第十一話:こうやってまた、一緒に遊んだりとか、仲良く話したりとか、さ。なれると思ってなかったから
どうせ隣の家なのだから、一緒に家から連れ立って行けばいいんじゃないか、とは思うがヒマワリからの指定は「待ち合わせ」だった。
しかも、最寄り駅で待ち合わせでもなく、現地集合。
無意味にも程がある。
とは言え、異を唱えるほどのことでもないので、俺はヒマワリの意思を尊重してやることにした。
約束した午前十時半のちょうど五分前に、家から電車を乗り継いで一時間ほどの大きなショッピングモールにたどり着く。
「確か……」
ショッピングモールなんてめったに来ないものだから、指定された待ち合わせ場所までの道がわからない。
エントランスからそう遠くないはずだけど。どっかに案内板とかは……。
「ヨウ~!」
そう思ってきょろきょろとあたりを見回していたところ、ヒマワリの元気いっぱいな声が鼓膜を震わせた。
ヒマワリが手を振りながら、こちらに向かってくる。
俺の常識から外れるほどの大声だったため、少しばかりきまりが悪く感じて、周囲を見回す。
特段変な目で見てくる通行人とかはいない。どうやら俺が気にし過ぎだったようだ。
「そんな大声だすなよ」
「だーれも気にしてないってえ」
十秒もかからずに俺の元までやってきたヒマワリに、軽く片手をあげながら小言をひとつ。
小言に対する返事は、実にヒマワリらしいものだった。
ヒマワリが一秒ほど俺をじっと見て、にへらと笑い、くるりと一回転した。
「えへへー、どう?」
どう、とは?
いや、わかる。わかるのだが、どうして今更?
俺にその質問をして何になる?
確かに、普段とはまた異なる趣ではある。
赤みがかったブラウンのショートパンツから伸びる、陸上部で鍛えたのであろう細く長い脚。
そんな脚が、ポイントポイントに蝶のデザインが施されている薄黒いタイツに覆われており、すらりとした印象をさらに強めている。
ノースリーブの白いブラウスの上から、春を感じさせる桜色の長く薄いカーディガンを羽織っていて、そこから透ける真っ白な腕にはシミ一つ無い。
ぱっくりと空いた襟元には、キラリと光るネックレスが控えめに存在感を放っていた。
正直、どきりとした。
普段と違うヒマワリに。
ラフな格好だったり、制服姿だったり。
そういった姿はこの数週間で何度も見たものだが、よそ行きの格好をしたヒマワリと会うのは初めてだ。
記憶の中のヒマワリと、大きく剥離していて、脳がバグりそうになる。
(お、俺が好きなのはユリカさん。俺が好きなのはユリカさんっ!)
全く意味はない。ないのだが、何故か脳内で経を唱えるみたいに、俺はそんなことをリフレインさせていた。
内心の動揺を悟られないように意識しながら、ヒマワリをじろりと見る。
「……何が?」
無表情を取り繕いつつ問い返すと、ヒマワリが顔をしかめて大きくため息を吐いた。
「ヨウはほんっとーに、ヨウだね。こういうときは、デート相手の服装だったりを褒めるもんなんだよ?」
「褒めてほしいのか?」
「馬鹿にしてる?」
相手が俺じゃなければ褒めるのだろうな、と思う。
ただ、ちょっとは考えろ。
「てか、別にデートでもなんでもないだろ」
「なーに? 男女二人でのお出かけは立派にデートでしょ?」
「これをデートと呼ぶかどうかは、俺達双方の共通認識の問題だし、もしお前がこれをデートだと呼ぶなら大きな認識の相違がある」
俺の言葉に、ヒマワリが小憎たらしく唇を歪めた。ぷぷぷ、と笑い声が聞こえてきそうな様子で、右手を口元にそえて。
「理屈っぽ。モテないよ?」
「うるせぇ」
吐き捨てると、あはは、とヒマワリが笑った。
その後で、俺を見る。頭のてっぺんから靴の先まで舐め回すように。
「んー。及第点!」
「どういうことだよ」
「ちょっと垢抜けないけど、ま、ヨウらしくて良いんじゃない?」
ちょっと垢抜けないけど、は余計だ馬鹿。
「さ、まずは映画見に行くよ~!」
「映画?」
「うん。気になってた映画があってさ」
「ほー」
こっちこっち、と手招きしながら、跳ねるように歩き始めるヒマワリを見て、俺は長い一日になりそうだと思った。
げんなりしながら、シアタールームから出る。
そんな俺の隣を歩くヒマワリは、にやけヅラを堪えきれない様子でこちらを見ている。なんだろう、これ。キレそう。
ヒマワリの「気になってた映画」というのは、バッチバチのホラー映画だった。
いかにもヒマワリらしい、と言ってしまえばそれまでなのだが。
俺はホラー映画が大の苦手だ。特に、海外の、人が惨たらしく殺されたり死んだりするようなものが。
B級だろうがなんだろうが関係ない。ちゃちな映画だ、とか言われるような映画でも、マジで苦手なのだ。
映画館を出たあたりで、限界を迎えたのかヒマワリが腹を抱えてケラケラと笑い始めた。
「昔っからホラー映画ダメだったけど、今でも苦手だったとはねえ」
「う、うるせぇ」
「逆じゃない?」
逆だ、とヒマワリが言及しているのは、上映中の俺の様子だ。
ちびるほど、とまではいかないが、俺は最初っから全力で怖がっていた。
映画のタイトルがホラー映画らしくないのもいやらしい。
そして、ヒマワリが「これ、ホラー映画だよ」とニヤニヤしながら告げたのは、俺達が着席し、予告も終わり、映画のオープニングが始まる直前だった。
なにかおかしいと思っていたのだ。流れる予告が不穏な映画ばかりで。
文句を言おうにも、その間もなく映画が始まってしまった。
そこからの出来事は思い出すのもはばかられる。
おぞましいBGMが流れれば、「ひっ」と息を呑み、身体を縮こまらせた。
心臓は早鐘を打ったし、背中を冷たい汗が伝った。
そして、じらしてじらして、まさにショッキングなシーン。
爆音とともにおぞましい殺人鬼が現れるのだ。
俺は思わず悲鳴を上げて、ヒマワリに飛びついた。
上映中だからか、声を押し殺してヒマワリが爆笑していた。ついでに言えば、声を押し殺すのに失敗していた。
そんなに面白かったか、そうか。お前は本当に人でなしだ。
見なければ良い? 確かにそうだ。おっしゃるとおりだ。
しかし、金を払ってしまった以上、ちゃんと見ないことには損である。
せせこましいと言われても、流石に二千円をドブに捨てることは許せない。
小遣いだって有限なのだ。
「『きゃあ』だって、『きゃあ』」
きゃあ、というのは、きっと俺が上映中にあげた悲鳴のことだろう。
「う、う、う……」
「『ううう』?」
うるせぇ、と言おうとしたが、もう既に何を口走ろうが恥の上塗りなので、黙る。
「ごめんごめん。ちょっと休憩しようか」
「……そりゃありがたい。誰かのせいで、心身ともにボロボロだからな」
「だからごめんって。あそこのお店で飲み物でも飲も?」
ヒマワリがチェーンのコーヒーショップを指差す。
異論はない。むしろ大歓迎だ。ただ座っていただけなのに、ここまで疲れるとは。
コーヒーショップに入り、レジから伸びる列の最後尾に並ぶ。
そういえば、こないだヒマワリにコーヒー奢ってもらったっけか。
「こないだ、ゴチになったから、ここは俺が」
「お、さっすがー。じゃ、任したっ!」
列が進む。あれよあれよという間に俺達の番だ。
「ヒマワリ、どれにする?」
「んー、アタシは……。抹茶オレ!」
「了解。じゃ、抹茶オレのラージと、アイスコーヒーのラージを一つずつ」
店員が会計を告げ、金を払う。
間もなく差し出された、飲み物の乗ったトレーを持ち、空いている席に座った。
「しっかし、あの映画、あんまりだったなぁ」
「そうか?」
俺にとっては十二分に怖かったがな。苦手なものの良し悪しなんて気にしたことがない。
「うん。なんか表現をグロテスクにしすぎて、逆に萎えるっていうか」
「はー」
「ストーリーもありきたりだったし、もっとこう、根源的な恐怖を掻き立てるようなさあ」
ヒマワリが恐怖を感じるレベルの映画を見たら、俺はきっと失禁するに違いない。
「あと、最後の結末も、そこまで意外性なかったし」
「ほー」
意外性ってなんだ?
意外性を感じることができるほど、俺はホラー映画を見ていない。
ただただ怖かった。死ぬほど怖かった。
それ以外の感想は無い。
「次は何見よっかな?」
「……ホラー映画なら付き合わないからな」
「えー? 何回も見れば慣れるって。今度、借りてくるから一緒にみよーよ」
「勘弁してくれ」
「やーだ」
ニヤニヤしながら、ヒマワリがストローを口に含む。どうやら俺がこいつ主催のホラー映画上映会に参加するのは、ヒマワリにとって確定事項らしい。
心底げんなりする。
「で? これからは?」
「んー。ちょっと服見たりしたいなーって」
「あんまり長くなるなよ」
「ちょっとくらい待っててよー! 心が狭いなあ!」
女の買い物は長い。特に服となれば。母さんの買い物に付き合った経験からよーくわかっている。
しかも、勝手に一人で見てればよいものを、事あるごとに「これどう?」とか聞いてくるから困ったものだ。
勿論、全ての女性にあてはまるわけではないことも理解している。これは俺の観測範囲内の非常に偏ったイメージだということもわかっている。
ただ、世の中の男性のほとんどが、異口同音にそんなことを言うのだから、傾向としてはそうなのだろう。
ヒマワリがマイノリティであることを祈ろうじゃないか。
コーヒーを飲む。手に感じる冷たさが、喉を通っていく液体が、火照った身体に心地よい。
火照った理由が理由なだけに、なんとも情けないのが微妙なところではある。
「服見た後はどうすんだ?」
「うーん、その後は~。ゲーセンでも行く?」
「ゲーセンねぇ」
「乗り気じゃない?」
「いや、そういうわけじゃない」
目的に大きく依存しているだけだ。
これが「プリクラでも撮ろう!」とかなら、断固拒否だ。あの入るのにも小っ恥ずかしい箱の中で、バリバリに加工された写真を撮るなんて正気の沙汰じゃない。
女子という生き物は、ことあるごとにあの奇っ怪な箱に入ろうとする。そんなイメージがある。これも俺の偏見なんだが。
「ゲーセンで何をする?」
「んっとねえ。銃を打つゲーム」
少しだけほっとする。
「なら良い」
「えー? 何ならダメなんだよ~」
「……プリクラ」
「……ぷっ! なんかヨウっぽい!」
俺っぽいってなんだよ。
ずずっ、とヒマワリの抹茶オレが尽きる音がした。
俺のコーヒーはまだ少し残っている。
やることのなくなったヒマワリがぼうっと俺を見る。
「おい、別にスマホとかいじっても良いんだぞ?」
「んー。今は良い」
「ん?」
よくわからない顔で、俺を見るヒマワリに、首をかしげる。
「いやね」
「おう」
「アタシ、ヨウとこうやってまた、一緒に遊んだりとか、仲良く話したりとか、さ。なれると思ってなかったから」
まあ。それはそう。
俺もそれは思っちゃいなかった。
一度疎遠になった人間関係ってのは、なかなか元には戻らない。
短い人生経験ではあるが、なんとなくそう感じていた。
小学生の頃仲が良かったものの、中学が別になった連中とは、もうさっぱり連絡を取り合っていない。
そして、他人となあなあにつるむのを良しとしなかったのもその頃だ。
そんな人間同士がまた過去と同じような交流を持ち始めるには劇薬が必要だ。
何かしらの、大きな。
それが、俺達にとっては、ユリカさんと鈴川との婚約だったのだろう。
「だから、うん。悪いことばっかりじゃなかったかも、って」
「……かもな」
名は体を表すとはよく言ったものだ。
まさに、夏真っ盛りに太陽に向かって咲く向日葵のように、ヒマワリが笑った。
「さっ! まだまだデートカッコカリは終わってないよっ! さっさとコーヒーを飲み終わるのだ!」
「デートカッコカリってなんなんだよ」
「だって、ヨウが『デートじゃない』って言うからさあ」
「カッコカリでもねぇだろ。あと時間はまだある。もうちょいゆっくりさせろ」
誰のせいでこんだけ疲労してると思ってんだよ。
「うだうだ言わない! 今日はヨウといっしょに目一杯楽しむって、アタシ決めてるんだから」
勝手に決めるな。そう思いながらも、俺はコーヒーを急いで飲み干した。
「いこっ!」
「へいへい」
次は……服屋か。疲れそうだ。
しかし、その疲労感はきっと、不快なものにはならないのだろう。
そんな揺るぎない確信があった。
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