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第七話:宿題のことなんだけど。聞かせてよ。ヨウの答えを

「ヨウくん、お菓子、食べます?」


 帰りの新幹線の中。一日目と同じ調子でカエデが声をかけてきた。


「え……っと? カエデ?」

「食べるんですか? 食べないんですか?」


 なんだかんだで、三日目の自由行動以降は班で行動することが多かったから、カエデとは数日ぶりのちゃんとした会話だ。

 その、「ちゃんとした会話」がこれである。面食らった俺を誰が責められようか。


「じゃ、じゃあ。一つだけ」

「はい、あーん」

「か、カエデ!?」

「ふふ、冗談ですよ。はい」


 くすくすと笑いながら、カエデがチョコレート菓子を一つつまんで俺に差し出す。

 この数日間、顔を合わせるたびに気まずさを感じていた自分が馬鹿みたいに思える。ため息を一つ。


「なんですか? ため息なんてついて」

「いや、なんというか……」

「いつも通り過ぎて驚きましたか?」


 正鵠を射た指摘が密やかな声で突きつけられた。目を見開くと、カエデはやっぱりふんわりと笑っていた。


「周囲の方は色々と気にしていらっしゃるみたいですけど……」


 そう言って、カエデが新幹線の中を見回す。つられて俺も視線をあちらこちらに遣った。

 やはりというかなんというか、俺とカエデはこそこそとした視線に晒されている。


「変に態度を変えるのもおかしいじゃないですか。ですよね? 浜口さん?」

「お!? おう! お、俺もそう思う!」


 話を振られるなんて、微塵も思っていなかったのか、どもりながら浜口が返した。

 そして、今まで気まずそうに視線をそらしていたくせに、「俺もそう思う」なんてのたまった。


 いやいや、カエデが俺のところまできたとき真っ先にソワソワしてたやつが何いってんだよ。

 ちらりと視線を遣って、様子を窺う。

 見れば浜口はほっと胸をなでおろしていた。


 大方、「俺は春夏冬(あきなし)ちゃんに告白して振られたんだから、もう話しかけたりとかはしないほうがいいだろ」とか思っていたんだろ。

 まぁ、その気持ちは大いに理解できるが……。


「恋愛だけが人間関係のすべてではありませんよ?」


 カエデが隣の遠藤に「ね?」と同意を求めた。


「わかるー。何でもかんでも恋愛が全部だと思っちゃってる系男子って、ナシよりのナシ?」

「そこまでは言いませんけどね」


 女子達の言葉は辛辣だ。

 誰に刺さってるかって? 隣の浜口に大いに刺さっている。可哀想に。


「ウチも全部は聞いてないけど、色々あったんでしょ?」

「色々ありましたねえ」

「カエデちゃん的にはどうなん?」

「私としましては、結局そういうのって人間関係の行き違いに過ぎないと思っているんです。だから、行き違いを解消してあげれば、その後も関係を続けていくことは可能かな、と」

「カエデちゃんおっとな~」


 気づけば遠藤とカエデのかしましトークが始まっている。浜口と少しだけ顔を見合わせてから、黙って聞くことにした。


「人間関係を成り立たせるものは恋慕だけではなく、親愛や尊敬や友愛もありますから。ちょっとでも利害が一致していれば、別の形でも一緒に歩いていくことは可能じゃないですか」

「わかる~。ちょっとお互い向いてる方向が違ったからって距離とったりとか、そういうのって『心せまー』ってなるよね」

「そこまでは言いませんけど……」


 今度の矛先はおそらく俺に向いている。

 やめろ。カエデも遠藤もちらちらと俺を見るな。そして、浜口が流れ弾で死にかけてるから。もうそのへんにしてくれ。


「ヨウ君は遠藤さんがおっしゃるような狭量な方ではありませんよね?」


 俺に聞かないでくれ……。

 そこまで言われたら、もう俺としては今後の振る舞いも含めてこう言うしかなくなる。


「う、うん」

「ね、ですよね?」

「そ、そうだな、あはは」

「うふふ」


 どうやら、春夏冬(あきなし)カエデという人間は、「決着」とやらを付けた後も俺とのつながりは残しておきたいらしい。実にカエデらしい選択だ。

 きっと今でも心のなかでは「ヨウ君のことを諦めない」とか思っているのだろう。いや、それは思い上がりすぎか?


 とはいえ、カエデは俺にとっても失い難い存在だ。それは確かだ。


 よく、恋愛を主題にした漫画では、「今の関係を壊したくない」という想いが、主人公とヒロインの関係を進める障害になるものだ。大いに共感する。俺だって、そういった漫画の主人公であったなら、同じ気持ちになるだろう。

 そして、ついでに言えば、カエデとの関係も例に漏れず同様の顛末になると思っていた。

 しかしながら、それは異性との人間関係を「恋愛」という尺度でしか測れない、いわば子供の理屈なのかもしれない。


 大人で聡明なカエデとしては否を申し立てたいのだろう。


 正直異論はない。気まずさは拭い去れないけれど、ありがたくあやかっておく。


「……そういえば、カエデはお土産とか何買ったんだ?」

「お土産ですか? 父が生八ツ橋に目がなくてですね……」


 無理やり話をそらして、今まで通りを意識しながら会話を続ける。

 新幹線の中での気まずさが少しだけ、ほんの少しだけ晴れた気がした。


 ちなみに、浜口は木刀を買っていた。どこまでもしようのないやつだ。



 §



 東京駅に新幹線が到着し、担任教師から「帰るまでが修学旅行です」といった旨のよく聞く文句を頂戴して、俺達はめいめい帰宅することとなった。

 めいめい帰宅(・・・・・・)、と言いつつ、東京駅からであればほとんどの生徒が同じルートで帰ることとなる。もっとも一部の連中は新幹線の中で回復させた体力を使って、「帰るまでが修学旅行です」を完全無視し、延長戦を始めるべく別ルートを取ったりもしているけれど……。


 俺? そんな体力あるはずがない。正直色々あってか疲れすぎた。

 まっすぐに帰るべく、電車に乗ることに決めている。


「ヨウ君!」


 帰るための最短ルートとなる路線。そのホームでカエデの声が背中にかけられた。

 振り向くとゴロゴロ重たそうなキャリーケースを引っ張りながら、駆け寄ってくる姿が見えた。


「途中まで一緒に帰りませんか?」


 特段断る理由も思いつかない。「わかった」と返事をして、五分後にやってくる電車を並んで待つ。


「ヨウ君?」

「うん?」

「新幹線の中で、私と遠藤さんがしていた会話、覚えていますか?」

「……ああ」


 覚えていないはずがない。


「それは良かったです」

「ん? いや、どういう」

「ちゃんと、覚えて、魂に刻み込んでくださいね?」


 にっこりと微笑みながらカエデが俺を見る。なんとなく圧を感じた。


「そりゃ、うん。カエデがそういう考え方だってことは理解したし、ちゃんと覚えておくよ」


 返すと、カエデが小さくため息を吐いた。


「ヨウ君って、本当に鈍いですね……」

「鈍い……って」

「にぶちんです。改めてください」


 なんかわかんないけど、ごめんなさい。しかし、カエデからここまで強い言葉で非難されることも珍しい。


「は、はい……」


 そういうわけで、俺はたじたじになってしまう。

 続けてカエデは言葉を発しようとしたものの、アナウンスと共に電車が訪れた。


「乗りましょう?」


 首肯し、俺のものよりも重そうなカエデのキャリーケースを電車の中に移動させる。カエデが小さく「ありがとうございます」と言って電車に乗り込む。

 そして、俺も荷物を持ち上げて中に入り込んだ。


 まだ、帰宅ラッシュには程遠い時間だからか、電車は比較的空いている。座席が埋まってはいたけれど。

 正直、身体が疲労で悲鳴をあげているので、座りたい気持ちで一杯だが座席がないならば仕方がない。俺とカエデは電車の中くらいに陣取り、並んでつり革に手をかけた。


「それで……。ですね。ヨウ君?」


 カエデが先ほど話そうとした続きなのだろう。話を戻すように語り始めた。


「あれは私の話でもあり、ヨウ君の話でもあり、ヨウ君の身近な誰かの話でもあるんです」

「……え……っと。と言うと?」


 カエデにしてははっきりしない物言いだ。俺の身近な誰かの話?

 真っ先に思いつくのは……。


「ヨウ君が今誰のことを考えてるのか、わかってます」


 カエデにはお見通しらしい。


「もしも、ヨウ君がそういったことを考えてるのであれば……」


 そこまでで、カエデの言葉が尻切れとんぼになった。その後、しばらく難しい顔をして、ふふふ、と笑う。


「全部は言いません。あとは自分で考えてください」


 返す言葉はない。持っていない。と言うと齟齬が生まれる。カエデの言っていることが自分に当てはまるのかわからない、といったほうが正しい。


 確かに、俺が「身近な誰か」と言われて思い浮かべた人物は、カエデの言った人物と同じだろう。しかしながら、俺がその誰か(・・)をどう思っているのかなんて、俺自身わからないのだから。


 宿題に対する回答もまだ整理できてない。

 修学旅行三日目の夜、たどり着きそうになった答えではあるが、時を経てこんがらがって。

 とどのつまり、俺は今混乱の真っ只中にいるのだ。


 カエデとの会話が途切れる。なんとなく手持ち無沙汰になったためか、勝手に脳みそが回転を始める。


 白状しよう。カエデの想いに応えなかったのは、ひとえにヒマワリの顔が思い浮かんだからだ。断言できる。

 あのとき、幼馴染の泣き顔がよぎらなければ、俺はきっとなんとなくカエデと付き合うことに決めていたのだろう。


 じゃあ、俺はヒマワリのことが好きなのか?

 ユリカさんに向けたような、激しい感情をヒマワリに向けているのか?


 その答えは明確にNOだ。

 ユリカさんにずっと向け続けた感情と、ヒマワリに対して抱く感情は似ても似つかない。


 じゃあ、なんで俺はあのときヒマワリを思い浮かべた?


 気づくと、数十分が過ぎていた。甲高い音を立てて電車がブレーキをかける。まもなくカエデの降りる駅に停まる。


「ヨウ君」

「……うん」

「あなたに振られた私から、一つだけアドバイスです」

「アドバイス?」


 カエデがいたずらっ子みたいに笑う。


「『好き』って感情は、抱く人間によって様々ですし、その対象によっても様々です」


 電車が停まり、ドアが開いた。


「ヨウ君は、私よりも大事な誰かのために、私を選びませんでした。それは、きっと……。――それ以上は言う必要はないですよね?」

「なんで……」

「『なんで』って……。ああ、なんで私がヨウ君にこんなアドバイスをしてるのか、ってことでしょうか?」


 首肯する。


「当然じゃないですか。ヨウ君は、曲がりなりにも私が好きになって、きっとこれからも生涯好きな人です」

「……うん」

「変な人に引っかかって不幸せになられるよりは、私が認めた人と一緒になって、幸せになってもらいたいんですもの」


 思わずカエデの顔を見る。横顔から見える左の眦が少しだけ濡れていた。


「私も難儀な性格してますよね」


 あはは、と乾いた笑いを残してから、「では」とカエデが降りていく。

 俺はそんなカエデの後ろ姿を呆然と見送った。



 §



「ただいま」


 修学旅行の全工程に加えて、カエデと別れてからひたすらに考えごとをしていたからか、くたくたになった身体を、重たいキャリーケースといっしょに持ち上げて、家の中に入る。

 リビングから、ぱたぱたとスリッパの音を響かせて母さんが現れる。


「おかえり、修学旅行楽しかった?」

「まぁ、それなりに」

「そ。荷物、面倒になるまえに片付けちゃいなさいね」

「うん」


 母さんの言葉に、心ここにあらずな返答をしながら、キャリーケースを持ち上げて階段を上がる。

 身体中に滲む汗に顔をしかめながら、部屋のドアを開けようとしたとき。


「あ、そうそう。ヒマワリちゃん来てるわよ」


 母さんの声が鼓膜を震わせた。

 言うのが遅い。もうドアを開けたあとで、ヒマワリが「よっ、おかえり」と手を挙げたあとだ。


「修学旅行、どうだった~?」


 ヒマワリがいつもの軽い調子で訊ねる。ため息混じりにドアを閉めて、キャリーケースを部屋の隅に置き、椅子に座る。


「まぁ、それなりに楽しかったよ」

「ふうん」

「聞いといてそれかよ、お前」

「いいじゃん、別に。それよりさ――」


 三日月のように細められていたヒマワリの瞳が、満月になる。ついでに、声色も真剣だ。


「宿題のことなんだけど」

「……おう」


 言葉少なに返事する。


「聞かせてよ。ヨウの答えを……さ」

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