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第五話:カエデちゃんのことが大好きだから。だから、死んでも離してやらない

『ま、楽しんできなよ~』


 そんなメッセージを送ってから、アタシはため息を吐いて、数日前の出来事を思い出す。





 授業中にスマートフォンがぶるりと震えた。取り出したそれを、先生の目を盗んで机の下で見ると、カエデちゃんからのメッセージだった。


『今日、これから会えませんか?』


 なんだろう、と疑問に思いながらも、デコレーションされた「OK」の文字が大きく描かれたスタンプを送る。


『では、霧口女子校の近くにある、駅前のコーヒーショップで。五時くらいに集合で大丈夫ですか?』

『うん、大丈夫。六時半から予備校だからあんまり長くはいられないと思うけど』

『大丈夫です、そこまで時間は取らせませんから』


 最後に「わかった!」と返す。


 カエデちゃんの意図がわからずスマートフォンとにらめっこしていたら、先生から「秋野さん?」と声をかけられて思わず肩をすぼめてしまったのは御愛嬌と言ってほしい。


 それで、放課後。午後五時。


 指定されたコーヒーショップにたどり着くと、カエデちゃんが店の前に立っていた。

 今日はここ数日でも一番の冷え込みだ。カエデちゃんのほっぺと指先は赤くて、結構待たせていただろうことを想像して申し訳なくなる。


「ごめん、待たせちゃった?」

「いえいえ。私が早く着きすぎただけですから」

「中で待ってても良かったのに」

「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。友人を待つ時間、私、好きなんですよ」


 カエデちゃんの言葉に「そう?」なんて、微笑み返してから、二人並んで店の中に入る。


「待たせちゃったお詫びに、ここはアタシが出すよ」

「いえ、そんなわけには」

「いいからっ。持ちつ持たれつ、でしょ? 知らない仲じゃないんだし」


 多少強引に話を進める。カエデちゃんが「じゃあ……お言葉に甘えて」と、控えめに頷いた。


 温かいコーヒーと、甘い抹茶ラテを一つずつ。

 夕方になって少しずつ混み始めた店内。店員さんから飲み物を受け取ってから、きょろきょろしてなんとか空きテーブルを見つけ、確保する。


 ずず、っと抹茶ラテを飲む。うん、甘い。美味しい。

 カエデちゃんを見ると、コーヒーを一口飲んで、ほう、と息を吐いていた。やっぱり寒かったんだ。


「お勉強は、どうですか?」


 温かい飲み物を飲んで一息ついたカエデちゃんが私に問いかける。まずは場を温めようとしたのかも。それくらいには他愛もない質問だった。


「順調、なのかな? 行ってる予備校がさ、結構すごいとこらしくて」

「そうなんですか」

「うん。先生たちの教え方も上手だし、わからないところも聞けば丁寧に教えてくれるし」

「模試とかは受けたんですか?」

「受けた~。予備校行く前はボロボロでさ。E判定だったんだけど、行き始めてからすぐにC判定まで上がってさ。……まぐれだと思うけど……。でも、このまま頑張れば可能性は大いにあるって」

「良かったです」


 にこにことアタシの話を聞いてくれるカエデちゃんは優しいと思う。

 でも、きっと聞きたい話は、話したい話はこれじゃない。そんなことはアタシもよーくわかっている。


「ねぇ、カエデちゃん?」

「はい、なんで……いえ、そうですね」


 私の顔を見て、普段から貼り付けている、優しくも怖くも感じる笑顔をカエデちゃんは引っ剥がした。

 仮面を外して見せたのは、切れ味の鋭いナイフすら思い起こさせるような、そんな顔。


「ヒマワリさんがご想像の通り、お話ししたいのはそんなことではありません」

「だよねえ。ヨウのこと?」

「はい」


 カエデちゃんがコーヒーカップを手で弄ぶ。何か言おうとして、やめて。そんな様子を繰り返している。

 表情はそのままだから、なんだかちぐはぐだ。カエデちゃんは頭が良いし、迷ったりとかあんまりしなさそうで。少しだけびっくりした。


「……浦園学園、来週修学旅行なんです」

「そうなんだ」

「はい。それで、その……」


 ようやく喋り始めたカエデちゃんが、また口ごもる。

 困ったなぁ。言いにくいのはわかるけど……。


 どれだけ言いにくくても、どれだけためらいそうになっても。

 カエデちゃんは絶対にそう(・・)するでしょ?


 短い期間ではあっても、カエデちゃんとは濃密な時間を過ごしたからわかる。

 それに、逆の立場ならアタシだってそうするし。


 思わず笑う。


「ヨウに改めて告白、するんでしょ?」

「はい」

「頑張ってよ」


 思いの外するりと出てきた「頑張ってよ」に自分でも驚く。


「自信がおありなんですね」


 カエデちゃんがにこりと笑って言った。

 少しだけアタシの言葉が癇に障ったみたい。あまり大げさに感情を表に出すことが少ないカエデちゃんだけど、よく見るとわかる。


 でも、カエデちゃん。それは違うよ?


「別に自信があるわけじゃないよ」


 はっきりと否定する。自信なんてない。

 なにしろ、アタシ自身、ヨウとそういう関係に……なんて想像もつかないのだ。

 ヨウのことを好きだって自覚し始めたアタシが想像つかないのだから、ヨウだってさーっぱり想像できてないだろう。


「私がヒマワリさんの立場なら、あらゆる手練手管を弄して止めます」

「あはは……カエデちゃんらしいね」

「何故ですか?」

「んー……」


 少しだけ悩む。アタシの心中を正しく伝えられる言葉が余りにも思いつかなくて。


 本音を言えば、うまくいかないでほしい。

 カエデちゃんが言うように、どうにかして妨害しようだなんて邪な思いも頭の隅にちらりと思い浮かんだ。

 本当にヨウのことが好きで、ヨウとどうしても添い遂げたくて。だったら、そうするのが正解なのかもしれないな、とも思った。


 でも、アタシはしない。

 なんでなんだろうな……。


 今ならヨウだって、カエデちゃんが猛アタックすれば、多少ぐらつくと思う。多少じゃないな……。全然可能性あると思う。見てればわかる。

 カエデちゃん可愛いし。頭も良いし。それでいて一本のぴんっとした芯が通ってて。


 いかにもヨウの好きそうなタイプだ。まるでお姉ちゃんみたい。きっとヨウはカエデちゃんのことなんだかんだ好きなんだと思う。


 だから。


「本当はね? ものすごく怖いよ?」

「……なら」

「でもさ……」


 そう。

 アタシはヨウのことも大好きだけれど。


「アタシ、カエデちゃんのことも大好きだから」


 カエデちゃんが息を呑んだ。


「だからさ。ヨウとカエデちゃんがそういう(・・・・)関係になっても。カエデちゃんとは仲良くしたいもん」

「……ヒマワリさん……あなたという人は……」

「え? だめ、かな?」

「いえ……どこまで……お人好しなんですか?」

「あ、あはは」


 はーっと大きなため息を吐くカエデちゃん。さっきまでとは対称的に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 ついでに言えば、頭も抱えている。


「でも、アタシ達、同志なんでしょ?」

「……よく覚えてますね」

「覚えてるよ。記憶力には自信ないけどさ。大事なことは覚えてるんだ」


 アタシは「都合のいい脳みそだよね」なんて言って、舌を出す。


「それに、一番最初にヨウを好きになって、ヨウにちゃんとぶつかったのは、カエデちゃんだもん。アタシが横入りしたら、マナー違反でしょ?」

「……こと恋愛においては、それはマナー違反ではなく、戦略と戦術ですよ?」

「戦略と戦術……ってどう違うの?」

「……まぁいいです……」


 カエデちゃんはさっきから呆れっぱなしだ。

 また、もう一つため息を吐いて。

 それから、長い黒髪をかきあげて。


「私も……」


 ぼそりと言った。


「……私も、ヒマワリさんのことは好きですから」


 少しだけ不服そうに。そっぽを向きながら、カエデちゃんが言う。

 ちらりと見える、耳たぶが真っ赤だ。ほっぺたなんて言うまでもない。


 アタシはすっかり嬉しくなってしまって、ふふ、と小さく笑った。


「わっ、笑わないでください」

「あはは、ごめんごめん」


 めったに怒らないカエデちゃんが、ぶすっとむくれていて、ますますおかしくなる。


「もう……。そんなに笑わないでください」

「だってえ」


 だって、嬉しいんだもん。仕方ないでしょ?


 アタシはカエデちゃんが大好きで。

 カエデちゃんもアタシを大好きで。


 きっと、カエデちゃんがヨウとうまくいっても、アタシ達二人は、仲良しなままで。

 そんな微かだった夢物語が、少しずつ現実味のある未来に思えてきちゃったんだから。


「ね、カエデちゃん。アタシ達さ。ずーっと仲良しでいようよ」

「……それは、約束しかねます」

「えー? なんで?」

「決定的な条件が未確定な未来のことを約束するのは、不誠実だと思いますから」

「え……っと?」


 カエデちゃんが何を言っているのかわからなくて、首をひねる。


「ヨウ君が私とヒマワリさんのどちらを選ぶか。それによって、私達の関係性も変わってくるじゃないですか」

「え~? アタシはねぇ」


 断言しよう。


「変わらないと思う」

「……なんで言い切れるんですか?」


 カエデちゃんが横目でアタシを見る。


 そんなのは簡単だ。

 ほかでもない、アタシが変える気がないからだ。


 カエデちゃんとヨウが付き合っても。

 アタシはきっとカエデちゃんとは友達であり続ける。そんな確信がある。


 逆ならどうだろうか。

 アタシがヨウと付き合ったりとかして、全然想像つかないけど……。


 それでも、アタシはしつこくカエデちゃんに連絡し続けると思う。

 カエデちゃんは最初は嫌がるかもしれないけど。


 でも、それでも、連絡しまくるのだと思う。

 それで、カエデちゃんが「仕方ない人ですね」なんて言って、折れて。


 アタシとカエデちゃんはいわば恋のライバルだけど。

 勝ち負けとか言い始めるのは違うと思うけど。

 でも、どっちが勝ってどっちが負けても。


 結局は、アタシ達は二人で一緒に遊びに行ったりとかして。で、ヨウに「カエデちゃんと二人で遊んできたんだ~」とか言って自慢して。


 そこは絶対に変えない。変わらない。変えさせない。変えてやらない。


「だって、そのほうがアタシらしくない?」


 にかっと笑って、胡乱げにアタシを見るカエデちゃんに言い切る。


「そう思うでしょ? カエデちゃんもさ」


 難しい顔を崩さなかったカエデちゃんが、突然破顔して、ぷっと吹き出した。


「……負けです。私の負けです。もうそれでいいですよ」

「やったー!」

「やったー、じゃないですよ。まったく……」


 カエデちゃんが苦笑いしながら、ぶつぶつと呟く。

 しょうがないじゃない。


 何回だって言う。


「アタシはカエデちゃんのことが大好きだから。だから、死んでも離してやらない」

「そうですか。なら、もう私には打つ手なしですね。嫌なら、私がヒマワリさんを殺さないといけませんからね」

「こっ、殺す……って、発想が怖いんだけど……」

「いいじゃありませんか。細かいことは」

「あ、濁した! カエデちゃん、さては本当に嫌になったらアタシを殺すつもりだな!」

「法に触れることはしませんよ。私は」

「法に触れない範囲でやるんだ!」


 そんなふうにわちゃわちゃ喋り合って、お互い目があって。どちらからともしれず笑いあった。


 笑いの衝動はしばらく抑えきれなくて。

 お互い、お腹が痛くなるくらい笑って。


 っていうか、よくよく考えると、カエデちゃんが嫌になったら、本気でアタシ殺されそうだな……。カエデちゃんなら、世間に発覚せずにアタシを消す方法なんて、いくらでも思いつきそうだ。


「か、カエデちゃん?」


 未だにくすくすと笑っているカエデちゃんに、恐る恐る訊ねる。


「ふふふ、なんですか? ヒマワリさん」

「アタシを殺すって、冗談だよね?」

「言ったでしょう? 法に触れることはしないって」


 あ、これ怖いやつだ。「冗談です」なんて一言も言ってない。


「か、カエデちゃん? お願いだから冗談って言って?」


 カエデちゃんはくすくす笑って、返事をしてくれない。


 え? 本当に、アタシ大丈夫? マジで心配になってきたんだけど。


「カエデちゃん!? ねえってば、カエデちゃん!?」


 アタシが半泣きでカエデちゃんの名前を悲鳴みたいに繰り返すころには、カエデちゃんは楽しそうな笑い方ではなく、どこか妖艶な様子で笑っていた。


 ねえ、本当に大丈夫なんだよね?

 冗談なんだよね?


 なーんて。


「ところで、アタシ達ってさ」

「はい」

「ヨウが、アタシかカエデちゃんのどっちかを選ぶ前提で話してたけどさ」

「……ええ」

「なんでなんだっけ?」


 ふと思いついた疑問をカエデちゃんにぶつけたら、「そういうのは思いついても言わないものですよ、ヒマワリさん」と返された。

 今日イチ怖い笑顔だった。ものすごく怖かった。



 §



 というのが数日前。


 で、アタシはといえば、なんだかんだヨウとカエデちゃんがどうなったのか気になっている。

 具体的には部屋のベッドでジタバタしている。


「あー……」


 なんだかんだで当日になったらやきもきするものだ。

 結果はカエデちゃんが教えてくれることになっている。


「うわあー!!!」


 勉強も手につかない。さっきから枕に顔を突っ込んで意味不明な言葉を繰り返すだけ。

 うーん。なんとも不毛な時間を過ごしている。自分でも理解している。予備校が休みで良かった。きっと、今日一日は何を教わっても右から左だっただろう。


 外はすっかり暗い。修学旅行なら晩ごはんは早めなはずだから、もう結果は出ていると思うんだけど……。


「ただいまー」


 そうこうしているうちにお母さんが帰ってきた。

 すぐに晩ごはんだろう。うめき声を上げながらベッドから立ち上がる。


 ふらふらと部屋を出ようとしたとき、スマートフォンがぶるりと震えた。


「……っ!?」


 アタシはすぐにスマートフォンの画面を覗き込む。


 画面に表示されているのは……カエデちゃんからのメッセージ。


(結果は!?)


 スマートフォンのロックを解除する。

 目に飛び込んできたのは――

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