたのは、「ヒマワリが好きになるほどの男なのか」だったんだ。


「ヨウとまたこうやって一緒にいるようになって……。本当に今更ね、今更なんだけどね……」


 感極まった表情でヒマワリが小さくしゃくりあげる。言葉が途切れる。


「アタシの初恋は鈴川さんじゃない、って気づいたんだ」


 ヒマワリが懇願するように俺を見る。


「ねぇ、アタシの初恋、誰だと思う?」


 ここまで言われたら、さすがの俺も気づく。


 本当に……。簡単なことだったんだ。

 最初から、パズルのピースは嵌まっていたんだ。


「アタシねっ! アタシっ! ヨウがっ!」


 ――好きだ。


 二人分の言葉が小さく重なった。


 ヒマワリが嬉しそうに目を細めて、涙がポロリと両目からこぼれ落ちる。


「……なにさ、アタシが先に言おうとしたのに……」

「っるせぇ。こういうのは男から言うもんだろうが。空気読め」

「うざっ!」

「どっちがだよ!」

「そんなの『ヨウが』に決まってるじゃん!」

「んなわけねぇだろ、冗談も休み休み言えっ!」


 そこまでくだらない言い合いを重ねて、しばらく見つめ合って。

 風船が破裂するように、笑い声がぱんと咲いた。


「あは……あははははは……。い、いや、ちょっと待って? 結局、アタシもヨウも似たもの同士、ってこと? 多分自分でも気づいてないけど、アタシ、ヨウと同じようなこと考えてたかも」


 それはそうかもしれない。

 小さい頃から家族みたいに一緒にいたんだ。多少は考え方だって似てきたりもするだろう。


「いや、待って? 超恥ずいんだけど……」

「なんでだよ」

「ヨウと同レベだったってところが」

「だから、なんでだよ!」


 これじゃまたさっきまでと同じだ。ぷっ、と二人で笑い転げる。


「アタシ達、これからずっと一緒にいるってことでいいんだよね?」


 ひとしきり腹を抱えて笑ったあとで、ヒマワリが俺を見つめながら言う。「付き合う」みたいなこそばゆい言葉を避けていることに気づく。

 でも、「ずっと一緒」の方が小っ恥ずかしいことにヒマワリは気づいているのだろうか。いや、ヒマワリのことだから全然気づいていないのだろう。


「お前が嫌にならなけりゃな」


 なら、その小っ恥ずかしさに合わせてやるのが、幼馴染ってやつだ。俺も考えうる中で最も身体中が痒くなる返事をする。


「ねぇ、普通さあ」

「なんだよ」

「こう、男女がいい感じになったときって、もうちょっと雰囲気あるもんじゃないの? なにこれ?」


 言ってから、またヒマワリが、くすくすと笑う。


「しょうがねえだろ」

「そうだねえ。しょうがないっか」


 何しろ、俺とヒマワリの関係を示す言葉がどう変化しても、結局俺とヒマワリで、それ以上にも以下にもならないのだから。


 笑いと涙でくしゃくしゃになった顔を、ヒマワリが再び俺に向ける。

 数秒ほど見つめ合って、すぐにまたヒマワリが目をそらす。


「……あー……。うん、なんか今更すごく恥ずかしくなってきた」

「なんでだよ」

「え、待ってこれ。ヨウの顔見れない」

「まぁ、そこに関しちゃ同意見だ」


 俺とヒマワリで、それ以上にも以下にもならない。ってのはちょっと訂正だ。


「ねぇ、ヨウ?」

「なんだよ」

「だいす……やっぱやめた」

「やめんなよ、そこは」

「だって、アタシ達らしくないじゃん」

「それはそう」


 少しずつ進んでいく。

 俺もヒマワリも。


 少しずつ少しずつ、いろんなことを覚えて。少しずつ少しずつ、距離を縮めて。

 幼馴染のまんま、幼馴染を超えた何かになっていって。


 その歩みは酷く緩慢ではあるけれど。

 きっと一歩一歩確実で。


 たまに喧嘩したりもするだろうし。たまに離れ離れになったりもするだろうけど。


 結局なんだかんだで……。


 ずうっと一緒にいるんだろう。


「ねぇ、ねぇ、ヨウ?」

「さっきから、マジでなんだよ」

「ちゅー、くらい、しとく?」

「したくないかと言われたら、嘘になるが、その後の空気に耐えられそうにないからやめとく」

「ま、そうだよねえ」


 俺が間違っていた。訂正する。


「恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである」とは、誰の言葉だっただろうか。あとに続く言葉もあって、そちらのほうが本題だった気もするが覚えていないし、正直どうでもよい。


 俺にとっての恋愛は、性の目覚めとは切り離されたものだと思っていた。

 けど、違った。


 一番最初に、俺がそういう目で見たのは。女性として見てしまったのは……。


 目の前にいる、幼馴染だ。


「なんか、緊張から一気に開放されたせいか、お腹空いてきた。ヨウ! お菓子食べたい!」

「……わーったよ」


 なんて言いながら、秋野ヒマワリと俺がそういう雰囲気になるのは、一体いつになるのやら。

 俺はため息を吐きながら、リビングへお菓子を取りに行く。

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