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第十七話:っし。ヒマワリちゃんをっ! 舐めんなよ?

「はじめまして。佐藤カナエと申します。お姉様からお話はお伺いしていますよ。では、鈴川さん。少しだけヒマワリさんとお話ししたいので、大変お手数ですが五分ほど席を外してもらえますか?」

「はい」


 鈴川さんがカウンセラーさんに返事をして、部屋を出ていく。

 部屋を出る直前に、少しだけ私の顔を申し訳無さそうに見て、困ったように微笑みながら。


「さて、秋野ヒマワリさん」

「はい」

「今日のヒマワリさんの役割をお伝えしますね」


 佐藤さんがにこりと笑って言った。

 役割、なんて言われると、途端に自分自身が責任重大な立場に思えてきて、アタシはごくりと生唾を呑み込んだ。


「と言っても、大層なものではありません」

「ええっと……はい」

「私が、『ユリカさんならどう思うと思いますか?』みたいな感じでヒマワリさんに訊ねるので、ヒマワリさんの率直な意見をおっしゃってください」

「それだけでいいんですか?」

「はい。ただ、お姉様からお伺いして心配はしていませんが、批判的な言葉を使ったり、責めるような言い方には気をつけてください。ですが……」


 佐藤さんが私の顔を見て、ふふ、と笑った。


「鈴川さんは、とても周囲の方に恵まれていますね」

「え?」

「お姉様からお伺いしました。ヒマワリさんの強いご要望で、ご支援にきていただけることになった、と」


 そう。ヨウとカエデちゃんにはかるーい感じで言ったけど。

 今日はアタシがどうしても、ってお姉ちゃんに頼んだのだ。


 別に鈴川さんを好きだとか、そういう気持ちはもうない。


 今のアタシは、鈴川さんへの憧れを恋だとかそういう甘やかなものだと勘違いするほど、夢見がちじゃない。

 アタシは地に足をつけて、ヨウのことが好きだ。


 だからこそ、思ったのだ。

 ヨウはきっと鈴川さんと似ている。ものすごく根っこのところで。


 だから、将来ヨウがこうならないように。って言ったら変だけど。


 ヨウのためになりたくて。勿論、なれるかわからないけど。無理言ってお姉ちゃんにお願いした。


「よろしくお願いします」

「あ、こ、こちらこそ、お願いします」


 佐藤さんが、もう一度小さく笑い声をこぼして、「では、鈴川さんを呼んでまいります」と部屋を出ていく。

 しばらくして、佐藤さんと鈴川さんが一緒に部屋に入ってきた。


「では、鈴川さん。前回の続きから、です」



 §



 カウンセラーさんってすごい。

 佐藤さんの所作や話し方は、アタシにそう思わせるには十分すぎた。


 精神状態もあってか、黙ってしまいがちな鈴川さんに優しく笑いながら、質問を投げかける。絶妙だった。


 ヨウやカエデちゃんに比べて頭がそこまで良くないアタシでもわかる。


 佐藤さんの質問は、飽くまで鈴川さんの考えの整理を助けるための質問で。鈴川さんも、その質問に対して真摯に考えて。


 で、たまに飛んでくるアタシへの質問。「妹のヒマワリさんから見て、お姉様はどう感じそうでしょうか?」なんて。


 アタシは、問われるがままに「お姉ちゃんの性格なら、こう感じるんじゃないでしょうか?」と言うばかりだった。

 言葉足らずなアタシだ。上手く答えることができた、なんて思えない。


 けれどそれを、佐藤さんがやんわりと「つまり……こういうことですか?」と要約してくれる。

 アタシが言いたかったこと、伝えたかったことを、綺麗に翻訳して言葉にしてくれる。


 そして、ふたたび始まる鈴川さんの考えを整理する作業のサポート。

 しばらくして、またアタシに質問。「お姉様は、鈴川さんのそのお考えに対して――――とおっしゃいましたが、ヒマワリさんはどう思われますか?」って。


 アタシは素直に「お姉ちゃんならそう言うと思いますし、本気でそう思ってると思います」と返して。


 鈴川さんが少しだけ難しそうな顔をして。


 佐藤さん曰く、鈴川さんに必要なのは「他人からの視点も含めて、状況や自身の思考パターンを客観的に再評価する」訓練なのだと言っていた。


 鈴川さんから見える世界は、少しだけ歪んでいるのだと。そのまんまではないけれど、そんな意味合いのことを言っていた。


 自分が頑張らなければならない。

 自分がなんとかしなければいけない。


 失敗は許されない。

 大切な人を守らなければならない。

 弱音を吐いてはいけない。


 それは美徳でもあるけれど、いきすぎると毒にもなる、と。


 カエデちゃんが、近いようなことを言っていた気がするなあ。


 だからこそ、周囲の近しい人間が、鈴川さんに「あなたに頼られるのは迷惑じゃないのだ」と、「迷惑をかけられたとしても、嬉しいのだ」と積極的に伝えてあげなければならないのだ、という。


 お姉ちゃんが、付き添ってカウンセリングを受けているのも、その一環なのだという。


 カウンセリングが終わりに差し掛かった時、佐藤さんがふわりとアタシに退席を促した。

 アタシは「わかりました」と、外に出て、しばらく待つ。


 そして、またアタシが呼び戻された時には、鈴川さんは少しだけすっきりしたような顔をしていて。

 佐藤さんは「今日はこれで終了です。ヒマワリさん、今日はありがとうございました」と言った。






 帰り道、鈴川さんがアタシを見て少し照れくさそうに言った。


「カウンセリングを受けると、自分がどれだけ意固地な性格だったのか、よく分かるんだ」


 アタシは肯定も否定もしなかった。「そうなんですね、お義兄さん」とだけ言った。


 それから、鈴川さんをお家に送っていって、お姉ちゃんに連絡して。

 お姉ちゃんがもうすぐ帰ってくるらしかったので、少しだけ鈴川さんと二人で待って。


 で、お姉ちゃんが帰ってきたのを見届けて、マンションを飛び出して。


 居ても立っても居られなくなって、支援センターまで駆けてった。


 凄く迷惑だろうな、と自覚しながらも、肩で息をしながら受付のお姉さんに告げる。


「あのっ! さ、佐藤さんと、少しお話したくてっ!」

「佐藤……。佐藤カナエでしょうか?」

「はい!」

「先程のカウンセリングについて、何か?」


 突き放されたように――お姉さんはそんなつもりはなかったのだろうけど――言われたアタシは、少しだけ逡巡して。

 それから、「いえ、そうじゃないです。そうかもしれないけど……。そうじゃなくてっ! ちょっと、佐藤さんにお話を聞きたくてっ!」と返した。


 しばらく、困った顔をするお姉さんとアタシが奇妙なにらみ合いを続けていたところに、佐藤さんが歩いてきた。


「あら? ヒマワリさん?」

「さ、佐藤さん」

「どうされましたか? 忘れ物とか?」


 きょとんとする佐藤さんにアタシは思いの丈をぶちまけた。


「あ、アタシっ! 佐藤さんみたいになりたくてっ! どうしたらなれますかっ!?」


 驚きに目を見開いて数秒。固まっていた佐藤さんは、ぷっ、とこらえきれずに吹き出した。

 それから、受付のお姉さんに、「私、これから予定空いてるよね。どこか空いてるお部屋ある?」と訊ねた。

 お姉さんが「えっと……でしたら……」なんて困惑したように返して、手元のボード――フロア全体の見取り図みたいにマグネットがいくつかついていた――を指で示す。


「ヒマワリさん。少しだけなら大丈夫ですよ」

「え?」

「カウンセリング料はサービスしておきます。行きましょう」


 佐藤さんがふわりと笑う。


「あ……」


 アタシは大げさに思えるくらいに、頭を深く下げた。


「ありがとうございます!」



 §



「……で、その好きな男の子が、鈴川さんと似たようなタイプで、ってこと?」


 カウンセリングというお仕事を放り投げた様子の佐藤さんは、少しだけフランクな口調で話してくれる。


「えっと、はい」


 そして、アタシは佐藤さんの話術にまんまと乗せられて――というと語弊があるけれども――なにもかもすべて話してしまっていた。


「将来、ヨウ……幼馴染の力になってあげたいんです。っていうのは、最初の動機っていうか、佐藤さんの今日のお仕事っぷりを見て思ったきっかけで……」

「ふふ、ありがとう。それで?」

「あの、つまり……。アタシも、佐藤さんみたいに、ああやって誰かの心を救ったり、助けたりできたら、って」

「カウンセラーになりたいの?」

「あの……その。平たく言うと、そう、です」

「そう」


 佐藤さんが、にこりと微笑む。


「そっか。私を見て、そう思ってくれて嬉しいわ。ありがとう」

「いえ、そんな」

「ヒマワリさんのその気持は素晴らしいし、応援したい気持ちでいっぱい。……でもね。一つだけ勘違いを正すとしたら、カウンセリングっていう仕事は、患者さんの心を完全に救えるわけじゃないの」

「え?」


 どういうことだろうか。

 佐藤さんは、鈴川さんをまさしく、救っているように見えた。


「飽くまで、救うのは本人の意思で、本人の力で。カウンセラーはそのお手伝いをするだけなのよ」

「えっと、そう、なんですか?」

「そう。うまくいくことのほうが珍しいし、うまくいかなくて患者さんに引っ張られて、自分が辛くなったり、とかも」

「それは……」

「それにね……」


 佐藤さんが少しだけ悔しそうな顔をした。


「カウンセラーは医者じゃないの」


 カウンセラーと医者は違う。そんなことは私でもわかるんだけど。


「私は、医師になれるほど頭が良くなかったから。だからカウンセラーを選んだわけじゃないけど」

「はい」

「でも、時々思うの。医師免許を持っていたら、って」


 どういうこと?


「カウンセラーだからこそ、『この患者さんが飲んでる薬はこの人にあっていないかもしれない』って思ったりすることもある。でも、それが正解なのか判断できない。判断する知識がない。担当の先生に電話しても『それはこちらの領分だ』ってつっかえされたり、ね」


 佐藤さんが困ったように笑う。


「勿論親身になって聞いてくれる先生もいるわ。でも、結局『心の風邪』なんて言うように、お薬が前提なのよ。カウンセラーは、そのうえで患者さんの気持ちを整理することを手伝うだけ」


 アタシは、そう言って眉間に皺を寄せる佐藤さんに、なんと声をかけていいかわからなかった。


「だから、たまに凄く歯がゆく思えるわ……。って、ヒマワリさんに話すような話じゃなかったわね」


 はっとした佐藤さんが、「忘れてね」なんて言って、あはは、と笑う。

 そして、「カウンセラーになりたいんでしょ?」と話を戻した。


「カウンセラーになりたいなら、臨床心理士、公認心理師、認定心理士あたりの資格が必要になるわ。心理学を勉強できる大学に行くのが一番かなぁ」

「心理学……ですか」

「うん。ヒマワリさんなら、良いカウンセラーになれると思う」

「そうですか?」

「カウンセラーにいちばん大事なものを持ってるもの」


 そう言って、佐藤さんがウィンクした。


「私の持論だけどね?」





 カウンセラー。

 なりたいものなんてさっぱりわからなかったアタシに、夢ができた。


 でも、多分それだけじゃない。

 それだけじゃない、と思う。


 佐藤さんは、自分に医師免許があれば、みたいなことを言った。


 ってことは……。


「精神科医で、カウンセラーになったら、アタシ最強?」


 自覚している。短絡的すぎる、ということに。


 でも、目指すなら、トップ。目標は高ければ高い方が良い。


 ――カウンセラーにとって最も大事なものは、思いやりの心よ。人の傷に寄り添い、その痛みを共に感じながら、癒しへの道を導く光、それがカウンセリングなの。


 佐藤さんはそう言った。


 なら、アタシは、お医者様で、カウンセラーになる。


 やりたいことが決まった。


 うじうじいつも悩んでるヨウだって助けられる。

 みんなみんなハッピーにできる。


 できるかなあ? ま、できなくてもいいんだけど。

 つまり、今アタシは「なりたい」って強烈に感じていて。感じてしまったからしょうがないのだ。


「帰ったら……」


 帰ったら、最短経路を探そう。

 どこの大学に行くのが良いのか。


 医学部を受けるのが先か、心理学科を受けるのが先か。


 どっちも並行して資格を取ったりできるのか。


 お父さんお母さんにも言おう。

 こういう時、逃げ道を残さないのがアタシのやり方だ。


 そう。実にアタシらしい。

 口元がにやける。


 やりたいことが見つかった。

 やってみたいことが見つかった。


 ヨウのことを好きだって、そう気づいたときも。

 こんな高揚感だった。


「っし。ヒマワリちゃんをっ!」


 ――舐めんなよ?

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