◇エピローグ
陽が射し込む自室で、メリナに掛け布団を剥がされ目が覚める。
「リュシュカ様〜! いい加減起きてください!」
「眠い……眠い……今日は本当に眠いの」
「もう王子はとっくに起きてらっしゃいましたよ」
「うん……あの人は元気だから」
「今日はお二人とも謁見があると聞いてますよ」
「あ、うん、そうだった……」
リュシュカも最近聞いたことだったが、もともと今回のクラングランのエルヴァスカ来訪要請の一番の理由と目的は王が非公式に会わせろと言ったことにあったらしい。
「クラングランは何してた?」
「王子なら使用人宿舎のほうで遊んでらっしゃいましたよ」
遊んでたって……なに?
重い体を持ち上げて身支度を整え、宿舎に向かうと、いた。
確かに、遊んでいるとしか表現できない感じに楽しそうだった。
クラングランは生き生きとヨルイドとミュランの二人をボコボコにしていた。見る限り、ものすごい上機嫌だ。
「痛い痛い! 王子、もう無理ですって!」
「俺ももう三十回は死にましたから休憩しましょうよ〜」
「もう終わりか? 国ではほとんど誰も相手してくれないんだよ……」
クラングランは不満げに言ってあたりを見まわす。周辺にはほかにも数人護衛騎士がいたが、目を合わせようとしないで、さっとどこかに逃げていく。
「……スノウはどこにいる?」
「……勘弁してやってください」
「あいつ寝起き悪いんでまだ寝てますよ……」
クラングランが物足りない顔で宿舎のほうを見る。それからこちらに気づいた。
「リュシュカ。起きたか」
「お、おはよお……そろそろ謁見に向かう準備してくれって、ラチェスタが……言って……」
顔を見たら少し恥ずかしくて、もごもごしてしまう。
それでも昨晩、同じ敷地内で合体してしまったのは、ヨルイドやミュランには絶対に気づかれたくない。
「……大丈夫か?」
「な、何が!?」
クラングランは二人がいる手前、そこから先は言わなかった。
しかし、ヨルイドとミュランはリュシュカが真っ赤になっているのを見て、顔を見合わせる。黙って何も言わず、宿舎にとって返した。
気づかれた気がする……!
あんだけで、気づく!?
それで……き、気を遣われた……!?
どうせ結婚するからいつかは周りに知られることとはいえ……リュシュカは頭を抱えてしゃがみこんだ。
顔を上げるとクラングランは苦笑いしていた。すっと手を差し出してくる。
「そろそろ行こう」
***
「先に念を押しておきますと、これは非公式なもので、今後もエルヴァスカとセシフィールの間に国同士の盟約などはいっさい結ぶ予定はありません。彼女に関する権利を全て手放している血縁上の父親が祝いの言葉を言いたいというだけの謁見です」
「わかっている」
「ううん、わたし、もう二度と呼ばないって言われてたんだけど……」
「そうですね……気が変わったんでしょう。おそらく、これが最後の謁見になるはずです」
リュシュカは唐突に、なぜ呼ばれたのかに思い当たる。
リュシュカは王に、クラングランとの冒険をすべて話していたのだ。
王は話だけで聞いていた、爺ちゃんによく似た青年のことが気になっていたのだろう。それで、子供のように好奇心を膨らませて会いたいと呼びつけた。そんなところではないだろうか。
しかし、これだけ簡単に気が変わるなら子供とか生まれたらしれっとまた呼ばれそうだ。
「それでは私はここまでで、失礼します」
ラチェスタがいなくなり、二人は王の私室の扉の前に残された。
「こんな形でエルヴァスカ王と会うことになるとはな……」
「あれ、クラングラン、珍しくビビってる?」
「少し」
クラングランがあまりに正直に答えた。わかる。エルヴァスカ王なんて、ほとんど伝承の生き物みたいなものなのだ。リュシュカも最初緊張で吐きそうだった。
「どんな人なんだ?」
リュシュカは首を捻って考える。
王は決して褒められるようなことばかりをしてきた人ではない。リュシュカの母親のこともそうだが、強い欲望に突き動かされ、目的のために邁進する中で、多くを傷つけ奪い生きてきた人だ。
ただ、彼は全てを手に入れながらも、体の中央に生涯埋まらない孤独を持ち続けている。
それを知っているから、リュシュカは、リュシュカだけは、彼を責める言葉を吐くことはきっとできない。
「最初はぜんぜんだったけど……今はほんの少しだけ……わたしのお父さんな気がしてる」
「それは、相当マトモじゃないな……」
クラングランは小さく息を吐いて笑う。
「自分の目で確かめればいいよ」
また、爺ちゃんが言いそうで、ラチェスタに実際言われた言葉を吐いてしまった。リュシュカはいろんな人の影響を受けて生きている。リュシュカはもう、ひとりぼっちじゃない。
「そうさせてもらう」
そうして、隣にはクラングランがいてくれる。
何度も離れた場所で人生を送る覚悟をしかけた。それでも、諦め切れなかった人だ。
彼は強い人だけれど、ぜんぜん完璧じゃない。まだ爺ちゃんほど強くないし、大人でもない。でも、だからこそリュシュカの助けられる余地がたくさんある。
リュシュカはこれからの人生を彼のために生きられることに幸福を感じている。この先はきっと、二人で一緒にしたことがたくさん増えていくのだ。
そして、この謁見はそんなたくさんのことの手始めに、とても相応しい。
二人は目を合わせて頷き合い、目の前の重い扉を開けた。
「エルヴァスカ王の落とし子」・了




