閑話:秋野ヒマワリの熟考と宣言
他の人の大切なものを取ろうとは思わない。
魔が差しても、本気で実行しようとは思わない。
アタシのそんな癖は気がついたときにはもう備わっているものだった。
なんて言うと、鈴川さんのときはどうだったのだろう、と自分自身でも疑問に思ってしまうし、「矛盾だらけじゃねーか」なんてぶっきらぼうな幼馴染に突っ込まれそうなことは承知している。
でも、明確に、アタシの中で矛盾はしていない……と思う。
理屈で説明したりはできないけど、本当にそうなのだ。
ヨウに「お姉ちゃんに告白して」と言った時も、アタシには「ヨウは絶対にそうはしない」という確信があった。
当然、「お姉ちゃんの婚約、ぶっ壊そーぜ」なんて言っても、心のどっかでは本気じゃなかった。
アタシはよく人から「向こう見ず」だの「考えなし」だの「暴走しがち」だの言われる。
自分を客観視するのが苦手な質なので、本当のところでどうなのかはわからない。だから、笑って受け流しているけど、自分で自分のことをそんなふうに思ったことはない。
確かに感情的に行動してしまうときはある。
確かに衝動的に行動してしまうときはある。
人間って誰でもそういうものじゃない?
でも、そうじゃないときは、ちゃんと考えた上で、周囲から「考えなし」と思われかねない行動をしている。と、自分では思っているつもり。
なーんて。「アタシはちゃんと思慮深い人間なのだよ、えっへん」なんて言っても、普段の行動を見ている人からは信じてもらえないのだろうけど。
「それを考えなしっていうんだよ、バーカ」なんて、ヨウなら言うかな?
うん。考えが足りてない、というのは自覚している。でも、何も考えていないわけじゃない。
何を言いたいかっていうと、鈴川さんとお姉ちゃんが婚約して一騒動あって……あのとき、アタシは正直いくらでもどうにかすることはできた。
つまり、お姉ちゃんの婚約を本当にぶち壊す方法を、アタシはいくつでも思いついていた。
アタシがなりふり構わず動いていたら、状況はずいぶん変わっていたはずだ。悪い方向に、だろうけども。
ただ、そういった方法を思いつきはするものの、よくよく考えて、「そんなのアタシじゃないよな」と思うのだ。
――アタシらしくない。
アタシが認識している「アタシらしさ」というものが、アタシをすんでのところで引き止める。
だからこそ、アタシはアタシたりうるのだ。
と、哲学的な物言いをしたけれども、結局のところ周囲に波風を立てたくないだけ、とも言える。
周囲が認識している「秋野ヒマワリらしさ」と、アタシが認識している「秋野ヒマワリらしさ」が相互に影響し合って、わけのわからないおばけになって。
そのおばけに支配されてアタシは生きている。
だから、カエデちゃんに「どうしますか?」と訊かれたとき、何も答えられなかった。
アタシらしさの中に、「春原ヨウに恋をしている秋野ヒマワリ」は含まれていなかった。
なにしろ、ヨウとお姉ちゃんはずっとセットだったのだ。
アタシにとって、ヨウはお姉ちゃんのもので、それを茶化すのがアタシの普通だった。
だから、アタシがヨウをどう思っているのかなんて、自分自身で考えなかった。
考えないようにしていた。
それをカエデちゃんに無理やり考えさせられて。
ぶっきらぼうな幼馴染が、自分でも気づかないほどにアタシの中で大きな存在だということに気付かされて。
そして、アタシは「どうもしない」ことを選択した。
そのはずだった。
ヨウはきっとカエデちゃんのものになるだろう。
カエデちゃんはアタシが思ったよりもずっとずっとヨウのことが大好きだった。
それに、カエデちゃんと付き合った方がヨウだって幸せになれるんだろう。そう思った。
だから、最後の最後に、どうなったのかだけ聞きたくて、踏ん切りを付けたくて、ヨウの家にお邪魔したのだ。
でも、拍子抜け。
――カエデには今日、ちゃんと『ごめん』って伝えた。
なんでえ!?
なんでそうなるの!? なんでそうなったの!?
驚きに満ちた内心とは裏腹に、アタシはものすごくホッとしていた。
その勢いで、ちょっとだけヨウにうざ絡みして。茶化して、からかって・
あ……。こういうところが、「考えなし」って言われるのかもしれない。気をつけよう。
とにかく、その後帰って寝て、日曜日。
アタシはスマートフォンとにらめっこしていた。
正確には画面に表示されている書くだけ書いて送れていないメッセージを睨みつけていた。
カエデちゃんへのメッセージだ。
最初は、「ごめん、ヨウから聞いちゃったけど、断られちゃったんだって? 残念だったね」なんて書いてやめた。
流石に煽りすぎている。これじゃアタシが性格の悪い女みたいだ。
何回か書き直して、最終的に「ごめん、昨日の話、ヨウから聞いちゃった……。時間あるときに電話できる?」となった。
これでも、なんとなく角が立ちそうな気がして、アタシはかれこれ三十分くらいメッセージの送信ボタンを押せずにいる。
「うー……。押すべきか押さざるべきか……」
三十分の間何度も繰り返した、そっと画面上の送信ボタンに指を近づけて離してをもう一度繰り返そうとしたとき。
「ヒマワリー」
「うわあっ!」
しゅぽ、っという音と共に、メッセージが送信された。されてしまった。
「爪切り部屋に持ってってない?」
「お、お、お母さん!? ノックしてよっ!」
「はぁ? ノックしたわよ。何回も」
「アタシ返事してないっ!」
じゃなくてっ!
メッセージ! 今ならまだ送信取消できっ!
「う……」
アタシが送ったメッセージの横にきっちりかっきりついてしまった既読マーク。
もう取り返しがつかない。
「……爪切りは持ってきてない。どっか別の場所にあるんじゃない?」
「そう? 邪魔したわね」
悪びれもせずにお母さんが「爪切り爪切り~」と変な歌を歌いながら部屋を出ていく。
あー、どうしよう。
今からでも、送信取消して、なかったことにできるかなぁ。
と思っていたとき。急にスマートフォンがぶるぶるぶるぶると震えだした。
「ひゃ、ひゃいっ!」
カエデちゃんからの着信だ。「応答」ボタンをタップして、スマートフォンを耳に当てる。
「か、か、か、カエデちゃんっ!?」
思わず声が裏返った。
『ふふふっ。凄く慌ててますよ? 大丈夫ですか?』
電話の向こうのカエデちゃんが笑う。
「い、いや。うん、ごめん。いきなりメッセ送っちゃって」
『いいんです。お気遣い、ありがとうございます。私もヒマワリさんと話したいと思ってましたから』
「そう、なんだ」
電話したいとメッセージを送ったのはアタシなのに、話したいことは山程考えたのに。
お母さんのせいで全部吹っ飛んでしまった。
うー、と唸り声を上げて、何から話したものか迷っていると、カエデちゃんの笑い声が耳元のスピーカーから聞こえた。
『ヒマワリさん』
「は、はいっ!」
心の準備ができていない私は、何故かおかしな返事になる。
『ヨウ君からお聞きになりましたよね? 私、ヨウ君に振られちゃいました』
カエデちゃんがけろりとした声で言った。
「う、うん。ごめん。聞いちゃった」
『いえ、いいんですよ。ちなみにどこまで聞きました?』
「えっと、ヨウがちゃんと『ごめん』って返事をしたってくらい、かな?」
『あ、そうなんですか』
カエデちゃんの声が驚いたように少し大きくなる。
『じゃあ、私が諦めないと、ヨウ君に宣言したことは聞いてないんですね』
「え? そうなの?」
少しだけ驚く。声にまで驚いた感情は表れていない、はずだけど。
でも、へえ。
そんなことになってたんだ。ヨウめ。大事なことを全然言わない幼馴染だ。
「聞いてない」
『では、ヒマワリさんにも改めてお伝えしますね』
カエデちゃんが、電話の向こうで深呼吸した。
『私は、ヨウ君を諦めません。絶対にヨウ君に私を好きになってもらいます』
「えー……っと?」
アタシはカエデちゃんに何を聞かされているのだろう、と一瞬思う。
しかし、そんな疑問は次のカエデちゃんの一言で、遠いところに一瞬で飛ばされた。
『ヒマワリさんも、ヨウ君のことが好きなんですよね?』
思考が停止する。
昨日、ようやく気づいた自分の気持ち。
ずっと小さい頃から押し殺していたはずの、アタシ自身も気づいていなかった、自分の気持ち。
それを改めて直視させられて、言葉が詰まった。
『答えてください』
カエデちゃんの声は真剣だ。
だから、アタシも真剣に答える義務がある。そう思う。
嘘を吐くのは簡単だ。「そんなわけないじゃん」と笑って流すのは簡単だ。
そして、その反応がきっと一番「アタシらしい」ものだ。
でも、きっと。
カエデちゃんは許してくれない。許してくれないし、アタシもそうしたくはない。
深く深呼吸する。一回、二回、三回。
そして、アタシは。
「うん。アタシは、ヨウが好き」
ずっと言葉にすることを躊躇っていた言葉を、カエデちゃんに向けて。
そして、他ならない自分に向けて。
小さく告げた。
自分の発した言葉がじんわりと身体中に浸透していくような感覚がした。
「アタシは、きっと、ずっとヨウが好きだった。これまでも、これからも」
言葉に出してしまえば、なんともしっくりくる事実だった。
――いいじゃん。どうせ、高校生の恋愛なんて、ごっこ遊びだよ。
いつかヨウに告げた自分の言葉をふと思い出す。
今アタシがしているのは、どうせ高校生の恋愛だ。
でも、多分。「ごっこ遊び」なんかじゃない。
鈴川さんのときとは違う。
『ふふ』
しばらく電話越しにお互い黙りこくった後、カエデちゃんが小さく笑った。
『私から見たら、本当に今更ですけどね』
「え? そんなにアタシわかりやすかった?」
『はい。昨日、ヒマワリさんのお顔を見た瞬間にわかりました』
カエデちゃんが可笑しそうな声で言う。
『私がヨウ君を好きだから……ですかね? わかったんです』
「アタシがヨウを……ってこと?」
『いいえ。それもありますけど……。そうじゃなくて、ヒマワリさんは、私と同じなんだな、って』
同じ、なのかな? わからない。
でも「ヨウのことを好き」ってところだけ切り取ると、カエデちゃんが言う通り同じなのかもしれない。
『同志、ですね』
「そうなの?」
『はい。あとはライバル、です』
「そうかも」
そう言って、お互いくすくすと笑い合う。
『さて、ヒマワリさん?』
カエデちゃんが、こほんと咳払いをしてから、アタシの名前を呼んだ。
「なあに?」
『私は、諦めません。ですが、ヒマワリさんはどうされます?』
「どうするか、かあ」
アタシは、どうしたいんだろう。
でも、ここまでくると流石のアタシもわかってきた。
ヨウは誰のものでもなかった。
お姉ちゃんのものでも、カエデちゃんのものでも、ましてやアタシのものでも。
ヨウは誰のものでもない。
誰かが誰かのモノだなんて、そういう考え方がそもそもおこがましい。
決定的な勘違いをアタシはずっとしていたのだ。
踏まえて、アタシはどうするのか。
アタシは考えた。ずっと考えていた。
考えて考えて考えて。
そして、考えた結果、出した結論はこうだ。
「わかんない」
『まだ、そういうことを――』
「あ、勘違いしないで」
カエデちゃんの言葉を遮る。
「どうしたらいいのか、わからないってことじゃないんだ」
『……えっと? はい』
全然理解できていないことを隠そうともしないカエデちゃんの声に、少し笑ってしまいそうになる。
「これからどうするのかなんて、わかんない、って言ってるの」
『それは、どういう』
「それがアタシらしいかな、って」
『ヒマワリさん、らしい、ですか』
そう。
アタシはアタシらしくいこう。
確かに、「アタシらしさ」なんて、よくわからないおばけみたいなものだ。
でも、今は、この瞬間は。
ひたすらに「アタシらしく」いるのが正解な、そんな気がしてならないのだ。
他人に押し付けられた「秋野ヒマワリらしさ」も、それを踏まえて決定づけた「秋野ヒマワリらしさ」も。
全部全部混ざり合って、アタシだ。
だから、これからどんなに頑張っても。
アタシは「アタシらしさ」から逃げられない。
逃げる、なんて言うと、後ろ向きに聞こえるけどさ。
きっとそれが一番自然なんだ。
何年経っても、どれだけ成長しても。
おんなじように「アタシらしさ」は変化していって。
そして、それがアタシを形作る。
そこから逸脱したら、それはもうアタシじゃない。
そして、ヨウには、そんな「アタシらしい」アタシを好きになって欲しい。
そうあってほしい。
と言うよりも、そうじゃないと絶対途中でボロがでるし。
「アタシは、アタシらしく、ヨウとやってく」
『……そういうことですか』
「うん。だから、どうするのかなんてわからない。アタシらしく、ヨウにぶつかってくよ」
『よく、わかりました』
カエデちゃんが、電話越しに微笑んだ気がした。
『じゃあ、恨みっこなしですね』
「うん。そうだね。アタシ、今のカエデちゃん、結構好きだから、そう言ってもらえると嬉しい」
『私もヒマワリさんのことは好ましく思っています』
また二人で笑い合う。
「今度二人で遊びに行こうね。ヨウ抜きで」
『いいですね』
「うん。夢の国とか行っちゃう? カップルで行くと別れるってよく言うし」
『それは良いお考えです』
「それでそれで――」
それからしばらく、他愛もない話をしてから電話を切った。
ベッドに横になって、アタシは深く息を吸う。
そして、両頬をぱちんと叩いた。
「っし」
アタシはアタシらしく。
それが一番だ。
覚悟してろ、ヨウ。
お姉ちゃんとも、カエデちゃんとも全然違う、魅力的なアタシを、これからたくさん見せてやる。
「ヒマワリちゃんを、舐めるなよ~?」
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